第4話 初デート
猿渡和真と犬飼美咲は犬猿の仲である。
それは、本来の関係を隠すための偽りの姿。
日曜日のお昼頃、家の前で待ち合わせをした猿渡と犬飼に口喧嘩を始める様子はない。
寧ろ、特別な甘い空間を作り出し、二人はお互いを褒め称えた。
「……可愛いな」
「ほ、本当?」
「うん、可愛い。めちゃくちゃ可愛いよ」
「か、和真もカッコいいよ」
「それは……どうも」
今までも幼馴染として何度か一緒に出掛けたことはあったが、恋人として、デートとして遊びに行くのはこれが初めて。
猿渡も犬飼も随分と気合の入った格好をしていて、どこか緊張しているようでもあった。
「それじゃ、行こうか」
「……待って」
「ん? 何か忘れ物?」
猿渡が訪ねると、犬飼が小さく首を横に振る。
その頬はほんのりと赤く染まっていた。
「……手、繋ぎたい」
ポツリ、と呟かれた言葉に猿渡の胸は静かに高鳴る。
「本当、美咲って可愛いな」
「えっ……な、なんで今褒めるの!」
「だって、可愛いんだもの」
「……心臓持たないから、褒めるの暫く禁止ね」
「えー、せっかく可愛いのに」
「だからーっ!」
顔を真っ赤にする犬飼の小さな右手に猿渡の大きな左手が重なる。
手を繋ぐのはこれが初めてではないのに。
触れ合った肌を通じて、上昇した体温と脈打つ心臓の鼓動が否応も無く伝わった。
ジェットコースターではしゃいで、コーヒーカップで目を回し、メリーゴーランドで優雅に笑い合えば、お化け屋敷で叫び声をあげる。
遊園地を遊び尽くす二人の姿は傍から見て、仲の良い友達同士に映ったかもしれない。
しかし、肩が触れ合う距離を隣あって、手を繋ぎながら一緒に歩く姿を見た者は違う感想を抱くだろう。
猿渡和真と犬飼美咲は男女の仲である。
その事実は二人だけの秘密ということになっている。
「……ねえ、隣座っていい?」
「……どうぞ」
夕暮れ時、観覧車に乗り込んだ二人は狭いゴンドラの中で肩を並べる。
西日に照らされて、艶のある黒い髪と乳白色の肌がよく映えた。
可愛い、と同時に綺麗だなと在り来たりな感想が浮かぶ。
そして、直感的に猿渡は、犬飼が何かを言おうとしていることを察した。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「……そう」
やはり、犬飼は話を切り出すタイミングを伺っているように思える。
先程から一向に目が合わないのがその証拠だ。
長年の付き合い故か、そういう犬飼の些細な癖を猿渡は知っていた。
一瞬、頭の中に別れ話が過ったが、それは絶対にないだろうと首を横に振って否定する。
そうしてようやく、ゴンドラが頂上に達した時。
犬飼はゆっくりと口を開いた。
「……やっぱり、私達が付き合ってるってこと、みんなに話そう」
遅くなりました、最新話の更新です。
土曜の更新で本作は完結になります。
当初の予定通り、短期連載となりましたが最後まで読み進めていただけると嬉しいです!