第2話 仕方がない
猿渡和真と犬飼美咲は犬猿の仲である。
だから、仲良くお喋りしながら一緒に登校なんてしない。
でも、万が一、偶然の偶然が重なって、家を出るタイミングが丁度同じだったら仕方がない。
歩くペースが同じため、肩を並べて歩くのは仕方がないし。
時々、手と手が触れ合って赤面してしまうのも仕方がないこと。
寝惚けているため、名前で呼んでしまうのだって仕方がないだろう。
全部が全部、仕方がないのである。
「……もうすぐ、学校着くね」
「そうだな、生徒と合流する頃だ」
「じゃあ」
「おう」
二人は顔を見合わせて、薄っすらと笑顔を浮かべる。
その光景は傍から見れば、微笑ましいカップルに見えるはずだ。
そして、次の瞬間。
「もう本当最悪! なんで朝からあんたに会わなきゃならないのよ!」
「俺だってお前と登校なんて死んでもごめんだね!」
「あっそ、だったら木から落ちるでもして勝手に死ねば?」
「お前こそ棒にでも当たって痛い目に合うんだな」
はいはい、やってるやってる。
後輩も先輩も先生も同級生も、以下略である。
「死ねは流石に堪えるぞ……」
「ご、ごめん。つい、長年の癖で……」
仲が悪いフリ、とは分かっていても、容赦ない言葉は心のグサグサと刺さる。
後腐れないよう、互いにちゃんと謝って仲直り。
そうすればすぐに、恋人同士に元通りだ。
「ここって本当に誰も来ないの?」
「たぶん大丈夫。こんな所、わざわざ来る奴なんていないだろ」
「それもそうね……」
念の為、辺りを一度確認しても人が来る気配は一切ない。
今、二人が座っているのは、化学実験室や生物実験室が集まる理科館と呼ばれる場所の屋上……の手前だ。
安全上の配慮から、生徒に屋上が解放されることは基本的に有り得ない。
ただ、その手前。階段の踊り場なら誰がどう使おうが勝手という訳だ。
学校でも普通に会って話したい。
そんな思いから、犬猿の仲の二人は昼休みにこの場所を訪れた。
付き合っていることを学校では隠したい以上、多少のリスクは否めないが、会いたいのなら仕方がない。話したいのなら仕方がない。
あれもこれも、仕方がないのだ。
何故なら、二人は犬猿の仲である前に男女の仲だから。
「じゃあ、あの話しよっか」
犬飼がほんの少し頬を赤く染めながら話を切り出す。
その可愛らしさに猿渡は思わず息を呑んだ。
「週末のデート、どこに行く?」
まるで、今朝の喧嘩が嘘のようなセリフが美咲から紡がれる。
数時間前、ドストレートに死ねと言っていた女の子と同一人物とはとてもじゃないが思えない。
「そうだな、無難に映画とかどうだ?」
「うーん……」
「あれ、美咲って映画嫌いだったっけ」
「嫌いじゃないけど……映画って一時間くらいあるでしょ?」
「まあ、そんなもんだな」
「その間、和真と話せないのは嫌かなって……初デートだし、ね?」
本当に、この少女から死ねという単語が発せられたのだろうか。
益々、疑いの目を向けざるを得ない。
そして、そのまま釘付けになる。
一瞬の静寂の中、見つめ合う二人の間に甘い空気が漂い――
「デート?」
どこからともなく第三者の声が響いた。
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