第1話 犬猿の仲ップル
猿渡和真と犬飼美咲は、県立干支宮高校において一、二を争う有名人である。
「……ねえ、猿渡」
「……何だ、犬飼」
時刻は朝、場所は下駄箱。
二人は上履き片手に、顔を合わせた。
たったそれだけなのに、周囲の注目が否応にも集まる。
「おい、お前ら始まるぞ!」
「朝から見れるとはツイてるな」
「うわー、またやってるよあの二人……」
好奇八割、呆れ二割。
そんな視線の中、どこからともなくゴングが鳴り響いた……気がした。
「あんた一体どこまでついて来る気? もしかして、このまま教室まで私の隣を歩くつもりなの?」
「そっくりそのまま言葉を返すぜ。家からずっと肩を並べてきやがって。新手のストーカーかと思ったわ」
「それは私のセリフなんですけど! ほら、またついて来てるじゃん!」
「俺は教室に行きたいだけですが何かー?」
二人仲良く(?)階段を上がっていく様子を、観客は生暖かい目で見送る。
「いやー、今日も平常運転だな」
「幼馴染同士で家が隣らしいよ?」
「何であんな仲悪いのかねえ……」
「あの二人ってさ、一周回って逆に仲良く見えない?」
一方その頃、階段の踊り場で第二ラウンドが勃発。
「その間抜けな猿顔いつ見ても腹立つのよ!」
「うるせえ、お前こそキャンキャン吠えるんじゃねえ!」
はいはい、やってるやってる。
後輩も先輩も先生も同級生も、そんな感じの反応だ。
犬猿の仲の幼馴染。
学校屈指の有名人は今日も元気にワンワン、キーキーと戦いを繰り広げた。
「……今朝はごめん。あんなこと本当は言うつもりなかった」
「俺こそごめん。ちょっと言い過ぎた」
時刻は夜、場所は自宅。
二人は互いの部屋から、窓を開けて顔を合わせる。
「こうやって、話すのも久しぶりだな」
「そうね……もう随分と長い間喧嘩してたし」
「その節は本当、申し訳ない……」
「ううん、悪かったのは私だから……」
この場には、後輩も先輩も先生も同級生もいない。
互いの家を隔てる近くて遠い距離の間に、二人だけの特別な空気が形成される。
それは、犬猿の仲という言葉とは程遠い、甘くて優しい空間だ。
「なあ、やっぱりみんなには俺たちのこと言わないのか?」
「だって、恥ずかしいだもん。今まで、ずっと喧嘩してたのに……その……」
「付き合い始めたって?」
「……うん」
ストレートな猿渡の言葉に、犬飼は頬を淡く紅潮させる。
猿渡も猿渡で、数日前の告白を思い出して自爆する格好となった。
かれこれ三年間はずっと犬猿の仲だったのだ。
それは、とある出来事がきっかけで。
実際は、壮絶な勘違いだったようで。
それでも、二人は互いを想い続けていたわけで。
めでたく恋人同士になれたのだから、今となっては笑い話だ。
ただ、問題は周囲からすっかり犬猿の仲だと思われてしまったこと。
「じゃあ、暫くは仲悪い振りを続ける方向で」
「いいの?」
「もちろん。ちょっと残念だけど、美咲の為だし」
「……ありがと」
こうして、明日からの方針が決まる。
表は犬猿の仲、裏では男女の仲。
裏表の正反対な関係は果たして上手くいくのだろうか。
「おやすみ、和真」
「おやすみ、美咲」
好きだよ、という小さな愛の囁きは夜風に消える。
そして翌日。
早速、二人は大ピンチを迎えるのであった。
息抜きに書いた作品なので、恐らく数話で完結させると思います。
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