5. 魔法少女、爆誕
金色の少女が去り、一命を取り留めたリンはふらふらと神殿の中へと入った。
――基本的にSランクは位階を十倍した数値の魔水を消費すると憶えると良い。Nランクは一倍、SSは千倍じゃ。
――サービスじゃ。
不思議とそんな台詞たちが記憶の中によみがえってくる。
気絶していた時にあのYHという少女が教えてくれたことなのだろうか。
「サービス……」
その彼女の言いつけどおりに魔力炉に向かうと――
《魔水蓄積水量:60 hcl》
そう、制御室にて表示された。
「…………――!」
リンは思わず、崩れ落ちる。
「ありがとう…………ぅ……」
それまで張り詰めていたものが一気に緩んで、目から液体もこぼれ出た。
よかった。とりあえずまだ、生きられる。
あの少女に感謝だ。
けれど、そんな甘えもきっとこれが最後だ。エナの60 hclという数値もそれを物語っている。助けてくれるのは、最初の一歩だけ。最低限のところまで。
「あとは、すべて、ぼく自身の責任」
これから起きる不始末はすべて、自身の手で片付けていかねばならない。もしそれに失敗して死ぬことになっても、きっと、今度は誰も助けてはくれないだろう。
そんな気がする。
「しっかりしろ!」
自身の頬を叩く。戒める。気が緩んでいる、甘えているぞ。ここは異世界だ、前の世界とは違う。当たり前のように生きられる仕組みなどこの世界のどこにもないのだ。
死ぬ。たやすく死ぬ。
故に、生きたければ、ただ生きるためだけの努力を怠ってはならない。
万全を期せ。
少しでも可能性の高い選択肢があったのなら、そちらを迷わず選ぶべきだ。
(Nなら……位階1の魔法なら、難なく生きられていた)
しかも想定外のことではなく、想定どおりに、その通りであったのだ。リンはその上で、自身の生きる可能性を削った。
次はない。
次は迷わず、N1を選ぼう。
そして今回だけは――
「ありがとうございます」
気持ちをあらため、
そして感謝の念とともに、
「クトゥガ・ヴァレット……楽しみだな」
擬人術を使うべく、リンは謁見の間へと場所を移す。
「《神術・擬人化》――っ!」
術書に記されていた恐ろしいほどにシンプルな詠唱を終えると、少し離れた位置に置いてあるクトゥガ・ヴァレットの魔法書が無数の光に包まれる。
やがてその光は円を形造り、ルーンとなって構成をともない、魔法書を中心とした魔方陣となった。
陣を取り囲むようにして光の奔流が舞い上がり、一層激しいものとなる。
そして――
最後、円の中心に、空のように青い光の集合体がうまれる。
「うわっ」
青い光が破裂するようにフラッシュすると、次の瞬間には、円の中に女の子が立っていた。
赤みのかかったふんわりとした長い銀髪。
やや気の強そうな大きな紅い瞳の猫目。
薄手の衣服と丈の短いスカートを身に纏っていて、右腕にはガントレットを装備している。
そしてひときわ目を引くのは、彼女の腰回りで燃え上がるように渦巻いているハヤブサのような炎の光だ。この炎のため、この少女がただの少女ではないことがはっきりと見て取れた。
「クトゥガ・ヴァレットか?」
問うと、円の中の少女はポージングをし、声高に叫ぶ。
「我こそはっ、混沌を灰燼に帰する朱き弾丸ッ! 四大属性・第六位階火炎魔法がひとり――クトゥガ・ヴァレットよっ! かの旧時代、名門貴族ドラロッシュ家の手により開発され、あの名高き第四次ジェーングレイ戦乱にて初めて使用された際、そのあまりの強力さに敵の度肝を抜いた――そうそれが私ッ! つまりなにが言いたいのかというと、あんたなんかに私のことが使いこなせると思っていたら、それは大きな間違いってこと!」
その魔法は、現れて開口一番にそう言った。
リンは率直な感想を述べる。
「なんか、おまえ偉そうだな」
「んなっ!? なによその言い方はぁッ! 偉そうだなんて……ただ、私はすんごい魔法なんだからね! って、あんたなんかには勿体ないくらいの魔法なんだからね! だから大事にしてよねって、そう言っておきたかっただけよ! な、舐めないでよね! このヘボ!」
「………………、うー…………ん」
「なっ……、なんでそんなにまだ不満げなのよ? 別に偉ぶってないって言ってるでしょ?」
「クーリングオフしたいなー……って。今からでもエナに戻ってもらうことってできないかなー?」
「えぇーっ!? なんでそんなひどいこと言うのよ! あんたが私のこと選んで呼び出したんでしょ!? なのにひどいじゃない! わ、わたしで……、わたしでいいでしょ!? わたしでちゃんと満足しなさいよ! なにが不満なのよ!」
彼女は思いの外ショックだったらしく、若干涙ぐみながらそれでも気丈に訴えかけてきた。
その様子はちょっとかわいいけど、でもそういう問題ではないのだ。
「いや、違うんだ、聞いてくれクトゥガ・ヴァレット」
「な、なによ……」
「別におまえはおまえで、ぼくは好きだ。そういうキャラも、ぼくはアリだと思う」
「え、……そ、そう? ほんとに?」
彼女はリンが本心を述べていることを確認すると、自信を取り戻したように、それまでの気弱さを一掃した。
「…………ふ、ふーん、ならいーわよ、仕方ないわ。そう言うならあんたで満足したげよーじゃない! でも言っとくけど、あんたが私のこと使いこなせないようなら、まあきっと使いこなせないに決まってるんだけど? その時にもまだ私が一緒にいてくれているだなんて甘い考えはさっさと捨てることね」
「いや、あのな? だから、最後まで聞けって。違うんだって」
「な、なによ、なにが違うっていうのよ?」
「ぼくはおまえのこと好きだよ?」
「ふ、ふーん、……ま、まあそれなら――」
「だから聞けって、先に照れんなって」
「て、照れてないわよ!」
顔を真っ赤にして彼女は怒る。まあその前から随分既に紅かったのだが。
「ぼくが言いたいのは、ぼく個人はおまえのことを気に入っているが、しかしその他大勢の人は果たしてどうなんだろうな? って、そういうことだ」
「どう……って……?」
落ち着いてそう述べると、彼女はしばし考え込み、神妙に頷いた。
「誰であろうと私のこと好きになってしまうに決まっているわ」
「だよな、おまえはそう言うヤツだよな」
僅かなためらいもなく、心からそう断言してみせる彼女。前向きな性格で羨ましいよ。
「まあたしかに、プライベートで話すぶんにはたしかにその通りなのかもな。みんなおまえをすぐに好きになるかもしれない」
「でしょうー? ふふーん」
彼女は褒め言葉をそのまま額面通りに受け取れる女である。ご機嫌である。
「ただ、商売として――客を相手としてはどうだろうか?」
「む……、どういうことよ?」
「つまりぼくは、おまえを使って金を稼ごうと考えているんだ」
「はあー? あんたこの私を金稼ぎに使おうっての!? ……うーんでもまあ、お金は大事よね。まあ、いいんじゃない? 私はなんだってできちゃうわよ?」
納得してみせる彼女。
てっきり無礼であるとかって激昂されるものと考えていたが、思ったより物わかりのいい奴だった。
「本当になんだってできるのか? ぼくが考えているのは、おまえを護衛として売り出すことだ。おまえという魔法そのものに護衛についてもらえることで、魔法の素養がない者でも、魔法の恩恵にあずかることができる――そういう商売だ」
本当はメイドあたりを考えていたのだけれど、今度こそキレられそうだったから護衛ということにしておいた。
「へーいいじゃないそれ。あんたけっこー見る目あるわね、見直したわ」
クトゥガ・ヴァレットはことのほか感心してくれていた。
「ありがとう。で、さっきはなんでも出来るとか言ってたが、おまえに果たしてその商品としての振る舞いができるのかよ? 金を払ったお客さんに気に入ってもらえるだけの振る舞いが出来るのか?」
「できるわよ。当たり前でしょ、誰に言ってんのよ。すぐに好きになられちゃうわ」
即答された。
「……とてもそんな風には見えないんだが」
「な、なんでよ! あんたさっき私のことが好きって……そう言ったじゃない! お客だって同じでしょ?」
「客ってぼくみたいな人間ばかりじゃあないからな。いろいろなタイプがいる。まあたしかに、ぼくが客としておまえに会えば、それは二三の会話で気に入っていたに違いはないが」
「んなっ――!? なによ、お客さんって……あんた私の客になりたいの? なによ、はやく言いなさいよ、な、何をして欲しいのよ? し、しかたないから、なんんでもしてあげ――」
「落ち着け」
「落ち着いてるわよ!」
相変わらず赤面させているクトゥガ・ヴァレットに、リンはそれまでとトーンを変えて、神妙に告げる。
「いいか、言っておくと今、ぼくはかなり困窮した状況に置かれている。後がない。余裕も無いし、何よりも金がない。そしてかなり疲弊してもいる」
「たしかに、なんかツラそうね。……だいじょうぶ?」
「大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
「ば、ばか……べつに心配なんか――」
「で、そういう状況なので、一刻も早く今後の方針を決めておきたい。おまえが商品としてやっていけるならそれでいい。無理ならはやく他の――」
「他のってなによ!? なに、あんた私という魔法がいながら別の奴を使おうってわけ? 舐めてんの? 私が全部あんたのやりたいことやってみせるわよ! いい、みてなさい?」
そう言うと、彼女はゴホンと、少し恥ずかしそうにしながら、しかしそれすらもすぐに消して、次の瞬間には朗らかで柔和な振る舞いと口調をもって言う。
「ご機嫌麗しゅうご主人様。なにかご用はおありでしょうか? このクトゥガに何なりとお申し付けくださいまし」
「なっ――!?」
思わず目を見張る。
それは予想外に素晴らしい出来映えであった。本当に、やろうと思えばやれる子であったらしい。
言うなればこれまでの高飛車な振る舞いは、家の中の顔なのだ。よそ行きの仮面を付けることが、この子にはできる。これならば、無理と諦めていたヘルパー路線の売り込みも可能かもしれない。
魔法も使えて家事も出来ちゃう、万能の労働力はいらんかねー? 見た目も極上の魔法の少女……――! そうだ、魔法少女! 魔法少女だ!
一家に一魔法! あなたのおうちに魔法少女! いいね、売れそうな気がしてきた!
「ふふーん、なになに? なんか嬉しそうじゃない。さては驚いた? 驚いたのね? 言ったでしょ、私はスゴいんだから! これに懲りたらもう他の魔法にするだなんてお間抜けなことは――ひゃふんっ!」
次の瞬間、リンはクトゥガ・ヴァレットを抱きしめていた。
感極まっていた。生きられる、これで生きる目処が立ったのだ、と。
「ふ、ふーん……、本当にあんたって私のことが好きなのね……。ま、ままま、まあ――……いいわ、ならこれくらい許してあげ――ひゃっちょ、強いわよ、そんなに強く抱きしめられたらぁっん――」
もう、ひもじい思いをせずに済むんだ! そう思ったら、いてもたってもいられなくなっていたのだ。
それ故リンは叫んでいた。解放された緊張感から心を解き放っていた。
「おまえはなんッて素ん晴らしい金の成る木なんだあーッ!」
「……………………は?」
それまでジタバタとしながらも決して拒む行動はしていなかったクトゥガ・ヴァレットが、次の瞬間にはリンを冷たく押しのけはじき飛ばしていた。
「さいってぇー」
ゴミをみる目でそう言われた。
はい……、たしかに。






