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 2. 魔法の擬人術士



「それは……魔法ではありませんね」


 ガーネットは心なし嫌そうな表情をしていた。

 魔法でなければ何なんですか? と目顔で訊ねると、彼女はしばし黙り、やがて観念したように答える。


「神術です」


「……神、ですか」

「そう、神です」


 それはまた……。


「神術は神の御業であり、地上世界にはまず使える者はおりません。……この部屋の棚にも本来ならば並んでいるはずはなかったのですが……」


「ということは、この術の性能はちょっとしたものなんです?」

「いいえ、まったく」


 ガーネットは鼻を鳴らしながら小馬鹿にするように首を振った。


「なんというか、神の道楽とでも言いますか……。無駄にスゴいことではあるのだけれど実際ゴミでしかない純然たる趣味の技……みたいな?」


 ものすごい言いようだ。


 でもまあたしかに、擬人化って言えば、前の世界でも趣味以外の何ものでもなかったからな。ただ愛でるためだけに行われる行為というか。

 そもそも人型って非効率なんだよな。ロボットだって、あれ二足歩行にすることで欠陥兵器になってしまっているし。


 そんなことを考えながら、擬人術の本をパラパラとめくる。

 雑誌をめくるような感覚。然程の意味も持たない、大して内容を理解しようともしていない、そういう行為。


「……あれ?」


 しかし、手が止まる。


(これは……)


 これまで得た情報と、そして今後果たさなくてはならない課題――


 それらを全て踏まえてみて、これ以上になく、擬人化がピタリと必要なものとして符合した。


(案外これを魔法に使えば、簡単に一儲けできちゃうんじゃないか……?)


 この世界の魔法は前の世界で言うところの科学であり、利用できれば生活を豊かにできる優れた技術である。

 しかし現実は、誰にでも使える気安い代物ではなく、限られた人間にのみ使用が許された極めて高等な技術である。仮に使える資質のものが生まれても、既得権益の団体によって吸収されてしまうので、魔法が一般人のもとに降りてくることはない。


 だから一般人は、魔法抜きの、原始的な水準の生活様式を強いられている。


 ならば――


(魔法を誰にでも使えるかたちに落とし込めさえすれば)


 リンの頭の中に、ちょっとしたビジネスプランが舞い降りた。

 ページをめくると、本編の前に、さわりとして術の大まかな内容が記されている。


 擬人術とは、普遍的無意識にある理性に人のかたちと概念を与え、人形としてリブートさせるものなのだという。

 理屈はよく分からないが、結論から言えば、魔法を、その魔法を使うことができる意思のある人形としてメタモルフォーゼさせることが出来る。


 意思を持つということは、指導も可能であるということ。

 指導が可能であるならば、指示に従い魔法を使ってくれる従者のように仕上げることも可能だろう。


 それで売るのだ。


 買えば誰でもいつでも魔法が使える――否、あなたのために使ってくれる従者が手に入る。このやり方であれば、本人の資質は関係ない。既得権益団体に引き抜かれることもない。

 ただ金さえあれば、所有物としての魔法が手に入るのだ。


(魔法を使えるホームヘルパーロボット――あなたの生活に一つの魔法を)


 そんな感じの売り文句。

 擬人化の際のコストは魔力のみであるらしいので、実質ゼロ!


 いいじゃん! イケる気がする。


「ガーネットさん」

「はい」


 天使を見返り、リンは言った。


「特典、この擬人術にします!」


 天使は明らかに動揺していた。オロオロとし、考え直して欲しいと切実なる面持ちで懇願した。


「……本気です? あの、言っちゃなんですがここでの選択はけっこう重要ですよ? あなたはこの神殿で生活するのですから、お金を稼ぐ必要があるのです。先ほども言ったとおり今ここは水しか出ないのですから。なんだったら下界で狩りでもして食糧調達することにもなるでしょう。加えて申し上げておきますと、私は一切関知しませんよ? あなたを雇ったら最後、ここには滅多にやって来ません。だから死にそうになったって私は知りませんし、助けません。だってめんど――そがしいので」


 めんどそがしいってなんだ。混ぜんな。せめてちゃんと訂正しろ。

 彼女はかまわず更にたたみ掛ける。


「無駄術を憶えてなんのプラスになります? 擬人術なんて変態のハゲ――いえ、神の、純然たる趣味でしかないんですよ?」


 もうほとんど神を変態でハゲ呼ばわりしちゃってるけど天使としておまえはそれでいいのか?


「お金はシビアですよ、稼がないとなくなります」


「ちゃんと考えてますよ」

「本当ですか? あ、ほら先ほどのファイアなんてどうです? あれで下の森でモンスターなどを狩り、食糧調達のついでにその肉と毛皮などを売れば、多少なりとも――」

「大丈夫ですって、擬人術で」


 ガーネットは不服そうだった。


「……あっさり餓死されると、また次の人を探さないといけなくなるんですよねぇ……」


 本音が漏れ出てるぞ天使。




 擬人術の選択にしぶしぶ承諾したガーネットは、さっそくその神術とやらの伝授のプロセスに移りはじめる。


「本当にだいじょうぶですか? 命だけは……、命だけは、大切にしてくださいね? あなたの死を心より悲しむ天使がここにひとりいることをどうか忘れないで」


 ガーネットは最後まで切実たる表情でそう何度も忠告してくれていたのだが、騙されるな、こいつはただ後釜を探すのが心より面倒くさいだけなのだ。


「ふう、それにしても……。神術となるとあの変態クソハゲ……――いや失礼、神に承認を求める必要がありいささか面倒ですね」


 ガーネットは瞳を閉じると精神を集中させて述べ上げた。


「《第四位階・世界属性=神聖魔法――レディオヴィジョン》」


 唱え終えると同時、白金色に輝くルーン文字の光が彼女を取り囲むようにして表出し、螺旋の如く紡がれ、魔方陣を組み上げていく。光の奔流が彼女の足下に降りた魔方陣からあふれ出し、何らかの効果を空間にもたらした。


 初めて見る魔法。発動された効果は地味であるが、エフェクトは期待よりも派手だった。


「ええ、ええ、そうです、はい、ええ、まあ、は? あはい、ええ」


 先ほどの魔法の効果はどうやら、映像通信のようなものであったらしい。ガーネットは彼女の眼前にできた空間の歪みのような部分に向かってしきりに言葉を発していた。会話の相手が神なのであろう。


「では、はい、そのように」


 しばらくして、通信を終えてガーネットがこちらに戻ってくる。


「承認を得たので、これからあなたに変態術を与えます」

「変態術?」

「えっ、あっ、…………擬人術です。私としたことが……、失礼を。間違えました」


 この上なく動揺し、彼女は詫びる。

 真剣に間違えたようである。それはなにか、心の底から変態の術であると認識しているみたいで正直キツいものがあった。


「もしかすると、神術を外部に漏らすなどいかんとお叱りを受けることも想定していたのですが、実際は思いのほか好評で、あなたが数多の魔法の中から擬人術を選んだのだと伝えましたところ、それはもうご満悦に『なんと見込みのある青年ではないか、のう、ガーネットよ、お前もそうは思わんか? 是非とも、その者によろしく伝えておいておくれ――』」


 彼女はそこで一呼吸置くと、


「『今度一緒に茶でも飲もう……、我が同士よ』――と」


 そう言伝を述べながら、それはそれはもう見事なまでの心からの軽蔑的な眼差しでリンを見つめた。


「同士……」


 どうやらガーネットの中で、リンのことがキモいクソハゲの同士であると認定されたようだった。


「(一刻も早くあなたのいるこの空間から立ち去りたい感情がMAXチャージされましたので、)さっさと始めましょうか」


 心の声が漏れすぎ。


「神術習得の前に、ひとつ連絡事項を。如何せんあなたはただの人間であるので、元来の所持魔力量がまことに少なく、このまま術を習得したとしても使用することはかないません。なので、あなたの親愛なるご友人である神よりひとつ特別サービスが与えられるとのことです」


「ありがたいですね。ただガーネットさん、その道ばたのウンコを見つめるような目でぼくを見るのはやめてもらえますか。ぼくはウンコではありません」

「お気になさらず」


 気にするわ。なんだその返し。せめてうわべだけでも否定してほしかった。


 そんなリンの気持ちをよそに、彼女はあくまで事務的に話を続けた。


「あなたの魔力器官は特別に、この神殿の魔力炉と直結させるとのことです」

「つまりぼくはこの神殿の魔力を外部ソースにして術を使えるということですか?」

「その通りです。なので、お金を稼ぐ意義が、より一層増したということになりますね」


「なるほど、そうですね」


 この神殿は、金を元手に魔力を生み出す。そしてリンは、その魔力を自身の魔力として使うことが出来る。


 故に、金を稼げば稼ぐほど、リンの魔力量は巨大な物になる。


 金は力だ。金を稼げば稼ぐほど強くなる


 ――そんな構図が、今、完成した。


「では、術をあなたに与えます。目を閉じ、私の前に立ってください」


 ガーネットが擬人術の術書を手に、そう告げる。

 言われたとおりにする。と――正面の方からなにか声が聞こえる。


「《神の命により、代理とし天使ガーネットが検閲させる。第十五位階・世界属性=神聖魔法――イデアル・フレイア》」


 言葉とともに、なにかあたたかいものが目の前で発せられているのを感じた。たしかな力に包まれていくのを感じる。目蓋の向こうで目紛しい光が渦を巻いているのが分かった。

 それは数十秒の間続き、やがて静まった。


「終わりました。あなたはもう擬人術を習得しています」


 目を開く。たしかに、なにかこれまでにない力が自身に宿っているのを感じた。


「あなたはもう術を使うことができます。しかし術についての詳細は別に術書から学びとる必要があります」


 力は与えたのでルールについては自分で調べろとのこと。

 彼女がテーブルに置いた術書を見ると、けっこう分厚い。


「まあ索引がありますので、必要に応じて、必要な部分だけの学習で問題ないかとは思います」

「わかりました」


 ゲームのチュートリアルみたいなスタンスで、要所要所で必要な事項だけ調べることにしよう。


「それではこちらからは以上となりますので、私はもう行きます」


 ガーネットは翼で羽ばたき、宙に浮かびながらそう言った。

 颯爽と、最低限の用が済んだら現場なんてさっさと立ち去る。まったく、熱心なことである。


 彼女の様子だと、もはや追加で質問するにしてもひとつ――が限度といった感じ。もうここには戻ってこないと明言していたので、最後のチャンスに訊くべき事は訊いておくべきだろう。


 本当は些細な問いならいくらでもあるのだけれど、その中からひとつだけ選択するとなると、結構迷う。


 なにを訊くべきだろうか?

 そう考えて、なにより大切なことを、まだ確かめていない事実に気がついた。


「お給料は」


 そう、金である。取り分だ。リンは彼女に雇われた。だけどそれについての一切の説明がまだだった。

 これからこの神殿で一年間働くわけだけれど、どのくらいの収入が見込めるのか? またどのような給与体系なのか? 歩合か? 基本給のみなのか?

 それによりこちらの勤労の姿勢も変わる。むしろ一番大事なことと言っても過言ではない。


「……気がつきましたか。仕方がないですね」


 雇用者として極めてまずいリアクションである。


「ああ、いえでも誤解なさらないように。もともと、決定していた体系に基づき、きちんとお給金は支払う予定でしたよ」


 純然にこれ以上あなたと会話するのが面倒くさかっただけなのですと手を横に振りながら天使。


「で、その給与体系とは……?」


「完全歩合制です。私たちはあなたにこの神殿といくつかの能力を担保として貸し与えました。あなたはそれらを用いて稼ぎをする。そしてそれこそがそのままあなたの取り分となります。帰還の際に担保として与えた神殿と能力は返してもらいますが、あとはあなたのものですよ。あなたの世界の通貨に交換して差し上げますので、お持ち帰りください」


「え? まるまるですか? 数パーセントは上納とか、そういうのは」

「いえいえいえいりませんいりません、丸ごと差し上げますけっこうですよ。なのであなたはただ、餓死だけはしないように、せいぜいしっかりと生きてこのダンジョンを維持し、無事期間を満了さえしてくれたらいいのです」


「ええと、ちなみに通貨交換の際のレートは……?」

「ご安心を、公正なレートで行います故。両世界の物価水準を考慮し、現在なら1ギル100円というところですかね」


 この世界の通貨はギルであるらしい。


「まあ、信用してくださって大丈夫です、ご安心を。……でもいいですか、餓死だけはしないように」


 口ぶりからして、どうやら彼女は、リンがこれから一年の間、ここで生き抜いていくことすらも難しいのではと、そう不安視しているらしい。

 其の日暮らしをしながら、細々と、ただダンジョン管理を続けて期間を満了してくれたのなら上出来――そのように、考えているのだ。


 それ故の、この大盤振る舞い。

 破格の条件。


「わかりました、どうもありがとうございます」


 以上のことを理解し、リンは薄く微笑んだ。


「いえいえ、まあせいぜい、異世界を満喫してください。そういえばこの神殿の水も、なかなか美味しいものですよ? きっと一年間でも、あなたを愉しませ続けることでしょう」


 逆に言えばこれから一年間、リンが摂れる水分はその水がせいぜいであるとでも言いたいのだろう。


 彼女は「《第十一位階・合成属性=時空魔法――次元転移》」そう唱えて、さながらガラス製であるような透き通った、且つ僅かに光の歪曲を含んだ扉を眼前に発生させた。


「ではリンさん、お元気で」


 扉を通り、ガーネットの姿は消えていく。一瞬だけ、ガラスの扉の先が垣間見えた気がした。数多の天使たちが、ワインを手に、豪華な食事を満喫している景色であった。

 もしかすると、こことは別に経営しているダンジョンで、盛況な場所があり、その場所で、本来ならここで送るはずであった悠々自適な生活をエンジョイしているのかもしれなかった。


 不良債権を、リンに押しつけて。


「ふ……」


 楽しくなってきたな。

 いいぜ、目にものを見せてやろう。


「今日からぼくは、魔法の擬人術士だ」


 リンは笑った。

 それから、おなかが鳴った。

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