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というバナー広告を迷わずクリックしたらここにいた。
異世界である。
正直バカだったなと反省している。まさかワンクリックで強制連行――いや、強制召還されてしまうとは思わなかった。
まあそれが普通だとも思うが。
「とにかく、そういうわけなので、ここに来たのはほぼほぼ事故みたいなものなので、だから今すぐぼくを帰してもらっていいですか?」
西洋風のバロック的で石造りな神殿風の建造物の中の一室。
その場所で彼――リンは、一人の女性とオーク材のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
面接である。
「ダメですよリンさん、なに言ってるんですかまだ面接は始まったばかりじゃないですか。帰しませんよ? ええ、絶対に帰しませんともよ!」
そう言って立ち上がろうとしていたリンを無理矢理椅子に座らせる彼女。
名をガーネットという。そして職業は炎の天使であるとのことだ。
実際問題、彼女の外見は二枚の白い翼を持つ天使そのもので、それはリンが一目でここは本当に異世界であるのだと信じた要因でもあった。
ガーネットは宝石のように煌びやかに透き通る長い髪を手で払うと、次の瞬間には元気よくこう言った。
「そして採用ッ!」
簡潔すぎて、そして唐突すぎて一瞬なに言ってんのかまるで分らなかったのだけれど、どうやら雰囲気から察するにリンは面接に合格して採用となったらしい。
「まだぼくここに来てから家に帰りたいという訴えしかしてないんですけど」
「そうですね、しかし採用です」
「面接とはいったい……」
「まあ、せっかくきたイケニ……ごほん、応募者をおめおめ逃がすわけには……あ、えと間違えました」
まさか二段構えで間違えてくるとはな。さすがにビックリだよ。
「リンさんのお人柄があまりにも素晴らしく秀でていらっしゃるので、そう、是非うちで働いていただきたいなーと」
遅すぎる。もう手遅れだ。
目の前でやっちまったと冷や汗を垂らしている天使を眺め、リンはおよそ大概の人間がこの場で当然浮かべそうな不安についてそっと言及してみる。
「あの……」
「なんでしょうかリンさん」
「もしかしてなんですけど、」
「……はい」
「ここってその…………、ブラッ――」
「違います」
はやい。被せるのはーやい。めっちゃ焦ってんじゃん。絶対もうここブラックじゃん。
不安が確信に変わる。
「じた――」
「辞退は許可しておりません。採用した以上、絶対に働いていただきます。だって採用なんですから! 一年です! この契約期間の間は少なくとも絶対に働いていただきます!」
「どういう論理なんですかそれ……」
ほぼ言ってること奴隷商人なんですが。
「そもそも一年とか、さすがにちょっと向こうの世界での生活に支障が……。大学始まっちゃ――」
「いえご心配なく! 大丈夫ですから! こちらでの一年はあちらでの一ヶ月なので! 今夏休み中ですよね? その夏休み内でこちらの一年まかなえちゃいますから!」
身を乗り出しリンの顔に唾を吐きかけながら怒濤の勢いでたたみ掛けるガーネット。熱意は感じた。
「では、職務内容についてご説明させていただきますね?」
どん引きするリンをよそに、天使ガーネットは爽やかな作り笑いで仕事の説明に入った。
曰く。
主な仕事はここ――『天空樹神殿アールムヘイル』の管理・運営業務である。
天空樹神殿アールムヘイルとは、天空に浮かぶ大樹の上にある巨大ダンジョンだ。
アールムヘイルは天使族によって建設された。
全十層のステージ構成で、下九層が大樹の太い幹内にある迷宮ステージ、そして最上部の第十層が大樹の枝葉のうえに広々と開放的に作られている神殿ステージとなっている。
神殿ステージにはこのダンジョンの主でありボスでもある天使族たちが常駐出来るよう居住空間も用意されている。
その居住空間には叡知の限りを尽くされた豪華絢爛で怠惰の極みとも言える快適設備たちがあますことなく配備されており、それらの全設備稼働のためには常に莫大なるコストがかかるわけだが、ダンジョンにやってくる冒険者たちを蹴散らし得るドロップ報酬で難なく回していける――
――はずだったらしいのだけれど現実はまるでそんなことはなく、
そもそも天空樹神殿アールムヘイルは天空に浮かぶ大樹の上に建っているわけで、そんなところにまで乗り込んでこれる冒険者などほぼ皆無であるどころかそもそもこのダンジョンの存在自体を下界で知られていない可能性すらあり、それに気が付きダンジョンの宣伝に出かけようとする頃には既に破産状態で、迷宮のモンスターやギミック、トラップ等を根こそぎ売りさばいた後であり、ダンジョンとしての体を保てなくなっていた。
もうダンジョンではなくなっているので、ダンジョン運営は不可能となり、しかし維持するだけでも莫大なコストがかかる。
それで結局今では神殿全ての便利施設を凍結して、そんなこんなで住んでいた天使たちも出て行ってしまって誰も寄りつかなくなってしまった。
もはや廃墟である。
しかし他の天使たちとは違い、ガーネットはここを建てた張本人であった。故に他の天使たちのように上手くいかなかったとただ出ていくわけにもいかない。ただでさえ建設には数多の資材や資金が投入されているのだ。
せめて、細細であろうともダンジョン運営を続けて、少しでも採算をとりたい。
けれど自身はこんな金のないひもじい場所で暮らすのはイヤだ。
誰か代わりに貧乏ダンジョンを管理してくれるひとを探そう。
この世界の地上の奴らを使うか? いやでも、下手をすると天使族全体へのイメージダウンをもたらし、他のダンジョン運営にまでも悪影響をもたらしかねない。
あ、ならこの世界の誰とも関わりを持たない、別の世界で誰かつかまえてくればよくね? 暇でアホで尚且つ貧乏生活に慣れていそうな奴。
「てなかんじです」
天使は募集経緯についてそう締めくくった。
「おや、もしかして何かちょっと怒ってはいませんか?」
「そう見えますか?」
「見えます」
「正解っ!」
「やったー!」
やったーじゃねえよ。
暇でアホで貧乏な奴で悪かったな。
「当初はこのアールムヘイルも、一部上場ダンジョンを目指していたわけですが……、ていうか私たちは列強種族である天使なわけですから、むしろそれが当然くらいに考えてすらいたのですが……まあ今ではあなたのような者をなんとかひとり雇うのがギリの有り様なわけです」
いちいちこちらを貶めないと会話を終われないのだろうか?
ちなみに一部上場ダンジョンとは、この世界に存在するダンジョンを冒険者に紹介する場である『中央ギルドの紹介場第一部(中介一部)』に案内情報を公開しているダンジョンのことであるらしい。
上場するとより多くの冒険者に案内されることになり、必然的にダンジョン来訪者も増やすことが出来る。
ただし上場には当然それにふさわしい条件が必要とのこと。
「まあうちの経営はもう火の車なので、夢のまた夢ですね」
たしかに、ダンジョン機能をほぼほぼ止めているとのことだったので、そんな状態ではまあ無理だろう。
「アールムヘイルは現在0.1%ほどの稼働率です。人間一人が生きていけるギリギリの水準レベルでの設備のみ稼働させている状況です」
「具体的には何の設備を動かしているんですか?」
「ウォーターサーバー――飲み水を供給する設備です」
「それと?」
「それだけです」
本当にギリギリだった。
とりあえず欠如した際に最短の死因となる水だけはギリ確保しておこうみたいな。
「神殿内の設備は全てが魔法で動いています。そしてその魔法は魔力を源としており、さらにその魔力を供給するためには魔水が必要となります。エナはあなたの世界で言うところの電気やガソリンみたいなものだと考えればわかりやすいと思います。エナは神殿内で自家精製していますが、宝物庫内の財宝を材料にしているため、宝物庫が空になれば精製は止まります」
煎じ詰めると、この神殿はすべて、金によって動いているため、設備を利用したければ金をたんまり稼いで宝物庫の中に入れろ――
と、そういうことらしい。
そして彼女たちは商才の無い自分の代わりにそれをできる別の人間を探している。
「うーん」
リンはそこまでを聞いて、どういうわけか、
(わりと面白そう……)
というような感想を抱いてしまっていた。
つい先ほどまではブラックだ! 横暴だ! と、そんなことを喚き散らしてすぐさま帰ってやろうと、そんなくらいに考えていたのに。
たしかにところどころで色々とヤバげな感じはヒシヒシと伝わってくるのだが、それを補って余り有るほどのワクワク感が無きにしも非ずなのである。
(なんかシム○ティみたい)
そんな風に思った。やったことないけど。純然なるイメージで。
何かしらで金儲けして、このダンジョンを大きく育てて、最終的に夢に消えた一部上場を目指してみるというのも楽しいかもしれない。どうせ他人の資本だし。好きにやれそうだ。
「いいですよ!」
なのでリンはそう快諾する。
「正気ですかっ?」
その快諾ぶりは天使が正気を疑うほどだった。
いや、でもそこは疑っちゃだめだ、募集主。
「本当です。いいですよ、ここで働いてあげます。ただし、」
そう、ただしである。
交換条件だ。ここは剣と魔法の世界であるらしい。ならば、そこに召喚された者として、何らかの特典が欲しいものである。
都合の良いことに、どうやら彼女はここの仕事をはやく誰かに決めてしまいたくて仕方がないらしい。だから、その足下を見て交渉することが出来ればと考えた。
「しかたがありませんね、特別ですよ? 一つだけ、何でも好きなものを一つだけ、剣でも魔法でも、あなたに差し上げましょう」
利害の一致をみた。彼女もこれ幸いと決めにかかってくれた。
しかも『何でも』いいらしい。意外と豪気である。
「なら魔法がいいです」
「……判断がはやいですね、もしかして最初から決めていたんですか?」
「まあ、そんなところです。やはり魔法の世界に来たのなら一つくらいは使えるようになってみたいものですからね」
ロマンである。
「何の魔法がいいですか?」
「逆に何の魔法がありますか?」
問うと、彼女は少し考えてリンを別の場所に案内した。
書庫である。
彼女は百メートル四方の部屋に所狭しと立っている書棚――その中にやはり敷き詰められている幾千の書物を指し示し告げた。
「これらは全て魔法の書です。ここから選ぶと良いでしょう」
一冊手に取ってみる。
分厚く重い革装丁の本――その背表紙には見も知らない文字で(しかし何故だか読むことが出来た)『ファイア』と記されていた。
ページをめくってみると、中身は一冊まるごとファイアについてだった。
「もしかして、本来はこの分厚い本を読み込まないと魔法って使えるようにならない感じですか?」
「ええ、そうです」
彼女は首肯して続ける。
「それに加えて生まれながらの資質や魔力量等も重要になってきます。あと、あなたには業務上必要であると考え、特別に読めるようにしてしまっていますが、実はその本はすべてルーンという古代の魔法使いの言語で記されているため、本来ならばそもそも読み解くことすらも相応の高い専門知識が必要となるのです」
だとすると、この世界には魔法があると言っても、それほど生活の中に根差した身近で気安い存在というわけでもないのかもしれない。
ガーネットはこちらの意図を察したのだろう、頷き、言葉をつぐ。
「お察しの通りです。この世界の人間にとって、魔法は誰でも使えるものではなく、むしろ使える者のほうが珍しい――そういう力です。人間の中で魔法を使える者といえば貴族や冒険者のごく一部がせいぜいで、一般領民の中にはまずおりません。ごく稀に一般人の中に素質ある者が生まれたとしても、すぐに貴族連盟や冒険者協会に引き抜かれ、連れて行ってしまいますし」
となると、今回特典で魔法を使えるようにしてもらうというのは、想定以上に有益なことであるのかもしれない。
――と、
「うん……?」
部屋の片隅――そこに一冊、他とは違う、端々に金色の装飾が施されている本を見つけた。
リンはそれを手に取り、表題を確認してみる。
「擬人術……?」