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とある文房具屋での小話

作者: いっこ

  とある文房具屋の、とある陳列棚。そこでは、たくさんのペンたちが心を弾ませながら、静かに並んで待っていた。


「俺を買ってくれる人は、どんな人かな」

「昨日も、私と同じ型なのに、もっと線の細い子が選ばれていったわ。私みたいに太い線のペンは、最近、人気がないのかしら」

「おいらなんて、もっと酷いぞ。兄弟10人まとめて袋に入ってるのに、先輩に聞いた所によると、買われた後は皆んな別の人間に配られて、兄弟バラバラにされてしまうらしい」

「うふふ。私は新製品のボールペンだから、仲間たちがこの棚とは違う所にもいるのよ。そうして人間は私を見つけて、手にしてくれるの。鼻が高いわ」

  もちろん人間には聞こえない声だが、彼らはいつも、こんな風に楽しくおしゃべりをしながら、棚に並んでいた。とは言っても動くことはできないので、みんな声を大きく張り上げている。


「僕の中には、3色のボールペンが入っている。それがずっと自慢で誇りだったのに、最近似たようなやつらがウジャウジャいて、困ってるんだ」

「あなたをわざわざ選ばなくても、他に良いペンがたくさんあるからね」

  そう冷たくあしらったのは、隣の棚にいるシャープペンシルだった。シャープペンシルは、こうも続けた。

「いつもあなたたちが、やかましく話をしているけど。こちらの業界も大変なのよ。今までは、握りやすいとか芯が出やすい子が人気だったのに。最近は、いつでも尖ってるとか、体が細くて軽いとか。昔から人気だった子もまだいるけど、いつの間にか姿を消している子も多いわ」

  その言葉を聞いて、ボールペンたちはお互い顔を見合わせ、黙り込んだ。


  確かに、昔馴染みの仲間も多かったが、気付かないうちに1人、また1人と居なくなっていた。買われていくのではない。棚に置かれなくなるのだ。


  この時代の流れに、中でもとりわけ不安をかかえているのは、3色ボールペンの面々だった。彼らはいつの間にか現れ、一世を風靡し、今でもこの棚の王者として君臨している。しかし彼らにもそれぞれ特徴があり、王者の中でも人気のある者とない者に分かれつつある。

「認めたくはないが、もうすぐ、俺たちは王者の座をあいつらに受け渡すことになる。だからせめて、それまでは、凛とした態度でここに並んでいたい」

  そう言ったとある3色ボールペンは、力強く意志のある声と共に、すぐ隣に並ぶ “大きなグループ” を睨みつけた。


  長い陳列棚には、昔から暗黙の了解のように、並ぶ順番とそれぞれに与えられたスペースがあり、それが大きく変化することはなかった。しかし、“あいつら” が現れてから、この世界はガラリと変わってしまった。仲間たちの数が少しずつ減っているのも、自分と同じ型の在庫がなかなか増えないのも、全部 “あいつら” が来てからだ。


  “あいつら” は、何の前触れもなく現れた。見た目は自分たちと同じで、特に変わった所も見当たらなかった。棚の住人たちは、いつも通り、新人を優しく迎えた。しかし “あいつら” は、先住民の温かい言葉に何か返事をするわけでもなく、ツンと鼻を上に向けながら黙ってその場に座っていた。こういう輩は、たまにいる。自分は特別で新しい商品だから、おまえたちとする話なんてない…というお上品な雰囲気を醸し出す連中だ。しかし大抵の場合、そいつらも時代の流れと共に “こちら側” へやってくる。真隣へ置かれることになった頃には、「いやぁ、あの時はどうもすみません」なんて頭をヘコヘコ下げながら、申し訳なさそうにやってくるのだ。

  みんな、それぞれが『自分が一番』だと誇り高く思っていた時期があった。しかし時の流れには逆らえず、いつしか『その他大勢と同じ』になり、やがて『待ってても手に取ってもらえないから、棚にも並ばなくなる』…それを、ここいる連中は全員が知っている。明日は我が身。そう思いながら、仲間たちと手を取り合い、励まし合いながら、いつも棚に並んでいた。

  新参者の “あいつら” も、例外なくそんな結末を迎えるものだと思っていた。この棚に並んでいる面々も、やはり一度は『自分が一番だと信じて疑わない』という時期があった。あの頃は若かったのだ。だから、今の “あいつら” の態度にも、そこまで腹を立てない。どうせ、いずれ我々と同じようになるのだから、と。


  しかし、その予想は大きく外れた。斜に構えた新参者の “あいつら” は時の流れと共に、次第に自分たち『その他大勢』の仲間入りをするどころか、この限られたスペースの棚の中で、なんと『自分たち王国』を作り始めたのだ。そして、“あいつら” は初めて来たあの時と同じように、こちらを見ることはなく話しかけるわけでもなく、お高く止まりながらその場に座り続けていた。


「この現象…俺は、知っているぞ」

  そう呟いたのは、お世辞にもイマドキとは言えない古びた格好のボールペンだった。彼は今でこそ棚の隅に追いやられているが、その状態でもう何年も残っている。売れ筋ではないが、買い求める客が常に一定数いる。古株の、どの世代の人間も一度は手にしたことがあるような、大手のボールペンだった。


  彼は、まるでかつての大戦争を思い浮かべるように震えた声をしながら、小さな声で話し始めた。

「あの時… “やつら” は、初めはほんの数本だった」

  棚の様々な場所にいるペンたちが、ごくりと唾を飲み込みながら、彼の話の続きを待つ。重く響く、ピンと張り詰めた空気が棚全体を包んでいた。

「 “やつら” の見た目は、お世辞にも頑丈とは言えなかった。ほんの少し力を入れればすぐに折れてしまいそうな、か弱い姿。俺のように、長年大事に使ってもらえるような風貌ではなかった」

「あの頃は、ちょうど…今おまえたちに仲間がたくさんいる『3色ボールペン』が人気でな。しかし、“やつら” はその体に一色しか色を持たなかった。3色ボールペンに比べると、明らかに使い勝手が悪い。その場にいた全員が、こう思っていたよ。『こいつらは、すぐにこの棚に並ばなくなる』とな」

「だが “やつら” は消えなかった。消えるどころか…なんと、“仲間” を増やし始めたんだ!」

「体には一色しかないが、“やつら” はその体の本数で戦いに挑んできた。そう、例えば…青の色であれば、薄い青から濃い青、華やかな青と…実に様々な色を持った仲間を、次々に増やしていった」

「そして、いつしか…我々古株たちが気が付いた頃には、この棚の3分の1が、“やつらの王国” になっていたんだ。様々な色の種類があるもんだから、その分スペースをとってな。しかも、体自体は華奢なもんだから、人間はすぐに買い換える。やがて、我々のような古株や、それまでトップの座を走り続けていた3色ボールペンたちは、少しずつ少しずつ、棚の隅の方に追いやられていったのだ…」


  皺だらけの声で繰り広げられたその物語に、棚に並んでいたペンたちは息を飲んだ。まさか、そんなことがあるなんて…

  しかし、シンと静まり返ったその空気の中で、ある1本のペンが声をあげた。

「というか、それって…もしかして、自分たちのことっすかね」

  ん?と棚の連中は、彼を見た。彼の両隣には、彼と同じ姿をしながらも、中の色が違うメンツがずらりと横に並んでいたのだ。

「自分、一時期若い子たちに人気だったっす!手紙とかメモとか可愛く書くのに、たくさんの色を集めてもらって。俺ら専用のペンケースを用意する子とかもいて。いや、あの時は本当、俺ら王様だと思ってましたね!」

「「「おまえらかよ!!!」」」

  その場にいた全員が思わず声を上げた。しかし、それがまた、今現在の状況が最悪であることを物語っていた。

「次々と脱落者を出し、一世を風靡したおまえたちまで、俺らと同じ棚に並ぶようになるとは…」

「あの新しい連中は、一体どんな秘密兵器を持っているというんだ?」


  ざわざわと、各々が真横にいるペンたちとああでもない、こうでもないと話していると、棚の通路に若い男性が入ってきた。ペンたちは、(どうせ聞こえはしないのだが)反射的にピタリとおしゃべりを辞めた。

  男性は、うーんと目を細めながら、棚に並ぶペンたちを上から順に一本ずつ吟味していた。ペンたちは、「僕を買ってください」「私の方があなたに尽くします」「古き良き使い勝手をあなたにお教えいたしましょう」などと心の中で念じながら、彼の反応をうかがった。

  そしてその男性はついに、棚に手を伸ばした。

「やっぱ書類だし、消えるのはマズイから、こっちかな」

  そう言って、左手に持っていた見慣れぬボールペンを乱暴に棚の中に放り投げ、さきほどかつての大戦争の話をして棚中を張り詰めた空気にした古株のペンを手に取り、レジへ向かった。


「…あの人が選ばれたか」

「まあ、あの人なら…仕方ないよな」

  選ばれなかったペンたちは落胆していたが、あの古株のペンはそれこそ長い歴史を持ったペンだったので、皆が皆、納得をしていたようだ。


  問題は、あの男性が棚の中に放り込んだ、見慣れぬペンだ。各々が仲間たちと手を取り合い綺麗に整列している中で、そのペンは何の断りもなく勝手に入り込んできた。何か一言あっても良いのではないだろうか。しかし、その見慣れぬペンは申し訳なさそうな顔をするどころか、ふくれっ面をして周りのペンたちを睨みつけていたのだ。

「あなた、どこから来たの?ちゃんと元の場所に戻してくれないなんて、酷い人よね」

  そう優しく声をかけたのは、姿形はスリムでいながらも、小さな石やキラキラ光る装飾をまとった “オシャレ系3色ボールペン” だった。彼女もまた、一時期手帳ブームの際には大人気だったが、斜に構えることはなく、「見た目だけゴテゴテしてますが、中身は皆さんと同じです」なんて謙虚な態度でいたものだった。

  彼女は、この棚の癒しの存在だった。しかし、その “見慣れぬペン” は、彼女にこう言った。

「気安く話しかけないでくれる?私、あんた達とは違うから」

「あんたら、ただのペンでしょう?うちらは、ペンはペンでも… “消せるペン” なの」


  …は?

  こいつは何を言っているんだう、と、棚の連中ほぼ全員が口にしようとしたが、必死でその言葉を飲み込んだ。

  我々最大の特徴は、鉛筆やシャープペンシルとは違って『消えない』ことなのだ。だから、重要な文書には欠かせない存在である。『消えるペン』など、本末転倒じゃないか。

  しかし、“そいつ” は続けてこう言った。

「あんたらが長い間消えないせいで、人間たちはすごく不便に感じるようになったの。だから、私たちが作られた。仕組みは内緒。でも、少なくとも、あんたたちの『仲間』ではないことは確かよ」


  生意気な口調でそう話した “そいつ” は、しばらくして、店員が気付いて棚から取り出し、元の場所である『隣の王国』に丁寧に並べた。


「おい、見ろよ。三色のやつらもいるぜ」

「ああ…一色組も、色も豊富だ」

「それより、あっちの隅の方を見ろ。『消せるマーカー』まで…」

「なんだよそれ…」

「ペンだけじゃないよ。消せるなら、僕らシャープペンシルだって、もういらないじゃないか」

「これは…勝てる気がしない…」


  まるで通夜のような重たい空気が、棚中に溢れた。それを、通路の反対側の棚で並んでいた鉛筆たちが、他人事のように見つめている。

「流行に流される連中も大変ね」

「本当だわ。私たちは代わり映えはしないけど、いつの時代も子供や職人が変わらず買っていってくれることに感謝をしないと」

  まさに対岸の火事、といった具合にひそひそ話す鉛筆たちを横目に、棚の下の方に少ない数ではあるがぎっちりと詰められているクレヨンや色鉛筆たちが、他の筆記具たちに聞こえないようにさらに小さな声で話していた。


「俺たちは元々人気がないから、あんな風に夢を持ったり、不安がることもなくて良いな」

「うん。でも最近少しずつ、大人が私たちを手に取るような気がしない?」

「子供のためだろ?」

「ううん、たぶん本人が使うような感じがするわ」

「へえ…知らないところで、また変な流行でもきているのかな」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 商品名をまったく出さないのに、どのボールペンのことかが分かるぐらいペンの特徴が書いてあって、流れが分かりやすかったです。 [気になる点] ジェストについて特に何も無かったことです。(僕が読…
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