孤独と一筋の光
(…こりゃ化けるの。)
修行を始めてどれだけ時間が経っただろうか。
ナキには時間の概念はない。
そもそも魔族の命は長い。
普通に生きていればの話ではあるが。
大抵の魔族は争いの中でその命を散らす。
ナキのように長命な魔族は稀である。
特に1000年も生きるということが、只々単純に、その強さを表している。
毎日を快適に過ごすことは出来る。
でも張り合いはない。
(ジュラスとの約束が無ければの…)
(ここまで長く生きることも無かったかもしれんの…)
ふと思う時がある。
ある時から、自分の生きた時間を数えることは辞めた。
考えたところで、生を放棄するという選択には至らないからだ。
退屈な毎日。
それでも退屈な顔をして生きるのは癪に触る。
楽しいことを探し、楽しむ方法を探し、長い日々を生きてきた。
ニコニコ笑っていたら、出会う相手もニコニコ笑うことも知った。
それさえも予定調和になれば、また次の楽しいことを、楽しむ方法を探す。
その繰り返し。
忘れた頃に押し寄せる孤独。
どんな魔法を使っても、かき消すことは出来ない、虚しさ。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
そんなナキの毎日を、照らした一筋の光。
その一筋の光は、ある日いきなり部屋の中に落ちてきた。
(消さなくて良かった…)
しみじみ思う。
突然現れたそれに、珍しくビックリして飛び退いたナキは、あまりの唐突さにこみ上げた怒りを爆発させるべく、その小さな手の中に、真っ赤な炎を発生させた。
「ん??」
「人間か??」
間違いなく人間だった。
久々に目にする人間。
ナキは手の中の炎を消し、人間に近付いた。
「輪廻…人か…」
落ちてきた人間の元に近寄り、しゃがみ込む。
「ギリギリだの…」
このままでは死ぬだろう。
青白い肌の色。いつ失われてもおかしくないであろう、命の限界の色。
気まぐれだったのかもしれない。
倒れている人間の顔に、ナキは顔を寄せた。
青紫色のカサカサに乾いた唇に、自分の唇を重ねる。自分自身の魔動力を吐く息に乗せ、唇の中へと送り込む。
何度か繰り返す内に、ほんのりではあるが、青白かった肌に紅みがさす。
ゆっくりと…
離れる勢いで、それを壊してしまわないかのように、ゆっくりと唇を離す。
「ふん…」
これでダメならどうにもならないであろう。
(だがの…)
その人間は生き延びた。
生き延びて、こうして自分の元で修行に励んでいる。
そしてその人間は、激しい修行に毎日挑んでいる。嫌な顔もせずに、だ。
あろうことか、毎日のご飯まで作ってくれる。
唐揚げという至高の存在にも出会わせてくれた。
かつて何をしてもかき消すことの出来なかった、孤独の存在を忘れさせる、ナキにとっての一筋の光。
生きていて良かった。
心底思う時がある。
だからこそ、修行もどんどんハードになる。
この人間が望むのであれば、とことんそれに付き合おう。
元々はナキ自身が提案したものだ。
自分が遊びたいからと言う理由をつけて、
魔界で生きる強さを身につけさせるつもりだった。
(それなのに…)
この人間はどうだ…
挑むことをやめない。
倒されても、倒されても、強くなろうと向かって来るのだ。
この人間が望むのであれば、
とことんそれに付き合おう。
ナキの思考は基本はシンプルだ。
自分が良いと思ったことはする。
したいことはする。
ワクワクすることはする。
今、たまらなくワクワクする。
ナキの格闘スキルをガツガツと吸収する男を見て、面白くて仕方がない。
1000年生きてきて、初めてのこと。
(こりゃ化けるの…)
そろそろ次のステップに進んでも良い頃合いかもしれない。
汗をかいて地面に寝転がる、上半身裸の男に向かって、ナキは口を開いた。
「ジョーイ!新しい修行をするぞ!」