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4話 VSドリーマー

公開していないものも含めて今まで書いた作品のほとんどに

 手強かった。考えたのは幼女……しかいないよね。なんて巧妙な作戦を立ててくるんだ。これは、この先も油断できないな。

「……やぁっと終わったかよ」

「ええ、そうですね」

 僕達はその場にへたり込んだ。

 痛みもあるけれど疲れもあり、なにより張っていた気が抜けた事が大きい。でも僕は行かなければならない。今も体に、覚えのない衝撃が加わっているんだ。

「佐熊さん、ここを任せても大丈夫ですか?」

 僕は立ち上がって額の汗を拭う。本来ここではかかないはずの汗は、エフェクトとしてリアルに再現されているらしい。拭いきれずに落ちた滴が、地面の砂に染み込んだ。

「さっさと行けよ。あのスカした野郎を助けに行くんだろ?」

「はい」

「ウチも意味不明な痛みを受けるのはゴメンだからな。ここにテメェの仕事はもうねぇし、早く行ってやれ」

「それじゃ、また後で」

 佐熊さんに手を振り、僕は急いで来た道を戻る。その途中、

「わっ!」

 手裏剣が腕に当たって落ちた。傷を負わないから刺さらずに落ちるだけで、それでもダメージは結構ある。

「痛っ!」

 次はクナイだ。間違いない。近くに忍者がいる。

 だけど周りに姿は見当たらない。ここ、城の側面のエリアには、人が隠れるには難しい大きさ、茂りの木が数本。小岩がいくつか。あとは池と橋くらいしかない。

 背に壁を付けて辺りを警戒する。

 ん、あの池――なんか細い棒がある? あれか、水の中に潜む忍術か!

 寄って行って近くの小岩を投げ込むと、頭を打った忍者が浮かんできた。

「よっ!」

 止めを刺す。

 ふぅ、びっくりした。狭間さんが攻撃を受けているみたいだから予想はしていたけれど、もう忍者が参戦してきているんだ。

 少したりともゆっくりはしていられない、と大急ぎで正面に戻ると、そこでは意外な光景が僕を待っていた。

「遥さん、銀島さん!」

 ぶっ倒れて動かない巨体があった。銀島さんが回復待ちの状態になっている。敵は負ければ消えるけれど、僕達の場合はその場に残る。追撃もされる。その代わり気力や体力が戻れば復活できるらしい。

 負ければ目が覚めるまでボコボコにされるというのは、つまり動けない体に攻撃を加えられるということか。誰かのフォローがなければ痛みを受け続け、回復が追い付かない。つまり詰むってことだ。

 幸い銀島さんの近くには味方がいるから、今は徐々に気力を養えている。

うつ伏せの銀島さんから十メートルくらい離れたところ、五人もの忍者に周りを忙しなく跳び回られ、猛攻を一身に受けている遥さんがいた。

 正門から攻めてくる武士の姿がないのが、唯一の救いか。

 僕は日本刀を八双に構え、何も考えずに疾走する。

「うりゃあ!」

 気合と共に忍者へ一振り。それは軽々と避けられた。そのお土産に痛む腹。見切られ、避け際に小刀で突かれていた。

「イテテ……遥さん、状況は?」

 僕が一人を引き付けたから相手は四人、遥さんは飛び道具の雨を浴びながらも、ハルバードで的を絞った一人に突き。

 当たった――が、いつの間にか本体が丸太に入れ換わっていて、お返しにと手裏剣が遥さんの肩を捉えた。それから距離を取り、構え直してようやく話せる状態になった。

「よっ。いやさ、明日志と別れてからちょいちょい出てきてたんだけど、武士が全滅した途端に三〇人くらいが一気に湧いて、この有様。援護に来たケツアゴは動きが遅くて的にされ放題ですぐ撃沈ってとこ」

 瞬間移動かなんかで背後に移った一人に背中を斬られながら、遥さんが朗らかに説明をしてくれる。だけど、その笑顔は引きつっている。

 これを二十数人も倒したのか。ホント強いっすね。

「加勢します!」

 僕は斬られながらに言い放つ。あー、もう鬱陶しいな。この忍者たち、夏場の虫が刃を持っているみたいな感じで、ねちっこく、絶え間なく襲いかかってくる。

「あははっ、必要ないって。明日志はハッザーマのとこに行ってやんなよ」

 どう見ても強がりだ。

 だけど、そこでただの嘘を吐かないのが僕の師匠。腹部に滑り込んできた小刀を、当たって止まる隙を逃さず素手で掴み、ハルバードで一閃。捨て身で一人を沈める。

「そんな……こんな戦況で遥さんを置いて行くなんて……」

「頭が固いってーの。負けたって死ぬわけじゃないし、もっと気楽に遊べ、少年よ」

 四方から火を吹かれ、中央の遥さんが身を焼かれる。

「うわっち!」

 火遁の術っていうのかな。焼かれても傷とかはできないはずだけど、あれは熱いはずだ。でも僕なら、受けても苦痛を軽減できる。

「やっぱり加勢を――」

「アンタには目的があんでしょーが。それに、アレを放っておかれたら、アタシだって痛いんだかんね」

 そりゃそうなんだけど……。でも、疲労か苦痛か、遥さんの膝が笑っている。相当キツイはずだ。もしかしたら今にでも倒れそうなくらい。

「ホラ、さっさと行く!」

 ……これは、ただのゲームなんだ。今も受け続けている遥さんの痛みは偽物で、目が覚めれば記憶に残っているかどうか。

 それよりも、狭間さんに関われるチャンスが目の前にある。

あの人のことだ。苦戦しているっぽいとはいえ、放っておいても最終的には勝つんだろう。その後で行っても追い返されるだけ。ここで足踏みする程に、狭間さんと共闘できる時間は減るんだ。

 別に見捨てたからって遥さんが死ぬわけじゃない。

「…………」

 僕は、足に力を込めた。


「ハァ、ハァ……」

 呼吸が荒い。動き続けた結果、肺が熱くなっている。息を吸い込むと胸に清涼感が訪れた。

「強敵でしたね、遥さん」

「…………アホ。ハッザーマの方も決着がついたみたいじゃん」

「すんません」

 僕達は背合わせにへたり込んでいた。背中からは熱が伝わってくる。反対に、もう身体には何の痛みも伝わってこない。それは狭間さんの戦いも終わった事を示していた。

「あんねぇ、多くを望むからって、欲張りゃ良いってもんじゃないっしょ。アタシを助けることに、現実なんのメリットがあったわけ?」

「いやぁ、何と言うか、理屈じゃないんですよ。僕は直情型ロマン派なんで」

 現実主義とロマン主義では、こんな所にも違いが出た。

「……で、どうすんの?」

「幼女が出てこないってことは、まだ終わりじゃないんだと思います。だから一応、狭間さんの様子を見に行こうかと」

 力が入らない肢体を気合で起こす。うーむ、さっきまで戦場になっていたとは思えないくらい、実に閑散としているな。

 金属がぶつかり合う音もなければ、無粋な人の怒号もない。ちょっとは乱れちゃったけど綺麗な庭、美しい和の建造物。久しぶりにゆっくり見ると、結構いいトコロだなと思う。

 そういう設定らしく太陽は傾かないけど、陽の光が熱を帯びていないから、真上にあっても煩わしくない。適温で、涼しげな風がないのは残念だけど、過ごしやすい。なんかもう、ずっと空を見上げていたくなる。

 青空に白い雲、陽の光。そこにお城の屋根や松の木が僅かに入れば、なかなか風情のある景色じゃないかな。

 でも、のんびりしてはいられない。あの精神攻撃を企て、人外の戦闘能力を持つ忍者を一か所に三〇人も送り込んできたという幼女だ。まだ魔女が出てきていないし、気を抜くことは許されない。

 遥さんの所から離れ、僕は日が当らない城内へと足を進めた。疲れは隠せなく、その速度は遅い。

 城はやはり木造建築。中は心安らぐ独特の匂いがした。築年数は――いや、さっき建てられたんだけど、その設定が――一〇年くらい? カビの匂いは勿論ないし、老朽化も見られないし汚れもほとんどない。だけど新築って雰囲気ではない。

 内部には照明がなく、窓からの光が頼りだから、場所によっては薄暗い。

 造りを見ると知的な意味で面白い。現実で城に入った経験がないから判断できないけど、日本の城はどれも、こんな感じなのかな。それとも幼女の創作? わからないけど、見ているだけでも楽しい。

 ――おっと、油断は禁物。まだ忍者が残っているかもしれない。

 一階は……異常なし。次は二階だ。

 階段を上る度に軋んだ音が鳴る。なかなかに怖いもんですよ。お化けがいるかも、なんてレベルじゃない。本当に襲ってきて、しかも本当に危害を加えてくる存在がいる可能性の高い状況だ。

 ギッ、という度に身が引き締まる。

 二階っと。城としては狭いから、探索は楽だったりする。

 廊下を進んで、部屋の戸を警戒しながら開けては、中を覗いて何も無いことを確認、次に行く。畳部屋ばっかりだ。今では僕の部屋がそうなんだけど、実家に居た頃、畳部屋は父さんの部屋だけだったな。

 マンション高田の狭い部屋じゃ彷彿とさせることはなかったけど、この城の広くて綺麗な畳部屋を見たら、なんだか父さんの顔が浮かんできた。

 別にホームシックじゃない。ただ、何をするにも度を越して大雑把な人だから、仕事がクビにならないか心配なだけ。おまけにあの人、短気だし。もうホント、銀島さんと結構ね、似てますよ。

 そんな一面を持つ父さんは、義を重んじる温かい人でもあった。むしろ温かいどころか熱苦しいくらいの人だった。だから似ている銀島さんにも、そこを期待している。

 佐熊さんが母さんと似ているのは髪型と短気なところだけだけど、どちらも根は悪くないはず。

 僕にとって人格を読めない最大の曲者が、狭間さんなんだ。強いて言うなら弟の颯太に似ている気がしないでもないけど、その弟の性格すら僕は把握しきれていない。だから対策みたいなものは思い浮かばなかった。

 色々と考え事をしながら、だけど視線を巡らせながら、次々と探索を進める。そろそろ二階も回り終えようとした時、一つの異変を見つけた。

 木の葉が数枚、廊下に散らばっている。

「なんでこんな所に――?」

 忍者の術か? いや、狭間さんの魔法は木だった。もしかして葉っぱを出す魔法があるのかもしれない。一体どっちによるものなのか――って、別にどっちでも良いじゃないか。

 ここで戦闘があったと見ていいはず。

 一階から上がってくるときには気付かなかったけれど、薄暗い上り階段のところにも一枚の葉を見つけた。ここまで姿を見かけなかったし、やっぱり狭間さんがいるのは三階、つまり最上階か。

 そう思って一段目に足を掛けた瞬間、

「――ッ!」

 肩に鈍い痛みを覚えた。城主が受けた痛みの共有だ。

 忍ぶことなど少しも考えずに、僕は軋む階段を一気に駆け上がった。微かに音がするのは右の方か。

鞘に収まった刀の柄を握り、脇目も振らずに駆けだす。

「狭間さん、どこですか!」

 呼びかけたところで、あの人は返事をしないだろうけど。

 もう戸を開けるのも煩わしくて、目に入ったものから蹴破っていく。四枚目を蹴り飛ばした時、

「うわっ!」

 部屋の天井から何本も針のついた板が落ちてきた。なんとか反射的に足を引っ込められたけど……マジかあの幼女。いくら怪我しないとはいえ、これはマズイだろ。

 鎖によって吊られ、ぷらぷらと揺れている板の尖った針を見て、僕は固唾を呑んだ。

 そんなだから、次からは慎重に開けることを半ば強いられた。

 更に三部屋を調べたところで、

「狭間さん!」

 木の葉が散らばっていること以外は、争いがあったなんて信じられないほど荒れていない部屋で忍者を組敷き、ナイフを突き立てようとしている狭間さんがいた。忍者の最後の抵抗、口から吐いた毒霧を浴びたと思ったら、体が木の葉となって……恐らくは、さっき散々見せられた忍者の変わり身の術みたいなものだ。

 所々に散らばっていた葉の正体はあれか。

 狭間さんの本体はすでに忍者から離れ、僕の方を向いている。その背後で、変わり身に使われた何十枚もの葉が刃となって忍者を襲い、止めを刺した。凄く鮮やかな手並みだ。

「無事だったんですね」

「うるせぇ死ね」

 この言い草、相変わらず過ぎる。というか、前から気になっていたんだけれど、

「あのですね。死ね死ねって、簡単に言っちゃいけないんですよ」

「は?」

 うっわ、唾でも吐きそうな顔してる。

「言う方に悪気はなくても、受け取る方は傷つくことだってあるんです。本当に死んだらどうするんですか! 責任とれるんですか?」

 怒り気味に責め立てると、鼻で笑われた。

「死ねと言われて死ぬような奴は、どうせ放っておいても死ぬだろう。そんなノミの心臓で生きていけるか」

「……そりゃまぁ、そうかもしれませんけど。でも、やっぱり人に向けて言う言葉ではないですよ」

 今度は見下すような目で見られる。

「お前、大学生だったか?」

「この春からそうなりますけど、それが何か?」

「無知にも程があるな」

 狭間さんの表情は冷え切っていて、僕に微塵の興味も示していない。

「死ぬという動詞には『絶命する』以外にも意味があるんだよ。例えば『目が死んでいる』という場合、実際に目の細胞が死滅しているわけじゃない。活気がなくなっているだけだ。他にも『機能しなくなる』とかの意味も持っている。二つ以上の意味を持つ言葉なんて珍しくないだろう。勝手に意味を限定して勘違いするな」

「それって屁理屈ですよね、完全に!」

「うるさいと先に言っているのだから、普通の人間ならば『うるさいから死ね』という風に捉え、『うるさいから活気がなくなれ』という意味だと判断するだろう。普通の、つまりバカではない人間ならばな」

「だからそれ、屁理屈ですよね!」

「ついでにもう一つ教えてやろう。『屁理屈』は正論で丸めこまれたバカによる、苦し紛れの戯言でしかない。俺の理屈が本当に屁だと思うのなら、正しい論理で覆せばいい」

 ぐ、ぐぬぅ……。

 ふん、いいさ。やってやるさ。僕の方が正しい事を教えてやる!

「…………でも、生命のある個体を対象に言うなら、『死ぬ』の意味は『絶命する』が当てはまりますよ、普通!」

「もし仮に、万が一そうだとして、今のケースでは比喩だと捉えるのが常識だ。この世界では死ねないからな。状況を考えろ」

 ぐぬぬぅ……っ!

 こう勝ち誇った顔をされると、すごく悔しい。そんな顔でさえカッコよく見えるこの人は、本当に可愛げがないと思う。

 狭間さんは指先でナイフを遊ばせながら、話題を切り替える。

「で、何の用だ。このくだらない遊びが終わったのか?」

「まだですよ。なんだか苦戦されているみたいだったので、支援に来たんです」

 こう言ったら怒られるかな。プライドが高いみたいだし。

 ちょっと不安だったけど、狭間さんは何も思わなかったらしい。怒りもしなければナイフの軌道に乱れもなかった。

「苦戦――誰がだ?」

「いや、狭間さんですよ。狭間さんが攻撃を浴びたら、僕達わかるんです。見栄を張っても無駄ですよ」

 また虫けらを見る様な目をされた。

「痛みの共有とやらは何回だった?」

 なんですか、その質問は。そんなの一々覚えていませんよ。

「二〇回……も無いですね。一五回くらいだと思います」

「お前が攻撃を受けたのは何回だ?」

 あ。狭間さんの言わんとする事が理解できた。

「……覚えてません。一〇〇回は余裕で超えているかと」

「こんな行動が制限される屋内で数十人と対峙して、無傷で済むわけがないだろう」

「すんません。僕がバカでした」

 ちょっと共有が起こったからって苦戦していると判断するなんて、言われてみれば恥ずかしい早とちり。そりゃ狭間さんだって、触れられもせずには勝てないよね。

「あの、ちなみに城内の敵って……」

「殲滅したはずだ。さっきのが最後だろう」

 城主なのに仕事が早いっすね。なんて働き者なんだろう。

 狭間さんは弄っていたナイフを回転させ、鞘に収めた。

「敵の残りがどれくらいか、わかるか?」

「いえ、全然。ただ正門の武士と裏口の百姓は倒して、今のところ更なる増援の気配はありません。あと塀を乗り越えてきた忍者も、確認できた者は全て討ち取りました」

 城内も狭間さんが一掃。目覚めるよりも、勝利条件である敵の全滅の方が早そうだ。

「でも、これで終わりではないと思いますよ」

「魔女――か」

 そう、説明された敵の中で、まだ現れていない種類がある。どう考えてもここでは異質な存在は、ゲームでいうボスの扱いなのだろうか。それとも雑魚だけど大群をなして攻めてくるのだろうか。

 いずれにしても、噛ませ犬ではなさそうだ。

「空から来るんだったな」

 狭間さんは歩き出した。その足は、窓枠の形をした明るい光を踏んで止まる。手は、その光を迎え入れている枠に置かれた。

「狭間さん、なにを――」

「迎え撃つ」

 それだけ言うと狭間さんは窓枠を跳び越え、瓦の屋根に着地した。三階の窓からだから二階の屋根だ。

僕は慌てて後を追う。

 ……良い景色だ。これだけ遠くを見渡せると気分が良い。遠くの山、森、蛇行する川がよく見える。人や動物が通った跡が道になり、その両脇には草や花が生えていて、人が自然と調和しているみたいだ。

 これが夢だなんて、ちょっと勿体ないし、信じられない。あの植物達が生き物ではなく夢の産物で、実際には存在していないなんて。

 おっと、感傷に浸っている場合じゃなかった。

「こんな足場で戦えますかね」

 雨が降った時に流れるようにするためか、ここの屋根は全部、傾いている。おまけに瓦屋根というのはデコボコしていて歩きにくい。

「さあな。無理なら降りるだけだ」

 狭間さんは遠くに目を凝らした。ただ、僕とは違って、絶対に景色を楽しんでいるのではないだろうけれど。魔女を探しているんだろうな。

「でもまぁ、良かったですよ」

 雲が浮いている青空を見上げながら呟く。

「…………」

「ちょっと狭間さん。『なにが?』くらい言ってくださいよ」

「うるせぇ死ね」

 …………。

「なにがって? いやはや、この遊び、なかなか楽しんでもらえているようで」

「そんなわけあるか。死ね」

 もう語尾に「死ね」をつけるの、止めてもらえませんかね。

「そんなわけありますよ。結構、積極的じゃないですか」

 戦闘前から、狭間さんは自分から動くことが(あまり普段を知らないけれど、多分いつもよりは)多い(んじゃないかと思う)。この積極性こそが、僕にとって唯一の希望。こうして皆で遊ぶことで、少しでも皆でいることに前向きになってもらえれば……いや、せめて後ろ向きにさえならなければ、それだけでも大変な成果だ。

 と、思っていたのに――、

「早く自分の夢に帰りたいからに決まっているだろう。バカかお前は、死ね」

 揺れない! ブレない! 変わらない!

 狭間さんの芯は一度たりとも曲げられず、心に水一滴分の波紋を生み出すことさえできていない。

 そりゃ知り合って間もないのに親友みたいにベタベタしてください、とは言わないけど、せめて拒絶するのを止めてもらえないだろうか。

「狭間さん、そんなに二次元がいいんですか」

「当然だ。比べる必要すらない程、圧倒的にな」

「現実世界が嫌いなんですか?」

「ああ、反吐が出るほどにな」

 現実世界の何がそこまで気に入らないんだろう。ここまで毛嫌いするとなると、本能的に嫌いなのか、もしくは嫌うだけの大きな理由があるか、どっちかだろう。ちょっと鼻につく程度では、ここまで酷くはならない。

 本能的――理屈ではなく感覚で嫌うんだったら、もう手のつけようがない。どうあがいても無駄だと思う。だけど、生まれ育ってきた世界を何の理由もなく嫌っているだなんて、そんな事があり得るんだろうか。

 それよりは、過去に何かがあったと想定する方が自然なのかもしれない。

「どうして、そこまで三次元を嫌うんですか」

「うるせぇな。死ね」

 やはり簡単には引き出せないか。でも怯まない、めげない、退きはしない。勇猛果敢に猪突猛進だ!

「何かあるんでしょ? ねぇねぇ教えてくださいよぉ、ねぇねぇ」

「おい、キモイぞ。死ね」

「ねぇったらぁん」

「やめろ。殺すぞ」

 目に殺意の色が……。この方向は違うな。さすが狭間さん、お色気は通じないか。

「ちょっとくらい良いじゃないすか」

「…………」

 今度は無視ですか。

「狭間さーん」

「狭間っちー」

「ハッザーマ!」

 ――ダメだ、遠くを見つめるばかりで反応がない。この人、現実では仕事以外、どうせ部屋に閉じこもってばかりだろうから、話せる機会って少ないはず。なんとしても今ここで聞き出しておかないと。

 ここから先は、いくら押しても無視される。それなら、押してダメなら引いてみろってことで、逆転の発想を使おう。三次元を嫌う理由が聞けないのなら、

「……それなら狭間さん、僕に二次元の魅力を教えてください」

 これでいい。二次元の好きな所が足りていないから、三次元は嫌われているんだ。

「お願いします」

 頭を下げた僕の目に、黒光りする瓦が映る。なんとか一つ策を捻り出したけれど、これでも通じなければ、いよいよ手段がない。狭間さんに散々バカにされた僕の頭脳では、ここらが限界だ。

 まぁ、人間というのは好きな話題では饒舌になるもの。心配しなくても、自分から三〇分くらいは喋り続けるはず……ですよね?

「断る」

「なんでですか! 別に減るもんじゃないし、話してくださいよ!」

「時間が減る」

「暇してるじゃないですか!」

「あとなんか口を動かすだけでエネルギーが消費される」

「それ、ほぼゼロの微々たるものだし、今こうして話しているじゃないですかァ!」

 ついつい声を荒げてしまい、僕の口から唾が飛散する。狭間さんは丁寧に避けた。

「きたねぇな、死ね」

「嫌ですよ! 生きますよ!」

 もうホント、心が木端微塵に砕けそう。少なくとも現時点で、すでにひしゃげているのは間違いない。

「ちょっとこう……二次元に興味が出ただけなんですよ。だから価値観を共有したいなと、そういう話なんですよ」

「俺はお前と何も共有したくない」

 狭間さんの拒絶の言葉、一つ一つが僕の心に打撃を与える。打つ手もなく精神が疲弊し、もう断念しようかと思っていた時だ。黒の厚紙に針で穴を開けた様な、一点の光を見た。

「それに――いや……」

 狭間さんは何かを言いかけて口を閉ざした。言わないということは、都合が悪いということだ。この場合それは僕に情報を与えること。つまり今の言葉の先に、僕の求めるものがあるはずだ。

「なんですか、言ってくださいよ。気になるじゃないですか」

 狭間さんは答えない。

「言いかけて止めるなんて、失礼ですよ。うっかり口を滑らせたんですから、潔くゲロっちゃいましょう。ねっ?」

 深い溜息が聞こえた。メンドくせぇ、うぜぇ、という思考がダダ漏れで、下手な言葉なんかよりも意思を伝えてきた。

「俺は、お前のような奴が嫌いなんだよ」

 狭間さんが投げ捨てた台詞は尖った石の様で、それは僕のガラスの精神に当たり、蜘蛛の巣状のヒビを生んだ。

 正直、死ねとか言われるのは慣れた。本気でそう思っているわけじゃないのは表情からも読み取れるし、別に良いかな、と。

 だけど今の台詞は違った。心の底から、そう思っていることが伝わってきた。捏造も脚色もなく、比喩でもない、ありのままの想いだ。

「お前達は言葉という意思を伝えるツールを使っておきながら、本心を裏に忍ばせる。俺はべつに二次元が特別に好きなわけじゃない。そういう打算的な人間が嫌いなだけだ」

 そう言うと、狭間さんは僕を置いて歩き去った。どうも正門の方へ移動したらしい。

 打算的――その言葉は僕の胸に、トゲの様に突き刺さった。

 嘘を吐いて情報を騙し取ろうとする思考……自分の事ながら、なんと醜悪な。

 それだけじゃない。そういえば銀島さんにだって、僕は好印象を植え付けようと腹の底で画策し、思ってもいない嘘を並べ、おだてていた。どうせこうすれば相手はこう動くだろう、そんな下衆な思考が、僕の頭を巡っていたんだ。

思い返すだけで吐き気がした。


 すっかり意気消沈した僕は瓦屋根の上で膝を抱え、ぼんやりと遠くの景色を眺めていた。どんな微風もなく、なにも動かない幻想の世界。静かだ。この静寂は、荒んだ心に沁みる。

 せめて鳥の声でもあったなら、惨めな気持ちも少しは誤魔化せただろうに。

 下には戻れない。

 こんな醜い僕のままで遥さんに会うわけにはいかない。事情を知ったら励ましてくれるんだろうけれど、今の僕は、とてもじゃないけど遥さんの同志とは言えない。仲間面すれば、遥さんの名を汚すだけだ。

 なんという自己嫌悪。本当に僕って奴は、クズなんだな。

「やっほー、お兄さん。ご機嫌いかが?」

 いつの間にか幼女が一メートルくらい前で浮いていた。

「やぁ幼女さん。ご機嫌は……凹んでいるというか、いっそそれを通り越して、めり込んでいるというか」

「ありゃりゃー、重傷だねぇ。せっかく遊んでるんだから、もっと楽しもうよ」

 いやぁ、この心情では純粋に楽しめませんよ。なんか、もう誰からどんな言葉を聞いても落ち込んでくる。

「ところで、どうしてココに?」

「えへへ、お兄さんに伝えようと思って。もうすぐ最後の敵、魔女達が到着するよ」

 ああ、やっぱりボスみたいな扱いなんだ。しかも「達」っすか。

 幼女は二ヘッと笑う。

「結構、苦戦するかもよ」

 いやいや、そんな。

「苦戦なら、もう充分に経験してますよ」

 すでに全身がボロボロですよ。

 銀島さんが倒れた。実は僕も限界が近い。佐熊さんと狭間さんは、まだ余力を残しているけれど、遥さんも僕と同じくらい満身創痍のはず。

 忍者との戦いが特に厳しかった。同じ敵と、しかも一人で戦ったのにピンピンしている狭間さんが、いかに強いか窺える。

 そんな狭間さんでさえ、無傷では勝てなかった。共有を通して、それなりの攻撃を浴びていた事がわかる。幼女が言うように魔女が手強いなら――もしも忍者をも軽く凌ぐ実力を有しているなら、死闘は必至。全滅だって考えられる。

「何人くらい来るんですか」

「一〇人くらい出して魔法合戦――ていうのを考えてたんだけど」

 光を返して灰色に輝く眼が、僕の体を観察する。なんだか残念そうな顔をされた。

「難しそうだね」

「そのようですね」

 傷はないけれど、この幼女のことだ、どれだけ弱っているかを見抜くのは容易だろう。

「二人にしておくよ」

「そりゃどうもです……」

 ありがたい。非常にありがたいけれど、めり込んだ気分では素直に喜べない。

「本当に元気がないねぇ。ちゅーしてあげよっか?」

「なに言ってんですか」

 傍から見れば、食べ過ぎたんじゃないの、とか思われるくらい、溜息ばかりが口から出てくる。考えれば考えるほど、自分が嫌いになりそうだ。

 そんな僕の隣へ、幼女が滑るように舞い降りて来て、隣にちょこんと腰かけた。僕は目で追わず、幼女の姿がなくなった空を見上げたままで、幼女も僕と同じ角度に首を上げた。

 二人で天を仰いでいると、不意に幼女が可愛らしい歌を歌い始めた。口ずさまれる柔らかいメロディに聞き覚えはない。でもなぜか懐かしさを覚える、そんな温かい歌だ。

 頼りなくも一生懸命に紡がれる幼女の歌に、僕はしばし耳を預けた。歌詞にも旋律にも迷いがなく、既存の曲であることが知れる。幼女の自作という可能性も捨てきれないけれど、少なくとも即興ではない。

 その歌は陽だまりと花の歌だった。光を浴びるため、競うように成長していく花の芽たち。そんな彼らを疑問に思う。どうしてそんなに急ぐの――と。そして一生懸命に歌い、語りかける。一人だけじゃなくて、みんなで光を分かち合おうと。そんな物語調の歌だ。

「難しいよねぇ」

 最後にはみんなで綺麗な花を咲かせる、ハッピーエンドの物語を歌い終えた幼女が呟く。

「誰かと仲良くなるのって、ホントに難しい。隣で笑っている人は、夜空に浮かぶ星と一緒だね。広い宇宙の中の、ほんの一匙……ううん、それよりも少ない」

 この広い世界で出会い、泣いたり笑ったりを共有する人がどれだけ珍しく、また貴重であるか、幼女は言っているのだろう。

「街で偶然すれ違って、もう二度と見ることさえない人だって、出会い方が違っていれば親友になれたかもしれないのに。でも、それは仕方のないことなんだよ」

 そう、流れる川の水を、全て掬い取る事なんてできない。せめて掬い取れた水だけは、知り合えた人達とは仲良くなりたいと思っても、それすら指の隙間から零れていく。

 そもそも僕の一番大事な目的は、家族の絆を取り戻すことだったはず。別に狭間さんと相容れなくたって、その目標は達成できる。だから――。

「だけど、お兄さんには頑張って欲しいな」

「――え?」

 てっきり断念させようと説得しているんだと思って話を聞いていた僕は、空から幼女に視線を移した。幼女もこちらを向き、見つめ合う形になる。

「頑張って欲しいよ。素敵な夢だもん」

 口元に緩みはなく、真剣な眼差しで見上げてくる。

「いやでも、無理なんでしょ?」

 訊くと、無垢な微笑みで返してくれた。

「そうとも言えないよ。だってお兄さんの夢は、叶える途中で仲間が増えていくものだもん」

 なんて綺麗な顔をしているんだろう――とか思っていたら、さすがはこの幼女、それだけでは終わらなかった。ニヤリとした笑顔……なんというか、すごく悪い笑顔だ。

「一人を引きこめば二人。その二人で一人ずつ引き込めば四人。一人ずつの仮定でそれだけ増えるんだから、実際にはマルチ商法さながらの加速度的増加をするはずだよ」

「……変な例えをしないでください」

「冗談だよ、半分ね」

 幼女は立ち上がり、一歩前に出る。

「夢っていうのはね、体がなくて心だけが触れあう世界だから、なにをするにも心が動くものなの。特にこういう共有夢の中では、みんなの心が強制的に強く結びついているから、仲良くなりやすいはずなんだ。ケツアゴお兄さんもウンチお姉さんも、ほんの少しだけ丸くなったと思う」

 そういえば高校時代の友人が、関係が希薄だったクラスメイトの女の子が夢に出てきたことが原因で意識するようになり最終的には好きになった、みたいな話をしていた。それは深層心理で好いていたのかもしれないけれど、この幼女の言う事が正しいのなら、もしかしたら夢が心を動かしたのかもしれない。

「でもね、心が動きやすいっていうのは良い方に働くばかりじゃなくて、美形お兄さんみたいに怒っちゃう方にも影響されるの。だけどね、お兄さんがお兄さんらしくしていれば、きっと美形お兄さんの心も良い方に動くと思うんだ」

 僕が、僕らしく……?

「お兄さんはバカなんだから、難しい事は考えない方が良いんだよ」

「そんな小さな子がバカって言わないで! 超ヘコむから! めり込むを通り越して貫かれるから!」

 振り向いた幼女は、僕の叫びをものともしない。怯えないのは良いとして、僕の訴えを微塵も意に介さないのは止めて欲しい。

「少しは元気になってくれたみたいだね」

 そのまま流水の如く自然に近付き、僕の頬に小さい吐息と――ピトッと何かの感触。

「わたし、応援してるからね」

 頬から耳元に移動した唇がそう残し、海面へ向かう魚のように飛び去って行った。

 なんていうか、最近の子はマセてる……のか? というか、あの幼女は本当に子供なのか? マセているとかのレベルじゃなく、思考能力が大人びている。

 ……いや、あの子が何者だって関係ないか。幼女の正体が何であれ、やる気が戻ってきたことに変わりはない。迷いがないと言えばうそになるけれど、幼女が僕を応援してくれている気持ちが本当だとわかった。それに応えたい想いがあり、何より、みんなと仲良くなりたい僕の想いだって本物だ。

 幼女の歌を聞いてから、その意味をずっと思い巡らせていた。歌詞の意味そのものではなくて、なぜ幼女がそれを歌ったのか。きっと、あの歌の結末のように、バラバラな心でも一つになれるってことを僕に伝えたかったんだろう。そして僕に、歌えと。

 歌はフィクションで、それが現実に結びつくとは限らないけれど、僕にはそれで充分だ。少なくとも、その歌を創った人は僕と同じ想いだったはずだから。

 形に残された想いを、僕は引き継いでみせる。

「よぉし!」

 幼女の言う通り、ゴチャゴチャ考えるのは止めた。溢れかえるほど人と仲良くなるのに一人一人に対策を考えていては、いつまで経っても叶わない。裏の考えを持って接する仲にもなりたくない。

 そういう訳です、狭間さん。これからは打算も何もなく、ただ真正面からぶつかっていきますよ。本来の僕は、直情型ロマン派ですから!


 大きく深呼吸をする。ネガティブな考えを持ったばかりの、淀んだ胸の空気を入れ替え、心機一転。前向きになれば、どんなものでも良く見えるもので、雲や太陽が動かないこの景色さえ永遠の快晴を意味すると受け取れる。

 そう、この仮想世界では多くのものが止まっている。だから遠く彼方に現れ、急速に近付いてくる二つの点を、すぐに発見できた。

 ――魔女だ。

「魔女が来ました! 最後の敵です!」

 地上を見下ろして叫ぶ。僕が居るのは裏口の方。退屈そうに欠伸をしている佐熊さんが、僕を見上げた。

「マジか。数は?」

「二人です。さっき幼女が僕のところに来て、これで終わりだと言っていました」

「っしゃあ!」

 佐熊さんは鎖鎌を投げ捨て、腕をブンブン回した。飛んでいる魔女相手に鎖鎌なんて役に立たないだろうから手放すのは別に良いんですけど……お世話になった道具に、あの仕打ちはいかがなものか。

 あ、しかも踏んだし。

「あれから敵って出ましたか?」

「おう。百姓が十人くらいと、忍者が三人だ。ボコしてやったがな」

 さすがです。

「魔女とかいうのも、叩き潰してやるぜぇ!」

 さて、他の人にも伝えに行こう。

 正門方向に回り、仏頂面の狭間さんに並ぶ。庭では復活した銀島さんが四つん這いで歩いていて、その背に胡坐している遥さんが、笑いながらケツアゴさんの本当のケツを叩いていた。

「あっはははははっ。ほれほれ、もっと頑張れーっ」

「ぬ、ぬぅぅぅ。お前も負けたら、この罰ゲームをやるんだろうな!」

「負ければね。でも、もう十連勝目だし、そんな確認は要らないんじゃない?」

 あの人達は何をしているのだろう。

 狭間さんは、そんな二人を黙って見下ろしていた。

「加賀美か。まだくだらない話をするつもりなら、引き返した方が身のためだぞ」

「違いますよ。裏口の方から魔女が来たんです。あの二人で敵は最後だそうですよ」

 僕の報告を聞くなり、狭間さんは無言で裏へ歩いて行った。

 今は嫌われていても仕方ない。だけど、すぐに仲良くなってみせる。

「遥さん、銀島さん。向こうに魔女が出たんですけどーっ」

 下の二人にも声を掛ける。

「おー、了解」

「クソがァ! 今までの負けは、次のための布石だったんだぜ!」

「いやー、銀ちゃん残念だったねぇ」

「誰が銀ちゃんだコラァ!」

「んじゃ、ケツアゴ」

「……やっぱ銀ちゃんで良いぞコラァ……」

 なんか、異様に仲良くなっておられる。

 師匠は親睦を深めようと思わなかっただけで、やろうと思えば可能だったんだ。狭間さんが相手でも通用するのか、ちょっと気になるな。まぁ仮にできたとして、あの氷結の心を最初に溶かすのは、この僕ですけどねぇ!

 ……という訳で、裏口側に全員集合。屋根に僕と狭間さん、地上に他の三人という布陣だ。

 静まりかえった屋根に比べ、下は敵が迫っているのに騒がしい。

「チッ。無事だったか、ピンクうんこ」

「誰がピンクうんこだ、ケツアゴ」

「髪型を変えりゃ良いのに」

「ババア、ウチのポリシーに口出すんじゃねぇよ」

 向こうも穏やかではないけれど。

下の方々に緊張感がないのは、高い塀に遮られて敵の姿が見えないからだ。

 僕と狭間さんには見える。黒いローブを被った魔女二人の指先に、パリパリと雷光が走っているのが。その紫電が槍の形を成したかと思うと、もう僕の胸に直撃していた。吹っ飛んで後方に叩きつけられるも、悲鳴は出ない。声が出せないほどに苦しかった。

 一方、宙に浮いた狭間さんは独楽のように回り、瓦屋根に転倒した。なまじ反応できてしまったために、肩を撃たれたらしい。僕の肩にも今しがた胸に受けた衝撃の半分が加わった。当然、それは下の方々にも。

「イッテェ! 狭間テメェコラァ!」

「ヘマこいてんじゃねぇよ!」

 柄の悪い二人が喚いた。しかしそれも僅かな間。城に到着した魔女達が降らせたツララの雨に打たれ、文句は悲鳴に変わる。

「いったたたたたっ、冷たッ!」

 遥さんも元気に痛みを訴えていた。

 すぐさま僕は立ち上がり、轟々と燃え盛る火球を飛ばす。とりあえず向かって左の方を狙ってみた。そろそろ使い慣れてきたらしく、最初に使った時よりも一回り大きく、二倍は速い。

 そんな成長の感動は、火球のど真ん中を貫いて飛来した高速の石を顔面にもらい、粉々に砕かれた。

 僕達に比べて、魔法の種類が多彩だ。それでいて一つ一つが強い。

「くたばれクソババア!」

 佐熊さんの掌から、レーザーの如き強烈な水流。

「ぬぅぅうううううああああああああッ!」

 銀島さんは魔法で作り上げた金属塊を全力投球。

 どちらの攻撃も、魔女達は華麗な空中旋回で危なげもなく回避する。その際に箒の枝一本一本が描いた軌道が風の刃となり、僕達五人に、無差別に降り注いだ。

 死んだ、そう思った。

 武士の斬撃など比較にもならない威力だった。それも共有の分が上乗せされている。こんな痛み、僕は知らない。あっという間に全身から力が抜けていき、手をつく余力も残っていなくて、顔から瓦に突っ込んだ。

 全身が熱くて、今にも溶解しそうだ。例えるなら地獄の苦しみ。きっと業火に焼かれる罪人は、こんな苦痛を受けているのだろう。

 幼女さん、この魔女達……強過ぎますよ。苦戦なんてものじゃない。相手にならない。

「コイツら弱くね?」

「違うって。ウチらが最強すぎんだって」

 若々しい女性の見下したような声が、空中の魔女達から聞こえてきた。これまで対峙してきた敵の発言は、この舞台に溶け込んでいた。だけどこの人達は違う。役の一つとして登場するのではなく、一人格を持ってここに在るのではないだろうか。

 プログラムされたような言動だった武士達は、僕達をこの城の者だと思って向かって来たのに対し、彼女達は別の認識を持っているらしい。

 もしも魔女達が明確な意思を持つ、この世界の住人ならば、ここでは客人である僕達よりも上級の存在なんじゃないか?

「おーい、これじゃイジメになっちまうぞー?」

 からかい台詞と相方の下品な笑いが響く。

 悔しい感情は確かに湧いたのに、僕は抵抗できなかった。それどころか僕達の中の誰も、口を動かすことすらできない。

「起きろよ。退屈じゃん?」

 岩が降ってきて、背中に直撃する。鼻で瓦が割れた。

 炎が僕達を包んで燃え上がる。火の魔法の恩恵で軽減されている僕ですら、あまりの苦痛に悲鳴を上げた。

 負ければボコボコにされる。全員が揃って倒れた状態では助けなど来るはずもなく、攻撃され続けるために回復も期待できず、ただただ嬲られる。このゲームを甘く見ていた。ここでは意識を失うことすらできない。延々と激痛が体中を駆け巡るんだ。

 誰か、助けて――。

 心の中で必死に叫ぶ。だけど夢は非情で、降り注ぐ魔法は止まらない。

悪夢だ。

 さっきまでは意義ある夢だと思っていたのに、早く目が覚めて欲しいと今では本気で願っている。起きれば綺麗なベッドで、居間に行くと父さんと母さんが朝食の並んだ食卓でケンカしていて、弟が玩具と父さん達を冷やかに見ている……いや、もうそんな日常はないんだった。

 目が覚めれば、そう――まだ慣れない畳の部屋で、新品やお古の家具が並んでいて、隣からはボタンを押す音、反対からはフンフンと筋トレに励む荒い鼻息。お言葉に甘えて、老婆神の家に朝食を頂きに行ったりしちゃったりして……うん、新しい日常だって悪くない。

 早く帰りたい。早く帰りたい。早く帰りたい。

 ――なら、どうする? ここで激痛を浴びながら待っているのか?

 違う、倒すんだ。目の前の敵を倒せば、すぐにでも僕の日常に……ッ!

「なんかさー、弱すぎてつまんなくね?」

「そうでもないって。ホラ、あいつ見てみなよ」

「ああ、なんだ。ちょっとは根性ある奴もいるじゃん?」

 フラリ、頼りない足取りで立つ。余裕がなさ過ぎて背筋を伸ばすことができない。傍から見れば、僕は砂漠をさ迷う人のように映るだろう。

 震える腕をゆっくりと上げ、火球を飛ばす。幼児が投げたボールのような棒玉だ。

「なんだよソレ。バーカ、魔法ってのは、こうやるんだって!」

 火の球が、魔女の指先が描くように生み出した灼熱の劫火に飲まれる。タクトの様に指を振ると、その炎が龍のように襲いかかってきた。

 ――狭間さんに。

「…………っ!」

 しなやかな体がビクンと撥ね上がり、痛みの共有が起こる。

「くっ……どうして僕を、狙わないんですか?」

「城主を攻撃した方が効率いいじゃん?」

「そんなの少し考えればわかるだろって」

 魔女の一人はそう言いながら指に紅い光を灯し、僕には理解できない幾何学模様を空中に描いた。なぞられた光は空中に残留して、妖しい図を表している。もう一人は青色で別の模様を作っていた。

「そういやさぁ、下で無様に寝ているケツアゴとピンクうんこ? ハエみたいに弱いくせして粋がって、生意気じゃね?」

「あ、わかるわー。井の中の蛙みたいな? だっさいし、ムカつくって」

「やっちゃう?」

 光の模様が飛び、話に出てきていた銀島さんと佐熊さんに重なった。直後、二階の屋根にいる僕ですら鼓膜が破れそうなほどの絶叫が聞こえてきた。

「……なにを、したんですか……?」

 弱り切った僕の喉からは、声が上手く出ない。

「別に? ただの呪いじゃん?」

「ピンクうんこの紅い方が、血液を空にする呪いだって。まぁ実際、ここでは元々血なんて無いから空になった痛みを感じる呪いだけど」

「青い方は、勝手に激痛を感じる呪い。でもあの光を壊せば解放されるよ。っは、わざわざ教えてやるとか、ウチらチョー親切じゃん?」

 魔女達はゲラゲラと笑う。

「なんなら飛び下りなよ。別に城の中を通って助けに行ってもいいけど? 暇だったらソイツらを浮かせちゃうかもしんないし?」

「ギャハハ、それ最高っ!」

 噛み締めたあまり、奥歯が痛んだ。コイツら、何が楽しくてそんなに笑っているんだろう。なにより幼女はどうして、こんな奴らを僕達に差し向けたんだろう。いくらなんでも、やり過ぎだ。

 思う事は色々あるけれど、耳を刺す二人の悲鳴が全ての思考を掻き消した。

 どうせ夢だ。もうどうにでもなれ。

 ふらついた助走を付けて、屋根から飛び降りる。無風状態の中を突き進む奇妙な感覚で、接近する地面を見つめている。三人の人が倒れている。助けたいという一心で、落下の恐怖なんてのはなかった。

刀を抜いて、妖しい光の模様を一刀両断。

「…………グッ!」

 そして着地。なんだ。あの人達の魔法を受けた後じゃ、思ったよりも痛くない。

「うわっ。アイツ、ホントに飛んだよ」

「バッカじゃねーの?」

 どうせバカですよ。

 僕が倒れた目の前には遥さんの顔がある。その目は閉じていた。が、

「遥さん、大丈夫ですか?」

 僕が声を掛けるとアッサリ開いた。

「いやもう、なんか色々ひっどいわ。あの幼女、こんな事をするような悪い子には見えなかったんだけどねぇ」

 喘ぎながらの返答。それには僕も同意です。

「これ、完全にパワーバランスおかしいですよね。ゲームとして成り立ってないです」

「そうなの? ボスってこんなもんだと思ってたわ」

 ああ、遥さんってゲームをやらないのか。考えてみたら、未だに中学のジャージを着ている遥さんが、そんなものにお金を掛けるわけがないですよね。かくいう僕も、あまり興じるタイプではないけれど。

「僕達はいつ目覚めるんですかね」

「さぁ? つーか、現実では今この時間も、部屋でぬくぬくと寝ているなんて信じらんないんだけど」

 喋くっていると、体内から尋常ならざる熱が湧いてきた。

「なんだコレ、共有か……ッ?」

「あちちちちッ!」

 僕と遥さんだけではなく、銀島さんと佐熊さんまでが辺りをのたうち回る。海老フライの準備で衣が付いてくみたいに、服が砂塗れになった。

「ギャハハハハッ、コイツらおもしれーじゃん?」

「こんな低級の呪術でこのザマかよ。ダサすぎだって!」

 この言葉が聞こえた時だ。狭間さんの声も微かに聞こえた。

「……死ね」

 鈍い音の後、魔女の一人が上から降ってきた。無残にも箒がへし折られている。轟音を立てて着地した瞬間、

「フハハハハハッ、くたばれィ!」

 勢い良く立ち上がった銀島さんがハンマーに金の魔法を掛けて振り下ろした。その動きはあまりに活き活きとしていて、さっきまで倒れていた人と同一人物とは思えない。

 作られた小さなクレーターから、魔女の姿が消えていく。

 身を起こした佐熊さんは、不満そうに文句を言った。

「おいケツアゴ、ウチの分も残しとけよ」

 ……え、どういうこと? なんでピンピンしているんですか。

「上に残ってるじゃねぇか。行ってこいや」

「ちょちょちょ、二人とも。なんでそんな元気なんですか!」

 夢の中で夢でも見ているのだろうか。

「ゴメン、三人なんだわ」

 遥さんもすっくと立ち上がる。

「どうにも攻撃が当たりそうにないんで、チャンスを待ってたってわけ。まぁ時間切れでも良かったんだけど」

 すると銀島さんも筋肉で盛り上がった胸を更に膨らませ、ドンと叩いた。

「オレなんざ体を鋼鉄化していたから、ほとんど効いちゃいねぇ」

「銀ちゃんは動きが鈍いかんねぇ。アタシ達みたいに避けられないし」

 ……うわっ、なんだろ。凄く恥ずかしい。

「あぁでも、加賀美だっけ? 呪いを斬ってくれたのは助かったぜ。あれだけはマジで痛かったからな」

「おお、そうだったな。ありがとうよ小僧。いや、確か……下の名前は浜太郎だったか?」

「……明日志です」

「おう、そうか。ありがとうよ、明日志」

 みんな演技だったってこと? 本気で苦しくて幼女に恨みすら覚えていたのは僕だけだったんですか?

「狭間の野郎もやるじゃねぇか。アイツ、プライド高そうだからな。劣勢なんてフリでも認めないと思ってたぜ」

「つーか、アイツだけはガチで戦えよ。共有のせいで避けてるウチらまでイテェじゃねぇか」

「いや、でもアイツ、ちゃんと威力を適度に受け流してたぜ?」

「ちげぇだろ。避けようとして無理だったんだろうが」

「いいや、ケンカのプロであるオレが言うんだ。奴は武術の達人、間違いねぇぜ」

 なんか盛り上がってきている。なんで僕だけ満身創痍なの? しかも一人でやたらとシリアスになって、なんかバカみたいじゃないですか。

 呆けていると、目の前を掌が行き来した。

「明日志、目が死んでんよ?」

「……遥さん。幼女のことを非難してましたよね。あれは嘘だったんですか?」

「嘘なわけないっしょ。こっちの攻撃は当たんないし、避けんのも楽だったわけじゃないし。子供だから加減を知らないだけかもしんないけどね」

 ……そうすか、それだけですか。

「まさか明日志、アレ全部まともに直撃したりしちゃったり?」

 僕はもう無気力に頷く。すると柄の悪い組が身を乗り出してきた。

「マジか! ある意味スゲェぜ、お前」

「ぬぅ……オレもまだまだ鍛え方が足りんな。こんなヒョロいのが魔法もなしで『あえて』受け切ったというのに。オレは自分の肉体を信じ切れなかった。無念だ……」

 銀島さん、訂正に困る勘違いはご遠慮ください。

 深い悲しみで涙が出そうになった時、上から通算二本目の折れた箒と一緒に、品のない言葉が落ちてきた。

「この現実逃避バカ、マジで許さねぇしッ?」

 屋根の切れ目から爆炎がはみ出している。佐熊さんは不快な顔して舌打ちした。

「チッ、まだ手こずってんのかよ。さっさと帰りてぇぜ」

「テメェも鬱憤たまってんだろ? 仕留めに行けば良いじゃねぇか。……もっとも、このオレが先に片付けるけどなァ!」

 その後、二人は罵倒し合いながら城内へ向かって行った。僕の前には首に掛けたハルバードに両腕を回して立っている遥さんがいて、それはもう爽やかに笑っている。僕は泣きそうな顔をしている。

「あっはは。そんな落ち込んでないで、明日志も一発くらい仕返ししたいっしょ? 行くなら手ぇ貸してあげるけど、どうする?」

「……お願いします」

 クルッと華麗な棒捌きでハルバードを左手に収めると、遥さんは空いている手で僕を引っ張り起こしてくれた。それから肩に腕を回し、二人揃って歩き出す。

「ちなみに遥さん。あの風の刃も避けられたんですか?」

 箒の枝の数だけ刃が降り注いだアレ。恐ろしい威力を持っている上に、とても回避できる代物じゃなかった……と思う。元気な皆を見た後では自信がないけど。

 案の定、返ってきた答えは「当然」だった。

「ていうかアレ、刃同士が絡まってたから、アタシ達のところに来る時には、現実の小学生でも避けられるレベルだったし」

 ついに泣いた。

 あの魔女、絶対に許さない。


 僕に多大な恥をかかせた敵を討つべく、遥さんに頼りながら三階に辿り着いた。すると窓の外では、癇癪を起した魔女が喚いていた。

「無駄だし? テメェらの攻撃なんて効かねぇしッ?」

 涙と鼻水で顔をぐっちゃにしながら、魔女は半透明の球の中で叫んでいる。バリアー的な何かなんだろうか、狭間さんと佐熊さんの蹴りや銀島さんのハンマーでもビクともしない。

 三対一で、引き籠った相手に一方的な暴力を振るう図……これってイジメなんじゃなかろうか。狭間さんはかなりイラついている様子で、目に陰が掛かり、鬼の形相で蹴り続けている。

「早く死ね。帰らせろ」

 ところどころ力んだ言葉はドスが利いている。

 銀島さんはいるだけでも物凄い威圧感があるし、佐熊さんは溜まったストレスを絶賛ぶちまけ中で、楽しそうに暴言と暴力をぶつけている。

 あの魔女が泣いているのは、相方がやられて悲しいからだろうか。それとも怖いからだろうか。もしも僕があの立場だったら両方、そして若干後者が強いかもしれない。

「フッハハハハハ、ぶっ壊れろォ!」

 大砲のような音が鳴る。

「は……はは、マジで効かねぇし?」

 ドォンッ、と叩かれる度に魔女の声が震え、遂には小さな祈り声のようになった。

「き、きかねぇし? こわれるわけねぇし?」

 そんな声も空しく、やがてシールドに傷が目立ち始めた。

「あ、ああ……あぁ……」

 あの怯えようを見ると、もう僕の恨みはどこかへ行ってしまった。助けるなんて事はあり得ないけれど、うん、せめて安らかに消えられるように祈っておくよ。

「明日志はやんないの?」

 屋根に出ながら、遥さんが僕に問う。

「あれに加勢できたら鬼ですよ」

 確かに恨みはあるし、ゲームだから晴らしても問題はないんだろうけど。でも何やかんやで銀島さんと佐熊さんが多少は仲良くなった気がするし、二人の狭間さんへの印象も良くなった気がするから、感謝の気持ちもあるんだ。

 ……ただ、一秒でも長く存在を保とうとすることで、狭間さんの機嫌を損ね続けることに対しては、ちょっと文句もあるけれど。

「オラオラァ、どうした魔女さんよォ」

「接近戦なら負けねぇよ。我が肉体の前に散れ!」

「死ね。ただ死ね。ひたすら死ね」

 これ以上の罰は望むまい。

 天から幼女が降りてきた。そして目に涙を浮かべながら謝罪する。

「お兄さん、ごめんなさい」

 本当に済まなそうな顔をしていた。

「お兄さんがケツアゴおじさんより鈍くて不器用だったなんて、知らなかったの」

 ……うんまぁ、その通りなんですけどね、その言い方は止めてもらいたいです。

「わたし、ちゃんと見ていたつもりだったんだけど、他の皆がちゃんと避けてるみたいだったから、てっきりお兄さんも何とかしてると思って。本当にごめんなさい」

「もうやめて! これ以上、僕の心を抉らないで!」

 なにはともあれ、幼女が出てきたという事は終わりが見えたということだ。これでようやく厳しかった戦いから解放される。実に晴れやかな気分だ。

「ねぇ、幼女」

 と、不意に遥さんが口を開く。

「なぁに?」

「雑魚キャラと魔女って、思考回路が随分と違うみたいだけど、なんで?」

 あ、それは僕も気になっていました。さすが師匠、良い着眼点をお持ちで。

「創造と改造の違いだよ。武士とかは、わたしが自分の意思で作り上げたの。だから思い通りに動かせるんだけど、人数が多いと操作しきれないから、仮の頭脳まで作ったんだよ。そしたら勝手に動いてくれるから」

 コンピュータでプログラムを組むみたいな感じかな。

「でもあの魔女達は違うの。この夢に存在していた人物に、元気お姉さん達に魔法与えたのと同じように魔法を与えただけ。だからあの人達の行動原理は、わたしにもわからないんだよ」

「よくわからないんだけど、それって、あの魔女達は僕達と同じ立場ってことですよね。それを倒したらマズイんじゃ……いや、そもそも何で倒せるんですか?」

 素朴な疑問を投げかけると、遥さんが額に手をやった。

「武士とかは幼女が意識的に作った動く人形みたいなもんで、実在しない。魔女達はこの夢に勝手に登場した人物で、これまた実在しない。んで、アタシ達は現実から連れて来られたゲストで他に例のないイレギュラーな存在で、もちろん実在する。全く別もんっしょ」

 んーっ?

「雑魚はロボ猫で魔女は野良猫、僕達は飼い猫ってことっすか?」

 幼女は浮かび上がり、そっと僕の頭に小さな手を置いた。

「お兄さんには難しかったね」

 よしよし、と撫でられながら、また泣いた。

 理解できる遥さんは普段アホに見えても、やっぱりアホじゃないんですね。

「つまりだ、もしかしたら魔女達のオリジナルが、現実世界にも居るかもしんないんだよね」

「そうそう、あくまで『かも』だけどね。元気お姉さんは賢いねぇ」

 マジすか! あの魔女が現実に?

「ちょっ、見つけ出したら大発見じゃないですか。現実で魔法を使えるなんて!」

 こりゃ世界中の人々をひっくり返すエネルギー革命を起こせ……遥さん、何故そんな残念そうな顔で僕を見ているんですか。遥さん? 遥さーん!

「元気お姉さん、違うの。お兄さんは痛みを感じ過ぎて、お脳が疲れちゃってるの。普段はもうちょっと出来る子なんだよ。本当に」

「あはは、心配しなくても大丈夫。正常な時に何度か話してるから、誤解はしてないって」

 二人で何を話しているのやら……ハッ、そう言えば!

「こんな性格が悪い奴らが魔法なんて使ったら大変じゃないですか?」

「あんねぇ、仮にオリジナルがいても魔法はアタシ達と一緒で夢限定だし、性格もあの通りとは限んないから」

「お兄さん、疲れているんだよ。少し休んでて」

 促されるままに、僕は狭間さん達の袋叩きをボンヤリ眺めた。

 何だか難しい話だったな。というか、なぜか頭が回らないし、テンションも高くなっているような気がする。徹夜明けに近い感覚だ。

 幼女が言った「脳が疲れている」というのは本当なんだろうな。現実で肉体を使えば体に疲労が溜まるように、夢で動くと精神が疲弊するのか。

 そんな頭だから魔女の存在がいま一つ飲み込めない……けど、妙にひっかかるな。

 魔女には意思がある。確かにあるのに、それは実際には無いもの? それは結局、あるのか無いのか。ここの世界だけで独立してあるとするなら、それは哲学的な問題になる。一般的に見ればたかが夢、ないと答えるのが普通だろうけれど、こうして夢で深く関わる僕達にとっては、あると答えるのが正解な気がする。

 しかしだ。僕が気に掛けているのは、そんな事じゃない。問題は「ここ」で「どの程度」の意思があるのか、だ。

 幼女は行動原理がわからないと言った。つまり幼女には予測不能であり、完全に自立しているという事は理解した。

 だけど更に深くの事情、彼女たち夢の住人が消失した後は蘇るのかどうか……いや、違う。僕が気に掛けているのは、その行く末を彼女たち自身が知っているかどうか、ということだ。

 蘇生できて、それを彼女達が知っているのであれば何も問題はない。だけどこの条件を満たすのは、単なる数学的に考えれば四分の一の確率。だけど、もしもそうじゃないなら――。

 ゾクリ!

 全身の肌が泡立ち、視界の全てが色彩を失ったスローモーションで映る。聴覚が働かず、何の音も聞こえない。

 楽しそうに話す幼女と遥さんの奥で、シールドが叩き割られる。ゆっくりと幻想的に砕けていく半透明の球体。破片は光を反射して煌めいている。それはまるで、喜んでいる銀島さんと佐熊さん、無表情だけど内心では同じく喜んでいるかもしれない狭間さん達の、輝いた汗にも見える。

 終わりが見えた皆の目は、活気に満ちていた。

 ――マズイ。僕は無音の中で立ち上がった。僕の動きすらゆっくりだ。

 駆ける。

 もうちょっと速く動いてよ。間に合わないかもしれない。今の今まで結論が出せなかった事に、後悔ばかりが湧いてくる。

 もっと早く気づかなきゃいけなかったんだ……ッ!

 残りの四分の三の内の一つ――蘇生できなくて、それを知っているなら、彼女達は消失を恐れるはずだ。それ以外、つまり行く末を知らないなら同様に――消失を恐れる。もちろん相方がやられた恨みも計り知れないほど大きい。

 砕け散る球体の中心で、魔女の目が妖しく光った。

 今の彼女は追い詰められた獣だ。本能でも思考でも、取る行動は狂気に塗れて予測不可。何をしでかすか、わかったもんじゃない。

 この場にいる全員が驚いて僕を見る。あの狭間さんですら目を丸くしていた。

 みんなは僕の行動をどう思っているんだろう。僕美味しいところだけを取りに行ったと、止めを刺しに行ったと思っているだろうか。例えそうでも、足は止められないな。

 魔女の目が充血する。瞳が光を吸い込んだみたいにドス黒く変色する。そして、裂けんばかりに口を開き、狂った笑い声を上げた。

 その笑い声で、僕の世界に掛かった奇妙な効果が音を立てて割れる。

「間に合えッ、間に合えええええええええええええええええええええええッ!」

 喉が壊れる程に叫びながら、全身全霊で魔女にこの身をブチ当てる。成長期を終えた男性の突進は、魔女を突き飛ばすには充分だった。飛ばして尚、勢いが止まらない。

 視界が揺れる。突き進むのは、さっき呪いを断つために通った道だ。僕は城の三階から魔女と共に転落して――魔女の体が膨れる――紅蓮の大爆発に飲み込まれた。

なぜかロリが主要キャラとして出てくる不思議。

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