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3話 唐突ドリーマー

自ら唐突を掲げることで超展開に対する予防線を張る作戦。

 暗い闇の中に、僕が一人。体がなく、まるで魂だけがここにあるみたいだ。

 暑くもなく寒くもない。重力を含めて、どんな力も受け付けない。浮いているのでもなく、ただ闇の中に在る。

 意識は有とも無ともつかない混濁した状態だ。

 心地良い。

 何もかもから解放された、完全なる自由の世界だ。

「こんばんは」

 不意に、幼女の声が頭にねじ込まれた。相変わらず視界には何もないけれど、誰かが話し掛けてきたのかな。それとも幻聴だろうか。

「どちらさん?」

 誰もいないなら、独り言も恥ずかしくない。誰かが居るのなら、これはその人に向けた言葉になる。

 少し無言が続いたので、やはり空耳かとも思ったけれど、ちゃんと声は返ってきた。

「お兄さん、願いがあるよね」

「それ、返事になってないっす」

 また少しの無言。タイムラグでもあるのかな。

「手伝ってあげよっか?」

「はっはっはっ、お嬢ちゃん。願いというのは叶えてもらうものじゃない、自分で叶えるものさ。それに幼女がどうこうできる問題じゃないからね」

 気持ちはありがたく受け取っておくけど。

「あ、それともアレかな。一緒に遊びたいっていう遠まわしなお誘い? もー、そうならそうと素直に言えば良いのに」

「うん。あんまりお役には立てないけど、わたし、頑張るね」

「話が噛み合ってなくない⁉」

 あ、今なんとなく気付いた。もしかしてこれ、一方的な交信なんじゃなかろうか。

 そんな仮説を立てている間に、眼前の闇が揺れる。いや、揺れているのは僕という存在の方か。

 栓を抜かれ、渦を巻いて流れていく水のように、僕はグルグルとどこかへ堕ちていく。

 …………。

 ――気持ち悪い。掻きまわされて酔ったみたいだ。

 何が何だかわからないけれど、さっきと比べて僕の状況は変わっている。体があるのを感じる。今も一面は闇だけど、それが瞼の裏だという事もわかるし、重力だって働いている。

 それならまぁ、とりあえず目を開けようか。

「ぼんそわーるぅ」

 瞼を押し上げると、可愛らしい幼女が僕を覗き込んでいた。ヘアピンと花の装飾で頭を飾っていて、後ろの髪は腰まで届いている。

 明るい栗色の髪と綺麗な灰色の瞳、だけど東洋の顔立ち……ハーフかな?

 さっきの声と一緒だから、フランス語の挨拶をしてきたけど日本語で通じるはず。

「こんにちは」

 言いながら僕が身を起こすと、真上を塞いでいた幼女が避ける。広がった光景を見てギョッとした。

「な、なんぞここ」

 透き通った有色の空。ただし青ではなく、淡い桃色。そんな空に、巨大な星型の何かが幾つも浮いている。

 雲もあった。ただし地面にも。

 ふわふわした白いものが地を隙間なく覆っていて、凹凸を形成しながらどこまでも延びている。濃いピンク色の、大きなハートのオブジェがところどころに落ちていたり、突き刺さっていたり。

 他にはぬいぐるみなども見られるという、超がつくほど、目眩がするほど、吐き気がするほどファンシーな場所だった。

「夢の世界だよ、お兄さん」

 な、なんだってー。

「いや、意味がわからないです」

「だから、お兄さんは眠っていて、夢を見ているのです」

 ほう。

 ならば確かめてみようと、頬を思いっきり抓る。

「いてててててッ!」

 すごく痛かった。

「強くつねり過ぎだよ」

 それは仕方ない。この光景を前にして、しかも夢だと言われて信じないはずがない。だったら思いっきり抓って「痛くない!」とかやってみたくなるのは当り前のこと。

 それよりも、

「痛いのおかしくないですか!」

 通説によると、夢なら痛くないんですよね。でもここが現実の世界だとは思えないし……。

「変じゃないよ。夢は過去の記憶と関係しているって言うでしょ?」

「まぁ、言いますかね」

「過去の痛みを引用しているんだよ。現実では神経を通して、脳が痛みを判断する。でもここでは、こんな感じで痛いはずだと脳が勝手に思い込むだけ」

「本当に痛みがあるってこと?」

「うーん……なんとも答えにくい質問だねぇ。でも、少なくとも寝ているお兄さんが痛みで目が覚めたり、朝になって起きてもまだ痛いということはないよ。今だって頬を抓ったのに、何となくのボンヤリした痛みが、どっかにあるなぁ、って感じでしょ?」

 そう言われれば、今となっては痛かったような気がしているだけだ。

 以前に受けた痛みを覚えていて、それを疑似的に再現しているってことかな。

「てことは、傷も負わなければ、受けたことがない痛みは感じないってことか。よし」

 握り拳を作り、自分の右目に一閃!

「ぎゃああああああッ!」

 おかしい。未知の部分に、完全なる未知の激痛が走った。

「ちょっと幼女さん、話が違うじゃないですか!」

「……知らない痛みは想像によって創造されるんだよ。見る夢だって、現実に起こったことだけじゃないでしょ?」

 そういう事は先に言って欲しい。怪我こそないけど、僕の想像上のくせに想像を絶する痛みだった。

「……随分と詳しいけど、僕の夢の登場人物なんですよね?」

 変な夢だと思う。夢の構造について、そこの住人が僕の知らない解説をする。過去や現在の記憶から成り立っているはずなのに、おかしくないですか?

「違うよ。そもそも、ここはお兄さんの夢の世界じゃないもの」

「いやいや、僕に意思があるんだから、僕の夢でしょ?」

「…………」

 幼女は二ヘッと口の端を上げ、含みのある半目で僕を見る。

「ここが誰の夢かはさておいて、とにかくお兄さんはここにいる。わたしもいる。起きるまで暇。わかる?」

 言い聞かせるように説明される。十八歳の僕が、たぶん六歳くらいの幼女に。夢だから精神が成熟している幼女が居るのは構わないけど、この図はちょっと悔しい。

「だからね、お兄さんの願いを叶える手助けをしようと思うの」

「何をする気か知らないけど、お気持ちだけで結構です。一応さっきも言ったんですけどね、願いは自分で叶えるものっすから。叶えてもらうものじゃないんで」

「だから、あくまで手助けだよ。わたしは機会を与えるだけで、実際に何かをするのはお兄さん。それでもダメ?」

 甘える子供の仕草、表情で尋ねてくる。水分が豊富な眼は光を揺らし、断れば涙が滲みそうな気配。これはもう、強制と言っても過言ではない。

 所詮は夢だし、子供の戯言かもしれないし、まぁいいか。

「んー、まぁそれなら……いいよ」

 膝を折って頭の高さを合わせる。それから頭に手を置いて撫でてみた。

 中身は随分と大人っぽいから嫌がられるかもと思ったけど、そんな事はなかった。幼女は猫みたいに目を細め、くすぐったそうに身をよじる。

「それで、なにをするのかな?」

「お兄さんは皆と仲良くなりたいんだよね」

「平たく言えばそうっすね。まずはマンション高田の、特に二階を攻略して、そんでバラバラになった家族を修復するのが目標ですかね、今のところは」

「それじゃ、ゲストさんを呼んじゃおう」

 え?

「誰がいい?」

「ちょっと待って。どういうこと?」

「ここに仲良くなりたい人を呼んで、仲良くなろうってこと」

 なるほど。シミュレーションって感じなのかな。ここで仮想の標的を相手に試行錯誤して、反応が良かったものを現実で試せってことか。

「何人くらい呼べるんスか?」

「わかんない。でもマンション高田くらいなら、全員呼べるよ」

「そっか。それなら狭間さんと……」

 人が多過ぎると一人に掛ける時間が減るけど、僕と誰かの一対一だけで仲良くなっても意味がない。正確には「皆と」仲良くじゃなく、「皆で」が理想だから。数人だけ、仲や態度が良くない人を呼ぼう。

「銀島さんと佐熊さん」

 ……でも、二階のメンツだけだと不安だな。

「あと遥さんで」

 師匠、助っ人お願いします。

「おっけー。すぐに連れて来るね」

 鋭く小さな旋風に包まれ、幼女の姿が消失する。

 五秒ほどが経つと、地上一メートルあたりに突如、シャツを着崩した狭間さんが現れた。

「……む」

 無駄にカッコよく着地する。

 それにしても、この整い過ぎた顔と鮮やかな金髪……。

「あはははは、そっくりですね」

 僕よりも数センチ高い狭間さん(偽)の頭をペシペシ叩く。挨拶の時に見たのは僅かな時間だったけど、それでも忘れられないくらいの美顔を忠実に再現している。

「なんだお前は。触るな死ね」

「ははっ、態度の悪さまでそっく――」

 最後まで言い終わらない間に、僕の顔を風圧が襲う。狭間さんの伸びた腕が僕の頬の真横にあった。どんな軌道で繰り出された拳なのか、僕には見えなかった。

「触るな。これが最後の忠告だ」

「すみません、ごめんなさい」

 その拳よりも速く、という意気込みで僕は土下座した。冗談が微塵も見られない凍りついた殺意の目を向けられては、こうする他ない。例え偽物であっても。

「確か加賀美とか言ったな。ここは何だ、一体どうなっている? 俺の夢ではないようだが」

 ちょっと待って。夢の登場人物って、こんな台詞を言うものなんだろうか。

「狭間さん……まさかとは思いますけど、本物だったりします?」

 恐る恐る尋ねる。

 いやね、そんなはずは無いんですよ。だって狭間さんは夜に仕事があるはずだし、なくてもゲームやってそうだし。

「俺は俺だ。お前と同じように、自分の意思が確かにある」

 マジですか! しかも僕が本物だって見抜いている?

「僕が夢の登場人物じゃないって、わかるんですか?」

「当然だ。夢を共有するなど、確かに信じ難いがな。だがこの俺が三次元の、それも野郎なんぞを夢に見る方があり得ない。俺の夢に出てくるのは二次元のキャラだけだと決まっている」

 三次元の野郎なんぞ、とは失礼だ。せめて現実の男と言っていただきたい。それに僕が夢に出ないなんて、言いきれるのはおかしい。

「そんな都合よく選べないでしょう。僕だって、一回くらい出ても不思議はないんじゃないですか?」

 こんな事を言っちゃうあたり、僕は狭間さんの二次元への執念を欠片すら理解していなかった。返ってきた言葉を聞き、この人がタダ者ではない事を知る。

「選べるんだよ。俺は自分の夢を支配しているからな。明晰夢というやつだ」

「なんです、それ?」

「夢の中で夢を見ていると自覚する事だ」

 へぇ。今のこれも、その明晰夢ってやつなのかな。

「これにより、ある程度ではあるが夢を自分の意思で変えることができる。しかし自覚する確率、コントロール、どちらも極限まで高めた俺にとって夢の中は常に、まさに夢の世界そのものだった」

 ドンッ、と未だ這いつくばっている僕の眼前に、狭間さんの足が突き刺さる。

「うわっ!」

 超びっくりした。

 狭間さんの眼に血が忙しなく巡り、殺意の炎を燃やして僕を見下す。

「最高の状況だった……こんな訳のわからん事になるまではな」

「僕だって、まさか本物が来るなんて思いませんでしたよ。ちなみに今日、お仕事の方はどうされたので?」

「元から休みだ」

 タイミング悪いな、この人は!

「なんだ、その反抗的な目は」

「いえ、そんな目はしていませんよ」

 それにしても、幼女の帰りが遅い。狭間さんはすぐに連れてきたのに、他の人はどうして時間が掛かっているのか。もしや寝ていないとか?

 それならそれで、早く帰って来てもらわないと気まずいんですけど。

「……ところで、さっき『まさか本物が来るなんて』とか言っていたが、あれはどういう意味だ?」

「謎の幼女がこの夢の世界に僕が望んだ人物を呼び寄せる、なんて言うものですから。てっきりシミュレーションみたいなものかと思いまして」

「なるほどな」

 狭間さんは深く頷いた。

「よくわからないが、つまりは全てお前の所為だという事だな?」

 しまった。うっかり口が滑って――。

「掛かってこいやァ!」

 と、急に野太い声が聞こえてきた。それと同時に、また少し浮いて現れたのは、

「あ、銀島さん」

 ケツアゴの巨漢、銀島さんだった。

 狭間さんの隣、豪快な着地音で尻もちをつく。

「……あ? 武羅怒外威瑠の連中はどこに行きやがった?」

 何の夢を見ているんだ、このケツアゴさんは。

「うわっ!」

「おおっとっとっと」

 続いて女性二人も落下してきた。佐熊さんは手ぶらなのにギターの構えで尻から落ちて、遥さんは危なげに、だけどちゃんと足で降り立った。

「ごめんね、お兄さん。遅くなっちゃって。そこのケツアゴおじさんの寝つきが悪くて……しかも無駄に大きい上に無駄に重くて、運んでくるのが大変だったんだよ」

「なんだとコラァ」

 ああっ、銀島さんが幼女相手に威嚇している。

 その逞し過ぎる背中に、遥さんの掌が三度ほど叩きこまれた。恐らく薄紅色の手形が残るくらいに。

「イッテェ!」

「あっはは、確かにね。コイツが歩く度、アタシんトコの天井めっちゃ揺れるもん。この前なんて巨大な揺れが何回も起きて、電気が落ちてきたかんね」

「ぬ、ぬぅ……そいつぁすまねぇな。たぶんダンベルを持ちながら跳躍した時のだ。以後、気をつける」

「良いって良いって。まだ学生なんだから、細かい事は気にしなくたって」

 学生⁉ 三〇は超えてると思ってた。

「ただ、自分よりも幼いのには優しくしてやんなよ」

「うむぅ……」

 あの銀島さんがシュンとしている。この巧みな話術……さすがです、師匠。

「――で」

 遥さんの口は止まらず、腰に手を添えて周りをぐるり。

「どういう状況?」

「そりゃわかりませんよね。僕も初見では無理でした」

「あぁ、アンタもいるんだ。初見ではってことは、今はわかんの?」

「ええ。実はですね……」

 キョロキョロしている銀島さんと佐熊さんも呼び、この場で起こっていることを伝える。狭間さんは説明しないだろうし、説明させたくない、幼女にも。僕が望んで呼び寄せたと知られたら、ケツアゴさんとピンクうんこさんが僕にどんな仕打ちをするのか、予想もできない。

 僕が説明すれば、そこは誤魔化せ――。

「ちなみに俺達を選んだのは、そこのクソ野郎だ」

 説明中に横槍が飛んできた。

「ちょっと狭間さん、口を挟まないでくださいよ!」

「……狭間だけに、口をハザマないでってか?」

 そして、自分で言って自分で笑う遥さんがいる。むろん、心の弟子である僕は、くだらないと思いつつも愛想笑いを忘れない。でもいつか、心から笑ってみせる。

「良い調子じゃん、明日志」

「おかげさまで」

 パァン、と僕達はハイタッチを交わした。

 ありがとう遥さん。ついでに銀島さん達の怒りを上手く誤魔化せたみたいだ。

「それにしても皆で同じ夢の中なんて、面白いことやってくれんね。よくやった我が弟子よ」

「チッ、何がだよ。せっかく気分の良い夢を見てたってのに、テメェらの顔なんざ見たくねぇんだよ。特にそこのケツアゴはな」

 佐熊さんが唾を吐き捨てる。

 顔に赤みが走る銀島さん。まずい、またケンカが始まってしまうのか?

「まーまー、落ち着きなよケツアゴ。ピンクうんこも無意味に挑発すんなって」

 は、遥さん。それは禁句ですよ。せめて思うだけにしてください。

「…………ぐぬぅ」

 が、銀島さんは先の件もあって言い返せない。

 一方、佐熊さんには弱点がなく、怒りが爆発する。

「誰がピンクうんこだァ? このババア!」

 僕の師匠に何てこと言うんですか、このピンクうんこさんは!

 しかし、

「べつにババアでもいいんだけどさぁ……アタシの年齢でババアだと、あと六年でアンタもババアになるわけだけど。自分でババアの基準を設定しちゃって大丈夫?」

「く……っ!」

 さすが遥さん、悪口には動じない。

 あのくたびれたジャージの背中、なんて頼りになるんだ。僕の頑張りどころは減るけれど、やはり呼んで正解だった。

「そこのパツキンのチャンニー……長いな。ゴールデンヘアー……これも長いか」

 遥さんが決める呼び方は、意外と安易なものが多いらしい。

「ハッザーマも仏頂面してないで、この血が煮え滾るシチュエーションを少しは楽しんだら?」

「断る」

「ハッザーマが好きそうな美少女なら、足元に居るじゃん」

 遥さんが示す先には、楽しそうに口元を緩めている幼女。

「ハーフのロリか……残念だな。お前がもしも二次元だったなら、多少は俺の興味を引けたのかもしれないが」

「でも、夢なら三次元じゃないっしょ。ギリ気分が乗らない?」

「乗らん。俺はそこのバカ二人と違って、詭弁には惑わされんぞ」

 また二人を怒らせるような事を……。

「んだとコラァ!」

「ちょっと顔が良いからって、調子こいてんじゃねぇぞコラァ!」

 ほら、また乱心した。

 これじゃ、いつまで経っても話が進まないじゃないですか。

「ちょっと、か?」

「…………」

 あ、鎮静化した。なんか怒りやすいくせに弱いな、二人とも。弱い犬ほどよく吠えるという諺があるけれど、割とあてはまっている……?

「そこのロリ、こんな茶番は要らん。さっさと俺を、俺の夢に戻せ」

 狭間さんが、相手は幼女なのに容赦なく詰め寄る。しかし幼女は冷静で、例の二ヘッという意味深な笑みを浮かべる。

「やーだよっ。みんなで遊ぶもんねーっ」

 幼女が軽く地面を蹴る。ただそれだけで地上五メートルくらいまで跳び上がり、停滞した。

「ふん、その程度……明晰夢を極めた俺が届かないとでも?」

 狭間さんも跳躍する。

 が、

「なにッ?」

 ちょっと高いけど一般人くらいしか跳べなかった。たぶん能力が純粋に高いだけで、明晰夢がどうのこうのは機能していないのだろう。

 一言で言うと、ダサいです、狭間さん。

「ここは美形お兄さんの夢じゃないもん。分を越えた想像通りには動けないよ」

「プッ」

「だっさ」

 と陰湿に笑うのは銀島さんと佐熊さん。遥さんは嫌味を含まず、しかし腹を抱えて爆笑している。

 ここで注目すべきは、狭間さんの対応。

 悔しがる様子も恥じる様子もなく、無表情を崩さない。銀島さんや佐熊さんとは精神年齢が違う。

「……どうやら付き合ってやるしかないようだな」

 抵抗は無駄だと早くも見破った狭間さんは、地に足をつけながら苦々しく口にした。

「そうそう。美形お兄さんは素直でいい子だね。それじゃ皆、どんな遊びをする?」

 みんな、と言いつつ、幼女の目は僕に向けられている。僕の願いを叶えるというのだから、僕が決めるべきなんだろうな。でも急に言われたって思い浮かばない。

「遥さん、何かないですか?」

「アタシ? うーん……急に言われても、この人数でうってつけのものは鬼ごっこくらいしか思い浮かばんね。でもハッザーマとか、絶対やらんでしょ」

 師匠もダメか。

「じゃんけんとかどうだ?」

「狭間さんは黙っててください」

 早く帰りたいだけですよね。

 銀島さんと佐熊さんは……。

「ハンマー投げとかはどうだ?」

「ふざけんな筋肉バカ!」

「なんだとコラァ!」

 役に立たない。

 こんな不甲斐ない僕達を見かねたのか、宙を泳ぐ幼女は頬を膨らませながら降りてきた。

「もうっ、こんなのも決められないの?」

「面目ないっす」

「だったら、わたしが決めちゃうよ?」

「お願いします」

 まぁその、なんというかね、僕はもう大学生なわけで。やはり遊びというのは、発想が柔軟で尚且つ慣れた、子供が提案した方がいいと思うんだ。もうね、こんな言い訳じみた理屈をこねこねするようになってしまった大人は不適格だよ、うん。

 適材適所、ここは幼女に任せよう。

「そうだなぁ。せっかく夢の中なんだから普通の遊びじゃつまらないし、口では付き合うと言ったけど実は目が覚めるまで何もせずにネバろうとする人も居るみたいだし」

「…………ッ」

 あ、狭間さんが珍しく動揺した。図星ですね。

「決ーめたっ」

 またしても二ヘッと笑った幼女の、細くて可愛らしい指が鳴らされる。直後、見わたす景色の全て、ファンシーな大地や空が大きく揺れ始めた。縦揺れ、横揺れ、二つが合わさった斜め揺れ。僕があちこち転がされる程に、とにかく揺れる。

 下がふわふわじゃなければ、痛い目にあっているところだ。

 銀島さんと佐熊さんも転がり、上手くバランスを保っているのは狭間さん。師匠も転んではいないけれど、振り回されて危うい体勢だ。

「あわわわわわっ」

 景色が回りに回って目も回る。

「慌てるなテメェら。落ち着いて机の下に潜るんだ!」

「机ねぇじゃねぇかよォ! どうすんだよケツアゴォ!」

「……そもそも落ちてくる物がないのだから、潜る必要はないだろう、バカ共め」

「あっははははっ、これ楽しいじゃん。いいぞ幼女、もっとやれーっ」

「ぎゃあああああッ! 遥さん、足っ、足ィィィッ!」

「あ、ごめん。踏んじゃった」

 などと、僕達は半ばパニック状態に陥った。

いや、でもこれはチャンスかもしれない。余計な事を考えられない今は、本音で語り合う事ができるはず。

「最近の子供は過激っすね、狭間さん」

「うるせぇ死ね。話し掛けんな」

 …………。

「良い事を考えたぜ。これ、跳べばその分だけ揺れを免れねぇか?」

「テメェにしてはナイスだケツアゴ…………って、全然ダメじゃねぇか! やっぱりテメェは使えねぇなクソ野郎!」

「うっせぇ、クソはテメェの頭だろうがァ!」

 変わってない……? 皆さん普段から正直に生き過ぎじゃないですか?

「ラストスパート、いっくよぉ!」

 幼女の掛け声を合図に、今までで一際大きく縦に揺れた。その規模たるや、僕達が二メートルは跳ね上がる程だ。そして僕達の不幸はそれだけにあらず。柔らかかった雲の地面が、灰色の石を平たく繋げた人工的な地形に変わっていた。

 この中で上手に着地できるのは二人くらい。僕を含めた三人は思わぬ所に衝撃を受けて悶絶する。

 変わったのは地面だけじゃなかった。

 空の色が蒼くなったのには心が休まったけれど、急に出現した巨大な建造物にはかなり驚かされた。

「なにこれ。城?」

 僕達を取り囲む白い塀、踏みしめる石畳。池や木、石や砂が整えられた小さな庭園と眼前の瓦屋根を持つ和風の城。あの吐き気が催しそうなファンシー世界から一転、まるで過去にタイムスリップしたかのようだ。もしくは時代劇に放り込まれたみたいな、あるいは歴史ある街へ旅行に来たみたいな。

 様々な感覚が渦を巻く。

「はい完成」

「ブッ殺すぞガキャア!」

「子供に何てこと言ってんの」

 遥さんが軽快に銀島さんの頭を叩く。そんな一連の流れとは無関係な顔で、幼女は相変わらず高みから言葉を降らせる。

「同じ危機に瀕した人達には絆が芽生えるんだって。だから皆には、ちょっとした危ない目にあってもらうよ」

 実に無邪気な顔で怪しいことを言われた。

「はい、幼女先生。一言よいですか?」

 ザラついた石畳に尻と片手を置いたまま、もう片方の手を真上に伸ばす。爪と皮膚の間にまで日光が滑りこむほど、真っ直ぐに。

「どうぞ、お兄さん」

「もう危ない目にはあいましたけど」

「大丈夫だよ。もっと危険だから」

 あ、それなら安心……できない。

「これから始まるのは籠城ゲームだよ。みんなの命を狙って武士とか忍者とか百姓とかが襲ってくるから、手を取り合って防いでね」

「本当に危ないじゃないですか!」

「ちょっとだけだよ。夢の中だから本当に傷つくわけじゃないもん」

 いや、そりゃそうだろうけど、怖いですよ。

「これなら参加するしかないでしょ、美形お兄さん」

「それでも参加しなければどうなる?」

「ひたすら斬られたりして痛い」

「…………終わらせる方が手っ取り早そうだな」

 これを聞かされて参戦しない人はいない。

 ほぼ強制的にだけれど、こうしてマンション高田チームが結成された。


 城本体の入口付近にて、幼女からルールの説明がなされた。

 大まかには襲撃をどうにかして、何とか生き残るゲーム。どんな攻撃を受けても死にはしないけど、かなり痛いらしい。また、敵を斬っても外傷はつかないという心臓が弱い人にも優しい設定になっている。どちらも攻撃が当たれば弱り、敵だけは消滅するとのこと。

 僕達は城から出られず、これから決めるリーダー(城主)が攻撃されれば、特別に全員がその半分の痛みを受けることになる。

 敵は何種類かいるらしい。

 武士――刀を持ち、正門から攻めてくる。

 百姓――農具を武器に裏門から入ってきたり、石を投げたりしてくる。

 忍者――塀を乗り越えて来たり、城内から湧いてくる。刀や忍具、忍術を使うという、だったら忍者だけでも良いんじゃない? と思わせる待遇だけれど、軽装のため耐久力が低い。

 それとなぜか、

 魔女――箒に乗って空から登場。魔法を使って攻撃してくる。

 一種類だけ明らかな場違いがいるけれど、それ以外はこの城にも雰囲気のあったラインナップだ。

 勝利条件は敵の全滅。それ以外にも最後まで耐え切り、現実で目が覚めれば終了となる。

 敗北条件は、作れば狭間さんがそっちに走る可能性があるため、なし。ただし個人的に負ければ痛みで動けなくなり、ボコボコにされるという。その場合、痛みを忘れるまでの回復待ち状態になるそうだ。

「武器はここから選んでね」

 という事で、武器の支給もされた。

 僕は日本刀を選んだ。たぶん無難な選択。

「銃はないのか?」

「楽しちゃダメだよ、美形お兄さん」

 狭間さんは渋々といった感じで鞘つきのナイフを二本、懐に収めた。

「鉄パイプはどこだ、幼女」

「ケツアゴおじさんは物騒だね。欲しいなら出せるけど、こっちの方が強いよ?」

「む、そうだな」

 銀島さんは重そうなハンマーを軽々担ぐ。なぜか置いてあったメリケンサックも、ちゃっかり握っている。

「ケンカなんかした事ねぇよ……」

「いつも銀島さんとしてるじゃないですか」

 ぶつくさ言いながら、佐熊さんは鎖鎌という渋いチョイス。悩んでいたから何か心得があるわけでもなさそうなのに、なぜそんな扱いにくい武器を選ぶのか。まあ、こんな恰好をしているくらいだから、個性を求めた結果なのかもしれない。

「これ、もうちょい軽くできない?」

「できるよ。はい」

 遥さんの持つ武器の柄を幼女が人差し指で撫でると、カメラのフラッシュが如く、瞬間的に武器が発光した。

「おっ、軽くなった。サンキュ」

 遥さんはハルバード。この城の雰囲気には合わないけれど、なんとなく遥さん本人の容姿には似合っている気がする。

 武器が決まった僕達は、狭間さん以外、ちょっと素振りをしたりしてみた。それで重いと感じたり、その逆だったりすると、幼女に調整してもらう。

 僕は刀身を少しだけ軽くしてもらい、銀島さんは全体的に重みを加えた。狭間さんと佐熊さん、すでに変えてもらった遥さんはそのまま。

「……ところで、敵に魔女がいるのに、僕達の中に遠距離を攻撃できる人がいないのはマズイんじゃないですか?」

「だったらテメーが弓矢に変えればいいだろ」

 佐熊さんからの厳しい一言。

「そりゃキツイんでない? 適当に振っても近けりゃ一応は当たる近接武器と違って、離れた場所から弓矢で動いている相手に当てるのは無理っしょ」

 ですよね。だからこそ誰も選ばなかったんだから。まあ遠くから狙い打っている間は安全だけど複数に接近されたら対処のしようがないってことも一つの理由ではある。

「んなもん関係ねぇ。全部ブッ飛ばせばいいだけの話だ」

「バカは黙って死ね。そうだな……幼女、俺達にも魔法が使えるようにしろ。敵だけでは不公平だ」

「んーっ……それもそうだね。ちょうど五人だし、今回はアジアンテイストな選択肢で、魔法を皆にあげるよ」

 僕達は再び選択を迫られる事になった。

「もっかどごんすい……なんですそれ?」

「五行思想だっけ? 確か昔の説で、物質とかを構成している要素の種類だったような……」

 僕が頭を傾げると、遥さんが答えてくれた。

「ヒュー、さっすがババア、すげー知識だ」

「ぬぅ……おばあちゃんの知恵袋ってやつか。やるな……」

「いやー、知恵袋ってか豆知識っしょ。特に役立つことはないかんね」

 そしてババアにも怒らない師匠。

 さて本題――木火土金水。

 一人が一つの属性を担当することになる。それぞれがどんな魔法なのか、それは受け取ってからのお楽しみだそうで。というのも、使い手の性格や武器などによって、引き起こせる現象が異なるんだとか。

 なんにしても、魔法なんてテンションが上がる。夢じゃなきゃ、こんな状況じゃなきゃ使えないんだから。

「オレは漢の中の漢だからな。火を貰うぜ」

 銀島さんは真っ先に名乗りを上げるが、

「却下だ。金は重そうだからな、お前くらいしか使えないだろう。お前が金だ」

「なんだと?」

「お前の(無駄に)鍛え抜かれた(存在価値が筋力だけの)肉体でしか使いこなせないってことだ。それに火が燃え盛る炎だとは限らない。どうせマッチみたいなものだろう」

 狭間さんの言葉は所々途切れていて、その沈黙に心の声を聞いた気がした。

「金は任せろ」

 良い顔だ、銀島さん。その笑顔、輝いているよ。

 単純なケツアゴさんが口車に乗せられたおかげで、もっとも使いにくそうな属性が最初に決まった。金はその名の通り金属を示すものだから、銀島さんしか使えそうにないという狭間さんの言葉は、嘘ではない。

「よくわかんねぇけど、ウチは水にすっかな。いいだろ?」

「んじゃ、アタシは土で」

 これに異論は上がらなかった。

「加賀美、お前は火で良いだろう?」

「まぁ、何でも良いですよ」

 火が一番強そうだけれど、僕がもらっちゃって良いのかな。銀島さんの立候補を蹴ったのは狭間さん自身が使いたかったからだと思ったけど、違ったらしい。割り振りを考えているあたり、意外と乗り気なのかもしれない。

 よく考えればアニメやゲームが好きなら、こういう遊びに理解があって不思議じゃない。

 あまり期待していなかったけれど、これは本当に仲良くなるチャンスなのかもしれないな。

「決まったみたいだね。それじゃ、魔法の力をプレゼントっ」

 また幼女が指を鳴らす。その音は僕の耳を経由して脳内に入り込み、「火」の魔法について、使い方や引き起こせる現象などの知識を埋め込んだ。

 僕の能力は三つ。

 一つは火球を飛ばすこと。掌が銃口のような役割をするそうで、それを標的に向けて飛ばす命令を脳から手に送れば、火球が一直線に飛び出す。ここで授けられた魔法というのは、手足を動かすのと同じような感覚で使えるらしい。

 二つ目は武器に炎を纏わせること。ただし武器は溶けない。それだけ。

 最後は、火に対する耐性が体に付くこと。自分の火は無効化し、他からの炎も無効とまではいかないけれど、大幅に軽減できる。これは意識せずとも、常に発動しているようだ。

 うん、割かし使いやすそうじゃないですか。

「みなさん、どうですか?」

「オレァ問題ねぇ。このオレに相応しい、漢気あふれる力だぜ」

「よくわかんねぇよ。なんだよ魔法って」

 気性が激しい組の感想。

「どんな力だろうと、あるならば充分だ。あと話し掛けんな、死ね」

 これは酷い人の感想。

 師匠はと言えば、

「へぇ、今時はこんな事ができんの。便利な世の中になったねぇ」

 などとボケていたので、

「ここは夢っすよ、遥さん」

 一応、半笑いしながらツッコミを入れておいた。そして、

「…………」

 パァン、と無言のハイタッチ。

「最後の設定だね。城主を決めてよ」

 あ、それが残っていたか。誰にすれば良いんだろう。銀島さんと佐熊さんは向いていないという事くらいしか、僕にはわからない。狭間さんは完璧に役目を全うしそうだけど意欲に欠けるし、それ故に、もしかしたら引き受けてすらもらえないかもしれない。遥さんは頼りになるけど……落ち着きがないからリーダーって感じじゃない。

 残るは僕……いや、ないわ。銀島さんと佐熊さん並にないわ。

「明日志で良いんじゃない?」

「ちょっ、遥さん、なんでですか!」

「だって今回の発端だし」

「うっ――」

 反論できない。

 だけど遥さんの一存で決まるわけじゃない。どうせ僕がリーダーになるなんて、誰も賛同するはずがない。

「ちょっと待てよ」

 ホラきた。

「どったの、ピンクうんこ」

「……いや、普通に考えて、そんな雑魚っぽい奴がリーダーじゃマズイだろ。城主が攻撃を受けたら、その痛みの半分が他の奴らにも行くんだろ?」

 自分が攻撃に対処できなかったのなら、まだ納得の余地もあるんだろうけれど、自分に非がないのに痛みを受けるなんて理不尽、みんな嫌に決まっている。

「じゃ、アンタがやる?」

「嫌だね、そんな憎まれるだけの役は」

 ですよね。僕も嫌です。

「だったら、もしアタシが城主だったとして、攻撃を受けたら?」

「決まってんだろ。ブン殴る」

「ハッザーマだったら?」

「もちろんブン殴る」

 佐熊さん、カッコイイ人が相手でも、まるで媚びないんですね。

「ケツアゴは?」

「血反吐を吐くまで蹴り倒す」

「なんでオレだけ厳しいんだよ!」

「当たり前だろ。日頃の行いを考えろ、ケツアゴリラ」

 本当に面倒な人達だ。これくらいでケンカしないでもらいたい。

「まま、二人とも落ち着いて。そんなわけだからさ、ピンクうんこ。リーダーは明日志しかいないっしょ?」

「おい待てよ。ウチはそのモヤシ野郎が相手でもブン殴るぜ?」

 わかってますけど、なにも本人の前でそんな言い方しなくても……。

「だから考え方を変えようってこった」

「どんな風にだよ」

「普通はリーダーが攻撃を受けるのは、リーダーがヘマしたからって事になるけど、その認識が初めから違っていれば良いってこと。見ての通り、この明日志はモヤシ。放っておけば城主が攻撃を受けると仮定できんじゃん。つまり城主の過誤は城主のミスじゃなくて、護れなかったアタシ達のミスになる。最初から全員がこの認識を持っていれば、そうそうケンカにはならないっしょ」

 …………。

「な、なるほどなっ。確かにコイツなら期待が微塵もないから、その認識ってやつをを持てるかもしれねぇ。へへっ、なかなかやるじゃねぇか」

 泣いても、いいですか?

 いくら僕が銀島さんよりも細くて狭間さんよりも鈍そうだからって、これでも一応は高校を出たばかりの元気盛りな男性なんですよ。弱いとは限らんのですよ。

「そうだな。怒り狂ったそこのバカ二人が、その場で城主を殴って余計な痛みを増やすというのは頂けない。良いだろう、支持してやる」

「オレは誰でも良いぜ。誰が何になろうが、要は敵を全部ブッ倒せば良いんだろ?」

 僕を除けば満場一致じゃないですか。なんで僕の信頼のなさが、かつてない和やかな雰囲気を生み出しているんですか。

 遥さんが僕の首を抱きこむように腕を回して、耳打ちしてきた。

「これなら皆、アンタを護ろうとする。全員と関われるってのは、仲良くなるのに丁度いい条件っしょ?」

 ……天才かこの人。策士すぎる。

 この状況下で僕にとって都合の良い形を、反対意見もなく一瞬で組み上げるなんて、それとおっぱいが柔らかいです、なんて素晴らしい師匠なんだ。

 そうそう、護ってもらえば仲良くなるのに集中でき――。

「どったの? 黙っちゃって。なんかマズった?」

「いえ、そうじゃないんです。僕にとっても皆にとっても、遥さんが考えてくれたのは一つの理想形なのかもしれません。だけど――」

 護ってもらうんじゃダメだ。僕がみんなと対等にならないと、彼らの考えを変えるなんてできない……そんな気がする。

 理では遥さんが作ってくれた方に利がある。しかし僕の目標は、それぞれ価値観の違うみんなと、みんなで、一人残らず仲良くなること。前後左右には茨ばかり、武力ではなく真心で訴えかける覇王道だ。

 だからこそ――、

「僕は、違う道を進みたい」

 そう、遥さんとは同じ方向だけれど別の道を。確かに僕の至らない所は多いし、誰かに頼ることも多い。でも譲れない事だってある。

「……そっか。ま、好きなようにやんなよ。ある程度は付き合ってあげっからさ」

「はい!」

 遥さんのおっぱいに涙ながら別れを告げ……じゃなくて腕から解放された。ついでに景気づけの平手打ちを背中に頂いた。これ、割と元気が出る。

 かくして、僕には僕の理論が必要になったわけだ。

 僕が護られる立場になっては意味がないのだから、もちろん僕は除外。銀島さんか佐熊さんにすれば、攻撃を浴びた時に無駄な争いが増える。

 となれば二択、遥さんか狭間さんだ。

 僕はどっちでも良いと思うけれど、その人を推薦するには、遥さん理論よりも皆を納得させる理由が要る。

 ならば、もう答えは出たも同然だ。

「狭間さん、城主を引き受けてもらえませんか?」

「ちょっと待てやテメェ。今テメェが城主で決まってたじゃねぇか。勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」

「佐熊さん。僕よりも狭間さんの方が、絶対に上手く立ち回れますよ。その分だけ理不尽な痛みを受ける機会が減ります。僕を護れば良いという事でしたけど、狭間さんを護ったって良いじゃないですか」

「はぁ? コイツが護られる様なタマかよ」

「痛みを減らす事よりも、変な意地を優先するんですか?」

 佐熊さんは黙った。まず一人、上手く丸めこんだと見て良いだろう。

「オレは誰でも良いぜ。誰が何になろうが、要は敵を全部ブッ倒せば良いんだろ?」

 二人目。銀島さん、単純でありがたいです。

 遥さんは反対しないとして、問題は最後の一人にして張本人、狭間さんだ。口を直線に結んだまま、氷結した瞳で僕を見据えている。冷たくて澄んだ視線、向けられているだけで寒気がしそうだ。

 この眼は僕を――疑っている。

「妙だな。護ってもらえ、且つ不可避な痛みの脅威がない。それでいて憎まれないという条件まで付いているのに、なぜ自ら断る?」

 深い意味はない。ただ対等な立場でありたいだけだ。でも、それを言ってしまっては、それこそ意味がない気がする。

 でっち上げなければ。何か、らしい理由を。

「そのー、みんなへのダメージは少ない方が良いかな、と思いまして」

「…………」

 うっ、瞳の温度が下がっている。この方向には興味がなさそうだ。

 ……興味? そうだ!

「あとホラ、夢って二次元に近いじゃないですか。会えるし」

「お前は急に何を言っているんだ?」

 ……ホントですよね。ええ、自分でもそう思います。でも口に出してしまった以上、今さら後には退けないんですよ!

「二次元の女の子も、きっとどこかで見ていて、期待してますよ。狭間さんがリーダーとなって勇ましく戦う姿を!」

「…………」

 まだ押せる、僕ならやれる、僕はできる子なんだッ!

「城主として、この城を治める頼もしい姿を!」

 ギラリと、狭間さんの眼が鈍い光を帯びる。透き通っていた氷の光が、まるで百戦錬磨の刃のように。鋭く、気高く、殺気に満ちている。

 あ、これは殺られる――。

 ……へへっ、そうと決まったなら、どこまでも押してやりますよ。

「狭間さん、彼女達を裏切るんですか?」

 さぁ、殺すなら殺して下さい。どうせここでは死にません。覚悟もできています。

「――フッ」

 笑った? 今、笑ったのかな。

 さっきまで固く結ばれていた口の端が、ミリ単位だけど上を向いたような気がする。

「任せろ」

 乗ったぁああああああッ!

 この人も意外と単純だったぁああああああッ!

「――とでも言うと思ったか? 死ね」

 ですよね。すんません。

「だがまぁ、俺自身にもメリットはある。引き受けてやっても構わんぞ」

「んなこと言っちゃって。ホントは明日志の言葉に揺らされたんじゃないの? ハッザーマは素直じゃないんだから」

 ちょっと遥さん、なに肘でわき腹を突いて挑発してるんですか。せっかく上手く事が運ぼうとしているのに。

「そんなわけあるかババア。喋んな触んな死ね」

「いや……アタシ、アンタより年下なんだけど」

 何にしても、これで決めるべき事は全て決まった。

「いよいよゲーム開始だね。みんな、楽しんでいってよ」

 幼女による例の指鳴らしで、ゲームは始まった。


 この城が建てられた時、僕達は巨大な地震を経験した。初期微動がなかったから余計に驚いたけれど。そしてゲームの開幕時、それと同等の衝撃を受けた。

 突然、天地を揺るがす様な轟音が鳴った。徐々に大きくなる、いや、正確には迫ってくる。鼓膜を貫き、心臓を打ち鳴らす。

「ちょっ……なんですか、これ」

「武士と百姓の雄叫びだよ。それじゃ、わたしは遠くから見守ってるね。みんな、ご武運を」

 つむじ風に吹かれて幼女が消える。

 門が閉まっているから見えないはずなのに、怒涛の勢いで迫りくる、猛り狂った戦士達が目に浮かぶようだ。

「作戦タイムとか、ないんスか」

「小細工は要らねぇ。オレがブッ飛ばしてくらァ」

 争い事が好きなのか、銀島さんは真っ先に飛び出していった。十人が両手を広げて並んでも余裕で通れそうな、立派な正門の前で仁王立ちをする。僕達にはハンマーを背負い、筋肉で盛り上がった背中が遠くに見えた。

「張り切りやがって、あのケツアゴ。アイツとは組みたくねぇから、ウチは裏口とかいう所に行くぜ。メンドくせぇけど」

 鎖鎌の分銅を振り回しながら、佐熊さんが去る。

「あの、狭間さんはどちらへ?」

「仮にも城主だからな。城の中で待機する」

「でも忍者が出ますよ」

「出たら潰せば良いだけだ」

 などと言い、狭間さんは城の中へ。城は高めの三階建てで面積は狭く、敵が出ても隠れたり逃げたりは難しそうだ。相対すれば迎え撃つ他ないだろう。

 一撃でも浴びれば皆も痛みの半分を受けるというのに、そんな中で単独行動を取るなんて。

「仲間意識が皆無ですね」

 狭間さんに限らず。

「最初はこんなもんっしょ」

 遥さんはハルバードをブンブン振り回し、準備運動らしい動きをしている。今は城の入口を前にして、二人きりだ。

「なんか色々手伝ってもらっちゃって、すみません」

 僕は謝罪を口にする。自分の理想を目指す過程で、随分と頼ってしまった。それでいて考えてくれた作戦を無碍にしたり……すごく自分勝手な事をしてしまった。

「謝る必要はないって。アタシは自分がやりたい事しかやんないかんね。手伝ってるのはアタシの意思」

「そうなんですか?」

「アタシが望むのは、アタシと、アタシに同調してくれる人達が楽しく暮らすこと。アンタみたいに、そっぽ向いてる人を巻き込もうとは思わないんだ」

 それらしいことは、自己紹介の時に、それとなく言われたような気がする。

「じゃあ、どうして僕に?」

「アタシがそうしないのは、仲良くなるまでの時間が惜しいから。ただでさえ惜しく思ってんのに、時間を費やせば上手く付き合っていけるなんて保証はない。だから、短い人生を最大限に謳歌するために、アタシは合わない人を放置してきたってわけよ」

 女は現実主義者、そんな話を聞いたことがある。遥さんはその極端な例なのかもしれない。

 百人の人が居たとしたら、一人くらいは最初から気の合う者がいるだろう。そこでそれ以外の人とも友人関係を築くより、その一人だけと仲良くやろう、というのが遥さんだ。

 一人で足りなければ、もう百人と出会えばいい。

 対して僕は、百人と会えば百人と仲良くなり、もう百人と会えば合わせて二百人の友人を作ろうとしている。こんなの目標とも言えない夢物語だ。

 男はロマンを求める――僕もまた、そんな説の極端な例なのかもしれないけれど。

「でも皆で楽しくできたら、そっちの方が良いのは当り前。だからアタシは、時間が損だと思わない程度にだけど、できる限り協力する。……アンタが望めばね」

 最後の一言を付け加えたのは、一見すると利用しているように捉えられる事が気がかりなのだろう。言葉だけ聞けば、虫のいい話だと思えなくもない。

 無論、僕はそんな風には思わない。

「それでも僕にはありがたいです。なにより、仲良くしたい皆の中に、遥さんも入っていますから。一緒に頑張りましょう」

 僕達の挨拶は自然とハイタッチが当り前になっていた。しかし今回のものは重みが違う。お互いの掌を行き交う温かさも違う。まだ僅かな日数しか共に居ない僕達だけど、確かな絆を感じられた。遥さんが言うところの同調というものだろうか。

「――さて、この遊び、明日志はどうすんの?」

「僕は遊撃って感じですかね。それなら皆さんに関われるので」

「ふーん。ちゃんと頭、使ってんね。んじゃアタシは、この庭で塀を飛び越えてくるっていう忍者を相手にしとくか。なんかあったら、遠慮なく呼んでよ」

「ええ、頼りにしてますよ」

 怒号はすぐ近くまで来ている。もう話している余裕は、ほとんど無さそうだ。

「……ところで、人に向かって武器を振るうのって、抵抗ありません?」

「誰も傷つかないってんだから、信じてやるしかないっしょ。相手は人の形をしている何か、人形だとでも思えば良いんじゃない?」

「はあ、まぁ……そっすね」

 なんて、僕が少し弱気になったところで、正門から凄まじい音が鳴った。大砲にも似た衝撃音。丸太で門を突き破るつもりだろう。裏口からは、

「これ以上、年貢を上げんじゃねぇええええッ!」

「コメ返せぇええええッ!」

 などという、妙にリアルな怒声。

「じゃ、行ってきます」

「行ってらーっ」

 ハルバードの柄を地面に突き、片手を振る遥さんに振り返す。

 最初は正門を支援しよう。


「おう、新入りじゃねぇか」

「どうもです」

 ケツアゴさんの性格を考えると、支援に来た、なんて言ったら追い返されそうだ。

「銀島さんの戦いぶりを見て、少し勉強させて頂こうかと思いまして」

 だから多分こうやって持ち上げるのが正解。

「む、わかってるじゃねぇか、ガキのくせに。よっしゃ、このオレが直々にお手本ってやつを見せてやるぜ。さしずめ『虫でもできる! 銀島流喧嘩術講座 ~今日からキミも無敵の喧嘩師~』ってトコだな」

 ……あえて何も言うまい。気分よさそうだし。

 そんなやりとりをしている最中だった。とんでもない衝突音が一発、重く威厳のある木製の門が揺れる。衝突音が更に一つ鳴り、錠の役割を持っている横一文字の木板に亀裂が生じる。

 そして、次の一撃で突き破られた。

「来るぜ小僧!」

 銀島さんがハンマーを構えると同時、僕も腰の刀に手を掛ける。右足を前にし、左の踵を僅かに浮かせる。

 さあ、来い。

「よし開いたぞォ! 全軍、突撃ィィィィ!」

「賊軍を討ち取れェェェェ!」

 ……さっきの百姓の叫びといい、このゲームにおける僕達の設定が気になる。年貢を上げる賊軍ってどういうことなの?

 なんて余計な考えは一瞬で吹き飛び、恐怖に変わった。

 人の命を容易く断つはずの刀を薄汚れた小手を着けた手で持ち、血走った眼の武士が無数に攻め込もうとしている。猛る怒声はもはや大地の咆哮のようで、鼓膜どころか全身の皮膚すら振動する。

 冷や汗が止まらない。鳥肌は総立ちで、氷水を頭から被った様な寒気。

「お、おぉ……」

 さすがに銀島さんも臆さずにはいられなかったらしい。

 開けられた門から見える、外に広がった大自然の世界を楽しむ暇は、僕達にはない。接触まで残り一〇秒くらい。

「は、早くお手本を見せて下さいよ、銀島さん」

「…………お、おぉ」

 あ、僕達が固まっている間に、白刃が振り上げられた。

「ぎゃあああああッ!」

 そして柄に手を掛けたまま、僕は何の反応もすることもできずに斬られた。当然ケガはないし、実際に斬られるよりは痛くないんだろうけど、焼けるような痛みが袈裟懸けに走る。

「ぬ、ぬぅぅぅッ!」

 銀島さんは棒立ちで、もう三太刀は浴びていた。

 これはもう、このまま現実で目が覚めるまで斬られ続けるのかもしれない。恐怖と痛みのせいで、体が動かない。

「銀島さん、僕達もうダメかもしれませんね」

「……む、そのようだな」

 夢だから、痛いんだけど、でも痛くないような。すごく不思議な感覚が、なんだか段々心地よく……。

「ケツアゴも明日志も、何やってんの!」

 シャワーを浴びるように、それはもう気持ち良さそうに白刃を浴びていた僕達の目に、銀色の閃光が映った。胸を突かれた僕の前の武士が後方に吹っ飛び、消滅する。そのまま流れるような動きで銀光が数人を薙ぎ払う。

 その光が引き戻された先を目で追うと、そこには遥さんがいた。

「……マゾヒストってやつ?」

「いえ、違います」

「そうだぜ。えーっと……ちょっと斬られたらどんな感じなのか、後学のために試していただけなんだぜ!」

 僕は抜刀際に一人を討ち、続いて三人ほど斬った。ただし、討ち取れたのは最初の一人だけで、その間に五回は斬られている。

「ぬぅぅううううおおおおおぁああああッ!」

 銀島さんは斬られながらも、豪快にハンマーを一振り。周りの六人を叩き飛ばした。

 遥さんは華麗な斬撃を主軸に突きを織り交ぜ、時にハルバードを駆使してダイナミックな回し蹴りをするなど、多彩な技で対応している。

「なんか、くっ……遥さん、うおっと、慣れてませんか?」

 まだ一人だけ一撃も受けていない。避けたり防いだり、見事な攻防を見せている。

「ケンカ慣れしたオレでさえ、ぬおっ、この様だと言うのに……どうなってやがる」

 銀島さんは接近してきた武士に、メリケンサック付きの鉄拳を叩きこむ。が、反撃に一太刀もらい、表情が歪む。

 どう見ても遥さんの動きだけが僕達の中で飛び抜けている。なんかもう、マンガみたい戦っている。遥さんは振り下ろされた刀を紙一重で避け、中腰で止まった太刀に飛び乗り、そこから更に跳躍。

太陽を背に、高くから敵陣に突きを乱れ放った。なんか師匠がすごくカッコイイ強い。

「ここは夢って言ってんでしょ。いつもの感覚で動こうと思って動くんじゃなくて、最善の動きを想像すんの。分を越えた無理がなければ、大体その通りに体が動くから!」

「なにィ? そんな裏技が?」

「幼女が説明してたっしょ。聞いてなかった?」

「えっ、いつですか?」

「なんか、敵の種類を説明した後くらいに」

 ああ、僕が魔女と聞いて動揺していた時か。銀島さんも驚いていたから、僕達二人だけが聞き逃していたのかな。

 ん? 魔女って言えば、僕達にも魔法があるじゃないか。すっかり忘れていた。

 左手に意識を集めて、前に突き出す。埋め込まれた知識の通り、手を動かすのと同じ感覚で炎を生み出す指令を、脳から手に送る。

 すると何かが着火するような音と共に、バレーボール大の火球が勢いよく飛び出した。僕に斬りかからんとしていた目の前の武士が、その後ろにいた数人と一緒に吹き飛ぶ。

「おおっ、出た!」

 初めて使った魔法というものに、深く感動する。しながら、刀身に炎を宿し、二人を斬る。

「その手があったか!」

 銀島さんも僕に続く。振るハンマーが一回り大きく重くなり、ゴミのように敵を蹴散らす。どうやら銀島さんの金の魔法は、武器の巨大化と加重らしい。

 それともう一つ。

「フン、甘ぇよザコが!」

 すっかり調子に乗った巨漢に迫る刃、それが甲高い音を立てて折れた。その間、銀島さんはピクリとも動かない。多分、体を金属化する能力だ。

「くたばんなァ!」

 刀の折れた敵に、金の魔法をかけたメリケンサックが埋まる。

「っしゃあ! テメェら、ここはオレに任せて、他に回ってやれ」

「いいんですか?」

「コツは掴んだ。後はいつもの様に暴れるだけだぜ!」

 重いハンマーが振られる度に、人が飛んでは消える。その一振りを掻い潜った者の一閃、それを金属化して受け、反撃の拳を一発。敵の数も落ち着いてきたし、もう大丈夫そうだ。

「じゃ、後はお任せします」

 なんだろ。全身が痛むけれど、それよりも……他に回ってやれって、銀島さんは言った。自分以外の誰かを気遣う台詞だ。この戦いの中でテンションが上がっての一瞬だけでも良い、思い遣りの心が表に出てきた事が、たまらなく嬉しかった。

 僕と遥さんはバックステップを繰り返して敵から離れると、後は背を向けて庭の中央に戻った。あれだけの激戦が繰り広げられていても、門のところにも白い塀にも、血痕ひとつ無い。

敵を斬った時も突いた時も、まるで生物の感触ではなかったし……本当にゲームなんだと改めて思う。これなら思い切り戦える。

「僕、裏口に行ってみます」

 痛みの共有がないから狭間さんは大丈夫そうだし、次は佐熊さんの様子を見に行こう。

「アタシも一緒に行ったげよっか?」

「いえ、今度は大丈夫です」

 どうも、先の一件で信頼を失ってしまったらしい。次は上手くやって、汚名を返上しなければ。動きも魔法も、今は上々。自信も出てきたし、油断しなければ問題はないはず。

 城壁を右手に沿って進み、角を二つ曲がる。

 一つ目を曲がると小さな池が見え、そこには鯉がいて、小さな赤い橋もあった。作り込まれた世界が、非現実な戦にも臨場感を与える。この遊び、楽しいな。

 二つ目を曲がると、正門とは比べ物にならないほど小さな戸の前、お世辞にも綺麗とは言えない身形の百姓に囲まれながらも、鎖鎌を手に奮闘している佐熊さんがいた。額に血管を浮き上がらせ、怒鳴り散らしている。

「テメェらフザけんじゃねぇ!」

 怖いです、佐熊さん。

「コメ返せクソッタレェ!」

「誰の頭が垂れた後に巻かさったクソだコラァ!」

 深読みし過ぎじゃないですか?

 佐熊さんは鎌を振り、重りを投げる。相手にも鎖鎌の使い手が居て、鎖が絡まってしまった。

「ブッ飛べオラァ!」

 その使い手の腹に、強烈な蹴りがメリ込む。その隙に鎖を水の魔法で液体化して絡まりを解消、元に戻して追撃の重りで仕留める。逞しかった。けど――、

「危ないっ」

 僕は火球を飛ばした。

 多勢に無勢だからこそ最大限に活かされる死角、そこを見事に突いたクワの農夫を、僕の魔法が討ち取った。防具があった武士とは違い薄着の百姓は、一撃で消失した。

「佐熊さん、大丈夫ですか?」

 駆けつけ様に二人を斬り捨て、佐熊さんと背中を合わせる。すぐに囲まれたけれど、これで背後は取られない。

「大丈夫じゃねぇよ。クワって結構イテェのな」

「あっちの刀も相当なもんでしたよ」

「……ま、何にしても今のは助かったぜ。ありがとな」

 僕は思わず目を丸くした。まさか佐熊さんから礼を言われるなんて、思ってなかったから。

「くそっ、援軍か」

「誰の頭がクソだコラァ!」

 ……べつに優しくなったわけではないんですね。

でもいいんだ。ちゃんと礼儀を知っていて、感謝ができる人だってわかったから。

「新参テメェ、今クソ言った奴を潰せ。不愉快だ」

「了解です」

 むき出しの刀身に炎を這わせ、僕の視点で右前方、ハゲ頭にねじり鉢巻きを巻いた鎖鎌の百姓に紅蓮の刃をお見舞いする。

「倒しました」

 言いながら、横から縦に合計二振り、敵を討つ。

「よくやった」

 佐熊さんもバッタバッタと倒していった。

 僕は戦闘に慣れてきたみたいで、攻撃を受ける回数が明らかに減ってきた。佐熊さんはまだ少し浴びているけど、彼女の調子も上がってきている。

 ……いや、ちょっと待とう。確かに僕は慣れてきたけれど、それだけだろうか。

 クワの一撃を避けて反撃、蹴り飛ばす。投げつけられた石は甘んじて受け、踏み込んで斬り倒す。――石は甘んじて受ける?

 そうだ、武士と百姓とでは戦力が違うんだ。農具が刀よりも強いはずがないし、肉体だって勘だって、戦の為に鍛えていて場慣れしている武士の方が上だ。洗練された彼らの攻撃の中には、受けても良いものなんて一つもなかった。

 それに武士の方が防具の質も上等だ。攻撃力、耐久力、装備まで上回る武士に、百姓が勝っている部分はない。忍者や魔女は方向性の違う強さを持っているはずだけれど、百姓は武士と同じ系統でありながら、目に見えて弱い。この遊びにおいて、彼らの存在理由はなんだろう。難易度の調整? でも、それなら敵の数を減らせば良いだけじゃないか?

 もしかしたら、なにか特殊な力があるのかもしれない。警戒はしておこう。

 僕達が敵を討つ速度と、入口から敵の増援が来る速度は近似していた。倒しても倒しても減らず、新手に囲まれる。

「これじゃあキリがねぇぞ」

 いや、背合わせの佐熊さんからは見えないけれど、戸の方を見ると人影が少ない。

「佐熊さん、ひとまずは援軍が途切れるみたいです。もうすぐ休憩できますよ」

「マジか! よっしゃ!」

 休息を前に、僕達の士気が上がる。そんな調子で意気揚々と取り囲む百姓を倒していった。

が――恐れていた事態が、ついに起こる。

 残り三人、もう僕達は囲まれていない。横並びの二対三で向き合っている。その時、真ん中の百姓がクワを振り上げたのだった。

 それだけならば、どうという事はない。だけど、その目尻には涙があった。

「お前らに、お前らに農業の大変さがわかるか⁉ 米の大切さがわかるか⁉」

 嗚咽まじりに叫び、襲いかかってきた。

「知るかよ!」

 その者が振り下ろすよりも速く、佐熊さんが鎖鎌の餌食とする。クワと共に男は消滅した。

 それを見た一人が、僕に石を投げつけた。

「こん悪魔がァ! オラ達が汗水を流して作った食糧を、根こそぎ奪いやがってェ!」

 もう一人も続く。

「オラの家には小さい子供もおるだで! でも腹ァ空かせてんのに、ロクに食うもんがねェんだ。毎日毎日、オラ達に隠れて泣いてんだ!」

 ちょっ……ホントに僕達、この世界ではどういう設定なんですか。

「鬼ィ!」

「オメェらなんか人間じゃねェ!」

 石が僕や佐熊さんの肩や頬を打つ。だけど、打たれた所よりも胸の方が痛んだ。

 ――良心に訴えかける精神攻撃。これが百姓と武士の違いなのか。単純に武力が上の武士よりも、ある意味で戦いにくい相手だ。さすがに佐熊さんも、あの必死な百姓達を見ては憐れみが湧くのだろう、鎖鎌を握る手から力が抜けている。

 どうする。どうすればいいんだ?

 突然、僕は腕に違和感を覚えた。淡い痛みだ。そこに石は当たっていない。何事かと考えたら、すぐに思い浮かんだ城主のルール。狭間さんが何者からか攻撃を受けたんだ。

「くっ……」

 佐熊さんも悔しげな表情を浮かべている。

「人でなしィ!」

 ううっ。打つ手なしだ。僕の中の焦りが、徐々に徐々に大きくなっていく。

「オラ達が作った食いモンを返せェ!」

 今度は足にするどい痛みが走った。狭間さんはこの倍を受けているはずだから、かなり強力な攻撃だったはずだ。助けに行きたいけど、ここを放っておく訳にもいかない。

 逃げる事はできる。でもこの場所を敵に取られたら、援軍が入りたい放題になってしまう。この人数差で戦えているのは、地の利を生かして戦う人数を制限できているからだ。城内外を自由に行き来されては勝ち目がない。

「佐熊さん、どうしましょう」

「知るか、テメェで考えろ!」

 ああっ、佐熊さんもイライラしてきたらしい。せっかくさっきまで良い感じだったのに。

 重い想いの籠った石が、好き放題に僕達を痛めつけていく。

「こんクソッタレがァ!」

 おや? ブチィッ――と、なにかが盛大に引き千切れる音が……?

「誰の頭がクソだゴルァッ!」

 佐熊さん⁉

「ちょっ、佐熊さん落ち着いて!」

「落ち着くのはテメェだ、ボケが! コイツらは所詮ゲームの登場人物だろうがァ!」

 ――ハッ! そうだった。

「テメェはそっちの一人をやれ! ウチがこっちの奴を潰す!」

 百姓の抵抗も空しく、僕達は十秒程度で残りを一掃した。

そして夢なら何でもあり作戦。

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