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~Subculture World 《サブカル・ワールド》~  作者: 松風京四郎
第一章 クリエイターズファイター
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決定事項と脅迫2

 瀬奈の顔は引きつった。この青年はなんて恐ろしいことを言っているのだろうと、そう思って。


 瀬奈の働くGK文庫は、他の出版社に比べ歴史が浅いこともあり、出版社としてのブランドがまだ確立しきれていない節がある。そして、ライトノベルは漫画などと違い、そもそも購買率が低い感がある。その二つが重なって、GK文庫は未だ不安定なところを彷徨(さまよ)っている状態だ。


 その中で、日向空の作の第7回GK文庫新人賞大賞受賞作にして、ペンネームではアマノソラの処女作である『極彩色の偽英雄シリーズ』は、イラスト家のクオーツによって、イラストを加え、現在5巻刊行されて、既に80万部以上売れている人気作だ。


 1000作に近い、応募原稿の中から、たった一つ選ばれた『極彩色の偽英雄』という作品は、王道的な展開ながらも、重厚なストーリーと世界観構築、並外れた文章力による壮大なファンタジー世界を審査員一同高く評価され、大賞と受賞という形になった。


 100万部も秒読みと言われる彼の手腕が、他の出版社に奪われるということは、GK文庫の危機を意味することになる。


(私が、FCRBに出なかったら、先生がいなくなる。そして、弊社が未曽有(みぞう)の危機に……。私は……どうしたら……)


 瀬奈が胸中でそう思ったことは、全て表情から窺えて、空はそれを逃さなかった。


 おもむろに懐からタブレット端末を取り出して、軽く操作すると、電話の通話音が流れる。


「……もしもし、寺島さんですか?」

「……うん? 空か。何かあったのか?」


 繋がったのは瀬奈の上司である寺島編集長。寺島は物珍しそうに声を出し、瀬奈は驚愕の表情で、顔を歪ませた。


「唐突ですが、GK文庫での制作を辞めたいと思いまして……」


 淡々とそう伝えると、寺島は数秒のタイムラグを置いて。


「はっ!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 寺島は途轍(とてつ)もない爆弾発言に、耳を(つんざ)くような大絶叫を上げた。


「なっ、お前何を言ってるんだよ! 100万部も近いし、ユーザーも編集部も心待ちにしているんだぞ! それに、契約もある。それを裏切るってことは違約金が……」

「必要であれば、払います。まぁ、払いたくはないので、唐突に話を終わらせてもいいですけど……」


 契約という絶対的な規約を盤上に召還したが、恐れることなく華麗に()なして、切り返す。


「……理由はなんだ! 理由は?」


 怒気と焦りを声音に乗せて、寺島が問うと、空は瀬奈に視線を合わせながら答える。


「……目の前にいるこの香月瀬奈さんが、僕のお願いを聞いてくれないからです」

「はぁ、お前は子供か! そんなことで駄々をこねるな!」

「……子供で結構。ですが、いいのですか?」

「……何が、だ?」


 瀬奈にしか見えないのに、含んだ笑みを浮かべて。


「御社の売り上げを握っていると言っても過言ではないですよ。僕が御社を抜けてしまう事態になれば、それを埋めるのは中々厳しいのではないですか?」


 かなり年下であるはずの空に、痛いところを突かれた寺島は言い(よど)む。空の言っていることが事実に違いないから、反発したいけどできない。寺島は手玉に取られたような感覚に陥って、胸焼けを起こしたように頭がむかむかとした。


「……お願いとはなんだ……?」


 明らかに苛立ちを(つの)らせて言うと空は瀬奈にタブレット端末を手渡して、説明するようにうながし促した。


「すみません、寺島さん。私もはっきりとは理解できていないのですが、どうも先生を怒らせてしまったようで、面目ありません」


 一度、謝りを入れて、事のあらましを首尾よく、端的に伝えた。タブレット端末に顔を寄せて、少し猫背気味に、相手もいないのに頭を下げながら伝える瀬奈の滑稽な姿を、少し面白そうに見つめながら、(いたずら)に笑い、紅茶を口に含んでいた。


「……なるほど、香月がFCRBになぁ。確かにそれは戸惑うだろうな」


 昂っていた寺島も瀬奈の話に耳を傾け、同情するように優しく接していた。


「まぁ、FCRBに出場すること自体は出版社側にとってもいい広告になるんだが、出版社の人間、ましてや作家本人が出ているなんて話はまず聞かない。そも、どうして、空が出るようになることになったんだ?」

「まだ、聞いていなかったですね。……聞いてみます」


 瀬奈は空に、秘密裏でFCRBに出場することになったのかを尋ねる。


「……ああ、それなら、世間に僕の作品をもっとアピールするため、それに尽きます。原作者自らが自分の描いたキャラクターで戦う。まぁ、名前は伏せておくつもりでしたが、知れたらかなり話題になるでしょう。それだけです」


 淡々と述べる空の言葉を、通話を通して、一言一句伝えると、タブレットの向こうから溜息が(ほの)かに漏れた。


「……まぁ、こちらとしては事前に連絡して、許可を取って、作家活動に支障を出さなければ何ら問題はないが……なんで、香月が必要なんだ?」


 寺島が溜息を吐いて、そう伝えた。全く不自然さの介在しないその言葉に、空は心臓を(えぐ)られるように顔を歪めた。


「……それは……その……成り行きで……」


 何かを取り繕う空は口をまごまごさせて、肝心なところで言い(つぐ)んだ。


(ルールブックを読み忘れて、パートナーが必要だってことを知らなかったなんて……言えるはずもないな)


 心中のその思いを一切顔に出さないように留意して、結局真相を離そうとはしなかった。


 とはいえ、空が間違ったのはしょうがないとも思える。過去、新人戦は何度も完全な個人戦で行われていて、ペアで行うのは今年からなのだ。間違えるのも無理はない。


「……で、もう一度言うが、どうして香月なのだ? こちらから依頼すればプレイヤーを用意できるだろうし……正直、香月である必要性がわからないんだが……」


 寺島はそう再度問う。スポーツ競技と同じくして、プレイヤーになるにはそれなりのセンスと知識が必要とされる。サッカーや野球などの本格的スポーツに比べ、体力面や経験は必要とされず、小学生以上の誰でもなることができるけれど、活躍しているほとんどのプレイヤーが成年以上で、何かしらFCRBについての講習や実践を積んでいる人達で構成されているのが現状である。


 その中で、出版社の一社員であるはずの瀬奈がプレイヤーとして、出場することはあまりにイレギュラーで辻褄(つじつま)が合わないのだが、空には何か、確信があるようだった。


「僕は、そこらのプレイヤーに僕の作品を背負ってほしくないんです。作品を読み込み、論評できるほどに通暁(つうぎょう)している人じゃないと僕のプライドが許せません。その点で、香月さんはボクの作品を編集している立場で、僕の見知った人だ。これ以上、適任な人はいないと思います」

「……ついさっき、私の名前を間違えていましたけど……ね」


 瀬奈がそう零したところで、空の考えは変わらない。結局のところ、空は誰とも知らない人間に自分の作品のキャラをいじってほしくないのだ。


「……香月、お前の考えを俺は尊重するつもりだが、正直、参加してもらいたいというのが本心だ。今、空を失うことはGK文庫にとって、かなり致命的なダメージを負うかもしれない。それにFCRBに出場すること自体にリスクは少なくて、リターンがかなり見込める。……香月、どうだろう?」


 タブレットの向こう側で、寺島が結論を問う。空の我儘(わがまま)を考慮した上で、瀬奈個人の立場と会社の存亡で折り合いをつけられるように考えた結果である。


「……正直、私は全くもって自信がないですし、出場したいとも思わないのですが、先生と会社のためになるのであれば――やってみましょう」


 瀬奈の表情にはまだ迷いが残っている。けれど、先に進むしかないのだとわかっていた。

「……ありがとうございます。寺島さん、香月さんの勤務について話をしたいので、まだ通話を続けておいてください」


 空は小さく笑いながら、寺島に伝えた。こうなることも全てわかっているかのように、小さく笑みを浮かべていた。


 対して、瀬奈と寺島の二人は、自分より若年のこの人気作家に手玉に取られたような気がしてならなくて、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


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