第三章、プロローグ&本文その一
──本家を訪れるのは、これで何度目だろう。
まだまだ両手の指で数えても事足りるはずである。僕としては好きこのんで訪問したい場所でもないし。いやむしろ、本当は二度と来たくなんかなかったのだが。
そう。ここには『あの子』が、いるのだから。
あの見る者すべてを石にしてしまうかのような、漆黒の魔性の瞳に睨めつけられることを想像するだけで、自然と歩みがのろくなるのはしかたがないであろう。
「潮、潮、来てくれたのじゃな!」
長く曲がりくねった迷路のような渡り廊下を、もんもんと悩みながら歩いていた僕の胸元に、突然何かが勢いよくぶつかってきた。
あまりの衝撃に呼吸と心臓が止まりかけ、とっさに怒鳴りつけようと口を開きかけたとたん──
「我のこと、誰だかわかるか?」
上目づかいにこちらを見つめる、二つの黒水晶。
その質問の内容は自らの成長を、久方ぶりに出会った幼なじみに誇っているようでいて、その実その顔に浮かんでいる微笑みは、まるで童女そのもののあどけなさであった。
「え、ええと、××ちゃん?」
その時の僕は、今まで抱いていた不安感や過去の確信のすべてを放棄して、そう答えざるを得なかった。それほどまでに目の前の光景は予想外の有様であったのだ。
しかしその少女は、僕の立場を忘れた不遜なタメ口に対し少しも気を悪くすることもなく、破顔一笑満面に笑みをたたえるのだった。
……まるで生まれてからこの方、『人形』のような無表情などしたことのないように。
「うん、そうじゃそうじゃ。我は潮が来るのを、一日千秋の思いで待っていたのじゃぞ!」
そう言って僕の腕を強引にとり、屋敷の奥へと引っ張っていく少女。
あまりの展開に困惑しなすがままの僕にひきかえ、彼女の足取りはあくまでも軽やかなるスキップであった。
──まさにたった今、神に己の原罪を赦されたばかりの、『咎人』であるかのように。
三、巫女の顔、女の顔。
「『双子』を扱った作品というのは実に百花繚乱でね。何せモチーフが定番中の定番であるわけだし、古今東西の名作をちょっと挙げてみるだけでも枚挙にいとまがないよ」
「……はあ、そうですか」
「かといって、けしていつまでもその魅力が語り尽くされることはないんだ。時代時代によって必ず新たな方向性が摸索され、常に新しいタイプの作品が生み出されているからね。だからこそ我々は永遠に、『双子の物語』に魅かれてやまないんだ」
『我々』って誰ですか。勝手に仲間に入れないでください。
時は放課後。僕はいつものごとく私的アシスタントとして、ここ聖レーン学園女子専用第一校舎生徒会資料室──通称『サロン』にやって来ているのだが、先日一方的に僕に向かって「おまえを俺のものにしてやる!」宣言をなされた久我山夕樹副会長殿が、なぜだか最近とみに僕ばかりを雑談の相手に指名なされるようになり、今日も今日とてどうでもいいたわごとを──いや失礼、オタク蘊蓄を──もとい、非常にためになるご高説をのたまっておられるのでありました。
しかしこの人、『何事もまずはデータ解析が重要』(オタクの常套句)とか何とか言って、興味もない僕を無理やり自席のパソコンの前に座らせ、データベースやら秘蔵の(盗撮)写真やらを見せながら、延々と自説をぶち上げるのであるが、その際中小企業のセクハラ上司顔負けに、僕の肩を後ろから抱いて頬をすり寄せるように密着して耳元でささやき続けるもんだから、一人離れてまじめに仕事をなさっている(ふりをしながら先ほどからチラチラとこちらの様子をうかがっている)日向お嬢様の眼差しが何だか怖いんですけど……。
しかも、今日のお題はなぜか『双子』である。何でよりによってそれなのか。頼むからいきなり『メタ話』だけはやめてくれよ。ネット投稿作品でそれをやったらイタいから。
「しかし『双子作品』と言えば何と言っても、わが国が誇る少女漫画界の巨匠萩尾望都先生の諸作品を忘れるわけにはいかないんだ」
こちらの懸念をよそに、僕の右手に自分の右手をかさね素早くマウスを操作する副会長(セクハラ継続中)。ぱぱっと切り替わる画面に、白黒カラーを問わずきら星のごとく不朽の名作の各シーンが展開されていく。著作権がアレなので具体的な描写は避ける。ふむ、らくちんだ。今度『ネズミーランド』を舞台にした物語を創ろう。
「一口に『双子作品』と言っても、彼女の多才ぶりが十二分に発揮され、その作品ジャンルも、コメディー、SF、ファンタジー、ホラー、シリアス、サイコと、多岐にわたっているんだけど、どの作品にも土台をなしている基本原理というものがしっかりあって、それこそがまさしく『エロス』と呼ぶべきものなんだ」
「エロス……ですか?」
「そう。あくまで『エロ』などではなく『エロス』なんだ。思春期にさしかかった少年少女が感じるこれまでにない言い知れぬ衝動と焦燥感。愛しているのにあの人を壊してしまいたい、そして同時に自分自身をも壊してしまって、お互いにバラバラになりながらも最後には縒り合わさって一つになってしまいたい。そんな刹那的矛盾観の根幹をなすものこそ『エロス』であり、作者はそんな愛に生きる若者たちのあくなき苦悩と暴走を、『エロスの時代に支配されているゆえの葛藤』と表現しているんだ」
うら若き女子高生が神聖なる学園の生徒会室で、『エロエロエロエロ』と力説するんじゃねえ! 見ろ、日向お嬢様が顔を真っ赤にして、もはや爆発寸前だぞ。
「彼女の『セーラ・ヒルの聖夜』という作品を初めて読んだとき思ったものだ。この作品は一見シリアスな感動物だったが、なぜだか私には実の双子である少年と少女の間に、なんとも言い知れぬ『エロス』的なものを感じてやまなかったんだ」
そんなの、あんただけだよ。
「さすがの私も考えすぎかと思っていたこともあったけど、同じ作者の『残酷な神が支配する』を読んだとき小躍りするほど喜んだね。自分の感性が正しかったと。この作品に登場する双子のエリックとバレンタインはまさに『萩尾双子キャラ』の集大成であり、実の兄妹でありながら相手を欲し相手に依存し相手を拒否し相手を傷つけ自分自身をも傷つけ、あたかも自分にとって『神』とも言える片割れのことを愛しながらも忌避していくという、常に相互依存と自己破壊との間でせめぎ合い続ける二人の姿は、まさしく愛とは『エロス』であり『狂気』でもあるということを、如実に物語っていると言えるだろう」
曲解の上、何を言っているのかさっぱりわからなくなってしまった。
Web作家の皆さん、作品をサイトに投稿する際には、最低十回は読み直しをしましょう。その作品はあくまでも可能性の上とはいえ、世界中の皆さんの目に触れることになるのです。常に読者様の立場に立って創作活動に励みましょう。(運営からのお願いでした)
一人で勝手にエキサイトし暴走する副会長。このままにしておきたい気もするが、そうもいかない。日向お嬢様の血圧が心配だ。主の健康管理も守り役の務め。うむ、ここはこの僕が犠牲になろう。
「つまりあなたは、過去の名作マンガに対する蘊蓄をろうして学園ミステリーを解決する、美術部の女部長が活躍する物語の主人公になりたいんですね」
「いや、それは既にあるから。最終回よかったよね。自分のことを天使だと言い張り金属バットを振り回し病院に入院させられる少女。そこで果たされる幼なじみの少年との再会。手に手をとって病院を逃げ出し、満天の星空の下での感動のクライマックス。いやあ、びっくりしたよね。最後にあんなところでカムパネルラの頭にエスカリボルグが炸裂──」
メタもだめだが電波もやめてください。ちなみにタイトルは『文○少女と撲殺の天使』。
「冗談はさておき、とにかく双子の物語と言ったら、『エロス』ももちろんだが『タナトス』もつきものなんだ」
「たなとす?」
……某アニメで、加持さんがスイカ畑にいるときに流れた曲?
「『死への衝動』さ」
「──」
「ま、君も、気をつけるんだね」
ボクニ、イッタイ、ナニヲ、キヲツケロト。
その思わぬ言葉に不意をつかれた、一瞬のことであった。
持ち上げられる顎。近づいてくる顔。塞がれる唇。静止する時間。
「──ちょっと、夕樹‼」
机に両手をついて、勢いよく立ち上がる日向お嬢様。表情は……見たくない。
「今日も私の話を聞いてくれた、お礼だよ♡」
そうささやきながら、顔を遠ざけていく副会長。
呆然とする少年。……あ、僕のことか。
唇を奪われたファーストキスだったのにしかもその最初の相手が好きでもないオタクの王子様(レズ疑惑)でさらにそのうえ主であり初恋の相手でもあるお嬢様に見られて──
「うわああああああああああああああああああああああああああああああーん!」
後先考えずにサロンを飛び出していく、純情まっしぐらの少年。
「おやまあ。何だか立場が逆のような気もするけど」
「夕樹!」
後方でお二人が何やら言い争いを始めたようだが、今はそれどころじゃない。早くこのブロークン・ハートを何かで癒さなきゃ。
「──先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩アマノ先輩!」(ただし虚言癖のほう)
僕はあくなき現実逃避をくり返しながら、駆け抜け続けた。
──その後サロンで、どんな『惨劇』が行われようとしていたかも知らずに。
このたびは愛と狂気の学園ラブコメ『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』第三章第一話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品は『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第一弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第二弾の『僕の可愛い娘たち』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第三章第二話の投稿は三日後の2月12日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
なお、ご閲覧をお忘れにならないように、ブックマーク等の設定をお勧めいたします。
もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、「何と日向お嬢様における、ライトノベルのメインヒロインとしては掟破りの衝撃の真相が今明らかに⁉ さあ今夜は当学園美術部長主催の、中学生男子たちによる『大写生大会』だ!」──といったふうに、いかにもこれまでの作品テイストをぶち壊すような淫靡な展開を予想させるものとなっており、平成最大の奇書にして新世紀のドグラ・マグラ『人魚の声が聞こえない』の881374の本領がいよいよ発揮し始め、文字通り世界観が一変するターニングポイントを迎えることになります!
ちなみに明日2月10日20時には、もはやおなじみの『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズに掲げる、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』の第三章第一話を投稿する予定でおりますが、こちらのほうも具体的な内容に少々触れておきますと、──例えば未来から来たと自称する美少女が、「私がこの夏休み中にあなたに妊娠させられるのは、すでに未来における確定事項なの♡」とか言って迫ってきた場合、男として喜ぶべきか怯えるべきか、非常に判断に苦しむところでありますが、あなただったらどうですか? ──てな感じで、これまた基本的にラブコメ基調でありながらもまさしく881374ならではの、どこかおぞましさすら感じさせる狂った雰囲気を醸し出し始めておりますが、もちろん何よりも肝心な『面白さ』のほうに関しても、本作『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!