第五章、その四
この日は日向にとって大切なピアノの発表会があり、両親に連れられて車で会場に向かっていたところだったという。
事故の直接の原因はおじさんの運転する車が、急に中央分離帯を飛び出し無理なUターンをしようとしたからというのが、目撃者の一致した証言であった。
あの冷静沈着なひなちゃんのお父上にしては、とても考えられない行動である。
僕はとる物もとりあえず、本家へと向かった。
分家の者として葬儀に参列するのは当然のこととして、何よりもひとり残されたつきちゃんのことが心配だったからである。
朝からのあいにくの、いやむしろこの場にふさわしい、冷たい小雨模様の一日であった。
僕はあたかも古い映画にでも迷い込んだかのような黒一色の世界で、喪服の大人たちの間をかき分け歩きながら悔恨の念にとらわれ続けていた。
どうしてあの時ひなちゃんに、あんなにも冷たく当たってしまったのだろう。
彼女の望みを叶えてやれなくとも、せめてもっと優しくしてあげればよかったのに。
まさか彼女と、もう二度と会えなくなってしまうなんて。
その時視界に飛び込んでくる、小さな背中。
ゆっくりと振り返る、長い黒髪。
「つき──」ちゃん?
中途半端に雨中に消え入る、僕の呼びかけの声。
絶え間なく降りそそぐ小雨に濡れそぼったその髪は艶やきをいや増しながら、少女のいまだ未成熟な肢体に重くねっとりと絡みつき、闇色の天鵞絨のワンピースともども彼女の白磁の肌を妖艶なほどまでに際立たせていた。
しかしその時の僕は、幼なじみのいとけなき色香を発する姿に見ほれることもなく、ただただ混乱していた。
──どうして、『ひなちゃん』が、ここにいるのだろう。
遠目でもわかる端整で無表情な人形のような顔。その身に着けているのはこの場にもっとも似つかわしい虚飾を排した黒色の洋装。これでは普段一緒に暮らしている人たちだって、あの双子を見分けることはできないであろう。
でも、この僕だけは違った。たとえ彼女たちが同じ衣装を身に着けていようが、互いの衣服を取り換えていようが、これまで一度として見誤ったことはなかったのだ。
間違いない。今目に前にいるのは、ひなちゃんだ。
もしかしたら僕は勘違いしていたのだろうか。事故に遭ったのはつきちゃんのほうだったのだろうか。
しかし、遺影の中で洋服を着て微笑んでいる女の子は間違いなくありし日のひなちゃんだし、第一つきちゃんがピアノの発表会なんかに行く必要なんてない。
いったいぜんたいこれはどうしたことなんだろうか。なぜ周りの大人たちは何も言わず当たり前の顔をしているのだろうか。
この厳粛なる場において挙動不審すぎる慌てぶりで、辺りをきょろきょろ見回していたら、突然鋭い視線に射ぬかれてしまった。
その少女は、怒りと動揺がないまぜになったような表情で、こちらを睨みつけるように見据えていた。
そう、彼女も気付いたのである。僕が己の『正体』を、見抜いてしまったことに。
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実際当時の天堂本家は、大混乱のさなかにあったという。
次期当主親子三人を一度に事故で亡くしたことはもちろん、何よりも混迷を極めたのは、生き残った『月世』についてであった。
──なぜ『遠見の巫女』ともあろう者が、自身の肉親の不幸という一大事を、未然に察知することができなかったのかと。
当然一族の中から月世の巫女としての資質を疑う声も出てきた。しかし事は天堂一族全体の盛衰にかかわる問題であり、軽挙妄動は厳に慎むよう本家からお触れが発令され、すぐさま沈静化する。
もちろん揺れに揺れていたのは本家も同様で、最も対策に苦慮したのが、これからの月世への処遇のしかたについてであった。
その中で大勢をしめたのは、因習に満ちた養育方針への疑問の声だった。肉親の未来すらも占えなかったのは、座敷牢なんかに閉じこめて家族と引き離して育ててきたことが間違いではなかったのかと。もっと人並みの生活をさせて、一般常識を身に付けさせるべきではないのかと。
こうして月世は母屋にその居を移され、寝食その他日常生活のすべてを祖父母家族と共にすることとなり、あまつさえそれまで日向が通っていた学校に行くことまで認められたのである。
いやはや。考えてみればこれはごく普通のことであり、今までが異常過ぎたのである。それを自分たち本家の都合でころころと態度を変えるなんて。天堂の大人たちの身勝手さに、憤りよりもむしろ虚しささえ感じてしまう今日この頃であった。
しかし、誰よりも困惑し身も心もやつれ果てるほど悩み続けていたのは、当の月世──いや、『日向』自身であったろう。
そう。予言ができなかったのも当然なのだ。何せ生き残ったのは、巫女姫ではない日向のほうだったのだから。
僕があの日、蔵を訪れたとき月世の姿がなかったのは、既にピアノの発表会の会場へと向かっていたからなのだ。
そして、何らかの理由で月世であることが発覚し、門外不出の巫女姫を外に連れ出したことに気づいたおじさんが、慌てて家に戻ろうとしたことが事故の原因だったのではなかろうか。
では、なぜ当の『本物の月世』が事故のことを予言しなかったかというと、実は巫女といえど自分の死期に関することだけは、絶対に占えないのである。
たとえ巫女と言っても人間なのだ。自分の死期がわかっていて穏やかに生きていくことなんてできはしないだろう。しかも力が強い巫女ほど予言は絶対であり避けえないのだ。下手したら発狂してもおかしくはないだろう。
だから一見矛盾しているようにも思えるが、巫女は自身に振りかかる災厄が重大であればあるほど、本能的に予知能力を発揮すること自体を忌避してしまうのであった。
とにかく一番驚いたのは、生き残ってしまった日向であったろう。
何せ、たとえ本気ではなかったとしても、自分が月世の死を願った直後の出来事だったのだから。
もちろん彼女には、よもやこんなことになるとは、知るよしもなかったはずだ。
この日月世と入れ替わったのは、あくまでも僕と一対一で会い、秘め続けてきた自身の想いを伝えたかったからにほかならない。
そこまで彼女は、自らに課せられた当主としての運命に思い悩んでいたのである。
この日大切なピアノの発表会があったことさえ、忘れ去ってしまうほどに。
さらに彼女に大きくのしかかったのは、これからどうやって『生きていく』かということであった。
万が一にも自分が『月世』ではないと、見破られてしまってはならないのだ。
自分は今や『巫女殺し』の大罪人なのである。こんなことを天堂の人間に気づかれたら、どんな仕打ちにあうか想像すらもできなかった。
特に大事な跡取りを亡くし悲嘆に暮れるお祖母様が、あれほど待望していた巫女姫すらも失ってしまったと知ったら、たとえ同じ孫娘である自分すらも断じて赦しはしないであろう。
自分が月世と入れ替わったりしなかったら、自分の代わりに月世が死んでしまうことはもちろん、元々父親が運転ミスなぞすることもなく、あんな事故自体が起こらなかったのだから。
皮肉にも日向が母屋に与えられた部屋は、自分自身がこれまで使っていた部屋であり、通う学校の学級も同様であった。
家ではこれまで一緒に暮らしてきた肉親や使用人たちが自分のことを『つきちゃん』と呼び始め、学校では無邪気な級友たちがいまだに時折『ひなちゃん』と呼んだ。
つまり不幸中の幸いとして、ごく親しい者たちですら日向と月世の区別が明確にはついておらず、とりあえずのところ自分の『正体』が露見する恐れは、ほとんどなかったのである。
ただし、一人だけ、その例外が存在してはいたが。
そう。あの憎くて愛しい裏切り者の、分家の少年だけが。
そして少女は決意したのである、これから自分は『月世』として暮らしていくことを。
周りのすべての人々を──そして自分自身すらをも欺いて、みじめに生き抜いていくことを。
このたびは愛と狂気の学園ラブコメ『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』第五章第四話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品は『第六回ネット小説大賞』応募記念新作長編三シリーズ日替わり連続投稿企画の第一弾作品でありますゆえに、次話投稿の前に他の二シリーズ──第二弾の『僕の可愛い娘たち』と第三弾の『最も不幸な少女の、最も幸福な物語』のそれぞれの最新話の投稿が間に挟まれることになるので、次回第五章第五話の投稿は、三日後の3月8日20時ということになります。
少々間は空きますが、お待ちになられてけしてご損はさせませんので、どうぞご期待ください。
なお、ご閲覧をお忘れにならないように、ブックマーク等の設定をお勧めいたします。
もしくは皆様のご要望が多ければ、この作品単独での『毎日投稿』も考慮いたしますので、そのようなご意見やご感想等がおありでしたら、ふるってお寄せください。
次話の内容のほうにちらっと触れておきますと、「久しぶりに会った旧家の深窓の御令嬢はなぜか『のじゃ』を口癖とするロリ婆となっていて、主人公を犬奴隷にしようと強大な異能の力を使ってきて⁉」──といったふうに、もはや作者自身がライトノベルというものを根本から勘違いしているとしか思えない体たらくとなっております(w)。
ちなみに明日3月6日20時には、もはやおなじみの『時間SF=ギャルゲ⁉』をキャッチフレーズに掲げる、これぞタイムトラベル物の革命作にしてアンチSF小説の急先鋒、『僕の可愛い娘たち』の第五章第四話を投稿する予定でおりますが、こちらのほうも具体的な内容に少々触れておきますと、「ついに『未来の娘』を名乗るヒロインたちは己の世界の運命を賭けて『父親』である主人公を自分だけのものにするために、ナイフ片手にガチの殺し合いを始めてしまって⁉」──てな感じで、もはや時間SFでもギャルゲでもなくなってきたりして⁉
とはいえもちろん、何よりも肝心な『面白さ』に関しては、本作『ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕』に勝るとも劣らないと自負しておりますので、こちらのほうもどうぞよろしくお願いいたします!




