シャーペンと消しゴム 5
「じゃあハイハイ」と水本先生。「うちのクラスの女子にまず食べさせるって事で。そいで~~…売ろう!ガンガン売ろう!!」
「いやオレは」とタダが水本先生に言う。「そんなつもりで言い出したんじゃないですよ。それじゃクラスの出しものじゃねえし」
「いいんだよ」と金に目のくらんだ水本先生が言う。「他のやつらも作って、でもタダのが混ざってるってわかったら女子は複数買ってくだろ」
それは教師の言う事か。
「でもすごいなタダ」と、水本先生が今度はタダのご機嫌をとるように言った。「どんなもん作れる?」
「いや普通のもんですけど」とあまり気乗りしないタダ。
「普通ってなんだよ~~~」と冷やかすように言う水本先生。「だれかもう食べさせてんじゃないのぉ?」
ドキン!とする私だ。
「いやまぁ…」とタダが言うのでさらにドキン!!、とする。え?私の事言うの!?まさか私の誕生日の事みんなの前で…
が、タダは続けた。
「弟が小さいから作ってやったりするけど」
タダが答えたとたんにぎゃあああああと悲鳴に近い女子のみなさんの声。
「まじかそんなんオレらにも言わねえのに」とイタバシ。「今男のオレでもキュンと来たわタダ」
「うるせえよ」とタダが返し、男子は笑ったが女子は笑わない。ただもうタダを見つめている。たぶんタダのいる壇上から見たら、うっとりした女子の瞳で無茶苦茶キラキラ眩しいんじゃないだろうか…
そうだよね!とほっとする。言うわけないじゃんみんなの前で。私の誕生日の事なんて言っても騒がれるだけだ。
「大島?」と水本先生が私を呼んだ。「大島はタダの作ったの食った事あるの?」
え?
いきなり水本先生が私に振って来たのだ。ザワっとした教室と振り返って私をガン見するクラスメートたち。
びっくりする!最近でいちばんびっくりしたコレ…だってさっきドキン!!てして、あ~~違う良かったってほっとした直後のこれだもん。先生が知ってるわけないのに私たちの事。なんで私に今聞いて来た!?
「大島はタダと仲良いよね」と、くったくなく言う水本。「さっきも中学の話してたけど、小、中、一緒だったんでしょ?」
「…はい…一緒でしたけど」タダをチラチラ見ながら答える。
「で?」と先生。「大島はタダの作ったの食った事あるの?」
あるけど。
しかも誕生日にチーズケーキ作って貰ったけど。
「あ、あの…」と言いながらタダを見る。
タダもあのチーズケーキの話なんてしたら困るよね?女子に騒がれるに決まってる。私だって騒がれるのは絶対イヤだ。…あれ?今タダがちょっとだけ笑ったような気がしたけど…苦笑いみたいな…
「…えっと、前に食べた事はあります」と答えたら当然、やだ~~~、と言う女子のみなさんの声。
当然そうなるだろうとは予測してたけどビクッとする。
だってチーズケーキわざわざ焼いて誕生日に用意してくれたタダが目の前にいるのに、食べてないってウソをつくのもどうかと思ってしまったのだ。でもやっぱり、「マジで!?」とひと際大きなハタナカさんの声にひるんでしう。
じゃあ、タダの言うそれでいいじゃん、とか、決まり決まり~~帰ろ帰ろ、という男子の声を遮るようにハタナカさんが私に向かって言った。
「どこでいつ、どんな感じで食べたの?」
追及して来た!
「え、っと…」とタダをまたちらっと見てしまう。
「どこで、いつ、どんな感じで、食べたの?」
さっきより強い感じでハタナカさんがもう一度言ったので、今度は俄然ウソをつく事に決めた。
「…前に中学の友達と集まった時に…」
ウソをつくならつくで堂々とつけばいいのに私。…だってクラス全員が私を見てるから。
そんな私をタダも笑ってるけど、それでも、ふっ、とした柔らかい優しい笑顔だ。『あ~~ハタナカに追及されて良い感じにごまかしたな~~』っていう感じだよね?
良かった。タダの弟のカズミ君はいたけど、ほぼ二人きりで私の誕生日を祝ったなんて、タダだってみんなにここでバレるのは嫌に決まってる。
が、「それいつの話だよ」とタダがぼそっと、でも確実に私のところにまで聞こえるように言った。
へ?…え?
タダはまだ優しく笑っている。
「いつの話?」と追加で聞く水本先生。
「え…と…」
焦っている私が何か言う前にタダが言った。まだちょっと笑いながらだ。「オレはそれ、覚えてねえわ」
『覚えてねえわ』?
あ!あ、そういう事ね!そんな余計な作り話すんなって事ね。「あ、え…と、ごめん」
そう言ってまずいなって顔をした私にタダがにっこりと笑って続けた。
「この前の、大島の誕生日の事話すのかと思ったのに」
「え!?」とハタナカさんの当然の反応。「どういう事?ユズりんの誕生日?どうしたの?え?なになになになに?」
ハタナカさんの顔が怖い。
「オレが焼いたチーズケーキ食ったよな?」と私に言うタダ。
ハタナカさんが『え!?』って声を上げた時に、私も思い切り『ええっ!!』って思った。
タダ言っちゃうんだ!
「あ、え…と、うん」
「どこで?」とハタナカさん。
私ではなくタダが答えた。「オレのうちで」
わ~~~~…
タダの答えに男子たちが「ひゅ~~~~」と明るくはやし立てる中、打って変わって女子のみなさんは、しん、としてしまった。
なんで!?なんでここで言う?
「お~~」と入り込んで来る水本だ。「なんだそっかそっか」
担任め…これ以上余計な事を言おうとするな!って目で水本先生を睨んだけれど先生は半笑いで続けた。
「そりゃでも大島、恥ずかしくてみんなの前では言えなかったよな~~。でもタダは言っちゃったな。…チーズケーキかぁ…デコレーションのケーキじゃないってとこがまたイイ感じだな!オレも食べたいな…大島、それどれくらい美味しかっ…」
「はいじゃあ決めま~~す!」ハタナカさんが水本先生の話をばっさり遮って声を張り上げた。「じゃあ今イズミ君が提案したラスクを作って販売って事で」
…あれ…
さっきの私に詰め寄って来た時とは打って変わってクールで事務的なハタナカさんに急に変わった。
「作るからにはクオリティをあげて、」とハタナカさんが続ける。「ラッピングの仕方とか、そのラッピングしたものを盛るカゴとか可愛くしたいんで、みんなどんどん提案してください。図にしてもらった方が分かりやすいんで、あとで私がノートを作って後ろのロッカーのとこに置いておくんで、それに無記名でいいんで案を書き込んでって下さい。って言う事で今日の話し合いはこれで終わりです。みなさんお疲れ様」
すごいてきぱき感!そしてさっさと自分の席に戻るハタナカさん。静かに見守るクラスメート。タダも自分の席に戻って、水本先生が「はいじゃあおつかれさま~~」と言ったとたんにハタナカさんががばっと机に突っ伏した。
え?ハタナカさん泣いてる?
私とタダの事を聞いて衝撃受けてるのかな…そりゃ受けるよね。入学以来ずっとすごくタダの事を好きって、あれだけタダにも周りにもアピールしてたし…
どうしよう…怖い。後で嫌な事をたくさん言われたら嫌だな。が、ホームルームが終わった後ハタナカさんは私に何も言って来なかったし、早めに教室からいなくなった。ハタナカさんだけじゃない、他の女子もタダとの事について何も聞いて来なかった。…これってマンガとかでよくある、モテる人気者に男子と付き合う事になった地味な女子がハブられる系のやつ?
いや、私とタダは付き合ってはいないし。私だってそこまで地味じゃない!と思いたい。
でもこれはもう絶対、タダと付き合ってるとみんなに思われたような気がする。