シャーペンと消しゴム 2
あ~~良かったなあ!転ばなくて良かった。1位嬉しい。オオガキ君に迷惑かからなくて良かった。良かった良かったとニコニコしてしまう。
「テンション高そうじゃん」
後ろからボソッと言われてビクッとした。
タダだ。
「1位だった私!」
今指摘されたのにタダにもテンションを落とせない。
「良かったな」静かに言うタダ。
「あ、ていうか私が頑張ったからじゃないけど」
「…」
「タダもすごかったじゃん声援。水本先生も。もう女子の声援が悲鳴みたいになってたね」
ちょっと笑いながらそう言ってしまったが、1位になれた嬉しさで忘れていた、オオガキ君をタダだと思えってタダが言っていたのを思い出して、わわわ、っと赤くなりそうになり、慌ててユマちゃんを探すふりをはじめる私だ。
「ちょっとテントのとこ探してくる」
そう言ってタダから取りあえず離れたのだった。
そして離れてから「あ!」と思った。ハチマキ取り替えるの忘れてた。
リレーでオオガキ君が応援してくれって言ってたけれど、うちのクラスからはタダも出る。…私のハチマキをしているタダが…
ぽ、っと頬があつくなりそうで頭をぶんぶん振ると、「ちょっ!」隣にいたユマちゃんが鬱陶しそうに言った。
「なに急に。ホラホラ応援しなきゃタダの事」
「さっきオオガキ君も応援してって言ってたけど、応援してもしなくても陸上部だもんね。さっきの部活動リレーも凄かったよね。よく私なんかと走ってくれたよ」
タダは部活動リレーには出なかった。ハンドボール部は2、3年生の人数が多いから。
「は?何それ」とユマちゃんが言う。
「何それって…」
「『何それって…』、じゃない。天然かっつうの天然ムカつくわ、すんごく可愛く思える時もあるけどイラついた今は」
「…」
「なになになに?どっちからも好かれて困ってます~~みたいな感じなの?」
「…いやそんな…」
「『…いやそんな…』、じゃない」
いちいち私の口調を真似して、私をさげすんだ目で見るユマちゃん。ユマちゃんは結構元から毒舌なとこあるけど、基本の考え方はとても公平でしっかりしている。
「タダがあんなにアピって来てるのに。オオガキと走るの嫌だからってハチマキも渡してきてさ。健気じゃん気持ちをもっとくんでやれホントにもう。ユズちゃんはおバカにゃんだな~~」
おバカにゃん、前にも言われたな。
「でもね、」とユマちゃんに嫌われるのは嫌なので教える。「なんかすごく恥ずかしいんだけど…私が変な感じでタダの事最近意識して来て…なんかこう自分でもそれが気持ち悪いっていうか…バカみたいだなって思って」
「バカじゃないでしょ。好きだ好きだって言われてたら意識してくるじゃん。当たり前じゃん」
「そんなに好きだ好きだって言われてないよ?」
「『そんなに好きだ好きだって言われてないよ』」
ユマちゃんがまた私の口真似をしたが、今度はかなりデフォルメして完全に私をバカにした感じだ。
「そんな事言ってるとね…」とユマちゃんは続けたがユマちゃんの声は女子の黄色い歓声でかき消された。アンカーのタダが走り始めたのだ。
「「すごいね」」とユマちゃんと声を合わせて感嘆する。
午前中に騎馬戦があったが、男子の大見せ場にも関わらずタダが出ていなかったからか、クラスの女子のみなさんのほとんどが全く声を発していなかった。あからさまだよね!
オオガキ君もアンカーだ。200メートル運動場1週だ。やっぱり速いな。タダも速い。…でもここにヒロちゃんいたら一番速いかも…
「そんな事言ってると」と、ニッコリ笑ったユマちゃんが私の耳元に口を近付けて言った。「他のもっとガンガン行く子に取られちゃうんじゃない?いいのかな~~~。ほら!ハタナカさんとか、あんな前の方で…」
「「ぅあっ!!ヤバいハタナカさん…」」ユマちゃんと声を上げた。
ハタナカさんが短パンのポケットからおもむろにスマホを取り出しタダに向けたその時に、校長先生がハタナカさんのすぐ横に現れたのだ。それはもう瞬間移動のように。
驚いてスマホを落とすハタナカさん。そして落ちたスマホを同時に見降ろす校長とハタナカさんだ。
ハタナカさんと校長、そして私とユマちゃん以外の全校生徒はリレーにくぎ付けで気付いていない。
「「わ~~~」」とまたユマちゃんと声をあげる。
「校長…」とユマちゃん。「今どっから現れた?」
首を振る私だ。「急に。急に現れたよね!びっくり。ていうかスマホ、ヤバそうだね…」
「スマホもだけど、校内で使用してんの校長に現行犯逮捕だもん。ハタナカさん自体がヤバい」
「校長先生、瞬間移動で現れたのかも」
「なわけないじゃん。見張ってたんだよ、誰か絶対タダを撮るって」
いやあああ~~~~!とひと際高い歓声が上がってあっという間にリレーは終わった。
「「終わったっ!!」」とユマちゃんと声を上げる。
「見てなかったじゃん私たち!」とユマちゃん。「もう~~ハタナカさん~~~」
あ、タダの所へ係の子が2位の旗を持って行ってる。2位か、そうか。やっぱり陸上部のオオガキ君が1位だった。やっぱりそりゃあ陸上部が勝つよね…
どうしようどっちも見てない。
両手を上げてガッツポーズをとるオオガキ君。やっぱり本当に早いんだね。ちゃんと見たかったな。タダの事もちゃんと見たかった。
…あ、ハタナカさんが校長に連行されていく。校長先生、スマホの校内使用厳禁の校則にだけは本当に厳しいらしいし。茶髪にしたりピアス開けたりした時より俄然厳しいらしい。
それでもみんなタダとオオガキ君に気を取られてハタナカさんのおかれた状況に気付かない。
ハタナカさんと校長を目で追っていた私にユマちゃんが言う。
「なんかオオガキがタダのところに行ってる」
え?
周りの女の子たちが色めき立つ。
タダに近付いたオオガキ君がタダのハチマキを指して何か言っている。が、もちろんこちらに何も聞こえないし、読唇術あるわけじゃないし。でも…
何言ってるんだろ…あれ、私のハチマキなのに。
…と、そんなこんなで体育祭も終わり。
体育祭の後のホームルームで哀しげにハタナカさんの犯した罪の大きさに、担任として打ちひしがれている水本先生だ。そこではじめてハタナカさんの事を知ったクラスメートたちも、みな、あ~~やっちゃたね、っていう感じ。ハタナカさん本当にタダの事大好きだからな。
「オレまでぐじぐじ言われるからね」と水本先生は言った。「もうさぁ、お前らがいけないって言われてる事をして罰を食らうのはしょうがないわけじゃん。やるやつが悪いんだから罰くらって当然。オレもちゃんとダメだって言ったじゃん。なのに担任っつうだけでオレまで校長に反省文書かされるからね。職員会議でも吊し上げられるし。冗談じゃないからね。この歳になって反省文とかありえんて。文化祭の準備も始まるけどな、例えタダがコスプレで執事とか王子とか海賊とかシークとか吸血鬼とかやったとしてもだな、絶対撮ろうとしたらダメだから。な?タダ、そうだよな」
ゲラゲラ笑う男子と、妄想して『イヤ~~ン♡』みたいな感じの女子のみなさん。そして無言のタダ。中3の時の文化祭でも劇で何かやらされそうになったから率先して裏方に回ったのを女子が残念がってたよね。
…そうか文化祭か…うちのクラス何やるのかな…