シャーペンと消しゴム 1
いや、おかしいから、と私は思う。
なんだろう…なんでタダの事をこんなに意識し始めてしまったんだろう…
いや、おかしくない。そりゃするよね。だって好きだって言われたもん。強い感じで言われたもん。私の誕生日にチーズケーキを焼いてお祝いしてくれたもん。
ヒロちゃんの事がまだ好きなのに。完全に諦めはしたけれど、前と同じだけは好きなはずなのに。『言われたもん』とか言ってる自分が気持ち悪い。
だからやっぱりおかしいから、と思う。
おかしいおかしい。おかしくないけどおかしい。
タダを意識してしまうのは好きだって言われたんだからおかしい事ではないけれど、それでもタダを意識している自分の事が、自分で可笑しいなって思うのだ。
タダと言うのは多田和泉。私が小学低学年からずっと片思いをしてたヒロちゃん、伊東裕人の親友だ。私がヒロちゃんに振られた時も横で笑っていたくせに、私を好きだと言ってきたのだ。『大島の事が好きだから』って。しかも小学の時から好きだったっぽい事まで言われたんだけど…
それでもすんなりとは信じられないしおかしいし恥ずかしい。
…花火大会だよね…あの時からおかしいんだ私。そして9月に私の誕生日を手作りのチーズケーキで祝ってくれた後には、もうタダを意識し始めてしまった。
それで、やっぱりおかしいよね、って思っている私は、あれからずっとタダに対して今まで通り普通にしようと意識している。普通っていうか花火大会のあの、抱きしめられるよりも前の自分に戻って接しようと意識してし過ぎているので、返って変な感じになってるんじゃないかなって心配になって極力タダを避けようとしてしまうのだ。
そしてその、極力避けようとしている事もバレたくない。なんかダサいから。
思えばその私の誕生日の翌週にあった体育祭当日も、それまで極力避けようとしていた私のヘタレさをたぶん察してくれていたのかずっと話しかけて来なかったタダが、昼休憩でみんな教室に戻って弁当を食べていた時に、私とユマちゃんが食べている所へ少し離れた自分の席から私を急に呼んだので、私はとたんに『ふえ~~~』という感じの顔でタダを見返した。
「大島!1回ハチマキ集めた時になんか間違えて取ったわ。オレ、大島の持ってるからホラ!」
そう言って短く畳んでぎゅっと固く丸めた黄色いハチマキを私に投げたのだ。
タダが私を呼んだ時に結構大きな声だったから、半分くらいいたクラスのみなさんの注目が…それなのに取り損ねるドンくさい私…慌てて床をコロっと緩くバウンドした丸まったハチマキを追う。
そして拾って立ち上がった時には目の前にもうタダがいて、私に手を出して言った。
「出してハチマキ」
「え?」
拾ったばかりのハチマキをぼんやりと差し出そうとしたら「バカじゃねえの」とタダは言った。
「それは今オレが投げたやつじゃん。大島の出して」
「え…」
ゴイッとタダが私に手を差し出したし、周りの子たちの視線がチラついたので、わわわ、と急に慌てて体操服の短パンのポケットからハチマキを出してタダに渡した。
それを無造作に自分の短パンのポケットに突っ込むタダ。
…でも私の持っていたのは私の名前が書いてあったのをさっきも見たような…固く丸まった、タダに投げられたハチマキをぼんやり手にしたままユマちゃんの前に戻ると、タダがそのまま寄って来て小さい声で私に言った。
「オオガキはオレだから」
は?
オオガキというのは体育祭の学年競技の二人三脚で私のペアになった隣の5組の男子だ。陸上部で県の記録も持っていて、それでもあまり走るのが速くない私に親切に練習をしてくれた。
タダに急にそう言われて、たぶん目が点になっている私の横からユマちゃんが聞いた。
「どういう事それ」
ユマちゃんをチラッと見てからタダが私に言った。
「オオガキが肩組んで来てもそれがオオガキだって思うなって事」
「…」
「だから!肩掴まれてもそれはオレに肩掴まれてるって思えって事」
「やだぁ!」と甘ったるい声で言ったのは私ではないユマちゃんだ。「ヤだぁイズミ君たら~~~!」
「ちょっ!ユマちゃん!」私が慌てて止める。「声大きい!」
周りを見回してハタナカさんたちがいない事に安心した私だ。
ハタナカさんは入学当初からタダの事を好きでアピールも強かったが、花火大会でタダと二人で歩いているのを目撃されてから、私に対する対応に冷たさが増してきたのだ。
この人なんでこんな恥ずかしい事をユマちゃんもいるのに急に言い出してんの!?
「わかったぁ」とユマちゃんが目を輝かせてタダに言った。「さっき教室に帰ってくる途中で、オオガキがユズちゃんに手を振ってたとこ見てたんでしょ」
「…」無言のタダだ。
「じゃあさじゃあさ」と、ぱあっと明るい顔でユマちゃんがタダに聞いた。「タダもさぁ、水本先生の事ユズちゃんだと思って肩掴むの?」
タダの二人三脚のペアはうちのクラスの担任の水本先生なのだ。
「思わねえよ」とタダ。「水本は水本だよ気持わりい」
ハハハハ、と笑ったユマちゃんがタダに言った。「ハチマキさぁ、ユズちゃんのと交換したくて今替えたでしょ?」
そしてその後の午後一のプログラムが二人三脚だったので、私たち1年生は早めに校庭に出て入場門の手前に整列していると、私のペアのオオガキ君が「大島ユズルちゃ~~ん」と結構な大声で呼んでぶんぶんと手を振ってくれた。
「大島さんがんばろうね!練習の成果ばっちり出してこ!」
「うん。練習ほんとありがと」
順番が回って来たのでしゃがんで脚にハチマキを巻く私たち。
「あれ?」オオガキ君が手を止めた。「ちょっと大島さん、大島さんのハチマキにタダって書いてあんのなに?…え?大島さん書いたの!?」
ぶんぶんと首を振る私。
「あ!」と声を張るオオガキ君のその声にびくっとする。「もしかして交換したの!?何それその甘いカップル感!この前聞いた時には付き合ってないって言ってたよね?え?あの後?あの後付き合うようになったの?すげえな世の中…オレが知らないうちにオレの周りが変わっていく…」
「いや、そうじゃなくて…なんかさっきハチマキ間違えてるって言われてタダが投げて来たんだけど…そうじゃなかったっていう…」
そう答えながら、オオガキ君をオレだと思えと言ったタダを思い出して、わわわ、となりかけて慌ててそれを頭から振り払った。
…タダがあんな事言うなんて。ユマちゃんが聞いてるのに言うなんて。
「マジで!」とちょっと驚いているオオガキ君。「へ~~そんな事すんだイズミ君。へ~~~…可愛いね!すごいな大島さん好かれてんだねえ。でもなんか嫌だな!大島さん今オレの相方なのに。これで結んだら呪われてる感する。オレらが走るのもガン見してそう」
…それは結構嫌だな。練習してもらったけど転びそうだし。そんなカッコ悪いとこ見られたくない。
「可愛くは無いよ」と言うのがせいいっぱいだ。
「ま、いっか」とオオガキ君が軽く言う。「気にしないでがんばろ。…オレは気にするけどね。大島さんは気にしない方がいいよ」
「…それどういう事?転ぶから?」
「いいからいいから」
8組ずつ走ったのだけれど、オオガキ君が快調に走って私を調子よく引っ張ってくれたおかげで、私たちが分けられたグループでは1位になれた。
1位!こういう走りメインの競技で1位なんて始めてだ。いえ~~い!と両手でハイタッチをしてくれるオオガキ君に言った。
「ありがとオオガキ君!」興奮気味で言ってしまった。「テープ切れたの私生まれて初めてだよ!この先もうないかもすごく嬉しいよオオガキ君のおかげだよありがと!」
うんうん、とうなずいてくれるオオガキ君がぺぺっとほんの一瞬私の頭を撫でて、私は驚いたがオオガキ君も嬉しそうに笑って、「そんな事ないよ」と言ってくれる。
私と違って息もあまりきれていないオオガキ君だ。一人だったらもっと早く走れるのにねぇ。
「オレも楽しかったよ」とオオガキ君が言ってくれる。「大島さんとペアで良かった。オレね、クラスのリレーと部のリレーにも出るから応援してよ。クラス違うけど」
「うん。するよ」
「じゃあ頑張って来るわ」
明るく手を振るオオガキ君に私もつられてぶんぶん手を振ってしまった。