第1話 はじまりの始まり……
さすがにこのままではいけないと思った『世界政府』は、組織的に『賢者』
『勇者』などを育成する『魔法学校:ツヴェンクルク』を作り『打倒魔王様!!』を旗印に、皆で力を合わせ魔王軍に立ち向かうのだった。
そして去年、ついに『大賢者』と呼ばれる一人の男によって魔王を倒してしまい異世界の扉が閉ざされ、世界に再び平和が戻ったかに思えた。
だが……すぐさま新たな異世界の扉が開かれてしまい『新魔王』が出現すると世界は更なる大混乱に陥ってしまう。
この物語は世界を征服していたとされる『魔王』を、能力がほどほどの『賢者見習い』である主人公がひょんなことから魔王を倒してしまったことから物語が始まるのだった……。
「「賢者様っ! バンザーイ♪」」
「「賢者様っ! バンザーイ♪」」
つい先ほど人々を苦しめていた魔王を倒し、ようやく世界を救った俺に対して街の人々が街を挙げて狂ったように歓迎してくれている。
「(そうか。そういえば俺は魔王を倒したんだったよな……)」
魔王を倒したのにも関わらず、俺は未だに受け入れられない現実を前にしてどこか意識が遠のいていた。だがその現実を街に住む人々のあまりある歓迎でようやく実感することができたのだ。
「きゃ~っ! きっとあの白馬に乗っているカッコイイ男性が賢者様だわ!! 賢者様ぁ~、ぜひ私と結婚してくださーーい!!」
「あ~ずるい~。賢者様は私と結婚するのよぉ~♪」
などと街に住む娘さんたちの黄色い歓声が聞こえてきた。
「(にっこり)」
そんな歓声に答えるように俺はあくまでもクールを装うため笑顔で返す。
……その途端、
「きゃぁ~~~っ!!!! 賢者様が私に笑顔を向けてくれたわ♪ きっと私のプロポーズをお受けになったのよぉ~♪♪♪」
「そんなわけないでしょ~。賢者様は、このわ・た・し・に素敵な微笑みを返してくれたのよ!!」
っと先程よりも更に黄色い歓声が大きくなり、真黄色になるほどだった。
「あ、あははは…………」
俺は街娘たちの気迫に圧されてしまい、やや乾いた笑みで顔を引き攣らせながら手を振ってみせる。
「きゃぁ~~~っ!! ほらぁ~、あんなに手を振ってらっしゃるわぁ~!! あれはやっぱり私に答えてくれたのよ♪」
「そんなことないでしょ~♪ あれはあなたなんかじゃなく、このわ・た・し・に手を振ってくださったのよ♪ だから変な勘違いしないでよね、この妄想女が!」
「なによぉ~殺るって言うの? この整形女の化身クセにぃ~っ!!」
「ええ殺ってヤルわよ! このアンチ整形派が覚悟しなさいよぉ~っ!!」
「……後で安くてオススメの整形してくれる病院教えなさいよっ!!」
「……それなら国外が良いって話よ。でも衛生面にはしっかりと気をつけた方がいいわよっ!!」
などと俺の行動一つ一つが火に工業用アルコールを注ぐくらい、過激な反応をしてくれていた。
正直言うと俺は女の子にこんなにチヤホヤされるのは初めてだったのだ。その女の子達の過激派組織ばりに過激な歓声(ある意味では奇声と罵声)にどう対処し、反応してよいのやらと内心戸惑ってしまっていた。
これらすべては諸悪の根源である、あの魔王を倒したおかげだった。元々俺は賢者志望だったのだが『体力もほどほど』『魔力もほどほど』っと物語の主人公とは思えぬくらいの半端さだった。俺が所属している『魔法学園ツヴェンクルク』での成績も『体力C判定 魔力B判定』と可もなく不可もなくで、魔法学園の先生や学友など周りからもちっともこれぽっちも期待はされていなかった。……まぁ正直自分で言っててかなり悲しいんだけどね。
昨今のラノベ主人公のように『俺様Tueeeee!!!!』と主人公最強設定や、逆の『俺様Yoeeeee!!!!』などと主人公最弱設定などではまったくなく、すべてがほどほど仕様の半端モノだったのだ。
それがどうゆうわけか、2学期の期末試験である『野外実戦訓練(元々は野良の雑魚モンスターを倒す能力試験)』にて偶然にも現魔王と遭遇してしまい、なぜか勝ってしまったことで現在のこの状況になってしまっていた。
まぁ正直『勝てた……』とは見栄を張って言ったのだが、実際には何もしていなかったのだ。俺は雑魚のモンスターを探しに一人で森を歩いていたら、偶然にも既にHP1表示の魔王が地面に倒れていただけのことなのだ。
初めはその人が現魔王だとは知らず、そこらに落ちている木の棒でチョンチョンっと生存の確認をしたら何故だかそれが攻撃判定となってしまい、そして魔王は……死んだ。
俺は人を殺してしまったというショックで、どうしていいかわからずに『オロオロ~、あたふた~』とアニメ化した際の制作費削減目的で効果音を自分で口にすると『俺は憧れだった夢の大賢者になる! ……どころか人を殺してしまった!?』と嘆いていると、そこに伝説の勇者を含む魔王討伐軍が大勢現れたのだ。
『やっべっ、いきなり(殺人が)見つかってしまったぞ!?』っと俺は人生終わりのエンドロールをセルフサービスよろしく、自ら『ル~ル~♪』っと悲しげに口ずさみながらもそのときを待った。だがそれは俺が予想を軽がると超えてしまう反応が帰って来た。
「あ、あの……実は俺ひ、人を殺して……」
「(ぽつり)賢者だ……」
「……へっ?」
魔王討伐軍を指揮しているらしき大男がその体格に似合わないくらい小声でぽつりとそう口にした。
「あ、ああ……はい。あ、いやでも、俺はまだ賢者見習いなんですけ……」
「賢者様だぁ~~♪ この賢者様があの現魔王を打ち破ったぞおおお~~~っっ!!!!」
その瞬間、周りの茂みから『うおおおおおっっっっ!!!!』っと大地おも揺るがすほどの歓声があがった。俺はその歓喜の大声にただただ驚くばかりだった。
「って現魔王様ぁ~っ!?」
(えっ? えっ? あの人が『魔王様』だったって言うのか? しかもそれを俺が倒しただってぇ~っ!?)
俺はすぐさま訂正する事にした。
「いや……ちがっ……俺は本当に何にもしてな……」
「賢者様ぁ~っ!!」
先程の魔王討伐軍を指揮している筋肉ムッキムキのむっさい大男が俺のことを己の力を誇示するように、めーーーいっぱい力強く抱きしめてきた。
「うごふっ……息が…………息ができない(うえっぷ)」
俺は息もできぬほど強くより強くと抱きしめられ、また男性特有のくっさい臭いで吐きそうになり、もはやHP1になってしまうのだった。
「賢者様! 賢者様ぁっ!! 賢者様ぁ~~~っ!!!!」
そう叫びながら俺の体を持ち上げると鯖折りにする勢いで強引に九の字に折り曲げ、そのヒゲ面をまるで子猫が親に甘えるようにジャリジャリ、ジャリジャリっと顔に擦りつけてきた。
「いた、いたた……このヒゲ本気で痛すぎ!! これはもう凶器だよ!? あとそろそろ本気で背骨が折れる!? お、折れるからぁ~っ。は、離してくれよぉ~っ!!」
俺は大男に対して必死に抗議する。正直もう少し遅かったらブチュ~っとキスをされてしまい、あちら側に……いや、なんでもない。
「っとと、すみませんすみません、賢者様。いやぁ~嬉しさと興奮のあまり、ついヤリすぎてしまいました」
「(うん。もうほんとヤリすぎだよね。だって俺のHP表示が『0.1』を切ってるもん)」
俺は自分の頭上に表示されている『HP表示』と本来なら色が付いているはずの『HPバー』を見てみる。
だがHP表示は『E』と書かれており、つまりはエラー(低すぎて表示できません)の表示であった。またバーについては……『何だコレ???』っと、俺は思わず心の中でそう言い漏らしてしまったが、本来なら一目でわかるように黄色や赤色で綺麗に表示されるはずの色が……いや、そのバー表示そのものがバグ表示となっていたのだ。
そこには『色を表示する余力すらありません』っと何故か『色』ではなく『文字』で表示がされていた。それはまるで俺の精神的ダメージをささやかながらに反逆の意味も込めて、それとなく訴えているようだった。だが奇しくも俺はその訴えを取り下げて、物語を進めるべくしてその原因となった大男に話かけた。
「あ……あの! 失礼ですが……あなた達は一体何者なんですか?」
「あっこれはこれは、自分の名も名乗らずに大変失礼をいたしました。私はこの魔王討伐軍を隊長として指揮している『アレックス』と申します。失礼ですが、賢者様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
なんとその大男は俺の前で片膝を着いて自己紹介をしてくれた。しかも先程とは打って変わった容姿に似合わないほどバカ丁寧な挨拶に面食らってしまう。
「お、俺の名前は……『 』です」
(あれ? そういえば俺の名前なんだっけ???)
「おおお!! なんと立派なお名前か!! まさにあの魔王を倒したお方にふさわしいお名前ですね! 名は体を表すとはまさにこのことなのですね!」
「いや、俺まだ名乗ってな……」
「それではみなの者! 賢者様の功績を称え『賢者様コール』をするぞ! 準備はよいであろうなっ!!」
「おお~~っ!!」
それに呼応するかのように周りの兵士達も叫んだ。
「(よろしいですかな? 賢者様?)」
隊長さんは他の者に聞こえぬよう俺の元へ近づくと耳元でそう囁いてきた。その瞬間『ぞわぞわぞわ~!!』っと、おっさんのその甘い囁きに俺は鳥肌が立ちまくった。
「(えっ? なに? このおっさん……もしかしてホモーの人なの!?)」
「それでは……こほんっ。ゆくぞみなの者!! 私に続くのだぞっ!!」
体調は軽く咳払いをするとアレックス隊長は自分の言葉に続くよう部下に指示をした。
「あっそれ、け・ん・じ・ゃ! け・ん・じ・ゃ!! もう1つオマケに、け・ん・じ・ゃ!!」
「ぽか~ん」
俺は隊長のその『賢者様コール』をただアホな子のようにお口をアングリっと開けて眺めていた。そして今度は周りにいる兵士達も同様に真似をする。
「「あっそれ、け・ん・じ・ゃ! け・ん・じ・ゃ!! もう1つオマケに、け・ん・じ・ゃ!!」」
「ぽかか~ん」
俺の周りにいる兵士達も隊長同様に『賢者様コール』をしていた。そして何故だかみんな『剣』ではなく、そこらに落ちている『草木』(たぶん迷彩目的)を両手に持ち、自ら叫んでいる『賢者コール』に合わせて踊り狂っていた。
「(……あのさ、なんでこうなったんだっけ?)」
俺はさっそくだが現実逃避を始めた。だがしかし、隊長は止まってはくれなかった。
「それで賢者様。魔王はどのように倒されたのですか? 是非ともその武勇伝とやらをノリノリで歌に合わせて、私達にもお教えくださいよ!!」
「「それで賢者様。魔王は……」」
「ええいオマエら!! もう繰り返さなくてよいのだぞ!!」
隊長に事態の詳細を説明するように言われてしまった。
「(……周りにいる兵士達は頭がすっごく弱いのかな? きっと最初のステータスの振り分けを失敗したんだろうなぁ~)」
などとは思っていても口にはせず、俺は正直に答えることにした。
「別に俺は何もしてないんです。あの人……いや、あの魔王が勝手に死んだだけで……」
だがどう説明してよいのやらと、俺はそう曖昧に答えてしまう。
「またまたぁ~ご冗談を。魔王が勝手に死ぬわけないじゃないですかぁ~♪」
このこの……っとアレックス隊長から小突かれた。あと何か知らないけどその隊長が俺の体中をペタペタと触ってきているんですけど……誰か助けて(切実)
「ほんとーーーにっ、賢者さまは何もしていらっしゃらないのですか?」
「……あっ! そ、そういえば、あの魔王を木の棒で突っ突いたかも……」
あれがトドメになったんだろうなぁ。HP1だったし。
「な、な、な、なんとっ!? つまりは木の棒……要するに賢者さまの凶悪な棍棒一突きで、魔王を慰み者にしたというのですか!! じ、実にけしからん魔王ですね!!」
「今なんかすっごーーーっく、含みのある言い方しませんでした?」
「いえいえ、そんなお貴族さまほどでは……」
貴族に賄賂を献上しにきた商人のようにアクドイ顔をするアレックス隊長。
「(リアルに怖すぎんだろ。大体誰が貴族なんだよ……)」
俺は考えるのを止めて話を続けることにした。
「えっと、ま、まぁ…大体は合ってますね(いや、ほんとは合ってないけどさ)」
「おお!! やはり賢者様が魔王を倒したのではないですか!!!! これは街を、いいや国を挙げて歓迎の宴と祭りを催さねばなりませんな♪」
隊長は『おい、先に街に行って……』と何やら部下の兵士に命令をしていた。
「はぁっ! はぁっっ!!」
伝令の兵なのだろうか? 兵士はすぐさま馬に跨ると全力で街の方角へと走り去ってしまった。
「(ほんとにこの俺が魔王を倒したことになるのかよ? そもそも俺はまだ『賢者見習い』なんだぞ……それでいいのかよ?)」
そうこうする内に隊長の白馬に乗せられ、一路街へと帰還することになった。その途中あることに気付いてしまう。それは……。
「(あっそういや魔法学校の試験どうすりゃいいんだ?)」
「……で、現在街の凱旋パレードに一番の功労者として魔王軍討伐の先頭を歩いているわけなのだが……」
正直すっごく恥ずかしい。だってよ俺はただ瀕死の『魔王』を棒で突っ突いただけなんだぜ。そんなことでこんな英雄みたいに祭り上げられて良いものなのか???
「「賢者さま!! バンザーイ♪」」
「「賢者さま!! バンザーイ♪」」
街の人々はずっと歓迎の声をあげてくれる。っと思っていると俺の馬を引いていてくれた隊長から、
「賢者さま、前の広場をご覧くださいませ。どうやら姫様が直々にお出迎えに来ていらっしゃったようですよ」
と告げられた。俺は目線を周りの観衆から街中央にある大きな噴水がある広場で待っているという『姫』へと向けた。そこにはいかにも『私がお姫さまですからね!』っと言いたげに佇んでいる美少女が周りにたくさんの従者や護衛兵を控えさせたまま、俺が来るのを待ち望んでいるようだった。
「うぇっ!? ひ、ひ、姫様が!? もしかしてあれが『アイ姫』なんですか!? た、隊長さん!!」
「えぇもちろんでございますよ。姫はこの国ただお一人様ですので。それと私のことはこれから『アレックス』と呼び捨てでお呼びくださいませ。今後とも何かとあるでしょうしね……」
何かアレックスさんが言っていたのだが、俺の耳には何も認識していなかった。何故なら俺が夢にまでみたアイ姫が目の前にいるのだ。もはや姫以外に視界に入らない。
「……様? ……者様! どうされたのですか賢者様!!」
「うわぁぁっ!? ってなんだ隊長さ……いやアレックスさんか。で、何か用なの?」
俺はアレックスさんの呼びかけに心底驚いてしまった。もはや姫以外を視界と耳に入れるつもりがなかった分、その差はあまりにも酷いモノだった。
「賢者様大丈夫なのですか? もしや魔王との戦いで怪我をなさったのでは……」
「ああ大丈夫。俺は大丈夫だから……」
『それならよろしいのですが……』とアレックス隊長は引き下がる。
「それでえ~っと、何か用なの?」
俺はアレックスさんボイスでお耳を汚されたくないので、ややぶっきら棒にそう用件を尋ねてみる。
「いえ、ですから姫様のいる広場に着きましたので、失礼ながら馬から降りていただきたいのですが……」
「あ、ああ。そっか……ごめんごめん」
俺は生返事をしながらも視線だけはアイ姫にセンターに入れて固定しながら、アレックスさんが言うがままに手を引かれ馬から降りた。今思えばそれってすっげぇ器用だよね。
アイ姫がいる広場は大きな噴水がありかなり開けた場所だったが、国の秘宝であるアイ姫がいるという事で国民達も身分を弁え少しだけ離れていた。まぁアイ姫の身辺警護の意味もあるのだろうが。そして俺は心の中で躍り狂いながらも冷静さを得るため、ゆっくりと歩きアイ姫の元へ向かうことにした。
「あなたがあの魔王を倒したという賢者様……なのですか?」
この世のものとは思えぬほどキレイで可愛らしい声が聞こえてきた。言うならばそれは、まるで小鳥のような囀りのよう……、
「賢者様! 姫様がお聞きになってますよ!!」
っとまたもや話を聞いていなかった俺のわき腹をアレックス隊長が肘で突っ突いてきた。
「(もううっさいなぁこのおっさんわっ!! せっかくなんだから、姫と二人っきりにしてくれってんだよ)」
そんなことを思ってもさすがに口には出さず、『ありがとう』と微笑みながらアレックスさんの行動に感謝の意を示した。
『……いえ(照)』っと何故だかアレックス隊長が照れているのを彼とフラグが立っては困ると俺は敢えて見逃した。
「(……大丈夫だよね? 後々アレックス隊長を攻略とかしないよね???)」
俺は姫のその問いに対してあくまでも冷静さを装いつつ、右手で髪をかきあげながらにこう答えた。
「はいアイ姫。この俺があの劣悪非道人畜無害で噂の魔王を倒しました!! キリッ」
俺ができる精一杯に格好をつけた。そんなポーズ決め決めな俺に対してアイ姫は、
「そうですか……」
アイ姫はそう一言だけで口にすると何故か黙ってしまった。顔は衣装で隠れ見えなかったが何やら俯き、右手をアゴに当て何かを考えているような素振りをみせていた。
「んっ???」
俺はアイ姫の長い長い沈黙を不思議に思い、その顔を覗き見ようと屈もうとするが……、
『賢者様! それは姫様に対して失礼ですよ』と止められてしまう。
(このおっさんマジうぜぇな……もしかして構ってチャンなのか???)
そんなことを思っているとアイ姫から再び問いかけられた。
「もう一度だけ聞きますが……あなたが本当に魔王を倒したのですね?」
「(…………もしかして俺さ、アイ姫から疑われているのか?)」
俺は精一杯の虚勢を張るつもりでアイ姫の前に片膝をつき、右手を左胸に当て姫に忠誠を誓うようにこう答えた。
「はい! この俺が魔王のヤツをコテンコテンのギッタンギッタンにやっつけました!!」
俺は『この俺が倒した!』と自分をよりアピールすることでアイ姫の疑いを晴らすかのように、元気いっぱいにそう答えた。
「…………」
またもや沈黙してしまうアイ姫。すると……、
「……ユキ。私の剣をこちらに持ってきて」
アイ姫は従者の一人に声をかけ、自分の剣を持ってくるように命令した。
「はい。姫さま」
ユキと呼ばれたメイド服を着た従者が白を基調にした剣を両手に抱きかかえながら、『こちらです姫様』っと丁寧に頭を下げながらアイ姫に捧げた。アイ姫は胸元のスカーフを外し結ってあった髪を解くと、ユキと呼ばれた従者から剣を受け取ると鞘から剣を引き抜いて俺へと指し向けたのだ。
「(おいおいマジかよマジかよ!! もしかしてこれはアイ姫の『騎士になれる儀式』ってヤツなんだよな?)」
この世界では姫に選ばれし騎士はその忠誠を誓うために姫の前に片膝をつき、そして代々姫だけが持つことを許された『聖剣フラガラッハ』を右肩に剣身を当てられ、その生涯を姫のためだけに捧げると誓う。そんな儀式が存在していたのだ。
「(やったねやったね♪♪ これも瀕死状態の『魔王』があそこにいてくれたからだよな♪)」
っと内心ほくそ笑んでいる俺に対してアイ姫は何を思ったか……何故だか俺の首筋へとその剣の刃を当てていたのだ。
「(……あ、あれーっ? 騎士になる儀式って肩じゃなくて、首筋に剣の刃を当てるんだっけか???)」
そんな俺の戸惑いをよ……
「あなたが私の王様を殺したのですね?」
アイ姫はまだ俺の心の声が途中なのにセリフを……って!?
「へっ? ……パパぁ~!?!?」
(えっ? なにどゆこと? え? え? アイ姫のパパさん。……つまり王が実は魔王様だったの!?!?)
俺はいきなりの展開で思考が国の借金返済くらい追いつかない。
「国民よ私の言葉を聞くがよいっ!! このモノは我父である王様を殺した極悪非道人畜無害の輩なのです!! 今この場で王様を殺したその罪を問い公開処刑を行う事とします!!」
そうアイ姫が宣言すると姫の護衛兵が俺の後ろから回りこみ、羽交い絞めにされて身動きできなくなってしまう。そしてアレックス隊長が一歩前に出て国民を扇動する。
「国民よ! しかと私の言葉を聞き、私に続くのだぁっ!! 賢者様っ! それはハンザーイ♪ 賢者様っ! それはハンザーイ♪」
「「賢者様っ! それはハンザーイ♪ 賢者様っ! それはハンザーイ♪」」
「「賢者様っ! それはハンザーイ♪ 賢者様っ! それはハンザーイ♪」」
この場にいる国民全員がアレックス隊長の言葉に続き、また犯罪二唱をしていた。
「こ、公開処刑ぇ~っ!? あ、アイ姫お待ちくださいませ! 俺、いや私は……私はっ!!」
そんな俺の言葉を遮るようにアレックス隊長はさらに国民を煽り立てる。
「け・ん・じゃっ! け・ん・じゃっ! 忍法を使うのは、に・ん・じゃっ!! ニンニン♪」
『ニンニン♪』言いながらアレックス隊長は国民を嗾けるとまた国民もそれに続いた。
「「け・ん・じゃっ! け・ん・じゃっ! 忍法を使うのは、に・ん・じゃっ!! ニンニン♪」」
「「け・ん・じゃっ! け・ん・じゃっ! 忍法を使うのは、に・ん・じゃっ!! ニンニン♪」」
「(何国民共とアレックスは事前に打ち合わせしてんのか??? なんでこんな違和感なく同調しやがってんだよ……)」
俺はこれから処刑される身なのに何故かツッコミを入れていた。悲しいかな、これも主人公の宿命なのだろうか。
「あのアクドイ顔をした男が王様を殺した輩なんですって!! 見るからに悪そうよねぇ~。それに見てよあの無様な格好(笑)」
「ねぇ~。きっとあの顔は『賢者』じゃなくて『童貞』なのよ。きっとそうに決まっているわ!! うわっキモ(笑)」
先程まで真黄色いの歓声を上げていた街に住む娘さん達はこれ幸いと先ほどとは打って変わって仲良くなり、俺の事をディスりまくっていた。
「(誰が童貞だよ!? こちとらベットヤクザ(予定)なんだぞ! オマエら後で覚えてとけよ……きっちり調教してやるからな!!)」
「さて国民も温まりましたし、アレックスも処刑の準備をしなさい!」
アイ姫がそう高らかにアレックス隊長に命令した。
「かしこまりました姫様。それではこれより、この賢者さまの公開処刑を始めさせていただきます」
アレックス隊長は深々と頭を下げ、アイ姫の命令を賜った。
「「かしこまりました姫様。それでは……」」
「「かしこまりました姫様。それでは……」」
「ええいっ国民達よっ!! もう私の言葉を繰り返さぬでもよいのだっ!!」
(……国民も兵士と同じで頭が弱いの? やっぱ最初のステータスの振り分け間違えちゃった感じ???)
そんなことを考えていると俺は兵士達に強制的に立たせられ、噴水の土台の縁に床屋で頭を洗う時のように首を引っ掛けられてしまう。もちろん身動きができないよう二人の兵士が俺を逃がすまいとがっしりと後ろから押さえつけてだ。
「い、いやだっ! まだ名前すら言ってないのに、こんな死に方をするだなんてっ!! せめて……せめて読者に名前だけでも覚えてもらわないと!!」
俺は錯乱したのか、『読者』とか訳の分からない単語を口走ってしまう。
「ふははははっ! 賢者様、これはこれは良き眺め……って我兵士達よ、何故俺を取り囲んで……っ!?」
アレックス隊長は部下の兵士に囲まれ、そして何故か何人もの兵に押さえつけられて、俺の隣で噴水の土台の縁に首を引っ掛けられてしまっている。
「(…………なんでアレックスさんまで???)」
俺は自分の心配よりも、何故かとっ捕まえられたアレックスさんを心配してしまう。……っとそこへ、
「アレックスぅ~っ。王様を殺した賢者なんか連れてくるなんてどうゆうことなの? あと私の部屋から下着が数枚なくなったのだけれど……あなたは知らない?」
アイ姫は笑顔なんだけど、すっごく怖い顔をしていた。美人だと怖い顔でも美しいが、怖いものは怖かった。
「ひ、姫様! そ、そ、そ……」
「そ? なぁにぃ~っ?」
アイ姫は縁に晒されたアレックス隊長の首の上に『聖剣フラガッハ』の刃を当て、次の言葉を催促する。
「わ、わ、わ、私にはとても与り知らぬことでし……」
「姫様っ! アレックス隊長の右のポケットから女性モノの下着が数枚出てきました!! この下着はとてもエロいですね♪ ウインク♪」
アレックス隊長の言葉を遮るように部下の兵士が右ポケットに入れられていた下着を発見した。あとその兵士が左のポケットに下着を1枚隠し入れたのを俺は見逃してないからな!
「……ならアレックスこれはなぁに? やはりあなたが……」
「姫様の下着を盗んだのは、この『アレックス・バース』にございます!! ドヤ」
アレックス隊長は開き直りとも思えるドヤ顔でアイ姫の下着を盗んだ事を認め……
『すっ……ぱぁぁぁぁーっ』
次の瞬間、まだ本文説明の最中にも関わらずアイ姫の剣『聖剣フラガラッハ』が振り下ろされ、そしてアレックス隊長の首が……すっと音もなく切り落とされてしまい、少し遅れて血飛沫が噴水のように大量に放出された。
噴水の水が血で真っ赤に染まり、アレックス・バースだったモノがぷかぷかと浮いていた。
「…………へっ? えっ??? ……っ!? お、おぇっっ」
いきなりの展開で思考が追いつかず、少し間を置いてそれがアレックスさんだったモノだと認識した。隣にいた俺はそれをモロに受けてしまい、鉄臭さと口から得た味から胃の中のモノをすべて吐き出してしまう。
(~~~~っ!? マジかよマジかよ!? これは『夢』だよな? せっかく魔王を倒して英雄になれたってのに、その結果がこれなのかよ!?)
「さて、次はあなたの番ですよ。何か言い残したいことでもあるかしら?」
アイ姫は『ブン』っと音を立てて振ることによって剣についた血を振り払いながら、俺に最後の言葉はないかと聞いてきた。
「…………」
俺は何を言っていいのかわからず、何も答えることができなかった。
「「け・ん・じゃ! け・ん・じゃ! 王様を殺したのはだ・れ・じゃ?」」
「「け・ん・じゃ! け・ん・じゃ! 王様を殺したのはだ・れ・じゃ?」」
「……それでは最後にあなたの名を聞いておきましょうか。これは私ができる慈悲……いいえ憐れみだと思ってくださいね(にっこり)」
国民の煽り声のおかげか、アイ姫は微笑みながら最後に俺の名前を聞いてきた。
「(来年の教科書にでも王様を殺した反逆者として、アレックスさんと一緒に名前が載るのかなぁ~)」
そんな暢気な事を考え、俺は開き直ってこう叫んだ。
「お、俺の名は『 』だ!!」
だが何故か自分の名前の部分に差し掛かると、声が出なくなってしまっていた。
「あなた名前が……ないのですか?」
「お、俺の名は……」
『(ケンジャ!)』
そのとき、ふと何かが聞こえたような気がした。
『『(ケンジャ!!)』』
今度ははっきりと聞こえた。そうだ忘れていた……。
「俺の名は…………『タチバナ・ユウキ・ケンジャ』だ!!」
『ブンッ!!』
そう自分の名前を口にしたその瞬間、アイ姫の『聖剣フラガラッハ』が振り下ろされてしまい、俺は……死んでしまったのだった。
『さっさとおきろぉーーーーーーっ!!!!!!』
「う゛ごふ゛っ゛!?!?」
俺はそんな大声と共にお腹に半端じゃないとても形容できない衝撃を受け、のた打ち回る。
「いたたっ一体何がっ!? ……ってここは俺の部屋か???」
大きな声で起こされた俺は状況を確認する為に周りを見回した。そして先ほどまでの出来事が全部『夢』だったことに安堵した。
「ふぅ~っ」
「ふぅ~っ……じゃないでしょ!! ケンジャっ!!」
「うわぁぁっ!? ……ってなんだアイか」
このちょっとアレな衣装で右手に杖を持っているコイツは、俺の家の隣に住んでいる幼馴染の『アイ』だ。ちなみにアイの父親は去年魔王を倒し、この世界エカルラートを救った『大賢者様』でもある。何の因果か、俺はその大賢者様の隣に住んでいる幼馴染のアイに毎朝起こしてもらっていた。また俺の名前の最後にある『ケンジャ』もウチのバカ親父が大賢者さまに憧れて付けた、軽くDQNな名前が由来だったのだ。普通子供に『賢者』なんて付けるかよ。
「……だからね! いつもいつも賢者の服ばかり買って……ってケンジャ聞いているのっ!!」
「ああ聞いてる、聞いてるよ……(たぶん)」
実際は聞いていないにも関らず俺は生返事をし、アイのお説教を受け流そうとするのだが、
『アイ。この男聞いてませんよ。ただ受け流してるだけ……』
っとアイが持っている聖杖『シルヴィア』からツッコミが聞こえきた。
「あっバカ、シルヴィア!? オマエ『杖』の分際で余計なこと言いやがってからに!!」
「ケ~ン~ジャぁ~……シルヴィア! 『魔導書』をお願い!!」
『イエスマスター! 魔導書を魔力供給元として最上級魔法でよろしいですね? マスター詠唱をお願いします!』
『聖杖シルヴィア』は異世界から魔導書を呼び出すとアイの右手へと収めさせた。そして準備ができたのか、アイに魔女による魔法詠唱を求めた。それに答えるようにアイが詠唱を開始する。
「我ノ契約ニ従エ、魔導書グリモワールヨ、汝ソノ力ヲ用イテ敵ヲ消失サセヨ」
「ま、待て! アイ早まるな!! ここ家、ってか部屋の中だからさ!!」
「(にっこり)」
俺の言葉に答えるように笑顔になるアイさん。てっきり魔法(クラスSランク)を止めてくれると思ったのだが……、
「火の上級精霊による超広域爆炎!!」
そうして俺の部屋は灰と化してしまったのだった……。
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