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ラストスパート。
最後は、長めですがどうかお付き合いください。
「ただいま」
夜。玄関の開く音と一緒に、旦那の声が聞こえた。出来上がった夕食をお皿に盛りつけながら、今日、起こった嫌な出来事を旦那に聞いてもらおうと考えていた。健太とそうちゃんのこと、健太にそっくりな男の子の幻影を見てしまった、あのキッチンでの出来事をだ。
「健ちゃん、ご飯にするよ」
自分の部屋にいるはずの健太に声を掛ける。旦那がリビングへと入ってきた。お帰りと声を掛けると、ただいまと返ってくる。
「はい、郵便受けに入っていたよ」
帰宅時に、我が家の郵便ポストを確認するのが旦那の習慣になっている。ダイレクトメールや公共機関からの封書に交じって、むき出しの紙切れがあった。そのほかとは異なる手紙が気になった私は、折りたたまれたそれを開く。「ママへ、ドリームランドに行ってきます。」と、ミミズが這った後のような文字が書かれていた。
「健太」
私は、思わず声を上げた。手紙を読んで最初に思ったのが、健太はどこということだった。夕食の盛り付けをやめて健太の部屋へと向かう。このミミズが這ったような汚い字には、見覚えがある。夕方、健太の幻が私にくれた手紙に書いてあったものと同じだった。健太の部屋をノックして声を掛けるが、返事はない。
「健太、入るよ」
健太がいないかもしれないという不安は、気のせいだと自分に言い聞かせながらドアを開ける。嫌な予感ほど敵中する。部屋にいるとばかり思っていた健太が、いなかった。私は、慌ててトイレやおふろ場など家の中を見て回る。最後に、入れ違いになったのかもしれないとリビングに戻った。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「健太がどこにもいないのよ」
リビングに戻ると晩酌を始めようとしていた旦那に声を掛けられた。私の慌てている理由を知った旦那は、立ち上がると確かめるために健太の部屋へと向かう。手に持ったままだった手紙を確認する。
「ドリームランド」
私は、確信をもってつぶやいた。ドリームランドに健太はいる。根拠を尋ねられても、手紙にあったからとしか答えられないが、確信を持っていた。急いで旦那の後を追う。
「車のカギ、貸して」
健太の部屋に入って息子がいないことを確認していた旦那に言った。焦っているためかいつもより強めになってしまう。旦那は一瞬ぽかんと、間抜けな顔になる。
「はやくして」
さらに強く言うと、旦那は、スーツのポケットから鍵を取り出した。ひったくるように鍵を受け取ると、鞄を持って外へと出る。
「どうしたんだよ、急に」
健太のことは、どうするんだと説明を求めてくる旦那を無視して車に乗り込んだ。車のエンジンをかけると、旦那が車に乗ってきた。私は、車を急発進させる。
「おい、スピードの出しすぎだ」
旦那の注意をする声がうっとうしい。急いでいかなければいけないのだ。早く、ドリームランドへ行かないと健太がどうなるか。愛おしい我が子の顔を思い浮かべる。健太、無事でいて。
「ちょ、信号」
言われて信号機が赤いランプをつけていることに気が付いた。減速をする様子がない私に険のある声を掛けてきた夫を軽くにらんで、ブレーキを踏む。急制動に対応できなかった体が前に飛び出しそうになる。
「危ないだろ、ちゃんと運転しろ。そんなに慌ててどこに行く気なんだよ」
「健太が連れていかれての。きっと、奏太よ」
普段なら絶対にしない私の荒い運転に不満の声が発せられる。そんなことを気にしていられる状態じゃない私は、叩きつけるように言う。急いでドリームランドへ行って、奏太から健太を取り返さないといけないのだから。
「はぁ、何をばかなことを」
夫は、あきれたような声を上げるが、私の険しい表情に息をのむ。何かを感じたのだろう。あきらめたのか、それとも覚悟を決めたのか、旦那は一息ついた。
「俺が運転する。どこへ行くんだ」
信号が変わる前に早く、と旦那は車のドアを開けて降りる。運転席の方へと外から回ってきたので横に移動してハンドルを譲った。
「ドリームランド」
運転席に乗った旦那に行き先を告げるのと同時に信号が変わった。廃園になった遊園地へ行くことに少しのためらいを見せた旦那だったが、私の真剣なまなざしを見て頷いた。
「わかった。任せろ」
車を発進させながら、旦那は右手で作った拳で胸を叩く。ハンドルを両手で握りなおした旦那は、前をしっかり見据るえると、アクセルを踏み込みぐんぐんと車を加速させた。
「ほんとに、健太はここにいるのか」
車から降りた旦那がつぶやいた。廃園したドリームランドには、明かりの燈る外灯はない。夜空の明かりだけが頼りの寂しい場所に、本当に息子がいるのか怪しんでいるのだろう。
「いるよはずよ」
ためらいの見ええる旦那に確信をもって頷く。死んだはずの奏太からの手紙を信じるならという話になってしまうが、家族で初めて来た遊園地だ。間違いない、健太は奏太と一緒にここにいる。健太が四歳の時に初めてそうちゃんという名前を口にしたときから、自分でも根拠の説明ができない確信みたいなものがあった。だから、不安にさいなまされた時もあったのだ。
「怖かったら待っててもいいよ」
全く納得のできていない旦那に一人でも行くと伝えて、歩き始める。目指すのは、入園ゲートだ。
「こんなとこ、1人で待っているほうが怖いわ」
頼りにならないことを言って、旦那はついて来た。チケット売り場の脇を通り、ゲートをくぐる。ようこそ、ドリームランドへと書かれた横断幕を広げたウサギのマスコットがある。妙にデフォルメが過ぎたこのマスコットは普段から気持ち悪けどかわいいと人気があったが、夜の闇にたたずむ姿は不気味だった。
不気味なマスコットの出迎えを受けると、まずは、お城のような建物が見えてくる。ドリームキャッスルと呼ばれていたそれは、園の中心に位置しており、遊園地の敷地外からでも見えるほどの大きさを誇る建物で、ドリームランドのシンボルだった。それが、今では宵闇に沈み込んで不気味なほどに黙り込んでいる。
「メリーゴーランド」
そうちゃんは、メリーゴーランドを楽しみにしていると、昔、来た時に健太が言っていたことを思い出す。夜中になるとメリーゴーランドだけ明かりが燈るという噂も思い出した。
「そうちゃんは、メリーゴーランドが好きだって、健太が言ってた」
私は、思い出したことを話す。ドリームランドへと来たのはいいけど、どこへ向かうか困っていた私たちは、メリーゴーランドを目指すことにする。
「ちょっと、待ってろ」
旦那が、いつの間に持ってきたのか、園内の地図を広げる。メリーゴーランドは、ドリームキャッスルに向かって右方向だった。
「その地図、どうしたの」
地図を指標にメリーゴーランドを目指しながら、旦那に話しかける。なんでもいいから話していないと、不安と恐怖で押しつぶされそうだった。
「ん?ゲートのところでウサギが配っていただろ」
旦那が訳の分からないことを言う。廃園した遊園地なのにと思いながらゲートの方へと振り返った。本当なら入園ゲートの方を向いているため、背中が見えるはずのマスコットが、こちらを向いて大きく手を振っていた。私が見ていることに気が付いたウサギは、手を振るのをやめて、深く頭を下げるのだった。
「ひっ」
息を引き込みながら小さな悲鳴を上げて足を止める。足を止めた私に気が付いた旦那が、早くいくぞと、急かす。旦那は、平然としていた。普通に遊びに来たように見える。健太のこと忘れてないよね。
「廃園したのに、いるわけないでしょ」
人がいるはずのない廃園した遊園地ということにようやく気が付いたのか、旦那の顔が青くなった。あからさまにおろおろとし始めた旦那を見ていると少しだけ落ち着く。
「見えてきたよ」
メリーゴーランドが見えてくる。噂通り、メリーゴーランドだけ明かりがついていた。人影は見当たらないのに子供のはしゃぐ声が響いている。
「本当に、健太はいるのか」
子供の声とメリーゴーランド特有の音楽をまき散らしながら回っているメリーゴーランドを旦那は見つめていた。誰も乗せずに回っている様子は、幻想的にも見えた。
「健太を探さなきゃ」
私たちは、メリーゴーランドへと近づいてい行く。近づくにつれて子供たちのはしゃぎ声が大きくなっていった。
「おっちゃん、これやる」
突然現れた少年が、旦那に握りこぶしを差し出す。少年は、私たちが注目するのを待ってから握りこぶしを開いた。そこには、白い球体があった。その球体がゆっくり回ると黒目があらわれた。少年が握っていたのは眼球だったのだ。手の上にある眼球は、右左と見て少し上を向くと旦那の方を見つめた。
「ひぇっ」
短い悲鳴を上げて旦那が後ずさった。ドンっと何かにぶつかる。その拍子に何かが私と旦那の間に転がってきた。
「痛いよ。おじさん」
黒髪をおさげにした少女の生首が不平の声を上げた。
「いやあああああ」
悲鳴があたりを支配する。私が発した耳を引き裂くような悲鳴を聞いてあたりに子供たちが増え始める。
「ママ、こっち!」
子供に囲まれ身動きができなくなり始めた私の手を誰かがつかんで引っ張る。子供たちの輪から抜けると、私の手をつかんだ人物を見る。それは、健太だった。一丁前に、私の手を引く健太に、成長したなと小さな感動を覚える。
「ここに入れば安心だから」
健太に手を引かれるままに、建物の中に入った。そこは、ミラーハウス。すべての壁が鏡張りになっている迷路だった。ミラーハウスに入ったとたんに、私の手を離した健太は、どんどん中へと入っていく。
「健ちゃん、待って」
健太を追いかけて、ミラーハウスを進む。鏡に反射した虚像のせいですぐに壁にぶつかってしまう。八方に健太がいるように見えるため、どこへ向かうのが正しいのかがわからなくなった。
「ママ、へたくそ。俺はこっちだよ」
鏡の壁に、赤い文字が浮かび上がる。それは、ミミズが這った後のような文字。奏太と名乗る幻影が私にくれた手紙にあった文字と似ていた。
「奏太、待ちなさい」
発した声に自分でもびっくりした。追いかけているのは健太のはずなのに、私は確信的に奏太と呼んでいた。今までは、からかうように逃げるだけだった鏡像が立ち止まる。よし、と意気込んで奏太に近づこうと進む。しかし、すぐに鏡にぶつかる。
「あははは。バッカみたい」
立ち止まっていた奏太が、私を馬鹿にして笑う声が聞こえた。そんなに遠くない。そこから、私と奏太の追いかけっこが始まる。何度となく鏡にぶつかりながらも、私は奏太に追いついた。ミラーハウスの出口直前で奏太を捕まえる。
「健太は、どこにいるの」
早く返してと言いかけてこの子も、私の息子だと思いとどまる。奏太が私の腕を振り払った。逃げられると思い、払われた腕で奏太をつかもうとするが、奏太が振り返ったため、腕が宙を遊ぶ。健太にそっくりな男の子がそこにはいた。鏡に映った健太を見ているかのように髪型もほくろの位置も反対だった。
「やっぱり、ママにはわかるんだね」
奏太は嬉しそうに笑う。その笑顔には少しだけ、悔しさが見て取れた。やっぱり奏太だった。健太が言っていた一番の友達が、奏太だったことうれしくて、抱きしめていた。
「ずっと、健太のそばにいたのね」
知らないうちに涙が流れてきた。いきなり抱きしめられたことに驚いた奏太の息を飲む気配が分かった。
「元気な子に生んであげられなくてごめんね」
ずっと謝りたくて、後悔して、でも、生まれてくれた瞬間はうれしくて、胸の奥に詰まっていた思いを込めて奏太に言葉を掛ける。腕の中にいる奏太の力が抜けるのが伝わってきた。同時に私の肩の力が抜ける。
「うん。俺も、ごめんね。ママと一緒に過ごせなくて」
私の腕の中で泣きながら奏太は、どんな思いで健太と一緒にいたのか、私たち家族を見ていたのかを話す。奏太の想いに感化されて私は、強く抱きしめた。それから、私と奏太は静かに泣いていた。
「ママが気づいてくれて、うれしかった。ありがとう」
涙が収まったころに、奏太が言った。奏太の顔をもう一度見ようと、腕を話す。奏太は、泣きはらした目で泣いていた。
「健太は、外で待っているよ」
私は、奏太と手をつないでミラーハウスを出た。ミラーハウスを出ると健太が待っていた。遅いよと不貞腐れたように、ぷくっと頬を膨らませている。
「ママを取って悪かったな」
「僕たちのままだよ」
何言っているのと、さっきまで膨れていた健太が、申し訳なさそうにしている奏太に言った。息子たちのやり取りをほほえましく見ていた私は、奏太とつないだ手と反対の手で健太の手をつかむ。
「帰えろっか」
二人の手を引いて歩き出す。旦那を探して帰ろう。右手に奏太。左手に健太。両手に伝わってくる温かい感触に私は、今までにないほどの幸せに包まれていた。旦那を拾うためにメリーゴーランドまで戻ってきた私たちだったが、肝心の旦那が見当たらなかった。そして、さっきまで明かりがついていたメリーゴーランドは静かにたたずんでいた。暗く沈んだその景色は、人によっては怖く感じるだろう。この時の私は、メリーゴーランドが微笑んでいるように見えた。
帰ろうと奏太に促されて私たちは出口へと向かう。入園ゲートに着くまで、どんなことをして遊んだか、好きな食べ物は、など他愛ない会話をして歩いた。デフォルメが行き過ぎたキモかわいいウサギのマスコットの見送りを受けてゲートをくぐる。それまで右手にあった奏太の手の感触が消えた。慌てて右を向くとそこにはもう、誰もいなかった。
「健太、ママとついでにパパのこともよろしくな」
最後に奏太の声が耳をなでる。健太が、私の手を強く握った。それは、もう会えない奏太に対する小さな誓いのように感じられた。
「パパ、車で寝てたんだね」
奏太がいなくなってから一言もしゃべらなかった健太が車について、声を出した。車の中には、いつの間にかいなくなっていた旦那が気を失っていた。
ご精読ありがとうございます。
ホラージャンルに、見合う怖さを演出できていたでしょうか。
ぜひ、感想をお聞かせ願います。




