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「ひとつは、そうちゃんの分だから」

 学校から帰ってきた健太が、ランドセルを背負ったまま冷蔵庫を物色している様子を、台所で洗い物をしながら見ていた。冷蔵庫から大好きなプリンをふたつも取り出した健太が、いいでしょと確認をしてくる。

 息子の健太から「そうちゃん」という名前が出たことに、私は背筋が凍る思いがした。手に持っていたティーカップを落としそうになる。そうちゃんは、健太が4歳の時に現れたイマジナリーフレンドの名前だ。今は亡き、健太の双子の兄、奏太と同じ名前であったことでひどく悩んだことがある。私の返事を待たず、ふたり分のぷりんとスプーンを持った健太は、リビングのテーブルに付いた。隣にはランドセルが置かれている。そこには、健太以外に誰もいない。見えない友達のそうちゃんが、また現れたのだろうか。無意識の内に嫌な感情が沸き上がるのを感じる。

 息子の見えない友達は、生まれてからすぐに死んでしまった健太の双子の兄なのではと私は考えてしまう。奏太は、生きて成長をしている健太がうらやましいから、健太には姿を見せるが、低出生体重児に生んでしまった私を憎んでいるから、私には見えないように隠れているのだ。

 妊娠をしても適度に運動はしたほうが良いと実母や義母、周りの先輩ママ友に言われたこと、体重が20キログラムも増えたことがきっかけで、ダイエットのための運動や食事制限をしていた。しかし、双子の妊娠は絶対に安静にしなければいけないのだと、管理入院をしたときに知った。双子は低出生体重児で生まれることが多いと言うが、もしダイエットをしなければ、息子は低出生体重児に生まれなかったのではないかと、思わずにはいられなかった。そして、今でもたまに思い出しては、後悔に苛まされ、自己嫌悪に襲われる。

「健ちゃんしかいないでしょう」

 心の中を埋め尽くそうとする負の感情から意識をそらすために、健太へと声を掛ける。ランドセルからノートや教科書を取り出していた健太が振り返る。プリンは健太の右側にふたつ並んで置いてある。

「ママには見えないの?そうちゃん、かわいそう」

 ママのこと大好きなのにね、と健太は、誰かに話しかけるように左を向いた。釣られるように健太の視線の先を見るのだが、誰もいない。

「えっ」

無意識のうちに視界に捉えたものに小さく驚きの声を上げていた。自分でも聞こえるかどうかな声量だったため、健太は何の反応も見せない。健太が話しかけた先には、プリンが置いてあった。健太は自身の右側にプリンを置いていたはずなのに。慌てた私は健太の右へを視線を動かす。先ほどは、ふたつ並んで置いてあったはずのプリンが、ひとつしかなかった。少し前までこちらを向いていた健太は、プリンを動かす素振りを見せてはいない。もう一度確認をしようと、先ほどから健太が楽しそうに話しかけている先へと視線を戻す。動揺をしているのか、健太の話す声は、言葉として理解ができず、ただ音の羅列として耳に届く。やはり健太の話しかける先に、そうちゃんなる人物は見当たらなかった。しかし、プリンはそこにあった。さらに、先程はなかったはずのノートが開いた状態で置いてある。

「嘘。ちょっと、待って」

 なにがおこったのか理解が追いつかない。近くに行けば分かるはずと、よく分からない発想をした私は、台所からリビングへと向かう為に、洗っていたカップを水切りかごに入れようとしてガシャンとやってしまった。手に伝わったカップを硬いものにぶつけた感触と割れる音が聞こえて叫んでしまいそうだった。

「ママ、どうしたの。大丈夫?」

 カップの割れた音に気がついた健太が、声を掛けてくれる。健太の声を聞いた私の心に少しずつ安心感が広がっていく。ひとつ深呼吸をすると、早く片付けてしまおうと流し台に散らばったカップの破片を見つめる。まずは、大きめの破片を拾い、こんな時のために置いていたビニル袋に入れる。細かい破片は、手で拾えるものはビニル袋へ入れ、さらに細かいものはどうしようかと一瞬考えるが、排水溝に水以外のごみが流れないように設置してある受け皿に集めていく。かなり細かい網状になっているから取りこぼすことはないだろう。すべて集めると、慎重に持ち上げてビニル袋に破片を入れた。

「カップ、割っちゃったんだ」

 いつの間にこっちへ来たのだろうか。健太が流し台の端に置いたビニル袋の中を確認している。危ないからとビニル袋を取り、口を縛る。

「そうだ。ママ、これを見て、俺が書いたの」

 健太が1枚の紙を渡してきた。私が受け取ると健太は冷蔵庫から常備してある缶ジュースを取り出すと、一気に飲み干した。どれだけジュースを飲みたかったのか。いつもは、一口ずつゆっくりと飲む健太を思い出しながら、珍しいこともあると思いながら、健太に渡された紙を見る。そこには、いつもの見慣れた丸っこい文字ではなく、グニャグニャとミミズが這った後のような文字が書いてあった。

「これ健太が書いたの?」

「あぁ!そうちゃんだけジュース飲んでてずるいよ」

 もっと綺麗に書きなさいと続けようとしたところでリビングから大声で健太が叫ぶ。健太はここにいるのにどうして。リビングに視線を向けると、こちらへと指を向けた健太がいた。指さしていた手を下すとこちらへ歩いてくる。では、さっきからこっちにいるのは誰、と視線を戻す。冷蔵庫の前でジュースを飲んでいた健太はいなかった。開栓された缶がポツリと残されている。パタパタと足音を立てて健太が台所へと入ってきた。あれは、誰だったのだろう。ただの気のせい。でも、この空き缶は。などと考えていると、ごちそうさまという声が耳をなでる。息子の声に似ていたが、健太は缶ジュースに口をつけて飲んでいるところだった。

「いやぁああああ」

 理解の追い付かない現象が続き、混乱しきった私は、張り裂けそうな声を上げていた。いきなり叫び声をあげた私を驚いた表情で見る健太と視線が合う。そして、視界が真っ白になった。

次の話で最後の予定です。夏のホラー2017の作品提出期限が近い。どうしよう、間に合うかな。

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