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死んだ今日がプロローグ



最初に感じたのは、圧倒的な熱量だった。

肌が焼ける、目が焼ける、喉が焼ける。髪の毛はそのほとんどが燃え尽き、火傷でただれた皮膚が互いにくっ付き合う感覚などその一瞬では感じられても知覚できない。

爆音で麻痺した耳は音を拾わない。閃光で潰れた視界はチカチカとただ白としか視覚情報を送らない。

自身の現状を把握できた者など、朝のホームルームの時間をただ呆然と過ごしていただけの40名にはいなかったことだろう。

今日という日、都内の高校の学生と担任の約40名が、謎の爆発によって死亡した。





なんの知覚情報も得られなかったのは幸いか。きっとそこは地獄絵図になっていたことだろう。

佐久間(とおる)が正気に戻ったのは誰かの呻き声とも叫び声とも取れるような濁声(だくせい)を耳にしたからだった。その声の主を無意識的に探して気づく。呻いているのは、叫んでいるのは、その声の主は自分であったと。


死んだのか。

最初に浮かんだ思考はまさにそれだった。

全身が創痍に侵されていた状況と、一瞬でそれらの負の感覚が消え失せた現状を感じ取ってそう考えるのは正常な判断なのだろうか。もっとも、そんな他人と比較して正常異常を唱えても現状が変わるわけではない。

切れたままの息を落ち着かせるのに努め、何も分からない現状より情報を得ようと聴覚、視覚、嗅覚に少なからず意識を向ける。

何だ–––どこだ、ここ。

周囲を見渡しても何もない。先ほどの閃光の影響がまだ続いているのかと疑いたくなるほどに続く白い空間。それでも空間だと認識できているだけ、視界は正常なのだと判断を下す。

周囲は無臭で、音も自分の早くなったままの呼吸音くらいしかしない。

音もそうだが、今までの無臭が無臭という匂いだったんじゃないかってくらいに匂いがしない。本当にここはどこなんだ?


そんな疑問が思考を染める中、新しい知覚情報を聴覚が拾う。

それは、幼いようにも老いたようにも聞こえ、男のものにも女のものにも聞こえる声だった。


「落ち着いたようじゃナ。話は聞けるかイ?」


その声に意識を向けた瞬間、何もない空間に存在を認識する。それは視覚情報のように捉えられるが、視覚を通してのものではなかった。


「誰だ…誰ですか?人間じゃ、ないですよね」


それは感覚的なものだった。

人間じゃない、というものではなく、人間でいてほしくないという、その存在への無理解からくる恐怖と願望。


「そうだヨ。私はお前らが言う神様みたいなもんだナ。ちょこっとあんたに用事っていうか謝罪があって呼んだのじャ」


「神様…ですか。それはなんとも、パッとしませんね…」


神様を自称する存在は、その幼女の体をふわふわと浮遊させて話を続ける。


「まあ、そもそも神様なんて定義の曖昧なもん考えたんは貴様ら人間だから、ボクにそんなこと言われても知らないんだけどネー」


自分のせいではないと嘲る少年の姿は、反抗期を思わせる。


「まあ、そうですね。それで謝りたいことって何です?話の本題はそこでしょ?」


「そうじャ。忘れておっタ。うぬらは死んダ」


急に真剣な顔に戻った枯れ木の様な老人は、そう告げる。


「そうでしたか、薄々は気づいてましたが。……それで、死因は何だったんですか?あの爆発は…」


「それだヨ。僕はそれを謝りたかったんダ。あっれはなぁ、実はもっう一個のわいの担当する世界のもんなっんヤ。それがなんかふたつのせかいかんでパスがつながっちゃったらしくてねッ。向こうで起きてた勇者と魔王との戦闘の影響が伝播しちゃったみたいなんヨー」


困った事態にウンウンと悩むようにたわわな胸の下で腕を組む妙齢の女性に、徹は仕方なく頷く。


「それで、僕たちが死んでしまったから謝りたいと。そこまでは理解しました」


「おうおう、理解がはよーて助かるわ兄ちゃン!」


「で、話はそれだけじゃないですよね?それだけならわざわざ呼ぶ意味もない。それで、僕はこれからどうしたらいいんですか?」


その返答が意外だったのか、少し目を見開いた巨漢は不適な笑みを浮かべる。


「…なんや、ほんまに理解が早いんやねエ。それでその続きなんだが、君たちにはワシが奪ってしまった分の人生を異世界で生きて欲しいと思っとル」


「異世界で、ですか?」


「そやデー。あとぉ、ぉまけで特別な能力とかもぉつけたげるよォ〜。お詫びだからネ。欲しい能力とかありますカ?」


清純そうな少女は、軽く首を傾げながらそう聞いてくる。

特別な能力。それはよく漫画やアニメで見るスキルとか必殺技の事だろうか。確かに、異世界などそんな未知の場所に行くのだからそれも必要かも知れない。

だが、その前に聞いておきたい事が山ほどある。


「その前に、聞いていいですか?確かに教室には多くの生徒がいたと思うんですけど、その全員が異世界に行くんですか?」


「うむ、そうじャ。彼らは皆被害者故に皆平等の償いを成しタ。だからー、あとは君も向こうへ送っちゃえばお終いなノー」


気怠そうな童女のめんどくさそうな態度で、償いと言いながらも義務感で作業的に無感情にそう言う。


「それじゃあ、今はみんな向こうにいるんですね。それで、向こうってどう言ったところなんですか?」


「質問一個じゃねーのかヨ。まあ、そうだねェ。簡単に言やぁ剣と魔法の、正義と悪の、勇者と魔王の世界ってやつかッ」


「剣と魔法…。それじゃあ、魔物とかもいるんですか?」


「いっるよォー!めっちゃおるデ!だから、冒険者なんて魔物を狩る職業もあるくらいだヨ」


「冒険者、ですか。それって冒険者ギルドとかで依頼を受けてって言うRPGゲームで定番のあれですか?」


「そんなもんだッ!」


「それで、僕たちが向こうに行くとやっぱりその冒険者になるってのが一番安泰なんですかね。やっぱり、そうなる人の方が多いんですか?」


質問に悩む仕草を見せる小太りの脂ぎった男は、少しの黙考の後に分からないと匙を投げる。


「まあ、それは選んだ能力次第じゃないっすかネ。やっぱり得意分野でもなんでも良いから自分に合う仕事を見つける方が楽だし楽しいしィー」


「まあ、そうですよねェ」


「あ、でもでもでモ!身分を証明するのに冒険者ギルドに登録しておくと別の街に行くのは便利でっセ!だが、冒険者の身分は言わば派遣社員じャ。商人や農民なんかと比べりゃあ身分の信頼度が低いから、一つの街に留まんなら別の職業でもいいんだがなァ」


「つまり、冒険者ギルドに登録している者は冒険者ギルドに登録出来る程度の身の潔白さを持っているものの、一市民のような住所や職業が安定している者と比べると信頼性に欠けるって事ですね。それだと、最初は冒険者ギルドに登録して後から市民として戸籍みたいなものを登録した方が良いと」


「まあ、そんなとこやネ。しかし、もし坊に一定以上の学があり商業の分野に明るいと言うなら商業ギルドに登録するのも良い方法ではあル。商業ギルドは冒険者ギルドより審査が厳しいがその分だけ身分も保証されとんのヤ」


「そうでしたか。有難うございます」


ある程度の質疑応答に満足したのか。目の前の中肉中背のオジさんは「質問はもう良いのカ?」と言った表情を見せる。


「まあ、聞きたかったことはそれくらいですかね。言語に対する不安や知識不足などの不安はあるにはありますが、そこは自分で調べてみます」


「ああ、そうだネ。それじゃ、追加の能力で、読み書きと貨幣の知識、簡単な法律とか、覚えられるように、しとク」


「それは有難いです。それで能力なんですが…」


「オー。決まったんかいナ。何にしはりますノ?」


「健康でいられる能力を下さい。病気にもならず、大きな怪我もしない健康で平和な生活を送りたいんです」


「健気やねェ。しっかし、それはおぬしがおった世界での話じゃッ。その願い、こちらの世界での大半の願いであり、その大半が叶えられない願いだヨ。それだけ、特別な能力ヤ」


「出来ませんか?」


「しゃーなイ。わっちが最初に貴殿に聞いたのじャ。その願い、叶えよカ。…まあ、他の子らに比べたら可愛いもんやけどなァー」


「あ、あとお金ください」


「強欲ッ!だねェ!」


「一文無しで見ず知らずの場所に行くのは怖いですから」


「まあ、良いじゃろウ。それではそろそろ向こうに送るゾ。準備は良いかイ?」


「はい、大丈夫です」


返事を聞くと、長身のピエロはその手を広げる。


「では、行ってらっしゃイ」


微かな母性の様なものを感じる優しい女性の声で見送られながら、徹の意識はブラックアウトして行った。






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