始まりの疼痛
町の中を通る一本の大通りの周りには魔法灯が列を成し、城の西に見える工業地帯は白煙を燻らせ、金属音を鳴らす。町の中心にある広場では炊き出しが行われ、ぼろきれ一枚羽織った人間が我先にと群がる。大男が小さな女の子を押しのけ、泣いた赤子を母親らしき人物が路上であやす。リゼル帝国の首都ドーランドはまさに生き地獄といっても差し支えなかった。豊富な資源と豊かな人材で海の向こうの強国とも渡り合える力を得た国家とはとてもじゃないが思えない。街の中に響くは金属音と泣き声。街の中を漂うは、腐敗臭と機械油の匂い。俺とエリッサは、国境警備の任を解かれ首都へと召集されたのである。正直、国境に飛ばされる前はもう少しましだったようにも思う。
「なんか、ひどいね」
「ああ、この世の地獄って感じだな。この町で生きていけると到底思えない」
王城へと続く大通りを歩きながら俺とエリッサはそんなことを話す。エリッサへ届いた書面に特に内容は書いてなかったが、引継ぎの警備兵たちも着ていたので長い着任になるのかもしれない。昼間なのにやや薄暗い大通りを歩くと王城へ付いた。門番たちは話が通っているのか、俺が名前を言って軍人手帳を見せると敬礼して門を開ける。
「ローランド二士並びにストラフィールド二士、第一戦略室にてシュバルツ一等がお待ちです」
適当に返事をして第一戦略室へと足を進める。途中、横目でエリッサを見るとやはり少し緊張した顔つきで軽く息を飲んだのが分かった。シュバルツ一等といえば、腕利きのメカニックであり、優秀なドライバーだと聞いている。ちなみに階級的には俺たちの四つ上になる。一等といえば事実上現場の最高責任者だ。第一戦略室の前の扉に立つとさすがの俺も少しだけ息を飲んでしまう。なにをやらされるのかは知らないが、こういう時というのは何度経験しても胃が痛くなるのは変わらないようだ。エリッサと軽く目を合わせて大きくうなずくと黒色の金属で出来た扉をノックする。
「国境警備四隊より、クリストファー・ローランド二士、ならびにエリッサ・ストラフィールド二士ただいま到着いたしました」
暗い廊下に自分たちの声が木霊すると、扉の横に付けられた機械から低い声が響く。「入れ」と一言だけ。扉を開けて中に入ると、四角く並べられたテーブルに二人の男と一人の女が座っている。照明は薄暗く、若干顔が分かりにくかったが、左に座っている女がこの前街であった、ローラ・アイゼンバウムに間違いない事は分かる。ローラは俺のほうを見ると冷たい目で微笑みかけてきて、それから言葉を発さずに唇だけで「待っていたわ」と言っているのが分かった。そのやり取りをみていたエリッサは少しだけ不機嫌そうな顔をして俺の背中を廻りにわからないように少しだけつねった。正面の男がタバコをふかしながら話す。
「ローランド、それからストラフィールド。お前ら二人は今日付けで特殊機動部隊第二分隊所属だ。俺はお前らがどれだけ優秀だろうと無能だろうと構わない。ただ着実に任務をこなしてくれるならば俺はお前らがどんな人間かは問わないつもりだ。事実、お前ら二人がなにをやらかした知った上でこの隊に呼んだのは俺だ。給料以上の仕事をする必要はないが給料以下の仕事をしたら叩き殺すぞ。分かったら座れ」
おそらくはこのひげ面の男がシュバルツであることはすぐに分かった。顔には数多の古傷が広がり、漆黒の髪の毛はどこか埃をかぶったような汚さがある。たれ目の癖に暖かさが微塵もなく、日に焼けた肌はどこか威圧するような雰囲気を醸し出している。扉の前で少し勢いに飲まれた俺とエリッサは静かにシュバルツの正面の椅子へ腰を下ろした。シュバルツは机でタバコをもみ消してそれを床に捨てると、また口を開く。
「もう分かっていると思うが俺がこの第二分隊を任されたシュバルツ・ウィンダム一等だ。
チームでは主に機械全般のメカニックと移動用機甲のドライバーをやる事になると思う。今日は一応最初の日だ。お前から順番に名前と役割くらいは紹介しておけ」
そういってシュバルツは顎でローラを指した。ローラは少しだけ頷くと大きすぎず小さすぎない声で話し始める。
「ローラ・アイゼンバウム二士。主に魔術でのアサルトを担当すると思います。ここの皆さんが命を預けられるくらいの力量の持ち主手であることを心から祈っていますわ」
そういって彼女はシュバルツを含めた全員を見渡した。ここにいる俺たち以外の人間は何をするべく召集されたのか分かっているのだろうか。ローラが静かに俺を見てくるので一応自己紹介しておく事にする。
「クリストファー・ローランド二士だ。諜報、工作、索敵が主な仕事ですかね。戦闘は得意ではないので色々助けていただけると幸いです」
思いっきりローラを見てやる。彼女は少し腹を立てたのか、また怒ったとき特有の表情のない顔になって、俺としばらくの間目を合わせた。正直、ローラとは二回ほどしか面識がないが大体どういう人間か分かったような気がした。俺が話し終わって一呼吸置くと隣にいるエリッサが話し始める。
「エリッサ・ストラフィールド二士です。通信魔術と支援魔術で皆さんをサポートする事になると思います」
なんとも無難な紹介でエリッサらしいなと思ってしまった。しばらく、部屋の中を沈黙が支配して右側に座っていた男が何かを見定めるように皆を見回している。しばらく、その重い空気が支配すると唐突にその男は喋りだした。暗くてよく分からないが銀髪で褐色。それから体格はいい方だと思う。体格はいいがなんと言うか美しい顔立ちで何かそれがギャップに感じてしまう。
「リースです。ラストネームとか嫌いなんであんま言いたくないんですよね。ちなみに、階級は二官。あ、俺が一番下の階級ですね。でも、外みたいに気使わなくてもいいっしょ? シュバルツのおっさんも良いって言ってたしね。一応、重火器は好きです」
あまりの馴れ馴れしさに周りは唖然としてしまっている。エリッサはなにか嫌な空気を感じたのかしきりに俺のほうを見てきて、非常に焦っている様だった。ローラに関しては特になんとも思っていないのか涼しい顔をしていて。シュバルツも興味なさそうに新しく火をつけたタバコの煙を燻らせていた。全員の紹介が終わった事にシュバルツは気付いたのかタバコを加えながらまた口を開く。
「最後にリースが言ったとおりだ。ここじゃ階級なんて意味を成さない。だから呼びたいように呼べば良いし動きたいように動けばいい。ただ、任務は絶対だ。それが達成できればどんな手段を用いてもかまわない。俺は一番任務を達成できそうな動き方を指示するがそれは絶対じゃない。各自の判断で失敗しそうならば臨機応変に対応しろ」
それから、またしばらく沈黙。その静寂の中にリースのあくびの音だけが木霊した。
「まぁ、初日の話は以上だ。おそらく明日から早速任務になると思うので各自しっかり休んでおいてくれ。それから、この隊に来たことで給金は三倍になってるはずだから確認しておくように」
国だって相当きついこの時期に三倍の給金とはなんの冗談かと思った。リースは眠そうだった目をパッチリあけて「まじ!? まじで!」とずっと喜んでいたし、あのエリッサだって若干頬が緩んでいる。だが、俺には先ほどのシュバルツの言葉だけが気になっていた。給料以上の仕事をする事はないが給料以下の仕事をしたら叩き殺される。やがて、シュバルツはそのまま部屋を後にした。人懐こく話しかけてくるリースは幼いワーウルフのようだったし、静かに宙を見つめるローラはさながらよく躾された飼い猫のようだった。ともかく、なぜ全員ここに集まっているのかは謎だったが、まぁ、おそらく各々が各々を探り合っているのだろう。不意に、後ろの扉の開く音がして、部屋にいる全員が扉を見つめる。
リゼル軍の制服を綺麗に着こなしたショートカットの女の子がそこに立っていて、みんながいることを確認すると、少し安心するように息を漏らした。
「第二分隊の方たちですよね?」
みんなを代表してエリッサが深く頷くと、ショートカットの女の子は微笑んで返した。
「みなさん、まだ居てくださってよかったです。一応、これから皆さんの庶務を担当させていただくジェシカです。よろしくお願いしますね」
そういえば、今日から兵舎に入るのか。それはあまり良いお知らせではないかもしれない。
なんてたってあそこは汗臭い。個室であったとしても嫌だ。部屋にいる一同はジェシカに向かって軽く会釈すると彼女はまた話し始めた。
「それじゃあ、一応兵舎の案内をしたいんですけど、皆さん一度は入ったことあると思いますので詳しい説明は省きますね。第二分隊のみなさんは二人部屋でエリッサさんとローラさんが一緒の部屋で、リースさんとクリストファーさんが同じ部屋ですね」
彼女はそれだけ言うと、「じゃあこれ部屋の鍵です」といって一番近くにいた俺とエリッサに鍵を渡した。
「なにか質問はありますか?」
有無を言わさない笑顔で彼女は質問を聞くという。まぁ、個室が良かったのだがそこまで贅沢は言っていられないのだろう。エリッサは先ほどからこちらをみて心底助けを求めている顔をしている。二人一部屋でローラと一緒はおそらく相当つらいだろう。俺の見定めによればローラとエリッサも相当相性の悪いタイプだと感じられた。
「ないようですね。それなら、残りの連絡事項はエリッサさんを通してお伝えする事になると思うので彼女の書面にはよく目を通して置いてください」
ジェシカはそれだけいうと、その小さな体を返して部屋から出て行く。兵舎の二人部屋とはずいぶん久しぶりだ。
「まぁよろしく頼むよ、リース」
リースに向かってそういって手を差し伸べると彼は笑顔で俺の手を握り返してくる。
「こちらこそ。まだ、軍に入って一年くらいしか経ってないんで色々おしえてよ」
その話を聞いていたのかローラは少し驚いたように顔を歪めた。能力だけが絶対的な価値観の中で彼女はまだ入って間もないというキャリアに不安を覚えたのだろう。
「あら、腕の方は大丈夫なのかしら、僕」
ローラが露骨に言い放つと、リースはケタケタ笑ってすぐに言い返した。
「いや、まぁそんなに強くはないけどね。何とか足を引っ張らないくらいにはがんばるよ」
その返答に毒を抜かれたのか、ローラは小さなため息を漏らすと「部屋へ行きましょ」と、エリッサをみることなく言って歩き始める。金髪をあたふたさせながらエリッサは彼女の後を追っていった。薄暗い会議室にリースと俺だけが残される。シュバルツの吸っていたタバコの亡骸とその臭いが残る部屋。
「俺たちも行くか。いつまでもここにいてもしょうがない」
「そうだね、行こうか」
俺たち二人もまたその部屋を後にする。金属で出来たその本部は今まさに重い扉を開こうとしていたのかもしれない。
リースはどうやら南の方出身らしい。リゼル帝国の南といえばそれはもう凄惨な過去を持っている。支配と虐殺の歴史。それゆえに、南方出身の人々はたびたび人種差別の対象にされることも多いのだ。今でこそ、その問題は解決されたにしろ、いまだにこの銀髪と褐色の肌を見ると不快感をあらわにする人間も多くいる。それに、南のある一角では未だに内紛が続いているというから驚きだ。その戦いをリゼル帝国は黙殺している。リースのこの人懐っこさは味方を増やすための術なのかもしれない。と、まあ夕飯が終わって二人になった部屋でこんな話をしていたわけだ。
「色々、つらいこともあったけどね。今、こうして生きていられる事はいい事だね。どんなにつらい事があっても生きている事に勝る美徳はないよ」
ベッドを二つ置いたらもうほとんど満杯な部屋の中でリースは荷解きをしながら言った。
「まあ、同感だな。リースは南の戦線には加わっていたのか?」
彼の体にある数々の傷跡を眺めて問いかける。この場合南の戦線といえば南の内紛の事である。
「ああ、戦場で生まれて戦場で育ったからね。物心付く頃には突撃魔銃持って屋内戦してたよ」
例えば、自分の趣味がなぜ趣味になったのかそのきっかけを話して聞かせるようにリースは言い切った。彼の中ではその事がさしたる悲劇ではないのだろう。窓の外にはどす黒い闇が広がっていて、窓の内側から小さな魔法灯が室内を照らす。暗い部屋に浮かび上がるリースの褐色の肌をみて、ふとこいつは何人殺したのだろうと思ってしまった。彼は、生まれたときから生きる手段として人を傷つけていることはおそらく間違いない。なにをするにも一番躊躇しないのはおそらくリースなのだろう。音もなく、唐突に部屋の中に二本の光の矢が侵入してくる。それは俺とリースの肩くらいを目指して飛んできて、目的地に到達すると小さな光の球になって宙を漂った。
二人とも無言でその光球に触れるとその光は徐々に大きくなりやがて目の前に光の文書となって展開された。
(特殊機動部隊第二分隊各位
明朝、国境に向けて出発する。日の出とともに格納庫へ集合。
装備はこちらで支給するので、一切装備の持ち込みを禁ずる。軽装にてこられたし。)
文面にはそれだけ書いてあった。光の文書をかき消すように上から下へ手を振ると文書はまた光球になり、それから光の矢となって部屋の外へ出て行った。発信者へ受託の合図も出来るのだから本当に便利な魔法である。
「日の出と共にらしいぜ」
同じく文書をエリッサに返したリースに語りかける。
「どうせ、あんまり寝られないからいいんだけどね」
「同感だな、俺もだ」
軽く笑いながら返してやると、リースは「職業病みたいなものだよね」と軽口を叩いてベッドに横になる。
「寝る前に、いつも本読んでるんだけどしばらく魔法灯つけておいてもいい?」
暗闇に浮かび上がる、リースの顔を見ると奴は八重歯を少し覗かせて「いいよね」といって笑った。
「おう、かまわないぜ」
ともかくこうして俺たちの第二分隊初日は終わろうとしていた。
夜が明けきらない格納庫は、一面重く冷やされていて軽装でくるにはあまりにも寒かった。そこに集合した二分隊はみな同じ気持ちなのか少しだけ顔をゆがめている。ローラだけはなぜか普段と変わらぬ冷たい表情をして凛としていたが、歯をかちかち鳴らしていたのでやっぱり寒いのだろう。ローラがこちらを向くと、俺もローラを見ていたわけで自然の流れとして目が合ってしまう。彼女はあからさまに合った目を反らすとまたすぐに前に向き直った。
「本当にここでいいんだよな」
俺たち四人しかいない薄暗い格納庫。その闇の中でひときわ目立つ金の髪に向けて話しかける。
「昨日ジェシカから来た文書には確かにここって書いてあったけど……」
「通信兵が通信を間違えたらもはやなんの意味もないわね」
エリッサが何かを言い切る前にローラがそれに口をだす。エリッサはその言い方に多少顔を歪めたがすぐにいつもの表情を取り戻した。冷えた金属でてきた空間に沈黙が広がり、沈黙はやがて静寂を作り出した。静寂の中に、機械の低い慟哭が響き、奥から一台の移動用機甲がやってくる。漆黒の機体は高速で回転するキャタピラを装着していて、なんというか棺おけが匍匐前進しているように見えなくもない。機甲に向かってこんな例えをするのも変だが、その機甲は本当に立ちはだかるように俺たちの前で静止した。排気される白煙がこの寒さの中だと霧のように見えて、その車体の冷たさを彷彿とさせる。金属の擦れる音がして、天井についているハッチからシュバルツが顔を出した。
「よう、お前ら。時間通りだな。中はいって着替えてくれ、早速出発するからな」
機体の側面に備え付けられているはしごを伝って天井まで上る。それからハッチを空けて一人ずつ乗り込んでいった。中はやはり薄暗かったが割りと広いスペースが広がっていて、何とか四人とも自由に動くことが出来た。運転席とその広いスペースを区切る仕切りは引き出しのようになっていて、そこを開くと拳銃やら突撃銃やら小型の爆破物とか一瞬見ただけじゃ、なにに使うかよく分からないようなものがひしめいている。
「お前ら、その辺にある服着たら好きな武器とってくれ」
まだ機体は制止しているのでシュバルツの声は全て苦もなく聞き取る事が出来る。エリッサとローラは置いてあったローブを羽織って座り込む。俺はゲートルとジャケットに着がえ、棚から拳銃と短剣を取り出して腰に装着した。一連の着がえを見ていたローラは少しだけ顔を赤くして目を背けていた。
「い、一応女性がいるんだから、その事も考えなさい」
この女は一体なにに照れているのだろうか。もしかしたら、恋愛したことが余りないのかなと、そんな事を思ったが口が裂けても言えない。だから、この性格じゃ普通の男は寄ってないかもと自分の案に納得してしまったことなど言えるわけない。俺とリースは顔を見合わせて笑ってしまう。エリッサにいたってはため息をついている。彼女は俺と長い間共同生活をしていたこともあって、そういうことには慣れてしまったらしい。
「おい、騒いでるんじゃねぇよ、出発するぞ」
シュバルツがそれだけいうと、機体は低い咆哮を轟かせて揺れる。あまりの騒音にエリッサは耳をふさいでいたし、リースは少しだけ顔を歪めていた。見えない力に引っ張られる感覚といえば伝わりやすいのだろうか? 機甲がその歩みを進めると俺たちはその大きなゆれと出発する時の「見えない力」で引っ張られ大きく体勢が崩れる。車中、俺たちは身をかがめながら目的地に無事到着することを祈るほかなかった。ここまで、ブリーフィングはおろか任務の内容すら知らされていない。俺たちはどこへ向かい、なにをするのだろうか。その答えは運転席でタバコを加えながら運転する男のみ知っている。
ドーラカルタ街道。首都ドーランドと国境最大の町カルタを結ぶリゼル最長の街道である。その街道にあるカルタとドーランドのちょうど中間を示す標識の下で機甲は動きを止めた。
「リース、アイゼンバウムの二名はここで降りてもらう。今から任務を説明する。一回で理解しねーと叩き殺すぞ。質問などは受け付けない」
ローラは若干口元が緩み笑っていたように思うし、リースも退屈が凌げるとばかりに鼻を鳴らしていた。
「今から日が落ちるまでにここにリゼル軍属の輸送機甲が通過する。台数は二台、護衛はなし。武装しているのはドライバーのみだ。リース、アイゼンバウム二名はこれを奇襲し殲滅せよ」
さすがに意味が分からなかった。いや、行う事自体は単純明解。だがなぜ「リゼル軍属の輸送機甲」なのだろうか。これではただの反逆者になってもおかしくない。しかも、移動用機甲を生身の人間二名でやらせるというのもすごい話である。気分はさながらテロリスト。
「確認が一点だけあります」
ローラが控えめに言葉を発する。シュバルツはローラを少しだけ睨みつけたがすぐに「言ってみろ」と返す。
「『リゼル軍属の輸送機甲』で間違いないのですね」
シュバルツはローラの目をしっかりと見据え、それから一呼吸置いて低い声で言い切る。
「間違いない。リゼルの機甲だ」
張り詰めた空気が車内を襲う。ローラは「わかりました」とだけ答えるとハシゴを上がりハッチから外へ出た。
「ちょっと、対機甲ランチャーないの? こんな豆鉄砲じゃ落とせないって」
リースは手に持った突撃銃とにらめっこしながら息を落とす。
「壁際にランチャー用の格納棚があるからそこから持っていってくれ。搬入口は今開ける」
そういって、運転席で何かをがちゃがちゃといじくるシュバルツ。やがて一番後ろの壁が大きく開き、青色の空が覗く。いつの間にか日が差していたらしい。これで、暖かかったら文句なしのピクニック日和だ。冷たい風が車内に吹き込んできて、俺とエリッサは少しだけ身を揺らす。リースはランチャーを両手で担ぎ上げ肩に乗せるとそのまま搬入口から外へ出た。シュバルツも運転席から俺とエリッサの横まで来ると外にいるローラとリースに向かって声を投げかる。
「殲滅を完了したら武器は放棄してかまわん。近くの駅まで行って列車にて本部へ帰還せよ」
二人は軽く敬礼する。扉が閉まる前、なぜだが俺とエリッサも釣られて敬礼してしまった。
閉まり行く搬入口を挟んで敬礼しあう四人。俺たちは今この時初めて、運命を共有していくことを実感したのかもしれない。俺らのやらされる事はどうやらとんでもない事らしい。
金属の当たるメカニカルな音が消えると、機甲の中はまた落ちついた静寂を宿した。シュバルツは運転席に戻り、一言「出発するぞ」という声を俺たちにかけるとまた機甲を走らせる。俺とエリッサは体勢を低くして手元にある手すりに捕まることで精一杯だ。たまにエリッサと目が合うと彼女は少し不安そうな顔をしていて、すがるようにこちらを見ていた。
彼女はいつだってそばにいた。もちろん、相当まずい状況の時も同じ目的向かってお互い命を削っていたし、平和な時はある意味夫婦のような過ごし方をしていた。だからこそ、彼女がいればどんな事をやらされようと成し遂げられるような気がしたのだ。ただ、その感情は決して恋とか愛情ではなく、なんと言うかもっと自分の片割れのようなそんな気がする。なにが起こるかわからない不安でお互いが押し潰されそうで、だからこそ彼女の近くにいたかった。俺がエリッサの隣まで行くと、彼女は俺の手を握ってきて顔を少し赤くしていた。冷たい金属の臭いと機械油の臭いが混ざる中で確かに俺は偽りの温もりを手にしていたように思う。
どのくらい時間が経ったか分からない。おそらく結構長い時間だったと思う。ローラとリースは今頃任務を完了させただろうか。機甲が止まる。先ほどまでの騒音はまだ耳に残っていたがそれでも今は静寂の音を聴き取ることが出来ていた。不意に運転席からはシュバルツの声が響き、あたりはその音に支配される。
「カルタの北東に広がる森の中に今はいる」
シュバルツはそれだけ言うとタバコを取り出してそれを加える。ゆっくりとした動作でそれに火をつけてまた喋りだした。
「カルタは、国境最大の街だからな。リゼル軍もかなり多く駐留しているわけだ。ローランド、お前に今から与える任務はカルタにある格納庫と武器庫を破壊してもらうことだ。そして、ここが重要なのだがあくまでも外部から進入されて破壊されたよう工作してほしい。破壊に使ってもらう爆薬は後ろのトランクに入っているから確認してくれ」
俺は軽く頷いてからやや後ろにおいてあったトランクに手を伸ばす。中を開けると少し大きめなバックパックがおいてあって、その中には大きめの皿くらいの長方形の缶が入っている。
「そいつは純粋な爆発物の塊だ。かなりでかい衝撃と熱を与えなけりゃ爆発しないが爆発したらとんでもない事になる。使ったことくらい有るだろうから詳しく説明しないぞ」
工作においては割りと有用なのがこの爆発物である。現在使われている兵器で最大級の爆発を起す割には起爆性が低くて持ち運びが便利。魔銃で撃って引火させるのが一般的な使用方法だ。頭の中で何度か、考えられるパターンをシミュレートしてみる。やはり、この場合は一番スタンダードな方法を用いるのが良いだろう。設置して、どこか遠くから魔銃で狙撃すればいいのだ。準備も要らないし逃亡も楽だ。ジャケットの中にフルフェイスのマスクを入れて置く。あとでおそらく使う事になるだろう。
「了解、達成したらどこに戻りましょう?」
シュバルツは煙を吐き出してから答える。
「俺とストラフィールドはここで待機している。終了したらここに帰還せよ」
深く頷く。もうこの時点で俺たちがなにをやろうとしたのかがはっきりと分かっていたが、分ったからといってどうすることも出来ない。もし、この方法以外の代替案を出せといわれたら俺にはこれ以上いい解決方法は出てこないだろう。だからこそ力強くハッチへと続くはしごを上る。自分のやろうとしている事は幸せな未来へ続く悪路だと信じて。
「クリストファー・ローランド、ただいまより任務に就きます」
上から見下ろす形になってしまったが一応言って敬礼をしておいた。シュバルツは仏頂面で、エリッサは苦笑。ハッチから差し込む光で二人の表情がよくわかった。いい構図だ。
顔をあげるとそこは、薄暗い森の中の開けた広場のような場所で、なんとも気持ちが良い。
木々の合間から光が漏れていて、正面は断崖絶壁になっていてカルタを一望することができた。崖のぎりぎりまで身を乗り出し、カルタを見下ろす。大きな町ではあるが、さすが国境警備大隊が駐留しているだけの事はあって半分以上が軍の基地のようになっている事が見て取れた。覚悟を決めて街へと歩き出す。任務自体はそう難しくはないだろう。木々の合間を縫う風は俺の肩を優しく押してくれていたが、余りの冷たさにジャケットの襟をきつく閉めさせた。
潜入するのにさしたる技術はいらない。要するに正面から入ってしまえばいいのだ。幸いな事に、俺はリゼルの軍人なのである。リゼルの施設を破壊するのにここまで簡単な肩書きはないだろう。外からの犯行に見せかけるという事が、若干面倒くさかったが、やるしかないのだろう。基地の門の前に立ち軽く息を吐く。自分の息が白い煙となって宙へ消えたのを確認すると、門の前に立つ兵へと話しかけた。敬礼をすると、向こうも敬礼を返してくるところが何か面白い。軍というのは非常に滑稽だ。
「クリストファー・ローランド二士だ。国境警備四隊に用があり来たんだが」
「失礼ですが軍人手帳を拝見してもよろしいでしょうか」
胸のポケットから手帳を取り出すとそれを門番に渡す。彼らはそれを何度かめくるとすぐに俺に返す。それから「お疲れ様です」と再度敬礼すると門を開けた。国境警備隊に配属されてはいたものの俺はカルタの基地に入った事がない。配属が決まって直接任務を与えられた村へ出向いたし、それ以前もカルタには来たことがあったが基地に入ったこと自体はなかった。それゆえに、この基地の地理をまったく把握していなかったので、それだけが不安でならない。軍の基地なんてどこも同じような構造なのでそこまで大きな心配はしていない。基地というのは一度はいってしまえば基本的に中は自由に動ける。無論、武器庫や格納庫には魔術のロックがかかっているが、それも軍人手帳さえあれば基本的に入ることが出来る。はいってから昼の鐘が辺りに鳴り響くくらいまで基地内を散策し何とか地理は把握した。中央の広場にある売店で、暖かいお茶を一つ買うと、ベンチに座って一口含む。落ち着いたため息が口から漏れるとそれは、手元のカップから上がる湯気と一緒になってやがて宙に消えて行った。
考えをまとめよう。さて、最初に考えなければいけないのは爆薬をどこに設置するかという事だ。格納庫はもちろん地下にあるので格納庫に設置すると、狙撃することが出来ない。そうなると格納庫のある建物の屋上の壁際とかがいいのだがそうなると今度は爆破した際に地下まで壊滅できるかどうかが問題だ。
起爆用の設置が一つ、壊滅用の設置を一つすれば問題ないだろう。バックパックに入っている爆薬は四つ。格納庫の建物の屋上に一つ、格納庫に一つ。武器庫の屋上に一つ、武器庫に一つ。これで、おそらくうまい具合に友爆してくれるはずである。
プランが出来たならば後は実行するだけだ。
格納庫に向かうまでの間、冷たい風は相変わらず吹いていたけれども、この町の基地はなぜか温かみがあって割りと好きだった。例えば、昼食の時間に広場でボールを蹴りあう兵士がいたり、売店の近くにあるカフェで時間をつぶす事務の女の子や魔法兵の女の子たちがいる。軍が主導している街というのは割りと不景気とは関係ないのかもしれない。
むしろ、不景気だからこそ軍主導の街は景気がいいのだろう。こんな事を考えていると、今から自分のやろうとしている行為に嫌悪感を覚えてしまう。だから俺はそれを「仲間」であると「認識」しない。若干軽くなった足取りで格納庫の入り口へ向かうと案の定歩哨が一名暇そうに立っていたので、フルフェイスのマスクを取り出して付けておく。それからなるべく死角から歩哨に近寄り、彼の首を後ろから締め上げる。きつく、本気で。
彼は声を上げたような気がしたが、真後ろにいる俺にも聞こえないのなら周りに聞こえることもないだろう。彼の腕が力なく垂れ下がるのを確認すると、そいつの所持品をくまなくチェックする。目的の軍人手帳を見つけるとそれを拝借して格納庫のロックを開けた。
それから、彼のでかい図体をすぐには見つからなそうな物陰に隠しておく。ここからは時間勝負だ。彼が発見されるか、目を覚ます前に設置作業を終わらせないといけない。フルフェイスのマスクをとり、誰にも見つからないように細心の注意を払いながら、だだっぴろい格納庫へと入る。温度を一定に保たれた、その大きな部屋に入ると、部屋の温かさもあって何か安心してしまうから不思議だ。中央にある柱。そこには電気系統をいじるコントロールパネルがふたをしておいてあったので、それを開けてバックパックから取り出した爆薬を置いておく。俺がまだ学校にいる時、ちょっとした悪さを調度こんな気分でやっていたなと思い出し、一人で苦笑してしまう。ともかく、その作業を終わらせると、急いで屋上へと通じる階段へと走った。金属製の階段をける音が一つだけ響いていて、そこには俺以外のだれもいないことを暗示していた。屋上へ通じる扉をあけると、また冷たい空気が肌をさして、俺は今確かに危険なことをしている事を感じる。すばやく壁際によって、短剣をとりだした。細い金属でできたフェンスを短剣で小さく切り取り、外側の壁へと爆薬を張り付けながらシュバルツが待機しているだろう場所を確認する。これくらいの距離ならがんばればこの小さな的をあそこから打ち抜けるはずだ。それから、また階段を駆け下りて次は武器庫へ。歩哨がいたので先ほどと同じように眠らせておく。今回は端においてある、なにに使うかよくわからない観葉植物の後ろに爆薬を設置しておいた。
また、階段を駆け上がって屋上へ。また、フェンスを切り取り爆薬を設置する。やらなければいけない事が思考を通さずに実行されていく感覚は、何だがこの作業を自分ではない他の誰かがやっているようなそんな感覚に襲われるので面白い。全てが終わると、また風の冷たい基地を正面玄関に向けて歩く。風が肩を押す。後ろから沢山の人々の笑い声が聞こえて、この基地に確かに生きている人間がいる事を表現していた。ともかく、機甲へ帰って最後の仕事をしなければならない。
「よう、早かったな。もう終わったのか?」
移動機甲に乗り込むとシュバルツは左で髭を扱きながらそう言った。エリッサはまだ動揺を隠せないようで目を泳がせならが俺の様子を伺っている。彼女は、この任務に対していまだに踏ん切りが付いていないのだろう。そういう性格の女だ。
「いえ、これから仕上げですね。長距離射撃用の魔銃かりますね」
運転席と後ろのスペースを繋ぐ仕切りにある扉を開ける。扉側にかかっている一際大きな銃。その横に銃に取り付ける、拳銃くらいの大きさのスコープ。その二つを取り出して、銃にスコープを取り付けると、先ほど決めた覚悟も若干緩んでしまう。エリッサとシュバルツが見つめる中、外にある絶壁に向かって足を進める。本当にぎりぎりのところまで歩いていって、体を伏せると生きている草の臭いがした。最高に平和な匂いだ。許されるならばこのまま寝てしまいたい。
静かにスコープを覗き込む。埠頭から眺める、はるか向こうの海鳥くらいの大きさで先ほど仕掛けた爆薬が視認できた。引き金を引けば。多くの人間が傷つくかもしれない。でも、この任務が終わればきっと傷ついた人間以上に救われる人間もいると信じて――引き金を引く。大きな反動が肩に伝わって、それから鋭い硝煙と炎の臭い。その余韻を感じてすぐに、スコープの中の世界はどす黒い炎に巻き込まれた。スコープから目をはずして視認すると、ミニチュアの基地のほんの一角が激しく燃えているだけだったが、近くで見ているほうは多分たまったものじゃないだろう。自分の中に変な感情が芽生える前に、体勢を武器庫の方へと向ける。また、同じように。出来るだけ自分の中に生まれてくるいろいろな感情を殺しながら引き金を引くと、そこはまた炎に包まれた。認識するのをやめて、俺は機甲へと戻る事にする。機甲に戻った俺をエリッサは少し心配するような表情で見ていた。やはり、俺の些細な心の機微も彼女はお見通しらしい。彼女に付いてはまだ任務が与えられていないらしく、これからなにをやらされるかと、気が気でないようだ。
「よし、ストラフィールド。今から言う言葉を文書に起してダイラオンの諜報本部に送れ、発信元は、ダイラオン王国軍諜報三隊ミカエル・ラスっていう名前でだ。うまく偽れよ。出来ないとは言わせねぇぞ」
シュバルツはエリッサを睨みつける。交信魔法において発進元の確認というのは必須行為だ。それがどこから送られた物かわからない情報など砂ほどの価値もない。それゆえに、文書の内容にも暗号を混ぜて通信する事も有るし、術自体にも文書にはならない発信者の情報というものをもちろん持っている。もしも、交信魔法を使える術者が近くにいたり、交信魔術を使える人間が文書を受け取ったりすればそれがどの発信者から来たものかを特定する事が出来る。もちろん、偽ったとしても受け手の技術のほうが上ならばあっさり見破られるだろう。諜報本部なんてそれこそ情報の扱いに命を掛けているところだ。エリッサの求められていることは非常に難易度が高い。エリッサが返事をしようとした時、シュバルツはその勢いをきるように再度話し始めた。
「それと、文書を送ったらそのミカエルって奴に確認の文書が届くはずだ。それをスティールしろ」
要するに、ミカエルさんの変わりにエリッサが受け取れということである。ミカエルさんに成りすませという依頼とほぼ同じ意味だ。エリッサは少し弱気な顔をしていたが、やがて決意を固めるように深く頷くと「了解しました」と口を開いて、詠唱を開始した。
スカウトとペアを組む通信魔術師は、通信魔術師として、出来損ないの烙印を押されたのと同じだ。通信魔術に秀でていれば、そいつらは間違いなく諜報部隊に行くからである。
諜報部隊は情報が命である。敵をだますこともあれば、こちらを騙す悪意を持って飛んでくる文書を振り分けなければいけない。反対に、スカウトと組む魔術師に求められるのは自害できる潔さと、現場に赴く勇気。そこの適正を見ていると本部は言うが、実際のところ、優秀なものを諜報部隊に引き抜いて残りをスカウトに振り分けているのは明白であったし、本人たちもそう思っている。だから、俺と最初に出会った頃のエリッサもその事をひどく気にしていたと思う。その証拠に、彼女はよくため息をついていたし、仕事をするときも浮かない顔をすることが多かった。今でこそ、吹っ切れてはいるだろうが、彼女にとって諜報部隊との戦いとは彼女自身との戦いでもあるのだ。だからこそ、今シュバルツに与えられたこの任務を彼女はこなさなければならない。
白い手袋をした手を前に突き出し目を閉じる。やがて金色の光がエリッサを包み込み薄暗い車内を照らす。軽く目を閉じて小声で呪文をつぶやく彼女は、流麗の湖面に佇むセイレーンのような印象を受けた。やがてエリッサはその軽く閉じていた目を開くと「お願いします」とシュバルツに向けて言い放った。今度はしゃがれた、低い声が響く。
「リゼル帝国カルタ国境警備本部に異常発生。
格納庫及び武器庫が何者かにより爆破され無力化。定期補給も輸送隊が襲われ不着。カルタ国境警備本部は完全に孤立。」
シュバルツが声に出すとそれがどんどん光の文字で文書化されていく。髭面の中年は目を細めて深く頷くと、金髪のセイレーンも呼応するように深く頷いた。文書が光球に変化し、やがて一本の矢となって車外へ飛び出した。それを見届ける事無く、エリッサはスティールの体勢に入る。白い光に包まれながらエリッサは目を閉じて集中する。小声で詠唱をずっとしていて、もし何も知らない人間がみたらスティールなんかではなく、もっと神々しい事をしているように見えたに違いない。その詠唱はしばらく時間が経っても終わらない。エリッサの顔から徐々に汗が噴出し、詠唱にも、どことなく疲れが混じってくる。シュバルツはもしかしたらスティールに失敗していると思ったのか、目を細めて何かをうかがうように彼女をじっと見つめていた。またしばらく時間が経ち、彼女の息は乱れてひどく喘いでいるように聞こえていたし、足を小刻みに震わせて立っているのも非常にしんどそうだった。俺は声をかけることもなくただ彼女を見つめる。この作業で彼女がぶっ倒れたとしても、それはそれで仕方のないことだ。唐突に、それは集中している時に昼食のベルが鳴る様に起った。彼女は目を大きく開けると腕を大きく振り上げその動作と共に声にならない声を上げた。そこへ引き寄せられるように一本の光の矢がやってきてすぐに光球となって彼女の近くを浮遊した。
「おい、発信元の確認を急げ」
倒れそうになりながらもその光球を引き当てた彼女に向かって中年は冷たく言い放つ。床に膝を着き、汗を地面へたらしている彼女は肩で息をしながら弱く頷いた。荒い呼吸をしながら、その光球に手をかざすと再び詠唱する。口から出る言葉は吐息に混ざった詠唱。どのくらいの時間彼女はその作業を行ったのか、エリッサはシュワルツを睨むように一瞥して「間違いありません」とつぶやいて、その光球に触れた。展開される文書。
(ミカエル・ラス殿
近くお迎えに上がります。着きましては三日後に到着する三人の客人に詳細をお伝え下さい。彼らはあなた以外の人間を怒鳴りつけるでしょうが、余りお気にせずに……
ロバート)
正直、この文章であっているのかとも思ったが隣にいる人間にも見えてしまう文書で送る以上色々と工夫を凝らした結果なのだろう。シュバルツはその文書を読むと満足げに鼻を鳴らした後、少しだけ悲しい表情をしたように思う。要するに、少なくとも三中隊はカルタに攻撃を仕掛けてくる。カルタが攻撃を受けたならばこれから地獄が始まるのは目に見えている。ともかく、今日は疲れた。ドーランドに帰還するまでの間、ひどい揺れと騒音にもかかわらず僕とエリッサは深く眠ってしまった。全て忘れるために眠りたかったのか、疲れの為に寝ていたのか、それは自分でもよくわからない。
ドーランドに到着してハッチから顔を出した時はちょうど本部の正面玄関で、辺りはオレンジ色の光で照らされていた。傾いた日はなぜ時間が経つとオレンジ色になるのだろう。
冷たい風と枯れ草の匂いが香ると、シュバルツは「第一戦略室に集合しておけ」と運転席から一言だけ放っていた。ハッチから体をだして機甲の天井に立つ。続いて出てこようとしたエリッサに手を差し伸べて引っ張りあげると彼女はまぶしそうに目を細めた。オレンジ色を反射する金色の髪はよく実った作物を彷彿とさせる。機甲から降りて、正面にある本部の玄関に向き直ると、鉄の棺桶はゆっくりと歩みを進めていた。
「俺たちは一体どこに向かっているのだろうな」
宙に向かって問いかけると、隣から声が返ってくる。
「分からない、でも、今日やった事はなにか大きな意思を感じたね」
初日と同じように俺たちは第一戦略室と向かって行く。唯一つ違うことは、なにか言い表せぬ十字架を背負ってしまっていることだろう。相変わらず薄暗い戦略室には、ローラとリースが既に戻ってきていて、俺たちが部屋の中に入るとリースは「おかえり」と無邪気に声をかけてきた。こいつはきっと、今日自分のしてきた事がどれほどの行為かを理解しないままやったのかもしれない。
「おう、ただいま。そっちは順調だったかい?」
「うん、まぁ相手も武装してないようなもんだったしね。楽勝楽勝。というか、ローラはすごいんだよ。銃並のスピードで魔術連発してたよ」
リースがそう答えるとローラは少しだけ口元を緩ませてリースの方を見たが、またすぐに目を伏せた。
「そりゃな、優秀な魔術師様だからな」
皮肉を込めてローラを見下ろしながら言い切ると、今度は俺のほうを見つめてきた。
「お褒め頂いて光栄ですわ。優秀なスカウト様も無事任務をこなされたみたいで、ほっとしましたわ。貴方が失敗したらなんと罵ろうと考えていた所ですから」
しばらく、暫く見詰め合う俺とローラに焦ったのか、すぐにエリッサが口を挟む。
「なんにせよ……任務が達成できて、良かった……んだよね?」
エリッサは「よかったね」と言い切りたかったのだろうが任務の内容を思い出しすぐ疑問系に切り替えていた。その質問に、リースはけたけたと笑っていたし、ローラは少しだけ苦い顔をしながらも深く頷いていた。
「国なんてまとまりにそんなに囚われる必要なんかないでしょ。僕たちは毎日を幸せに生きるために多かれ少なかれ他人を不幸にしてる。他国民なら不幸にしてよくて自国民は不幸にしてはいけないなんて道理はないでしょ?」
尤もな事を銀髪の男は言い切った。扉が開く重たい音がして、一人の男がこの部屋に入ってきた。今回の任務の裏を全て知っているであろう、たれ目の中年。
「みんな今日良くやってくれた、今回の任務は無事達成された」
彼はそれだけ言うと、後はなにを言うでもなく部屋の奥へと足を進める。俺たちには知らなければならないことが沢山有る。薄暗い部屋の中に椅子を引く音が木霊すると、やがて全員席に座り一番入り口から遠い席に座るシュバルツに視線を合わせた。
「まず、今回の任務ご苦労。事は全て計画通りに進んでいる」
シュバルツは胸ポケットからタバコの入った箱を取り出すとその中から一本を取り出し、口にくわえて火をつけた。それから、大きく息を吸い込み白い煙を宙に向かって吐き出す。
「各々、気になった事も沢山あっただろうがよく何も聞かずにやってくれた。とりあえず、俺の口から全てを説明するよりも、もう少し待てば全てが分かるだろう」
それっきりシュバルツは口を噤むと静寂の中にゆっくりと時間が流れていった。だれも口を開こうとせず、ただ答えがやってくるのをひたすらに待ち続ける。どのくらい時間が経ったのかよく分からない。ものすごく長い時間待っていたような気もするし、あっという間だったようにも思う。その時が来るまで俺たちは口を開く事無く、ただ時間の流れる音に身を切り取られていた。唐突に、部屋にいた全員に文書が届く。任務のあるもの以外はすぐにホールへ集合するようにとの内容だった。シュバルツは不敵な笑みを浮かべると席を立ち部屋を出て行った。それに続くようにリースも出て行き、エリッサは俺が動こうとしないのでこちらを見ていて、ローラにいたっては特に動こうともせず宙を見上げている。
「エリッサ、先に行っていてくれ」
それだけ言うと、エリッサは不機嫌に口を噤んで「早くきなさいよ」と一言残して部屋から消えた。ローラは俺のほうをゆっくり向いて「何?」と不機嫌そうに呟く。不機嫌というか悲しいというほうが近かったかもしれない。なんというか……彼女が泣いていたように見えたのだ。扉の外は緊急収集がかかったことで忙しく人が行きかい、金属を叩く足音が廊下に木霊する。そんな、忙しい基地のなかで静寂を保つ部屋。俺とローラは今沈黙を共有しているのだ。
「こんな事って有りだと思うか?」
おそらくは、今回の任務の意図を理解しているローラ。彼女は今の文書が来たときも眉一つ動かさなかったし、リゼルの輸送用機甲を襲うときだって確認はしたものの驚いた様子がなかった。リースも同じように驚いてはいなかったが、あいつの場合ただ単に国家という枠組みをそこまで重要視していないだけであろう。もちろん、俺自身ももう意図は理解している。というか、エリッサにやらせた任務をみていれば嫌でも分かるというものだ。
「さぁ? 良いか悪いかなんて分からないわよ。私たちは言われたことを高いレベルでこなせば良いだけでしょ」
「それでも、お前は悩んでいる」
「知ったような口利かないでよ。分かった所で私たちになにが出来るってのよ」
ローラはこちらを向いてきつく睨みつける。助けを求めれば求めるほどに噛み付く女なのかもしれない。
「俺たちに出来ることは、あの絶望的な不景気よりはマシだと自分に言い聞かせることだけなんだろうな」
それだけ言って俺は部屋出る。後ろのほうで椅子を引く音がして、ローラもすぐに俺の後を追いかけてきた。
「たまに、何かが急に怖くなることがあるのよ」
ローラは俺の後ろで小さく呟いた。俺の聞いた彼女本音はこれだったのかもしれない。あわただしく兵士が行き交う通路を二人で歩く。今まで一番二人の距離が縮まった瞬間だったのは間違いない。どうせならもう少し幸せな縮まり方が出来ればより素敵だっただろうな。最も、そんな出会い方俺たちの相性を考えると無理なことは容易に想像が出来た。
ホールには気持ち悪いくらい綺麗に整列した軍人たちがひしめいていた。これだけの人数が集まっているのに話し声一つ聞こえないというのはやはり軍人である。俺たち第二分隊ももちろん整列していて、会の始まりをただ黙って待っていた。やがて、ホールに司会進行であろう人間の声が響く。
「諸君、本日は緊急での召集まことに申し訳ない。ただ今より、イリス総大等よりお話があるので、各人静かに聴くように」
軍を動かす全ての権限を持った男、イリス総大等が公の場に姿を現すこと自体非常に珍しい事であったため、おそらくその場にいた全員小さく息を飲んだに違いない。事実、俺も少しばかり緊張しているの、手に変な汗を掻いてしまっている。程なく、ホールの正面にあるステージに重役用の制服を着こなした白髪の男が姿を現す。彼は、歳に似つかわしくない良く通った声で話を始める。
「本日、緊急での召集、誠に申し訳ない。急いで召集しないといけなかったのはもちろん理由がある。本日、国境警備本部が置かれているカルタの基地が何者かによって襲撃された。また、定期的に物資を輸送していた輸送隊も襲われ、現在基地は無力化している状態である。また、ダイラオン軍も国境付近に武力を集結させつつあり、この時機的な都合のよさから襲撃した犯人をダイラオンと特定し、現在よりダイラオン軍への宣戦布告を行う」
おそらくは戦争を始めるためのきっかけ。今日俺達に与えられた任務というのはそのためであったのだろう。ホールにいる軍人たちは一言も声を上げる事無くイリス総大等の言葉に耳を傾けていたが、ホールの中には兵士たちの動揺が少しずつではあったが見て取れた。
とにかく、それ以後のイリス総大等の話は俺の耳に入らなかった。大事なことはこれからこのホールに集まった人間がどんどん死んでいき、街はおそらく景気を回復するであろうということだけだ。巨大なホールに総大等の声が木霊して、その声に兵士たちは身を揺らしていた。戦争は始まったのだ。血と悲しみが町を包む日はそう遠くない。時間の流れる音は少しずつ辺りを浸食して鉄の壁に当たって、はじけて消えた。




