国境2
町には朝を知らせる鐘が鳴り響き、それが俺の部屋にも入り込んでくる。
日の光は優しく部屋を照らしていたが、寝起きの俺には天使の後光ではなく悪魔の炎のようにしか思えない。光に照らされた布団のにおいを吸い込むと、まだしゃっきりしない頭で考えをめぐらせる。
もっとも、起きたばかりの部屋は恐ろしい程に冷えているので、ただ単に布団から出たくないというのも、もちろん理由の一つだ。
ともかく、この時間が俺にとって大切なものであることは間違いない。
いつもであれば、一階でエリッサの作る朝食の匂いをきっかけに動きだすのだがその日はいつもと勝手が違った。部屋と廊下を繋ぐ扉が三回鈍い音をたてる。それから、よく透き通った幼い声。
「朝だよ? クリスの分もご飯作ったから一緒に食べよ」
どうやらメルの朝は早いらしい。気の抜けた声で一度だけ返事をすると、彼女はそれに満足したのか「まってるからね」と一言返すと気配が消えた。日の光だけが装飾する部屋で、寒さに凍えながら何とかスカウト用の制服である青のジャケットに袖を通すと階段を下りる。一階のテーブルにはホロ芋のスープといくつかのパンが並んでいて、メルとエリッサが二人向かい合わせで座っていた。
「おはよう、今日は早いのね」
エリッサが少しだけきつい目で睨んでくる。
「まぁ、たまにはね」
そっけなく返すと彼女は少しだけ眉間にしわを寄せた。
「みんな揃ったならたべよ? 私お腹へっちゃったよ」
こうして、俺らは三人でテーブルを囲んで食事を取る。今までずっと二人。しかも割りと無言で取る朝食が多かったので、今日みたいな賑やかな食事は本当にどのくらいぶりだろう。エリッサも最初こそツンケンしていたが徐々にその表情も柔らかくなり、食事が終わるくらいには笑顔で話しかける程度に二人の関係はよくなっていた。
このメルティーサと言う少女は人の毒気を抜く天真爛漫さと好感を与える礼儀正しさがあった。室内にさす朝日に混じって窓から一本の光の矢が差し込む。その光の矢はエリッサの前で一つの玉のような形になり、そのまま彼女の前の浮遊していた。
「あ、返事きたな」
自然に言葉にしてしまう。今までならこんな頻繁にある行為に突っ込むことなどなかったかもしれない。
俺たちは会話をやめて、今はただその玉になった光の塊を見つめる。エリッサは俺とメルを交互に見ると軽くうなずいて、その光の塊へと手を伸ばした。風が吹くような音が鳴り、光の塊がまばゆく光る。その光はどんどん大きくなりそのまぶしさに俺は思わず目を細めると、次の瞬間光は納まり、エリッサの前に光の文字でできた文書が展開されていた。
「リゼル帝国国境警備本部より指令」
エリッサがその文書を声に出して読み上げる。メルの目は少しだけ潤んでいて、不安を覚えていたのかもしれない。俺が彼女の横顔を見つめると、それに気付いたメルはすがるような目で俺を見つめてきた。軽くウィンクを返すと彼女はテーブルの下でゆっくりと俺の手を握る。
「リゼル帝国国境警備隊四隊、エリッサ・ストラフィールド殿。本件ダイラオン王国へ通達した、近くダイラオンより兵が行くのでそれまでの間、保護されたし」
エリッサは読み終えると少しだけ鼻を鳴らしてから、メルに向かってウィンクをしていた。
「まーそんなわけで、ダイラオンのお迎えが来るまで俺たちが面倒みる事になったわけだ。
行きたいところがあったら連れて行ってやろう。さすがに列車にのって町の外に出るのは無理だけどな」
そういうと、エリッサは少しだけ驚いた顔したがすぐに「どうなっても知らないわよ」と苦笑いで返していた。何もない町ではあるがずっと駐屯所に詰めていても暇なだけだろう。
なぜ、この少女にここまで熱を上げているのか自分でも分からなかった。
暖炉の火は今日も絶えることなく燃えていたが、窓の外から遠くに見える山は見事な白銀だったのでおそらく今日も凍えるほどに寒いのだろう。
「でも、それがばれたらクリスは怒られるんでしょ。なら私は部屋でおとなしくしておくよ……」
なんとなく、彼女にとって気の使わなくてもいい存在になりたいなと思った。それは例えば、本当の兄妹の様な……。それに、町へ出て見せておきたいものもある。リゼルの不況を一度目の当たりにしないと、彼女はまた無理をしかねない。少女にとっては少しばかりショッキングな光景かもしれないが、見せておかなければならない。
「まあ、見せたいものもあるんだよ。朝食食べたらエリッサに服借りて着がえて来な」
目をきらきらさせながら俺のほうをむくと「うん」と言いながら大きく頷いた。
朝というには遅い時間、昼と言うには早い時間。そんな時間に俺はメルを連れて町へと出て行った。石畳の通りは坂になっていて道の両脇には魔力灯が設置されている。日差しは強かったが空気が余りも冷たいので息をするたびに寒さで咽そうになる。メルはエリッサに借りた、フサフサのファーの付いたマントを羽織って俺の隣を歩く。メルはとても小柄でエリッサは割りと長身。つまり、羽織っているマントは少しだけ地面に引きずる形になってしまうが、それはこの際しょうがない。
「整備された町なのにだれもいないね」
「仕事がないからな、外に出てもどうしようもないんだろ」
「でも、路上に生活する人いないね。私の町では結構いたよ」
彼女はまだリゼルのほうが景気がいいと思ったのかもしれない。次の俺の一言を聞くまでは。
「この辺は寒いからな。家のなくなった奴はみんな死んだか、暖かいところへ移動したよ」
彼女はそれを聞くと俯く。列車の汽笛の音だろうか、遠くのほうで高い音が鳴っていて、それが街の中に木霊する。その音だけが、この町の時間が止まっていない事を証明する唯一の音の様な気がした。
石畳の道を抜けて大きな農園に出る。そこに入ったとたん、すえた臭いと一面を飛び交う虫。この辺の虫は寒くても比較的生き延びることができるので、栄養さえあれば真冬でも虫は飛ぶ。じゃあなぜ農園に虫が飛んでいるのかと言えば、売れなくなった作物がその辺に放置されて腐敗しているからだ。そこに死体が埋まっているんじゃないかと思えるほどの悪臭と荒れ果てた農地。
「ま、これがリゼル現状だ。首都は人が多い分これより酷い。どこもつらいけどさ、いまは我慢のときだよ、メル。これから必ず良い事がある」
「でも、良くなるまで生きていられるか分からないよ。向こうに置いてきたみんなは明日から食べるものがないかもしれない」
彼女は悪臭がきつかったのか、袖を鼻に当てて顔をしかめた。
「どんなに辛い事をしてでもその時まで生きろ。俺たちに残されているのはそれだけだよ」
「どんな事でも……もしも、クリスが私を殺さないと生きて生けなかったとしたらクリスは私を殺す?」
少女は時に恐ろしく残酷な質問をする。
「殺すよ」
冷たい空気に混じって冷たい言葉を投げかける。死ぬということは余りにも罪だ。どんな泥水を飲んだとしても生きていればそのうちいい事もあるだろう。辺りを覆う悪臭が死体の腐敗臭を思い出させて、少しだけ顔をしかめてしまう。彼女は「そう」と寂しげに呟くと、またすぐに笑顔になって話を続けた。
「ここの匂いはひどいね。駐屯所にもどろう?」
背丈に合わないマントを引きずり彼女は冬の町を駆けていく。その少し後をゆっくり追いかける俺は、こんな時がずっと続けばいいのにという気持ちだった。不景気であろうが俺は幸せだ。
そう、俺たちの不幸をある種の人間が背負っている。だから、俺たちやお金のある人間は幸せでいることが出来るに違いない。
来る時は登った坂道を今度は下っていく。なだらかに続く石畳の道は賑わっていれば暖かさを感じるのだろうが、人がいないその場所は辺りを冷やすことしか出来ない。そんな大通りから出ている小道。俗にいう裏道から本当に小さな話し声がした。男が二人と女一人の話し声。どうやら平和な話し合いではないらしい。
「メル、ちょっとよっていく所が出来た。悪いが一緒に来てもらうぞ」
まだ少女というのにふさわしい女の子を一緒に連れて行くのもどうかと思ったが、この際仕方がない。少女の手を引き足早に声のするほうへと移動を開始する。暗い裏通りは、たまに人の気配があった。おそらくは家を失った人間たちが風の当たらないここで眠るのだろう。直に衰弱して死んでいく。そういうものの処理が仕事として成り立っているというのだから驚きである。
先ほど俺の聞いた声の場所までたどり着く。そこには、暖かそうな皮のコートを着た男たちが一人の女を囲んでいる。どうもナンパとかそういう平和的な事でないのがすぐに分かる。なぜならば、二人いる男の片方が彼女に向けて魔銃を向けていたから。それをメルも確認したのか、俺が彼女から手を離すと、彼女は俺の洋服のすそを強く握って震える。
銃を向けられている女は茶色の混じった赤毛で恐ろしく冷たい目をしていた。透き通った青色の目にまだ少しだけ幼さの残る顔。こんな田舎町にはふさわしくないほど凛々しかった。恐らくはどこかの貴族、そんな印象を受けた。
彼女は銃を向けられながらも、それに怯えることなくただ冷たくその男たちを見つめるだけ。彼女が俺に気が付くとその冷たい目がゆっくりと緩んでそれから少しだけ邪悪に笑った。
男たちは先ほどまで目が合っていた女の目が自分たちの後ろを見つめ始めた事に気付いたのだろうか、ゆっくりとこちらを振り返った。
青い帝国スカウト兵の制服にファーの付いたコートの俺。それから身長に合わないコートを羽織った少女。風が耳元を通り過ぎる低い音と頬を刺す冷気。馴染んでいるようでミスマッチだ。
「なんだか物騒だね。国境警備隊だけど、なにやってんの?」
なるべく軽く言い放つ。
銃を所持している以上、彼らを確保して首都送りにしないといけないのだが、生憎そんな人員も金もないのか、こちらでのトラブルの多くは国境警備の人間に任せられている。街道に面していない、国境の小さな町だからといって二人しか派遣されていない時点でおかしな話なのに、その二人に全てを投げているのだから国も相当参っているのだろう。
ともかく、駐屯所の牢も無限じゃない。なんとか適当に治めて帰っていただければ、それで俺の仕事は終わりなのである。
目の前の男たちは、少しだけ怯んだがすぐに強気な顔を見せて口を開いた。
「だからなんだよ。俺たちはこの姉ちゃんに用があるんだよ。見なかった振りして帰ってくれれば騒いだりしないんだけどな」
口を開いた男は、ファーの付いたコートの胸元に手を入れるとゆっくり、見せびらかすように魔銃を取り出して俺に向けた。それから、慣れた手つきで俺の足元に一度だけ発砲すると、冷たい風が支配する石畳の町に乾いた音が響く。メルはその音に驚いたのか、とっさに耳をふさいで身をゆらした。石畳の地面に、小さな火球が埋まると少し焦げた土の匂いが漂う。
どうも、景気が悪くなるとこういう輩が増える。魔銃を威圧的に振り回す男たちはまるで子供が玩具の銃をいじっているような、そんな風に写ってしまう。先ほど俺に向けて発砲してきた男は気持ちの悪い笑みを浮かべて「ほら、帰ったほうがいいんじゃない?」と毒づく。銃を向けられる俺と赤毛の女。例えばこいつらが発砲して、吐き出された弾が頭に当たれば死ぬというのに、どうして俺達はこんなにも冷静でいられるのだろうか。怯えているのは隣にいるまだ幼い少女だけ。刺すような風が吹いて、銃を向けられている赤毛の女の長い髪が揺れる。この女にどんな意図があるのかは知らないがとりあえず、この男たちをどうにかするのが今の俺の仕事だ。
接近格闘術にはリズムがある。軍学校で、格闘術を教えていた講師の台詞だ。そのリズムはメリハリの聞いたリズムではなく、だらしなければだらしないほどいいらしい。曰く「ビシッピッピッではなくダララララタッタンを目指せ」らしい。今でもよく意味はわからない。接近格闘術を使うときは今でもこの講師の言葉を思い出してしまう辺り、割りと印象に残った台詞なのだろう。
そんな事を考えながら目の前にいる男の右手を俺の左手で制す。銃口は下を向いたのでおそらくこれで発砲されても当たらない。当たったとしても致命傷にならないので問題ない。軽く男に向かって笑いかけると同時にブーツのかかとで思い切り相手の足を踏みつける、すると、相手の体はやや前かがみになるのでそれにあわせて右の肘を顎に入れる。相手が脱力したら、つかんでいる右手をひねり上げて銃を奪う。もう何度繰り返したかわからない実践。分かりやすく例えるなら料理をするときに自然に切って鍋に入れる感覚に近いかもしれない。それくらい自然な動作。先ほどまで女に銃を向けていた男が、動揺して俺に銃を向けてくる。距離的には六歩ほど、これだけ距離があるとさすがに接近戦というわけにもいかない。先ほど、男から奪った銃で銃を向けると男の耳元を正確に射撃する。銃が空気を切る音が大音量で聞こえるというのは意外とホラーなのである。やられた事がないとこればっかりは分からないと思うが、本当に戦意を喪失する。訓練を受けた軍人ならばおそらくは大丈夫だが、素人はおそらく全員戦意を失う。その例に漏れず、銃を構えていた男も腰が砕けるように地面にへたり込み表情を強張らせた。念のため近づいて握っている銃を取り上げておく。それから、先ほど顎に見事な肘を決めた男に向かって話をしておく事にした。
「じゃ、ほら、解散してね。そこの男も忘れずに持っていってね」
顎で戦意喪失している男を指すと、話しかけた男はその男に肩をかしてよろよろとその場を去って行った。
さて、もう一つ問題がある。この赤毛の女は何者かというのが一点。それから、なぜ彼らを退ける力を持ちながらこの状況を解決しなかったのかという事がもう一点。おそらく、彼女は軍人、あるいは戦いを職業としているものである。なぜならば、素人にしては落ち着きすぎている。状況を見すぎていたのだ。
「大丈夫?」
「ええ、強いのね」
深いブルーの瞳。上目遣いでこちらを見る様はなんとなくサキュバスの様な妖艶さが有った。薄い唇と整った顔立ち。彼女は美しかったが、なにがそうさせているのか、ぞっとするほど冷たい印象。
「まぁ、それじゃあどこ行くのか知らないけど気をつけてね」
とにかく、この場を去ったほうがいいと本能が告げていたので、それだけ言ってその場を後にしようとした。
「そんなわけにも行かないのよ。だって私はあなたに会いに来たのだもの」
微かに殺気の臭いが漂う。俺一人ならともかく、今はメルがいる。何とか逃げたいものだ。駐屯所に行けばエリッサもいる。会いに来たというならそっちに誘導しよう。
「あ、そうなの? じゃあほら、ここは寒いから付いてきてよ。駐屯所に案内するよ」
メルの手を握って歩き出す。その女が積極的な行動に出ないことを祈って。踵を返し、裾をつかんでいたからか少し暖かくなったメルの手を握り歩く。三歩目を歩みだそうとした瞬間に、それは起った。本当に一言だけ後ろの女が何かをつぶやくと、俺の目の前にある石畳の地面が割れ行く手を塞ぐ様に大木が生い茂る。圧倒的に暗くて重い緑色のコケの生した大木は、その細い裏道をふさぐ様に生えていた。小さな種から巨木になるのには気の遠くなるような歳月が必要だが、その成長に必要な歳月が一気に目の前で流れたような感覚である。ともかく、俺はもう少しこの路地にいなければならないらしい。最高に最低だとしか言いようがない。
「詠唱がどこからも聞こえなかったよ……」
手を繋いでいる少女は驚いたように話しかけてきた。
「一言だけ唱えていたな。俺には聞こえたよ」
短縮詠唱。魔術を使用する際に必要とされる詠唱を短くする、まぁ生まれ持った特性みたいなものだ。魔術というのは、生まれ持った才能がその力を大きく左右するらしい。俺も短縮詠唱をできる人間を何人か知っていたが、たった一言まで短縮できる人間は始めてみた。
メルと繋いでいる手を離して振り返る。黒いシルクで出来たローブを着た女。
「ここじゃないと困るのよ。余り目立ちたくないの」
「いや、俺はここじゃないほうがいいんだ。二人きりになるならもっとロマンティックなほうがいいと思うぜ。君みたいな美人とするなら殺し合いよりデートのほうがいい」
彼女の目を見つめてそんな事を言ってみると、彼女は鼻で笑いながらも少しだけ頬が赤い。冷たい表情の彼女。その人間らしい所をかいま見て少し心がはずむ。
「だ、黙りなさい! いいわよ、そんなふざけた口叩けないようにしてあげるわよ」
彼女はまた一言の呪文の詠唱を唱えると、俺のほうに迷いなく向かってくる、炎の矢を飛ばしてくる、それと同時に地面の下から熱が上がってくる感覚。何も考える事無く、反射的にメルを突き飛ばしてから前に飛び込むように前転すると、先ほどまでいた場所には火柱が上がり、前転するときには炎の矢に頬がかすった。メルは腰をぬかしたのかその場に座り込む。火傷のようなひりひりした痛みが頬を伝わり、やがて生暖かい液体が流れているだろう事が感触的にわかる。
大事なのは彼女が火と大地の魔術を使う魔術師だと分かった事ではない。短縮詠唱と同時詠唱を使える魔術師であるということだ。彼女は、今炎の矢を飛ばす魔術と火柱を上げる魔術を同時に使ってきた。これもたまにいる。二つの魔術を同時に詠唱できる人間。だが、短縮詠唱を使う人間も同時詠唱を使う人間も本当に稀有な存在だ。よもや、この世界にその二つの特性を同時に持ち合わせた人間がいるとは思わなかった。世界中どこを探してもそんな事やってのける人間は彼女だけだろう。生憎、そんな反則的な魔術師と正攻法で戦って勝つ術を俺は知らなかった。そして、残念な事に身を隠す場所も逃げられる退路もない。彼女が息をするたびに口から白い息が出て、やがて宙に消えていく。
おそらく、この女と戦う事が生存できる一番確率の高い方法なのであろう。それだってかなり分が悪い。とりあえず、覚悟を決める。隣でへたり込んでしまった少女に身を隠すように小声で伝えると、メルは後ろの大木へ向けて走り出した。赤毛の女はおそらく逃げるメルを攻撃する事はないと思ってはいたが、念のためすぐに動ける状態にしておいた。
女と目が合う。息を飲む音を聞かれないように、すばやく、自然に腰に巻いたガンホルダーから魔銃を取り出し、その抜いた流れのまま女に向けて二発打つ。それからすぐに距離を詰めるべく前に走り出した。銃の慟哭が辺りを一瞬だけ支配して、それが壁にはね返り何度も木霊した。女は余裕の表情で走る俺を見ると、後ずさりをしながらまた一言二言詠唱する。ローブから出てきた手には片方に火球、もう片方に炎で出来た剣のようなものを握っていた。ともかく、必死に火球をよけながら銃を撃つ、そして距離を縮めるべく石畳を蹴り上げる。さすが、詠唱がないだけあって火球が雨のように降り注いでくる。敵に視認されながら距離を縮める作業というのは何度やってもきついものだ。彼女はジグザグに後ずさりをしながら、一度だけ後ろを振り返るとその小さな首を縦に頷き一瞬火球の連射が止まる。その隙を縫って女に手が届くか届かないかの距離まで近づくと、彼女は少し悪戯な笑顔を浮かべて「よくがんばりました」と言葉を投げかけた。右手に握っている剣が距離を詰められた時用に用意していた事は明白であった。事実、大分距離を詰めた今、その剣が非常に厄介である。一瞬でも隙があればそこに付け込める。
彼女がおそらく間違いなく詠唱を行う地点。そこで距離を詰められなければ終わりだろう。
先ほど火球が止んだときに罠を張ったであろう地点。罠は来ると思えばかわすのは用意である。すばやく銃をしまうと、あたりを包み込む様々な音の中に金具のこすれる音が混じった。
覚悟を決めて、おそらく罠が張られているだろう場所へと足を踏み入れる。彼女の口が少し動くのを確認すると、頭から地面に飛び込むように前へと転がった。大きな岩がその場所から隆起し、勢いよく前に飛び込んだ俺の脚をかすめる。鈍い痛みがくるぶしの辺りに走ったが今はその痛みに身を揺らすことすら許されない。膝を突くような形で女を見上げると、顔を歪めながら俺に剣を突きたてようとする瞬間。
例えば、頭上に何かが落ちてくるのを確認した時、だれもが両腕で頭をかばう。あるいは、熱した鍋を素手で触ったときに咄嗟に手を引く。俺が銃を撃つと言う事は、そんな行為に限りなく近かったのかもしれない。ガンホルダーから銃を抜き出すと同時に彼女の剣を持つ手を正確に打ち抜く。銃を取り出してから射撃まで一秒かかっていない自信がある。
着弾したことを確認すると、その体勢から彼女の足を払い転倒させ、仰向けに倒すと両腕を押さえつけた。長い睫毛の付いた大きな目はきつく俺の事を睨みつけていたし、乱れた服装と髪の毛は激しく転倒したことを物語っていた。
彼女の右手からは延々とどす黒い血が流れ出して石畳にたまった砂埃と混ざって地面をたれていった。
「メル! 聞こえてるか! 今すぐにエリッサを呼んできてくれ」
そう言うと、先ほど赤毛の女が召喚した大木の中で人が動く気配がした。
「逃げたりしないから手を離して。手当てをさせて頂戴」
天地で向かい合わせのまま彼女は言った。あいかわらずきつく睨みつけながら。彼女の右手の血はやっぱり止まることがなく、次から次へとどす黒い血を流して俺の左手も黒い赤に染めていく。気持ち悪い暖かさとすべるような感覚に支配されながら、確かに俺たちはつながりあっていた。
「いやいや、そういう訳にも行かないだろ」
「器の小さい男は、人の言葉を信じられないものよね」
「殺される馬鹿より生きる小物のほうがいいよ、俺は」
今この状態を他人が見たら恋人同士が路上で発情したようにしか見えないだろう。
「第三者が見たら、路上で発情したカップルみたく見えない事も無いな」
つい、思ったことをそのまま言葉にしてしまう。今おれの下できつく睨んでいる彼女は少しだけ顔を赤くして目を反らした。
「だ、誰があんたなんかと……」
あまりに女の子な反応なので、少しだけにやけてしまうのが自分でも分かった。
彼女の下に広がる影が大きくなる。まるで、俺の後ろに誰かが立っているように、そんな感じの影である。いや、もう深く考えるのはよそう。恐る恐る後ろを振り返るとものすごい笑顔のエリッサと涙でぐしゃぐしゃの顔をしたメルが立っていた。おそらくメルが状況をうまく説明できなかったであろう事はスカウトじゃなくてもすぐに予想することが出来たと思う。
「お話は全て詰め所で聞きますね」
それだけ笑顔で言うとエリッサは帝国魔術兵の制服がスカートであることも忘れて思いっきり俺の後頭部蹴り上げた。まさにフルスイングキック。エリッサは俺を襲った女の手を光の輪のような魔術で拘束すると、その後俺の両腕も拘束して詰め所へと歩いていった。赤毛の女の手から垂れる血が妙に痛々しくてメルはその様子をみて更に目を潤ませた。俺たちはいつから血を見ることが普通になったのだろう。いつから人を傷つけても平気になったのだろう。
寒空の下、肌を刺すような冷気は俺の気持ちも少しだけ冷やしたように思う。今はただ、この女がなにをするために俺を襲ったのか調べなければならない。詰め所へ戻って、この女の右手を手当てしている時にエリッサへ全て事情を説明した。彼女は久しぶりに俺に謝ってきたが、やはりどこか不満げだったのは言うまでもない。
涙でくしゃくしゃになったメルを部屋に返すと、エリッサは尋問を始める。直接戦ってしまった俺よりもエリッサのほうが客観的に判断できるだろうということで、彼女に任せた。正直、俺がめんどくさいからというのも理由の一つに無くは無い。
「じゃあ、まず名前から教えてくれるかしら?」
エリッサはリビングにあるテーブルに先ほどの女と向かい合わせに座ると、記録簿をつけながら目を合わせる事無くそう聞いた。
「ローラ・アイゼンバウム」
表情なくそう答えるのはローラ・アイゼンバウム――つまり、先ほど俺と戦っていた赤毛の女である。
「所属は?」
「リゼル帝国特殊機動部隊第二分隊」
それを聞いた俺とエリッサは目を丸くしてしまった。特殊機動部隊一分隊といえばエリート中のエリートで構成された工作部隊である。その功績はかなりなもので、その分隊を率いているリーダーは英雄扱いされていたりする。ただ、第二分体というのが存在すること自体は始めて聞いた。
「ちょっと、それってどういうこと? 同じ国で同じ軍なのに攻撃してきたって事?」
もっともな質問をエリッサが投げかける。ローラは少しだけ鼻で笑うと「そうね」と言葉を続ける。
「そうね、そういう事になるのかしら。ただ、殺したり傷つける気はなかったのよ」
そういうと、彼女は「事故になったらしょうがないとは思ってたけどね」と付け加えていた。彼女は明らかに俺の能力を試そうとしていた。
「お前は明らかに俺を試そうとしていた。戦った事は自体はもうどうでもいいだろ。本題に入ったらどうだ? なにが理由で俺を試すような事をした」
ローラはその可愛らしい顔で俺を睨みつけると甘ったるい声で話し出す。
「口の利き方ってものが分かっていないようね。なんなら、今度は本気でやってもいいのよ?」
「へぇ、あれで精一杯かと思ったぜ」
鼻で笑ってやる。正直こういう女が嫌いだった。自分が有能だと知っていて、無能を許さない。今の世界に優しさが足りないのはこういう一人一人のスタイルが原因だと思う。
「クリス。黙っていて。今は私が尋問しているのよ」
ただならぬものを察したエリッサが割ってはいると、ローラはもう一度俺をきつく睨みつけてからテーブルの正面へと向き直った。
「軍人手帳を見せて頂戴」
「はい、これで信じてもらえるかしら? 今度は偽造とでも言いますか?」
エリッサは手渡された黒の手帳を開き何度かそれを開いて確認すると、またすぐに話し始める。
「いえ、信じるわ、アイゼンバウム術士」
『術士』という敬称は主に階級が同等以下のものに使う呼び方だ。
自慢ではないが、俺とエリッサはそこそこの戦績があるだけに階級も割りと高い。一度昇進するとよほどの事がないと降格しないので助かっている。もしも、降格があるならば俺は今頃新兵と同様の扱いをされていることだろう。ただ、降格がないからこそ、こんな田舎町に飛ばされていると言えるのかもしれない。
「助かるわ、ストラフィールド術師」
要するに、同等であることを強調するために名前を呼んだのだろう。本当にどうも好きになれない女だ。
「そうすると、この町にはいったいどのような御用でいらっしゃったのでしょうか?」
「正式な辞令があなた達には降りてないのだけれど……あなた達二人は第二分隊に内定しているわ」
エリッサは多少驚いたのか丁度飲んでいたサブラブティーで咽ていた。彼女は、こちらの様子を伺う事無く話を続ける。
「まぁあなた達も首を傾げていると思うけど、第二分隊なんてものはまだ無いわ。これから発足するの。私たちはその栄えある創設メンバーって事ね。だったら、自分の命を預ける仲間の力量を知りたくなるのは自然流れでしょ?」
言い切ると彼女は口元を緩めて少しだけ笑った。そのあと俺を試すように見る。
「正直、スカウトに戦闘能力なんてあんまり期待してなかったんだけどね。腕は立つみたいね」
彼女は鼻で笑う。オレンジ色の光が窓から室内に差すと、ローラ・アイゼンバウムの顔を照らした。先ほどまで殺し合いをしていた俺とローラがまた見詰め合う。暖炉の音とサブラブティーの匂いが漂う詰め所のリビング。彼女は最高に綺麗だなと、ふと思ってしまった。性格や物言い、それから生き方全てにおいて許す事が出来なくても、それでも美しいと思ってしまうものなのである。そんな自分に少しだけ苦笑すると、彼女も知ってか、知らずか優しい微笑みを返してくれた。
「俺のお前の評価は最低だけどな。この無能」
優しい雰囲気をぶち壊すように彼女に言い放つ。エリッサはもう一度サブラブティーで咽ていた。いちいちこういう反応が出来る所は本当に愛しい。ただ、ローラを貶したかった訳ではなかったことを付け加えておく。多少憎らしくもあったが、俺がいう無能はほめ言葉である。まぁそんな内情は伝わるはずもなく、ローラの顔からは表情がなくなっていた。
「いいわ、首都にきたら本気で相手してあげるわよ」
そういって、彼女は席を立つ。入り口に掛けてあった黒のローブを羽織ると胸元を閉めてこちらを少しだけ振り返る。
「じゃあ、待ってるわね」
そういって彼女はこの街から消えた。去り行く列車の汽笛はこの町になにを残して行ったのだろうか。それは、ゆっくりと煮込んだホロ芋の煮付けの匂いでもあったし、火球で生きた肉が焦げていく臭いでもあったように思う。
穏やかな時間の流れ方とは一体どういう流れ方だろう。
そんな問いを出されたら、その出題者を今すぐここに連れてきて、「これが穏やかな時間の流れ方だ」と声を大にしていえるだろう。
昼下がりのリビング。テーブルで三人、サブラブティーを啜りながらカードゲームをする。こういう戦略性を問われるカードゲームはエリッサの苦手な所で、俺は割りと得意であった。メルも余りうまくは無かったが負けても拗ねたりしないので扱いやすい。そう、エリッサは弱いくせに負けると怒ったり拗ねたりするので、面倒なのだ。しかも、わざと負けたりしてそれがばれても怒られる。だから、俺とエリッサは二人ではこの手のゲームをしないのが暗黙の了解になっていたのだが、メルがいると話もはずんでなかなか面白い。
「ちょっと、クリス。早く赤の十出しなさいよ。私のカードが減らないのよ」
「いやいや、俺は赤の十なんて持ってないぜ? メルじゃないのか?」
「えー! 私も持ってないよー」
「じゃあ、きっとだれも持ってないんだな」
もちろん、赤の十を持っているのは俺で、今は意図的にとめているのだ。エリッサのほうを向いて悪戯に笑うと、彼女はテーブルの下俺の脚を踏んづける。普段は余り感情的にならないのになぜ、カードゲームをするときはこんなに感情的なのだろう。メルはそんな様子を楽しそうに見つめた後に、少しさびしそうにして答える。
「二人は、なんでそんなに理解しあっているの?」
メルは、俺とエリッサが信頼を超えた絆的なもので結びついている事に気が付いたのだろうか。サブラブティーを口に含むと、甘い香りが口の中に広がる。軽く息をついてから、メルのその問いに答える事にした。
「そうだな、信じるって口で言うのは簡単だけど実践するのは難しいんだよ」
「うん、そう思う」
メルはこちらに相槌を返しながらカードを出した。緑の二。
「要するにそれを実践されて、目の前で見せられたら俺もエリッサを信頼するしかないだろう」
そう言って、エリッサを横目で見ると彼女は恥ずかしそうに宙を見た後、「はやく十きりなさいよ」と少しだけ小声で呟く。
「信頼を実践するって……ってどうやったの?」
メルは純粋に疑問に思っているだろう。
「まぁ、昔話になるんだけどな……」
俺が、エリッサとの馴れ初めを話そうと切り出すと、メルは目をきらきら輝かせて前のめりになった。それから、エリッサは少し恥ずかしそうに目を伏せていたけれども、きっとまんざらでもないのだろう。
手札をテーブルの上に置いて、サブラブティーを啜ってから俺は話し出す。
「リゼルのスカウト部隊ってのはさ通信魔術を使える人とペアになって二人で行動するんだよ。で、俺の相手はエリッサだった」
風が窓を揺らして、優しい空気は室内を暖める。暖められた木は少しだけ懐かしい匂いがするのだ。
「最初は、お互い興味なしって感じでさ、任務のときにしか一緒にいなかったよ。絶対嫌われていると思ってたし」
「ちがうよ、あれは人見知りしていただけなの」
今でこそわかる、エリッサの本心だ。当時それを素直に言ってくれたら仲が深まるのはもう少し早かっただろう。
「でも、その頃からきっとお互いに惹かれあっていたんだと思うよ」
メルは、俺とエリッサが恋仲だと思っているのだろうか。
「まぁ、スカウト隊のルールに危なくなったら自害、仲間は見捨てるっていうのがあるんだけどさ、ある日クリスは言ったのよね」
エリッサは話の主導権を握ると少しいやらしく笑った。
「なになに?」
「『もし、俺たちに何かあっても自害すんなよ。助けてやるから』」
俺の声を真似しているのか少し低い声をだしてエリッサは話す。
正直かなり恥ずかしい。もちろん、彼女はそれをわかってやっているのだろう。その証拠にこちらを向いてニヤニヤ笑っているのだ。
「かっこいー!」
メルも少し笑いながらそんな声を上げる。
「白馬の王子様なんだねークリスは。私にもそんな人がほしいな」
やっぱり何かを勘違いしているメルはそんな事をいいながら少し惚ける。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ。ある任務で、エリッサが敵の罠にかかって捕らえられたんだよ。その時はテロリスト相手だったからこちらの情報を聞き出そうと激しい拷問が予想されるわけだよ。つかまると」
実際に拷問が始まるまでに助けることは出来たが、何度考えてもあの状況で自害しなかったのはすごいと思う。
「手元には楽に死ねる毒薬。先に待ってるのは激しい拷問。この状況で俺の言葉を信じて自害しないってのはさ……すごい事だろ? 俺もそれに答えなきゃって思ったよ」
エリッサは少し目を伏せて、顔を赤くする。それから「絶対助けてくれるって思ってたから怖くはなかったよ」と一言呟いた。なんだか、二人の間に妙な空気が流れてしまって、メルはその雰囲気を察したのかいたずらに笑った後にこう言ったのだ。
「私、部屋に戻ろうか?」
なんともませたガキである。そんな、彼女を懲らしめるために、テーブルの上に伏せてあるカードから赤の十を取り出し、場に出した。エリッサは、まだ少し赤い顔をしていたが俺が十を出した事で次々とカードを出していく。エリッサに向かってウィンクをしてから、おそらくはメルのだしてほしいであろうカードである、青の4を止めるのだ。こうして、優しい時間が流れていくのだ。いつの日か、時間を気にする事無くこんな日々をずっとすごして行きたい。これは本心からそう思っていたし、みんなもそう思っていると信じている。
別れが近づいて本当に悲しかったのはエリッサだったかもしれない。
やはり、寒い朝食の時間。朝から暖炉の火を入れるが、どうもそんなにすぐには暖かくなってくれないらしい。もうほとんど定番になった、サブラブティーとホロ芋のスープ、それからいくつかのパンが並ぶ朝食。三人でわいわい食べる食事ももう結構な日数を迎えようとしていた。ただ一ついつもと違ったことは、そこに会話がなかった事。エリッサはリビングで光の文書を黙読して、少しだけ悲しそうに目を伏せると、ちょうど正面に座っているメルに声をかけた。
「今日のお昼にはダイラオンの警備隊がこの町に来るわ。あなたはその兵士に保護してもらい自分の町へと帰る事になる」
メルは、少し表情を暗くしながらも、強く頷いて答える。
「うん、私帰るね。とりあえず、向こうで出来る事を探してみるよ」
「そうだな、生きてればそのうちいい事もあるさ。幸せになれたらその時は笑顔で再会しようぜ」
俺がそう言うと、彼女の表情も少しだけ色づいたように思う。朝食の時間は音もなく過ぎてゆく。
昼前になると重装備で来た大男二人が詰め所にやってきた。こいつらは、こういう事があるたびにこっち側に来る人間で、国境地帯で睨みを効かせている二国所属とは思えないくらい俺らとは仲良くしてもらっている。
「あんまり、悪い子じゃないんだ。手荒にしないでもらえるか?」
俺がダイラオンの兵士に向かってそういうと、彼らは「俺らはいつでも優しいよ」と大きな口をあけて笑いながら言った。その雰囲気にメルも安心したのか、思ったより落ち着いた表情でそのやり取りを眺めていた。
「じゃあ、またな。ませたがきんちょ」
メルに向かってそういうと彼女は少しだけさびしそうな笑みを浮かべて俺に言葉を返してくる。
「じゃあ、またな。すかした兄さん」
俺の言葉をそっくりそのまま真似て返してきた。
「メル、何かあったら……」
エリッサはきっと「力になるから」と言葉を続けたかったのだと思う。でも、俺らは驚くほどに無力である。その先の言葉をエリッサは紡ぐ事が出来なかったのだろう。
「じゃあ、我々は行きますね。今度はゆっくり酒でも飲みたいもんですね」
そういうと、兵士たちは大きな笑い声を上げて出て行った。メルティーサをつれて。今まで、当たり前だったエリッサと俺だけの空間はなぜか前よりもさびしく感じた。暖炉の音に二人のため息の音が混じる。
国境の町でなぜか沢山の出会いがあった二日間。仕事を探すためにリゼルへ密入国した少女メルティーサ、俺たちを新しい部隊の一員だと言った女ローラ。俺らの向かう先はいったいどこにあるのだろう。
農園で腐った作物はいまだに異臭を放っていたし、路上で眠る人々は今日また一人命を失っていくに違いない。今、俺のたっている場所は氷の張る地獄なのかもしれない。窓の外では音もなく雪が積もっている。