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加藤 恭弥
ピーピー
マスタールーム内に警報音が鳴り響く。ゴッヅガーデンに降り立ってからすでに2カ月が経とうとしている。2日目以降は、ダンジョンの居住空間を充実させたり、ダンジョン内にモンスターを誘いこんだり、ダンジョン内のモンスターを狩って、レベルを上げていた。
おかげで、マスタールームを含む居住空間には1人1部屋の自室、ダンジョン内のモンスターを連れ込んで狩る狩部屋、キッチンを含む食事スペース、野菜を育てる栽培室、その他錬金部屋や鍛冶工房が出来上がった。今では、ダンジョン内に存在するモンスターは10万を超え、防御が更に厚くなったと言えるだろう。まあ、内4万はオーバーディバイドアシッドスライムなんだが……。そして、ダンジョンにはダンジョン外からモンスターや生物が侵入すると警報が鳴る仕組みが存在する。モンスターが頻繁に出入りするこのダンジョン特性上、人間以外は侵入しても警報は鳴らない仕組みになっている。つまり、ダンジョンに初めて人間が侵入したという事だ。
「未来、ゆかり。至急マスタールームまで来てくれ。侵入者だ」
ダンジョン内にいる生物に念話を送る機能だ、相手を選ぶことができ人数無制限、一方通行ではないのだから優れモノだ。ダンジョンマスターはダンジョンの中はすごく便利だからな。
「お兄様、もう既にマスタールームにいます」
「ゆかりもか?」
「あたしもいるよ~」
2人とも早いな。ここで初めてダンジョンの防衛機能が試されるからな。緊張しているのだろう。
マスタールームには、確かに2人ともいた。
「さて、侵入者はどんな奴らだ?」
そういって、マスター権限でクリスタルから壁に向かって侵入者の映像を投影する。
そこには、俺たちと同じくらいの年の少女が一人と、老人が一人、筋骨隆々の青年が一人、そして、少女の付き人であろう幼女が一人の計4人が映っていた。全員、革や毛皮で局部と拳を覆っているが、それ以外は何もつけず、褐色の肌を日の元に(ダンジョン内だから日はないが)晒している。髪と目も全員深緑色で、全員同じ人種だと考えられる。武器の類はナイフと弓矢と言った原始的なものだけで、いかにも蛮族と言った風貌である。
「なんか、未開の地の狩猟民族って感じだね」
「そうですね、毛皮と革で服を作っているってところがなんとも……」
「そうだ、服で思い出したけど、あたしたちも何かさすがに作らないと拙くない?制服洗ってはいるけど汚くなってきたし……」
「そうだな。それと、錬金術や鍛冶も一度も手を付けてないからな」
「えっと……。知識はあっても素材がないっていう状態なんでしたっけ、今」
「未来ちゃん、そうなの。武器も、未だいつぞやブラッドオーガから奪った剣使ってるし」
「まあ、それについては俺も悪いとは思ってる」
そう、ここら辺の地層には一切鉱物の類がなく、鍛冶をしたくても素材がないのだ。それは、錬金術も同じで、ここら辺の森は、魔力で汚染されており、使える植物が1種類もないのである。
「侵入者に方々が持っていていただけるとありがたいんですけどね……」
未来の一言に俺たちは頷く。しかし、継続的に資源を得るには、蛮族と協力関係を築けるといいんだがな。
「それよりも、戦闘に入るぞ。これで、どの程度戦えるかを見ておこう」
侵入者が最初にエンカウントしたモンスターは、ミストスパイダーだ。周囲に霧を噴射してそこに隠れて獲物を待つモンスターだ。また、霧の性質を毒・麻痺・睡眠・悪臭に変えることのできるなかなか厄介な蜘蛛型モンスターだ。狩部屋に連れこんで狩ったときは、悪臭の霧を噴射されて、3日は臭いつづけた強敵である。
「ミストスパイダーですか……。酷い臭いでしたよね、あの時は……」
「そうだね、あたしが戦ってたから一番臭いついちゃってね……」
「それより、戦闘が始まるぞ。ゆかり、すまないが誰が一番強いか観察してくれ。あと、勝てそうなら確実に勝てる手順を考えておいてくれ」
「了解~」
戦闘は、ミストスパイダーが霧を噴射してから始まった。侵入者の4人は、霧がまだ薄いうちに気付き、鼻と口を手で覆う。
「反応が早いな……」
「そうだね。あの、あたしたちと同じくらいの年の娘が一番反応早かったね」
しばらくすると、完全に霧で周囲がおおわれてしまった。映像の方は霧の影響を殆ど受けておらず快適なままだ。しばらくたつと、やはり霧の効果が効いてきたのだろう、一番体の小さな幼女が麻痺状態に陥ってしまった。すると、老人が、幼女に近づき何かの薬品を打ち込んだ。どうやら、麻痺の回復薬のようで、しばらくすると幼女は起き上がり老人に頭を下げている。と、その瞬間を狙って、ミストスパイダーが幼女に襲い掛かる。確かに幼女は頭を下げているし、さっきまでの麻痺がまだ少し残っている。1人捕まえたら離脱だろうしわざわざ老人を狙う理由もないのだろう。
「あっ……!」
未来が咄嗟に目を覆う。やはり見たくないのだろう。
しかし、突如間に割り込んだ筋骨隆々の青年のナイフによって、ミストスパイダーは頭を貫かれ、そして爆発させた。
「おー、爆発したね!」
「ゆかりは、爆発系好きなのか?」
「うーん、まあ、好きなほうかな?液体が飛び散るのとかなかなかね」
「ゆかりさんは、ブレませんね……」
「それで、多分、あの爆発は刀身に魔力を流し込んで火属性にしてるんだと思う」
「ゆかりさんも、そういったスキルをこの前習得していましたね」
「そうそう、属性剣ね」
しかし、魔力を通せるナイフか……。ますますほしくなったな。それに、先ほど老人が使った薬もなかなか、興味深い。
「侵入者と交渉しよう」
その言葉に、2人が驚いた様子でこっちを向く。まあ、そうだろうな。このダンジョンの構造は基本的に殺すことを考えて作られているから、持ち物を奪うと考えていたのだろう。
「奪うんじゃないの?」
「いや、あのナイフや薬は継続的に手に入れたい。それに、いつぞや箱神が言っていた混沌の勢力かもしれない。交渉の余地は十分にある」
「それで、お兄様、どうやって交渉するんでしょうか?ダンジョン内は、モンスターが寄ってくる可能性がありますよね」
そこだ。交渉中にダンジョン内にいるモンスターに襲われてしまっては元も子もない。
「……スライムを使うか……」
「スライムですか?お兄様」
「あぁ。スライムで通路をふさいで、壁を作る」
スライムの壁、攻撃すると強酸が飛び散る仕組みだ、これならそうそう寄ってこないだろう。
「この通路を先に行ったところで中庭がある。そこで交渉をしよう」
その間にも、侵入者たちはどんどんモンスターを倒して中庭に近づいている。
「うーん、あのマッチョのお兄さんつよいね。ほぼ一撃だよ」
「そうですね……。女の子たちがまだ一戦もしてませんよね……。モンスターけしかけてみませんか?」
「そうだな。アシッドスライムけしかけてみるか」
近くにいるスライムに念話を飛ばす。ちょうど、青年がモンスターの一撃を受け止めているところで、少女の死角からスライムを襲い掛からせる。
しかし、少女に取りつこうとしたまさにその時、少女の拳によってスライムはバラバラに打ち砕かれる。
「強いな……」
「そうですね……。ゆかりさんと、同等くらいでしょうか?」
「うーん、攻撃力はあたしの方が勝ってるとおもうんだけど、反応速度はあっちの方が確実に上だね」
その後何度かスライムをけしかけたが悉く、少女の拳に打ち抜かれた。
「よっし、大体わかった。多分、全員相手しても勝てるよ」
「中庭に入ったな……。ゆかりも大丈夫なようだし……。では未来、行ってくる」
「じゃあ、未来ちゃん行ってきます!いくよ、ベイン」
「はい、2人ともお気をつけて」
さて、どんな結果になるか……。俺は、侵入者の居る中庭に転移した。