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エルミア共和国(後編)

大変遅くなりました。後編です。

次は早く上げられるように頑張ります。


ララノアは落ち着いていた。

自由を奪われた時こそ声を出してしまったが、敵の応援が来る可能性に気付き、冷静さを取り戻した。

実際、羽交い絞めにされている状況でまったく暴れようとはしなかった。

だがそれは決して諦めた訳でない。

抜け出す機会を、出し抜く機会を伺っていたのだ。

自身の行動によって親友も危うくなる。

ララノアはそれを把握していたからこそ冷静になれた。


そんな中、状況は僅かな膠着から解放されることになる。

ララノアの口を塞いでいた手が離れ、人差し指を立てた。

それは誰の目にも明らかに、『静かに』と言う意味合いだった。

ララノアは張りつめた意識の中に、突然空白が現れるような感覚を覚えた。

目の前の親友も訳がわからない顔をしている。

それを解決するように、自由になった頭を上げ、後方へ逸らした。

薄暗い室内だが、至近距離、相手が見えてくる。

そこにいたのは、ララノアの予想に反して人族ヒューマンの青年だった。

整った顔立ち、黒曜石を思わせる黒目、それに合わせるように配色された黒髪。地獄の様な空間においてもあせない清涼感を醸し出していた。

美形揃いの長耳族(エルフに見慣れたララノアでさえ、状況を忘れて見呆けてしまう程だった。

青年と目が合う。

ララノアは胸にえも言われぬ興奮を覚えた。

そんな中、青年の潤った唇が開く。


「どうやら、敵ではないみたいだな」


そう言うと青年はララノアの拘束を解き、「敵意はない」と軽く両手を上げて見せた。

自由になったララノアだったが、青年の傍から離れようとはしなかった。

故に、イシュミールからララノアに駆け寄る形になる。

イシュミールはまだ警戒を解いておらず、青年から目を離さなかった。

どころか、青年を睨み付け後ろに下がるように促した。

そうした所で、ララノアに声を掛けた。


「ララ、よかった……ララ?」

「……あ、イシュミール、私は大丈夫です」


ララノアの反応が鈍い。

イシュミールはすぐに『ディティクト』によるステータスの確認をする。

が、特に異常は見当たらない。

だがそれでも不安感がなくなる訳ではない。

そんなイシュミールをよそに、ララノアは抑えきれない好奇心を青年に向けた。


「あの、私は共和国の長耳族族長の娘で、ララノア・インスィール・エルエルフと申します。こちらは親類のイシュミール・アンスィール・エルエルフ。失礼ですがあなた様は?」


丁寧に礼をするララノア。

イシュミールは袖にされたようで少し不満げな心持ちだったが、相手の素性を確認するのであればと口には出さなかった。

対して青年。


「俺は、……まあしがない冒険者かな?」


疑問形。ララノアの礼に対してはいささか不遜と言わざるを得ない。

イシュミールは警戒を強くした。


「それより、その腕は?」


2人の腕を見て問い掛ける青年。

見目麗しい女性の腕がない、それが2人共ともなれば気になって当然かもしれない。

しかしイシュミールからすれば、話題を逸らしたいが為と思えて仕方がなかった。


「貴方、ちゃんと名乗――」

「これは、牢から出る時に仕方なく。こうしなければ出られなかったのです」


問いただそうとしたイシュミールをララノアが静止する。


「っ!? ……なぜ止めるのですか」

「焦らないでイシュミール。誰にでも話し難いことはあるわ。少なくともこの方が私達を連れ去った犯人なら、拘束を解いたりしないはずよ」

「それは……そうかもしれませんが」

「私達、いつの間にかこの建物に連れてこられていたのですが、もしやあなた様も?」

「やっぱりそうか。俺は共和国の宿にいたはずなんだが、気が付いたのはここから5つ程階段を下った所だ」

「まあ。私達は3つ下でした」


和やかに話す2人。まるで麗らかな陽気のお茶会だ。

これも清涼感溢れる青年によるものなのか。だが周囲の惨状が消えてなくなった訳ではない。

異常に異常が重なり、何が正常なのかわからない中、イシュミールは違和感に気付く。


「そうすると、貴方も牢に入れられていたのですか?」

「そうだな」

「……貴方は五体満足で出られたのですね」


そう。青年には外傷が見当たらない。

捕らえられていたのに牢を素通りできたとは考え難い。

現に彼女達は引き換えに片腕を失っているのだ。


「ああ、それ・・を外せなかったから仕方なくと言うことか」


青年は2人の腕、首にある枷を指して述べた。


「俺も同じ枷を嵌められていたが、外したよ」

「なっ!? いったいどうやって!?」

「手をかしてもらえるか」


2人に対し、手を差し伸べる青年。

自分達ではどうすることもできなかった枷を、何の気なしに外せると言う。

そんな言葉をにわかには信じられず、手を取るのに躊躇した。

が、それも一瞬の事。

ララノアを危険に晒せまいと、イシュミールは剣を収め、青年の手を取った。

青年はイシュミールの手首に嵌められた枷を手で覆い一言。


理外の理アウトブレイク


発光。

それが終わると、青年を手を離す。

そこには、何も変わらず枷が残っていた。かに見えた。


「!?」


枷は無数の亀裂が走り、粉々に消え去った。イシュミールが驚くのも無理はない。

信じられない光景に目を疑うが、自身の解放された魔力が他ならない証明であった。

青年の手はイシュミールの首元へ。


発光。


イシュミールは完全に解放される。


「い、いまの技は? 魔術ですか?」

「スキルだよ。インベントリに入れられる様な物なら大抵破壊できる」

「それは、つまり生命体以外ということですか」

「ざっくり言えば」


アイテムの類を破壊するスキルや魔術はそこそこある。

だがほとんどの技は限定的な条件付きで、破壊できる対象もランクBのアイテムがいい所。

イシュミールはアイテムランクこそ確認していなかったが、その効果から枷は最低でもランクAは下らないと判断していた。

事実、青年が破壊した魔道具はランクSのアイテムだった。

それをいとも容易く、青年は屠ったのだ。


「問題は?」

「……え、ええ。問題ありません」

「じゃあ彼女もいいかな」


青年はララノアを見やる。

イシュミールが毒見役を買って出た事を承知していた。

その彼女に確認せずに動くのは野暮というもの。


「……ええ。お願いします」

「それじゃ失礼して」

「あ」


一連の流れを見ていたララノアも、当然驚いていた。

その為ふいに取られた手に、思わず言葉が漏れる。

我を失っていたこと、そして青年に手を取られたこと、声が漏れたこと。

その全てがなにやら恥ずかしくなり、紅潮した。

頭の中がわしゃわしゃと何かにかき乱される。

ララノアにとって初めての体験。

自分ではコントロールできない。


「終わったよ」


青年の掛け声に頭が覚める。

気付けば腕のみならず、首枷も消えていた。


「あ、ありがとうございます」

「まだ早いよ。腕はあるか?」

「あ、ここに」


イシュミールはインベントリから自分の、そしてララノアの腕を取り出す。


「よかった。繋ぎ直すほうが楽でいい」

「回復魔術も使えるのですか?」

「一応ね」

「そ、それなら私が」

「君は疲れているだろう。俺はこう見えて魔力量には自信があるんだ」


青年はララノアの腕を受け取ると、欠けた腕部に宛がう。


【セイクリッドヒール】


最上級回復魔術。

ヴェノムヒールと違い完全再生は叶わないが、ある程度の欠損の再生や部位の繋ぎ直しは可能。

ランクS相当の神官や、ララノアの様に才に恵まれた者しか修得できない難度の高い技だ。


ララノアの左腕が元に戻る。


「ん。次は君だ」


同じようにイシュミールの左腕も。

イシュミールは戻った手を握り、開く。数回。


(さっきのスキル。それに最上級の回復魔術。できすぎている。こんな人族がいるものか?)


この世界での人族の認識というのは、一言で言えば器用貧乏だ。

膂力に秀でている訳でも、魔力に秀でている訳でもない。

もちろん修練を積めばその道を極められる者がいない訳ではないが、やはり生まれ持った種族としてのステータスは大したものではない。


「あの、もしやあなた様は、勇者様ではございませんか?」


ララノアの発した「勇者」と言う単語。

イシュミールにも思い当たる節があった。

近頃新たな勇者が現れ、王都を襲撃した魔王軍幹部を屠った。

そして少し前に帝国に侵攻した魔王軍を壊滅させたと。

共和国の、信頼できるすじからの情報だった。

いずれ共和国にも来るのではと、ララノアと談笑した記憶も新しい。

ありえない話ではない。勇者であれば。

固唾をのむ。


「……よくわかったな。合ってるよ。正解だ」

「本当に……勇者様? ああ、お会いできて光栄です。お噂は共和国にも届いておりました」

「光栄か、そんな大したものじゃないよ」


青年は答えた。勇者だと。

本当になんの偶然なのか。だがありえない話ではない。

窮地の2人にとって、そんなことは正直どうでもいいのだ。

だからイシュミールは跪いた。


「数々のご無礼、お許しください」


手の平を反すようだが、敵ではなく実力もあるとわかった以上、ここを脱出する為に助力を乞うのは当然だった。


「状況が状況だ、気にしなくていい。それよりここを出ることを考えよう」

「そう言って頂けると助かります」

「とりあえずここは空気が悪い。先に進まないか?」

「そうですね。行きましょうイシュミール」


ララノアの声が随分と元気になっている。

絶望的状況において、心の隅で憧れていた勇者という存在が現れる偶然。奇跡。

そこに運命めいたものを感じるのは、年頃の乙女であれば仕方のないことかもしれない。



















ララノアは先陣を切る青年にそそくさと続く。

イシュミールはそんなララノアに続き、後方を警戒していた。

着々と前進する3人。

あれからまたいくつかの階段を上がった。

が、出口はない。


「いけどもいけども階段ばかりだな」

「いったいどれだけ深いのでしょうか」

「さあね。ここのボスにでもあったら聞いてみようか」

「ふふっ、そんなこと言って」


余裕を感じさせる青年の軽口に、思わずほころぶララノア。

イシュミールもその空気にいくらか緊張がほぐれる。


「しかしこれだけ大きな施設なのに、敵がいないのが不気味ですね」

「そうだな。でも俺達が逃げられる様に細工してたんだ。間違いなくいるだろ。正直、敵の1人でも捕まえて案内させた方が安全な気がしてきた」

「そう簡単に行けば苦労しませんよ」


そんな話しをする余裕ができた頃、階段を求めとある部屋に入る。

暗い。かなり広い。

だがあの部屋の様な異臭はない。

それだけで進む足が多少は軽く感じられる。


いくらか進んだところ、3人は今歩んでいる場所が部屋というより、大きな通路だと理解する。

先が見えない。

だが、これまでになかった空間に出口の存在も期待できた。

その時。


「おやお~や。こ~んなところ~でな~にをしてらっしゃ~るので~すか?」


間の抜けた声。

それに合わせ、後方から順に青い炎が通路の燭台に灯る。

炎は3人の上を通り過ぎると、そのまま前方の闇を照らしていく。

その闇に溶けていた声の主。シルエットが顕になった。


宙を漂う仮面のピエロ。


その特徴のあるみてくれは、イシュミールの記憶を手繰るのに十分であった。


「仮面のピエロ……八雷神……魔弾のヘルムート! やはり魔王軍の仕業でしたか!」

「お~! ワ~タクシをご存知で~したか。し~かしいささか情報がふる~いようで~すね~」

「? 何を言っているんですか!?」

「ワ~タクシはもう魔王軍ではな~い言うことで~すよ」


喜怒哀楽。

仮面が回転し、表情が様々に変わる。

小バカにされている様にしか見えない。


「訳のわからないことを!」

「それで、どこにいくつ~もりですか~? お~でかけで~すか?」


どこにいくのかなど決まっている問答にイシュミールは苛立ちを隠せない。

ララノアもその不気味さから眉をひそめていた。


「ちょっとそこまで、通してくれるか」


そんな中、平然と答えたのは勇者の青年だった。


「勝手に素体を持ち出されてはこ~まりますね~」

「言ってるだろ、ちょっとそこまでだ。どけ」

「……お戯れを」


仮面がにこやかに笑う。

両腕を大きく開くと同時に、無数の光球――魔弾――が現出する。

解放されたヘルムートの魔力に、イシュミールは戦慄した。


(な、なんて魔力! これが魔王軍幹部の力ですか!?)


大きな通路を塞いだ魔弾は、格の違いを見せつけるに十分だった。

ララノアも蒼白していた。

彼女は魔術士で、回復術や防衛術に長けている。

が、目の前の無数の魔力の塊を受けきる自信はなかった。


「どうせ死ぬのです。それなら一思いに殺して差し上げましょう」


そう言うと、開いた腕を前方へ流す。

引っ張られるように、魔弾が3人の下へ突進した。


爆ぜる。爆ぜる。爆ぜる。


轟音が響き、大きな震動が辺りを包む。


過剰とも思える爆発の中。


3人はまだ健在だった。

黒髪を逆立たせた青年、その手から発せられた巨大な陣。

その中にいる2人に危害が及ぶべくもなかった。


「すごい……こんな術式みたことない」


自らを守る輝く陣に、ララノアは子供の様な感想を述べた。


「2人共、こいつの相手は俺がする。先に行ってくれ」


爆音の中、青年の背が語る。


「え!? し、しかし!?」

「この騒ぎで他の奴等も集まってくるだろう。少し時間を稼ぐ」

「そんな! 勇者様お1人を置いて行くなんて!」

「もう出口は近いはずだ。俺は大丈夫だから心配するな」

「で、でも!?」

「この爆発が止んだら奴を拘束する。長くは持たないから急いでな」


残ったところで、余計な気を払わせてしまう。

実力差を感じ取ってしまった2人にとって、選択権はないようなものだった。


「ぜったい……ぜったいまた会えますよね」

「すぐ会えるさ」


青年は2人を見ると、優しい笑顔で答えた。

2人はその笑顔に何も言えなくなってしまった。


「そろそろかな……」


最後の魔弾が弾けると共に、陣が消える。

残照の中、青年は正確にヘルムートを捉え、捕らえた。

捕縛系魔術の帯がヘルムートに絡まる。


「オヒョ!?」

「今だ! 行け!」


青年の合図を受け、2人は走り出す。

その場に僅かな滴を残し、2人の影はやがて見えなくなった。


























長い通路を走る。振り返らない。

逡巡は道を譲ってくれた彼に対して申し訳が立たない。

そんな心持ちで、2人はただひたすら出口を目指す。

と、足が止まる。

道の終わり。この巨大な通路に見合った巨大な扉、というより門があった。

出口の予感。自然と2人の気が昂る。

幸いここまでの道のりで追手の姿はない。

イシュミールは再度後方を確認するが、やはり敵の気配はない。

それだけ残ってくれた青年が奮闘しているのだと思えた。

あと少し、扉に駆ける。


「!? 危ない!!」


天井から、大きな物体が落下した。

イシュミールはすんでのところでララノアを抱えて回避。

落下したそれを確認する。

体は人型。鱗のある尾。腕が4本。

それぞれがストームブリンガー――刀身が竜巻の様にうねっている剣――を持っている。

足から首元までの体長は3メートル程。

巨大に見えるのはその上、2つの蛇頭がさらに3~4メートルを稼いでいた。

2人には未知の化け物だ。


「ララ! 後方に下がって援護を!」

「はい!」


だが2人は冷静だった。

先程出会ったヘルムートに比べれば倒せない相手ではない、そう感じたことも良い後押しだったのだろう。

だが第一に。


「あの方の為にも」

「ここで負けられません!」


どこからともなく風が吹いた。

風はイシュミールの宝剣、『アルスール』の刀身を覆う様に渦巻く。

アルスールとは、古いエルフの言葉で『王の風』という意。

奇しくも化け物の持つストームブリンガーと同じ風属性の武器だ。

しかし武器としての、そして使い手の格は。


化け物の剣。そしてイシュミールの剣が交わる。

「ガリガリ」と、凡そ剣の交わる音ではない、まるで命を削り合うかのような異音がした。

すると弾ける様な金属音が響き、化け物の剣は通路の袖に吹き飛んだ。


「どうやら、剣は私に分があるようですね」


自慢げに剣を構えるイシュミール。

化け物は少し後ずさるが、吹き飛ばされたのは1本。まだ得物は3本ある。すぐに体勢を立て直した。

化け物からすれば子供の様な体躯の2人。

蛇頭が威嚇する。一筋縄ではない。


だが2人もランクS相当の実力者。

今の衝突の間に、ララノアは粗方の支援魔術を掛け終わった。

ララノアは支援型の魔術士だが、一部攻撃魔術も使えるハイブリッド。

得意とするのは光魔術。


「光よ、我が敵を貫け。【ホーリージャベリン】!」


光の槍が現出する。

並みの使い手なら2本程度のところを6本だ。

エルフの魔力量の高さが伺える攻撃。

化け物は剣で捌くが、2本が胸と腹に突き刺さる。


「シャー!?」


悲鳴を上げ、硬直する隙をイシュミールが狩る。


「はあ!」


片方の蛇頭が宙を舞った。

中程から失った首が項垂れる。

が、もう一方からは怒りに満ちた眼光がイシュミールに送られていた。

首を切り落とす為に飛んでいたイシュミールの着地に合わせ、硬く、大きな尾を薙いだ。


「ぐっ」


剣で受けるが、そのまま壁に叩き付けられる。

後のないイシュミール目掛け、残った蛇頭が伸びる。

イシュミールは首をガードする為に左腕を上げた。

蛇頭が左腕に喰らい付く。

骨を噛み砕く力はない。が。


(毒か!)


右腕の剣を突き立てようとすると、すぐに蛇頭が引っ込む。


「ララ! キュアを下さい!」


キュアとは、状態異常を回復させる代表的な魔術。

上級のキュアオールであれば、大抵の異常は治せる。


「清浄なる息吹きよ、彼の者に女神の抱擁を。【キュアオール】!」


イシュミールの体から毒気が抜けていく。


「ララ! 後ろです!」


イシュミールはララノアの背後に迫る殺気に気付いた。

魔術発動の隙に合わせ、ララノアの後方から飛び出す影。

切り捨てられた蛇頭だ。


「! 【ウィンドシールド】!」


風障壁。

防御力は知れているが、頭だけなら弾き返すことぐらいはできる。

評価すべきはこれを無詠唱で行ったこと――勇者クラスであれば無詠唱が当たり前ではあるが――だ。

さらにララノアは無詠唱のホーリージャベリンで追撃する。

タメがないので1本だけだが、蛇頭を床に釘付けにするには十分だった。

この状況下、戦士でないララノアがこれだけの動きをする。

イシュミールはその才覚に胸を躍らせた。


「貴女という人は……」


女が男を変えることもあれば、男が女を変えることもある。


「本当に驚かされます!」


化け物の剣撃を躱し、高く跳んだ。

くっきりと残りの首を捉える。


「【ヴァラスールアニマ】!」


剣から解き放たれた風刃。

研ぎ澄まされた一閃。イシュミールに引き寄せられる様に首が舞った。

空中で目が合う。


「終わりです」


大上段から振り落とされた剣に為す術なく、蛇頭が割れた。

イシュミールが着地した後、化け物の巨体が沈んだ。


「やりましたね! やっぱりイシュミールはすごいです!」

「ララのおかげです。怪我はないですか?」

「私は大丈夫。あ、イシュミールは腕が、回復しますね。【ヒール】」


静寂を取り戻す通路。

2人以外の気配はない。

魔力探知をしても反応なし。


「どうやら、他に敵はいないようです。扉の向こうにも」


ララノアが頷くと、イシュミールは扉に力を入れる。

重い音を立てて、人が通れる程の隙間ができた。

相変わらず薄暗いが、通路から入る明かりで部屋だとわかる。


「また部屋?」


見渡しても、次に続く場所がない。


「ここは出口ではなかったのでしょうか」


不安そうな声を出すララノア。


「調べてみましょう。何かあるはずです」

「そうですね」


部屋に入る2人。

大きな扉に合わせ大きな部屋だ。

何か次に続く手懸かりがあると推測、というより願望。

そしてその願いは叶う。


中央に進んだ頃、床が発光する。


「これは、転移術式!?」

「ララ! 手を!」


転移魔術は罠にも使われる。

手を繋ぐのは転移先が複数又はランダムであった場合、転移先がバラけるのを防ぐ為である。

陣の発光が終わると、もうそこに2人の姿はなかった。














視界が明ける。

夕焼けの空。

心地好い風が2人の髪を撫でる。


「外……出られたの?」

「この辺り……見覚えがあります。墓所の近くの筈です」

「墓所? リンリムの?」


リンリムとは、共和国の首都だ。

その外れにある広大な墓所。

その辺りだとイシュミールは述べる。


「ええ、墓所の巡回をしていた時の景色とよく似ています。恐らくあちらの方角に街がある筈です」

「では、私達は、帰ってこれたのですね」

「そうです。よく頑張りました」


まるで悪夢を見ていた様な時間。

訳もわからず、異常に身を置かれた。

その異常からの脱出が叶った。2人の疲労した顔にも安堵の笑みが浮かぶ。

そして抱きしめ合い、互いの無事を確認した。

しかし、胸中には心残りがある。

それはあの異常に残してきてしまった。勇敢な青年のことだ。


「勇者様はご無事でしょうか……」

「……まずは街に降りて、みんなにこの事を報告しましょう。それから救出隊を派遣するんです。転移陣を調べればあの場所に戻れる筈です。大丈夫、きっとあの方ならご無事ですよ」

「それは俺のことかな」


覚えのある声に振り向く。


「や」

「「勇者様!?」」


清涼感溢れる青年。出会った時と同じだった。

血で汚れた2人の格好とは違う。疲弊している様子もない。

そう、出会った時と全く同じ(・・・・)だった。


「勇者様ぁ!」


魔王軍幹部との戦闘。加勢もいたかもしれない。

にも拘わらず、青年は脱出した。

陣の発光がないことから、2人より早く、だ。

そんな違和感に気付いていれば。

いや、気付いたところで、どうしようもない。


青年の胸に飛び込んだ、ララノアが、横に倒れた。

ララノアが駆けるのを見送っていたイシュミール。理解が及ばない。


が、やがて追い付く。

親友の魔力が薄れるのを、青年の手にある、まだ脈打つ肉が、彼女の鼓動だと。

彼女は、殺されたのだと。


「あ、ああ」


アルスールを抜き放つ。


「あああああああああああああ!!」


青年がなぜこんなことしたのか、そんなことはどうでもいい。

理由があろうとなかろうと、イシュミールに聞く耳はない。

ただ、剣を振るうしかないのだから。


袈裟懸けに振り落とされた剣。

棒立ちの青年を斬った。

そのままイシュミールは数歩。

青年の後方へ廻ると、半身だけ振り向いた。

そこには2つの心臓を持つ青年の姿があった。


「ラ、ラ……」


最愛の人の名を呟き。イシュミールは伏した。

















果実でも貪るように、かぶりつく。

僅か数十秒で、2つの肉をペロリと平らげる。

と、青年は満足そうに答えた。


「んー濃い濃い。珍味珍味」



青年。勇者。次回。

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