がんばるおっさん
遅くなりました。
久しぶりにおっさん編に戻ります。
体が重い。
息をするのも億劫だ。
でも目を離さない。感覚を研ぎ澄ます。
迫りくる刃を、静かに、最小限に躱す。
簡単ではない。
メイド服に身を包んだ女性のスカートから伸びるそれは、『蛇腹剣』とか『鞭剣』などと呼ばれる武器だそうだ。
たくさんの刃が連なった剣で、ひどくうねる。それが4本。
イブキさんは腰の辺りで手を重ね、澄ました顔。どうやって操作してるのか。スカートの中が未知すぎて気になる。いや、いやらしい意味で無く。
なんて考えていると、頬を切られた。
剣がうねるので、最小限で躱すと言っても普通の紙一重ではだめなのだ。
うねりの変化すらも予測した動きでなければ、スパっといかれる。
なんとも骨が折れる作業。
加えて、攻撃の中でも殺気が強い時もあればほとんど感じない時もある。
揺さぶられ、反応が鈍る度に生傷が増えた。
これが今の修行。
動き、流れ、殺気の有無。それらを読み取る訓練。
殺気のある攻撃は勇者の経験が反応することもありなんとかなるが、殺気の無い攻撃には反応が鈍い。
タケルヒコ様が言うには、手練れの攻撃には虚実があり、それを見分けられなければいくら回復できてもじり貧。だそうだ。
言われて思い当たることはあった。
アルマゼルさんやタケルヒコ様と戦った時がそうだったからだ。
しかし、体が重いのはその為ではない。
この修行の前に、魔力を8割方放出しているからだ。
私の魔力量はこの世界でもトップクラスらしいのだが、その魔力を使うのに体が慣れていない。
その為、魔力の全力放出はせいぜい10分程度しか持たなかった。
そこで上げられた修業が、全力放出の維持を行うこと。
残り魔力が2割を切るまで全力放出を続ける。ただそれだけ。
それが無茶苦茶堪える。
ここ数日で多少はマシになったけれど、初めてやった時は魔力を残しているのに魔力切れした時のような疲労感を味わった。
いやはや、おっさんには堪えますよまったく。
なんてね。ルミさんやサクヤさんも頑張っているのに、泣き言は言っていられない。
おっさんもがんばるぞい!
ゴッ。
腰部に強い衝撃を受ける。じんわりと震えが体中を駆けていくのがわかる。
踏ん張りが利かず、前のめりに突っ伏した。
「また油断しましたね。刃を向けていたら真っ二つでしたよ」
……。
「相変わらず、殺気のない攻撃には疎いですね。もっと精進して下さい」
……。
「……はぁ。今日はこれくらいにしましょうか。貴方と同じ空気を吸うのもそろそろ限界ですし」
そう言い残し、スタスタ帰っていくイブキさん。
「こ、腰が砕けた……」
私は情けなくその場に取り残された。ちくしょう。
「ただいま戻りましたー……」
ヴェノムヒールで回復をして、なんとか帰ってきた私。
残り少ない魔力がさらに少なくなり、さらなる疲労感に襲われる。
道中シェリルさん直伝の魔力回復薬を口に放り込んでおいたが、そうすぐにはね。
「あ、スズキ様! お帰りなさい!」
出迎えてくれたのは、エントランスのカウンターで何やら帳簿をつけていたカイルくん。
そう。今私たちはキスカの町に来ている。
王都アルデナルからセンタの町と来て、今ここってわけだ。
そしてここに来れば、当然お世話になった宿屋《北の風亭》に顔を出す。
カイルくんのお母さん――カシアさんの経過も気になるしね。この町の滞在に限ってマイハウスはお休みだ。
「だ、大丈夫ですか、顔色が悪いですよ」
「なんとか大丈夫です。ルミさん達は戻っていますか?」
「ルミさんなら食堂にいますよ。サクヤさんはまだ戻ってないですね」
「ありがとうございます」
そう言ってカウンターを後にする。
少し遅めの夕食時。のはずだが、食堂に入るとかなりの賑わいがあった。
いい匂い。疲れを忘れて食欲が沸いてくる。
辺りを見渡すと、テーブルに突っ伏しているピンクのサイドテールを発見した。
「お疲れ様ですルミさん」
ルミさんの顔が向いている側の席に回る。
うん。目が死んでる。口から魂が抜けている感じだ。
ルミさんも相当絞られているらしい。ここのところ修行が終わった後はこんな感じだ。
「おーつーかーれー……」
「大変だったみたいですね」
「ちょーやばい……っておっさんもボロボロじゃん……いつもだけど……ウケル」
「はは、大分慣れましたよ」
「みんな大変ですねー」
「分身の身は気楽でいいですねエーリンさん。修行しても意味ないんでしたっけ?」
「失礼な! 確かにこの体で修行してもあんまり意味ないですけど、ちゃんと本体で頑張ってるんですからね!」
「例えば?」
「ルー○ックキューブで3面揃えられるようになりました!」
「完全に暇つぶしじゃないですか!」
「?」
ルミさんが何かわかってないぞ。というか天界にもルー○ックキューブってあるんだ。
天界ってどんな所なんだろう。……いや、よそう。
「それはそうと、ごはんはまだですか!?」
「あー、サクヤさんが戻ったら食事にしましょうか」
「おっけーおっけー……」
「ハヤク……ハヤク……」
しばらくして、食堂の入り口が開く。
と、イブキさんにお姫様抱っこされて入場する目を回した女の子。サクヤさんだ。
尚、あんなサービスはサクヤさんにしかない。
入口で降ろされると、ヨロヨロとこちらに歩きだす。
イブキさんもそれに続いた。
「お、お待たせしました~」
「お疲れ様ですサクヤさん」
「おっつーサクヤ。うし、ちょっと元気出てきた」
みんなボロボロで食卓を囲むのが、なんだかおかしい(イブキさんを除く)。
修行は辛いが、こういう時間があると思うとがんばれるんだよなあ。
「みなさんお揃いですか?」
メモを持ったカシアさんがやってくる。
「お待たせしてすみません。混んでるのに」
「なにをおっしゃってるんですか~。スズキ様の為なら席なんて年中を空けときますよ。あ、専用シートでも作りましょうか?」
「ははは。大丈夫です」
カシアさん。大病を患っていたカイルくんのお母さん。
今ではこんな冗談も飛ばして元気に働いている。
お店も順調の様で何よりだ。
「何になさいます?」
「もちろん、ガガ焼きを下さい」
「ふふっ。ありがとうございます。えーと、お肉が薄切りと厚切りがありますが」
「そーなんですね。……じゃあ私は薄切りで」
「私もヨシオ様と同じ薄焼きで」
「あたしは厚焼きにしよっかなー」
「イブキさんは……」
「お気遣いなく」
サクヤさんの後ろに控えるイブキさん。
旅に出てから大体一緒にいるが、彼女が食事をしている所を見たことがない。
なにか一線を引かれているのか。単に少食なのかよくわからない。が、恐いので追及しないでおく。
「はーい! ガガ3、厚2ー!」
「あいよー!」
カシアさんの声に答え、厨房の方から野太い声が聞こえる。
ゴングさんも相変わらず。いや、カシアさんのおかげで前より元気になったみたいだ。
うんうん。
「あれ? そういえばエーリンちゃんは?」
「ああ、彼女なら……」
顔でサクヤさんを促す。
私の視線の先に、この店の常連さん達が酒盛りをしている賑やかなテーブルがある。
そのテーブルの真ん中にいるのがアレだ。
「ふもっ! ふもっ! ふもっふ! ゴクゴクゴク……っぷはー! うまい!」
「がはは! いい食いっぷりだなお嬢ちゃん! いったいその体のどこに入ってくんだか!」
「ふふふ。乙女の胃袋はギャラクシーなんですよ」
「? よくわからねえが気に入った! どんどん食え!」
「ふもふも! いただいてまふ!!」
まあ、アレにしてはよく耐えていたよ。
常連さんのガガ焼きを涎がくっつきそうなくらい至近距離で見てはいたが、自分から食べたいとは言わなかった。
結局見かねた常連さんにお裾分けしてもらって今に至る訳だが。
アレがほんとに女神なのか、誰か教えてください。
「我々もご相伴に預かってよろしいですかな?」
そう言って、2人の男女がやってくる。
これでみんな揃ったかな。さて、ごはんにしましょう。
修行メニューはタケルヒコ様考案。




