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ポポリ村のウザフカ(後編)

更新遅くなり申し訳ありません。

インフルと仕事に追われていたおっさんです。

ウザフカ編はこれで終わりです。

次回から本筋。


薄暗い洞窟の奥、人知れず咲く白い花。

仄かに光る花弁は見る者を惹きつける。

金剛花こんごうか

高い魔力を秘め、希少な金属にも匹敵する硬度を持つその花はそう呼ばれていた。

どの様な環境で育つのか、その生態は解明されておらず、栽培はできない。

故にめったに市場にも出回らない、大変貴重な花だ。

そんな花が、ファスの森に自生していたのはまったくの偶然と言える。

そしてそれを傍の村に住む少女が見つけたのもまた偶然。

その洞窟に、そこを住処とし始めた魔獣がいることも……。




メルルは虚ろに目蓋を開ける。

暗い。固い。

微かな思考の中、そんな場所に横たわっていることはわかった。

起き上がろうとする。

が、動かない。


「あ、え、うあ」


声、出ない。

そこで気付く。

僅かな光。メルルが取りに来た花の光だ。

メルルは自分のいる場所が、洞窟の中と言うことはわかった。

だがなぜそこで寝ているのかがわからない。

おぼろげな記憶を辿る。

花を取ってくる為、意気揚々と森に入ったのは覚えている。

特に問題もなく目的の洞窟に辿り着き、花の下までやってきた。

花は色あせることなく、不思議な光を放っていた。

足を休める為、花の前にしゃがみこみ一息付こうとした。

そうだ。その時だ。

確かその時、首筋に痛みが走った。それからの記憶はない。


だが、何かに襲われたと言うことはわかった。

首が動かせないので、目視できるのは洞窟の壁と端に映る金剛花だけ。

他にメルルが得られる情報は音だけだった。

メルルは冷静ではない。ないが、その不安を少しでも和らげるように、自身のおかれた状況を少しでも理解したかった。

耳に意識を傾ける。

近い所からは特別何も聞こえない。

少し離れた所から、ザーザーと響いているのがわかる。

雨音。それなりの量だ。

自分が森に入った時にそれらしい気配はなかった。

つまりこの洞窟に入ってからそれなりの時間が経っている。

お腹の空き具合からして、もう日は落ちているだろうと察した。

ある程度状況がわかると、メルルは少しだけ落ち着けた。

日が落ちて、自分がいないとわかれば、きっと村のみんなが探しに来てくれると希望も湧いた。

きっと大丈夫。大丈夫。

と言い聞かせる。


ビチャ。


雨音以外の音。先程まではなかった音。

ビチャ。

ビチャ。

と、離れた所から近づいて来る。嫌でもわかる。

だがメルルは、音の方を見ることすらできない。

それが余計に恐怖を煽った。

やがて視界に入る。


「っ!?」


大きな体躯。体毛からは水が滴っている。体を震わせると、それがメルルにも掛かった。

が、そんなことを気に留める余裕などない。

声が出ていたなら、間違いなく叫んでいただろう。

そんな、どうしようもない恐怖に襲われていた。


『ポイズンベアー』


ランクCの魔獣。

全長3m。見た目はランクEの『ベアー』とほとんど差がない。

ただこの熊、もちろん普通の熊ではない。

その名の通り毒がある。

得物を切り裂く爪とは別に、前足の甲に麻痺毒を有した針がある。

これは普段隠れている為、『ベアー』と見間違える新米冒険者は多い。

『ベアー』は新米冒険者に取っては格好の獲物だ。

素材がそこそこ金になり、パーティならほとんどリスクなく狩れる。

だから率先して狙いに行く獲物なのだが、たまに紛れている・・・・・・・

するとどうだろう。

油断して刺された者はたちまち動けなくなり、場数を踏んでいない新米冒険者になす術はない。

仲良く巣穴にお持ち帰りだ。

メルルは運悪く、そんな奴の巣穴に自ら踏み込んでしまったのだ。


ポイズンベアーはメルルに背を向けて座り込むと、毛を繕い始めた。

メルルにはそれを眺めることしかできなかった。

しばらく静かに時が流れる。が、このまま終わることはなかった。

毛繕いが終わった頃、ポイズンベアーがのそのそと動き出す。のに合わせて、メルルは大きく震えた。

ポイズンベアーの行先は、当然出入り口ではない。

ゆっくりと近付いてくるその巨体に、メルルは思わず失禁してしまった。

巨体から首が伸びる。メルルは思わず、強く目を瞑った。

クチャっと音がする。

不思議と痛みはない。何が起きたのか、メルルはそっと目を開けると、そこには『ラビ』を咥えたポイズンベアーがいた。

ポイズンベアーはそのままゆっくりと元の位置に戻ると、咀嚼を始めた。

ポイズンベアーは得物を食べる順番にある習性がある。

それは狩りで絶命した物を先に、毒で捕らえた物を後にと大変シンプルなものだ。

ポイズンベアーの麻痺毒は2~3日は持つ。その間得物を生かしておくことで食糧を保存しているのだ。

今回メルルの他に狩りで死んだラビがいた為、メルルは後回しになった。

メルルには何が起きたかわからなかったが、少なくともこの獣の腹が満たされている内は殺されないと直感した。

だがメルルに出来ることは、ただ助けが来るのを祈ることだけだった。




















森に入ったウザフカは考える。

恐らくメルルが森に入ったのは、既に日が傾いていた頃。

そこから日暮れまでに帰ろうとしていたなら、往復できる距離はそこまで長くない。

後は、いったい何が起きたか。

濃厚なのは魔獣に襲われた線だ。

ウルフがいないと言っても、他の魔獣がいる。

ウザフカはこの森に生息する魔獣を把握していた。

その中で人族をどうこうできるのは『ベアー』『エッジラット』『ジャイアントディーア』の3種。

だが『ジャイアントディーア』は、危害を加えなければ人族を襲うようなことはしない。

『エッジラット』もそうだ。自分より大きな生物に対しては逃げの一手。エッジラットの平均的な体長は1m程で、メルルの方が少しばかり大きい。もちろん戦えばエッジラットに軍配が上がるだろうが、本能的にそれはしないと言える。

以上の知識から、今回の件は魔獣、ベアーに襲われた線で考えをまとめた。

次にベアーの知識を引っ張り出す。

ベアーは狩った得物をその場で食べず、巣に持って帰る習性がある。

そしてその巣と言うのは、多くが雨風を凌げる場所。

ほら穴だったり、洞窟だったりするのだ。

匂いを辿るなんて芸当はできないウザフカにとって、少しでも可能性の高い場所を探すしかない。

ウザフカは穴を作り易い山の方を目指し、走りながらも注意深く観察した。

途中、雨が降ってくる。かなりの雨量だ。


「チッ」


なんとも不幸なタイミングだ。

雨で音が掻き消え。他の音が聞こえない。

それに、足跡などの痕跡が消える可能性がある。匂いもそうだ。

一番頼りになる鼻が利かなくなれば、ウルフでもメルルの捜索は難しくなるだろう。

うまくいかない。憤りが積もる。

こんなことになるなら。もっと強く止めていれば。


「クソッ!」


近くの木に八つ当たりをするウザフカ。

何度か木を蹴り、息が切れる。

疲労を感じ、息を整えるように冷静さが戻った頃。気付く。

八つ当たりした木に、鋭利な傷が付いていることに。

もちろんウザフカの蹴りで付いた傷じゃない。

これはベアーが縄張りを主張する為に付ける、マーキングの一種だ。

傷の具合から、まだ最近のものだとわかる。

それはつまり、近くにベアーがいることを示唆している。

もちろんそのベアーがメルルを襲ったのかはわからない。

わからないが、ウザフカの胸は熱くなった。

手頃な木の棒を拾い、生えていた枝を折りながら進む。

やがて、山の麓に洞窟が見えた。

それなりの大きさ。ベアーの住処としてはもってこいの場所だ。

ゆっくりと入口に近づき、地面を見る。

大きな足跡がいくつもある。まだ新しい。ほぼ間違いなくベアーがいる。

他の足跡はよくわからない。確かめるしかない。この穴の中に。

ウザフカは息を整える。冷静に。慎重に。

何を目にしても、戸惑わない覚悟を決め、ゆっくりと足を踏み入れた。


一歩。また一歩。

幸い、雨のおかげで多少の音は聞こえない。

少しカーブしている洞窟内。曲がり角に差しかかる。

顔を覗かせ、先を伺う。


(イル……)


すこし開けた空間。そこに伏せている巨体。ベアーを目視する。

ベアーがいることはほぼわかっていた為、特に動揺はない。

問題は、いるかどうか・・・・・・なのだが、今の位置からではわからない。

だがあまり踏み込みすぎて、ベアーに気付かれてはまずい。

ここにいないのであれば、また次を探さなければいけない。関係のないベアーの相手をする時間などない。

というか、碌な装備もないウザフカがベアーに勝つのは難しいのだ。

見つかればかなり危機的状況に陥る可能性が高い。

巣にベアーがいる以上、これ以上は諦めた方が身の為。

そう思い至り身を翻した時、違和感に気付く。

そう。ベアーのいる空間が、仄かに明るいことに。


(……ナンダ?)


翻す足を止め、もう一度、空間を覗き込む。

じりじりと、先程より多く上体を逸らせた。

すると見えてくる。


(アレハ……花カ?)


白く、やんわりと光る花。

ウザフカの知識にはない花に、興味が湧く。

と同時に。ある推測が浮かぶ。


「すっごく綺麗なお花だよ!」


この花が、まさにそれである可能性は十分にあると。


一歩。


もし、魔獣の巣だと知らずに入ったのなら。


一歩。


ここに。


一歩。


ウザフカの心臓は、大きく脈打っていた。

それはベアーにさとられるかもしれない緊張感からか、少女の亡骸を見つけてしまう恐怖からか。

そんな理由など考える余裕もなく、空間の入口まで辿り着こうという所。



(!)


空間の隅に、靴が見えた。

覚えのある、間違いなく少女の物。

鼓動が早まる。もしかしたら、靴より上がない・・かもしれないと。


その不安は、杞憂に終わる。


少女の寝姿は五体満足そのもので、目元が赤くなっているのを除けばなんら支障はないように見えた。

ウザフカは渋い顔で深呼吸して、胸を落ち着かせる。

無事は確認できた。しかし無傷でいながらこの場所にいると言うことは、傍にいる魔獣がただのベアーではないことを物語っていた。


(『ポイズンベアー』……ヤッカイダナ。イヤ、コノジョウキョウヲカンガエレバ幸運ダッタカモシレンガ)


ウザフカはとりあえずその場に身を屈め、考える。


(ドウスル。コイツヲカカエテニゲルカ? 奴ニキヅカレナケレバモンダイナイ。……ガ、キヅカレレバニゲキレルカワカラン。姉ヲヨブベキカ? ウルフトイッショニ、森ノナカニイルハズダガ。……手段ガナイ。声ヲダシテモ、コノ雨ノナカデキヅイテクレルダロウカ? サイアクムコウハキヅカズ、コイツニハキヅカレテシマウ。カトイッテ、イッタン村ニカエッテモドッテクルアイダ、コイツガ無事ナ保証ハ……ナイ)


装備が整っていれば、寝込みのポイズンベアーを襲って負傷させるぐらいのことはできた。

だが手元にあるのは道中拾った木の棒ぐらいのもの。

魔術の心得のないウザフカができることなど限られている。

戦えば必死。2人仲良く腹に治まるのは目に見えていた。

戦わずに、逃げるにはどうすれば良いか。


(……『ベアー』カ……)


ウザフカは静かに行動に移った。






















打ちつけられる冷たさに、メルルは目を覚ます。

暗いが、すぐに雨が降っているとわかる。そして、自分が誰かに抱えられていることも。

それが誰かは、僅かにわかる輪郭が教えてくれた。


「お、い、ちゃ」


うまく喋れない。が、多少の声は出た。


「シッ」


無愛想な片言。メルルは小さな胸が熱くなるのを感じた。


「た、き」

「舌ヲカムゾ。シャベルナ」


途端、大きく体が揺れるのを感じるメルル。

なんてことはない、ただウザフカがジャンプしただけだ。

それから、ウザフカは足早に歩を進めた。

棒を腰のベルトに下げ、両手にメルルを抱えながら。


ウザフカの取った行動はこうだ。

まず一旦洞窟を出て、森に入る。

少しして、足跡を踏みながら洞窟に戻る。

メルルを抱き、洞窟の外へ出ると、先程付けた足跡の上を歩く。

適当な所で、先程のジャンプ。足跡から外れる。

これはバックトラックと言う、魔獣が敵の追跡から逃れる為に行うことがある行為。

これをする魔獣の中には、ベアーも含まれる。

ウザフカはベアーの知識を手繰り、この行為を思い出した。

身1つでできること。それでも、少しでも有利に働く様、ウザフカは考えたのだ。

運良く、洞窟内で気付かれることなくメルルを運び出せた。

これは雨が降っていたおかげかもしれない。

後はバックトラックを使い、足跡を辿れないようにする。

そうして、ウザフカは村へ向かった。

ここまではうまくいった。だがまだ安心はできない。

ポイズンベアーが追ってくる可能性はもちろんある。

例え足跡が途切れていても、村に向かうということぐらいはわかるだろう。

視界の悪さと、メルルを抱えていることで走ることは難しい。

頑張っても早歩き程度が限界だ。

足が速いのはあちらの方。諦めてくれなければ、追いつかれる。

追いつかれなければそれでいい。ウザフカはただ歩を進めた。


――しばらくした頃。

ウザフカ達は洞窟から村まであと半分という所にいた。

雨も大分弱まり、少しだけ見通しがよくなってきた。

ルメールの指示通り、まだ村人達が森を探索しているのならもうじき出くわす筈。

そんな時だ。


「!」


ウザフカは違和感を感じる。

地面に手を当てると、それは確信に変わった。

感覚に優れたウワフカが感じたのは、僅かな地響き。

何かが近づいてくるのがわかる。

『何か』、なんてのは決まっている。


「……アトスコシナンダガナ」


ウザフカは辺りを見回す。

と、手頃の木のうろを見つけ、そこへメルルを押し込んだ。


「あ」


不安気な視線を送るメルル。ウザフカはこう答えた。


「ダイジョウブダ。チャントムカエニクル」


自分が・・・とは言わなかった。

メルルの目に、雨ではないであろう粒が膨らんだ。

その視線を遮る様に、メルルの頭を一撫でした。


「マッテロ」


メルルから発せられる、声にならない声に振り返ることなく、ウザフカはその場を離れた。

来た道を戻るウザフカ。


(……バカカオレハ)


腰の棒を抜き、歩き続ける。


(アンナ、人族ノガキノタメニ)


ウザフカが向かう先、それは食糧(えさ)になるということだ。

ウザフカを仕留めれば、ポイズンベアーは満足し洞窟へ帰るだろう。

そうすれば、いずれ村人がメルルを見つけ、助かる。


(……オレガイナクナッテモ、ベツニ)


地響きが強くなり、止まる。

と、ウザフカの目の前には、魔獣の姿があった。

魔獣は目には、明らかにウザフカに対する敵意が見て取れた。

それは獲物を横取りされた憤怒からくるものだろう。

我慢しきれないように、佇むウザフカに襲い掛かる。


「ナンテ」


ウザフカも揺れた。


「ラシクナイヨナァアア!」


ステップで牙を交わし、棒で殴りつけすかさず距離を取る。

殴打されたポイズンベアーは、特に悲鳴も上げずウザフカに向き直る。


「ヤハリキカンカ」


「コンナ棒キレデハナ」と、軽く棒を振って見せる。

だが、今の攻撃でポイズンベアーはウザフカを警戒し始めた。

先程の様に勢いで襲い掛かろうとはしない。ウザフカにとっては厄介な状況。

ステータスで劣るウザフカが、隙をつけないと言うのはかなり厳しい。


「ドウシタ。ドンドンキタラドウダ」


笑い混じりの挑発。当然通じる筈もなく、じりじりと近づいてくる。


(クミフセラレタラオワル。ネラウナラ……)


前進するポイズンベアー。

前足を振り、鋭い爪を薙ぐ。

ウザフカは後ろに下がり、初撃を躱す。

が、続く次の手が胸をかすめ、血が滴る。


「グッ」


(ウシロハダメダ! ヨコダ!)


強い圧につい下がりそうになるのを堪え、側面に回り続ける。

それでも避けきれない攻撃に、生傷が増える。

じわじわと体力が削られていくウザフカを見て、ポイスンベアーは笑うように舌を舐めずった。

余裕を感じたことからか、文字通り脇の甘い攻撃を繰り出した。


「調子ニノルナ!」


脇をすり抜ける。

ポイズンベアーがウザフカに向き直ろうとした瞬間。

ウザフカはすり抜け様に握り込んだ泥を顔面に放った。

鼻の先から泥を被るポイズンベアー。

目にもいくらかの泥が入り込み、振り払うように頭を振る。


(ココダ!)


その機会を逃さず、顔面に向けて突きを繰り出す。

狙ったのは右目。

決して的は大きくないが、ウザフカは性格に突いた。


「ガワア!?」


棒の先端で何かが潰れる感触を感じたウザフカ。


(ヨシ! 一旦キョリヲ)


痛恨の一撃を見舞い。下がろうとしたウザフカの足を泥濘が掴んだ。


(シマッ!?)


体勢を崩し、つい尻餅をついてしまう。

その瞬間を、ポイズンベアーは片目で捉えていた。

本能でチャンスを感じ取ったポイズンベアーは、すかさずウザフカに突進する。

と、ウザフカが立ち直るより早く、前足で押して覆いかぶさった。


「オオオオオオオオオ!」


地に左肩を抑えつけられるウザフカ。

右に持っていた棒で頭部を殴打するが、通用しない。

ポイズンベアーの頭部が首筋目掛けて下がる。

なんとか身を捩り、的を肩に移した。

肉厚の肩に牙が突き刺さる。


「ガアアアアアアア!?」


喰い千切ろうと首を振るポイズンベアー。

その度にどうしようもなく声が漏れた。

やがて千切るのを諦めたポイズンベアーは、口を一旦離す。

少なからずウザフカを警戒するポイズンベアーは、毒を使おうとはしない。

再度首筋に牙を伸ばした。


(ココマデカ)


最期を悟り、そっと目を閉じたウザフカ。

脳裏に、少女が過ぎる。


(……マア、ワルクハナイ……カ)


















「ウルちゃんお願い!」


覚えのある声に閉じていた瞼を開くウザフカ。

と、銀色のウルフが体当たりをぶちかましたシーンだった。

当然の様にその場から退けられるポイズンベアー。

ウルフに跨っていた女がウザフカにすり寄る。


「大丈夫ですか!?」

「オマエ……」

「声が聞こえたので急いできたんです! ああ……こんなに血が」

「オレヨリ、妹ヲムカエニイッテヤレ、ムコウノ木ニ……」


そう告げた所で、ウザフカの意識は途絶えた。


























ウザフカが目を開けると、見慣れた天井があった。

肩の痛みに目をやると、しっかりと包帯が巻いてある。

痛いが動く、指先の感覚もあることを確認できた。

そして傍らには寝息を立てる見知った少女の姿があった。


(モドッテコレタ……カ)


ウザフカは大きく鼻息を漏らす。

ウザフカにあれからの記憶はない。

自らの家に居ることから、自分が助けられたことは容易にわかる。

少女まで家に居る事を除けば。

と考えていると、玄関の扉が開いた。

そこから水瓶を抱えた女が入ってくる。

ルメールだ。

確認すると同時に、ウザフカは上体を起こした。


「あ! 気付かれたんですね!」


ルメールは瓶を置くとそこから1杯の水を汲み、ベッドまで駆け寄った。


「大丈夫ですか? なにか異常ありません?」


コップを差し出し。ウザフカに問うルメール。

受け取り、答えるウザフカ。


「アア……ダイジョウブダ。……アノ魔獣ハドウナッタ?」

「ウルちゃんがやっつけてくれました」

「ソウカ、タスカッタ。アンタノオカゲダ」

「そんな、お礼を言うのはこっちの方です。メルルのために、探しに出てくれたんですよね」

「ソレハ……コイツガ森ハイッタノハオレノセイダカラナ」

「メルルから聞きました。貴方に花を見せる為に森に入ったと。でもそれはこの子が悪いんです」

「イヤ、オレガツヨクトメテイレバコンナコトニハ。……ユルシナク家ヲデテスマナカッタ。罰ハウケル」

「罰なんてある訳ないじゃないですか。貴方がいなければ、この子は帰って来られなかったかもしれません……本当にありがとうございました」


深々と頭を下げるルメール。ウザフカは面食らった。

今回の件、「ウザフカがメルルに悪い影響を与え、メルルの命を危険に晒した」などと言われれば、ウザフカは反論できる立場にない。

それはウザフカを疎ましく思っている者からすれば恰好の材料となる。

敵対している国の兵士であり、種族の違いからうまく交流もできていなかったウザフカからすれば、当然そんな声が上がるだろうと思っていたのだ。

悪ければ死罪。良くても村からは追放されるだろうと。

なので、つい疑ってしまう。


「マテ、ホントウニナニモナイノカ」

「? ……あ、お礼は何をすればいいですか? できる限りのことはしますので!」

「イヤソウジャナクテダナ」

「んぁ……おじちゃん?」

「ム」


「おじちゃあああああん!!」

「ウオオ!?」


目覚めたメルルが、ウザフカに飛び付いた。傷が痛み、苦い顔をするウザフカ。

コップの水が零れそうになったので、近くの台に置く。

顔色を見てメルルを止めようとするルメールだったが、平静に返ったウザウカの手にやんわりと止められた。


「おじちゃんっ、メルのっ、メルのせいで!」


泣きじゃくるメルル。

涙がウザフカに染みる。


「キニスルナ……トハイエンナ。モウアンナコトハシナイト約束デキルカ?」

「う゛んっ、やくぞぐじゅるっ」

「ナラ、ソレデイイ」

「うわああああん! ごめんなざあああい!」


メルルの号泣はしばらく続いた。

その内にルメールは席を外し、戻ってきたのは別の人物。


「メルル、村まで響いとるよ」

「うぇっ」


玄関扉を少し開け、話しかける男。

村長のマモンだ。

マモンの姿を見て泣き止むメルル。


「入ってもよろしいかな?」

「アア……」


ウザフカの了承を得ると、ベッドの傍まで近付くマモン。


「ルメールが貴方が目を覚ましたと言うので、お見舞いに。具合はどうでしょうか?」

「モンダイナイ」

「それはよかった。これは森で取れた果物です。どうぞ食べて下さい」

「イイノカ?」

「ええ、もちろん」

「イヤ、オレノ処罰ニツイテダ」

「ああ。私達は貴方を罰するつもりはありませんよ。これは村人みんなで話し合った結果です」

「ナゼナンダ。キカセテクレ」


マモンは付近の台に見舞いの品を置き、「座っても?」と問う。

「アア」とウザフカは了承する。

マモンは椅子に腰掛けると、再び口を開いた。


「私達は貴方を知らなかった。臆病で知ろうとしなかった。勇者様の言っていた言葉の意味が、今回の件でよくわかりました。貴方はやさしい人だ。メルルが貴方を慕うのも今ならわかる気がします」

「……」

「案外勇者様は、貴方の本質まで見抜かれてこの村に留めるようにしたのかもしれませんな」


笑顔を見せるマモン。

ウザフカは勇者の事を思い出す。

勇者とした会話など一晩の内の僅かな時に過ぎない。

そんな短い間に自分の事がわかったなどとは思えない。

が、この村で過ごす時間は、ウザフカの人生の中で最も穏やかな時間だったと言える。

喧騒も飢えもなく。好きな本を読んで過ごす。

うるさいガキがいるが……。


「ウザフカさんさえよければ、これからは畑仕事なんかをお手伝い頂けませんか? もちろん傷がよくなってからで」

「オレガ村ニハイッテヘイキナノカ?」

「最初は慣れない者もいるでしょうが……皆で理解しようと決めましたので」

「……感謝スル」


ウザフカの下げた頭。

マモンはそれを確認するようににこやかに頷いた。


「……では私はそろそろ。メルルもおいで、あまり長居しては傷に障る」

「……うん、わかった……」


ウザフカから離れ、マモンに着いていくメルル。

不満気ではあったが、すぐに言うことを聞いた。

ただ、玄関を後にする前に振り返る。

物言いたげな表情だったが、何も言わず、ウザフカを見るだけだった。

ウザフカは鼻息を漏らす。


「マタコイ」





















「ねえねえおじちゃん!」

「ナンダ」

「何してるの!? お絵描き?」

「ン、コレハナ、マア、レンシュウダ」

「練習?」

「オレモ、本ヲツクッテミヨウトオモッテナ」

「えー!? 作るー!?」

「ウルサイゾ」

「おじちゃん作れるの!? なんで? なんで作るの?」

「ナンデッテ……ベツニイイダロ」

「えー!? 教えてよ!」

「アーウルサイ」

「むー……。じゃあ名前! 本の名前だけでもおせーて?」

「イヤ、マダカンガエテナイガ」

「ないんかーい!」

「……フハッ、ソウダナ……」










「『笑ったレッドオーク』、ナンテノハドウダ?」



ウザフカ。豚牙族初の絵本作家に。

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