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まだまだなおっさん。


口から洗面器1杯分くらいの血を吐いた。

ぐふ。背中が幸せだけど、苦しい。


この世界に来てルミさんやサクヤさんの様な美少女、美女の方々とお近づきになり、多少なりとも耐性がついたと思っていたのだが。

まだ触れ合う行為ダイレクトアタックには体がついていかない。

しかし驚いた。シェリルさんのまったく気配を感じなかったのだから。

傍にいたルミさん達も気付かなかったのだから、それはすごいことだ。

いったいどうやって近づいたのだろう。


「あのさ、いつまでそうしてるつもり?」


冷ややかな声。

幸せな筈の背筋に悪寒が走る。


「ん~だめなのん?」

「いやだめでしょ。おっさん血ぃ吐いてるし」

「でもおじ様もまんざらでもないよね、よね?」

「おっさん?」

「え、あ、いや、その」


やばい、めっちゃ怒ってる?

そりゃいい歳したおっさんがデレデレ(吐血)してたらかっこ悪いかもしれないけど。

仕方ないじゃない、おっさんだもの。


「すみませんシェリルさん。命の危険を感じるので、離れて頂いていいですか?」

「え~、どうしよっかな~。かな~?」

「離れて、早く」

「ひゃーこわーい! はいはい、わかりましたよ~っと」


ハグをやめると、手の隠れた長い袖をフリフリとわかりやすく揺らした。

私はハンカチで口元を拭いつつ、シェリルさんに話した。


「お久しぶり……と言う程でもないのでしょうが、お元気そうですね」

「うん! シェリちゃんはいつも元気いっぱいだよ~。おじ様にまた会えて嬉しいよシェリちゃんは!」

「それはありがとうございます。私も嬉しいですよ。しかしなぜ私がここにいると? 触れられるまでまったく気づきませんでした」


私の言葉に、ルミさん達も同意の視線を向けた。

すると、シェリルさんは不適な笑みを浮かべた。


「ふぇっふぇっふぇ。それはねー……」

「それは?」

「……な・い・しょ!」


ペロっと舌を出すシェリルさん。

私は可愛いと思うが、ルミさんは少し怪訝そうな顔をした。


「そんなことより、おじ様達はなにしに戻ってきたのかな? かな? もしかしてシェリちゃんにプロポーズとか? きゃーうれぴー!!」

「「ぷろっ!?」」


相変わらず人をからかうのがお好きな様だ。

だが、冗談だとわかっていても嬉しいと言われれば悪い気はしない。おっさんって単純よね。

――なんて思っていたのだが。


「ヨ、ヨシオしゃま! ぷろぽーずってどういうことでしゅか!?」

「サササササクヤおち、おちついて、そんなことない、ないから、ぜったい、ぜったい、たぶん?」

「プークスクス! ヨシオさんも隅に置けませんねえ~?」

「……プッ」


お二方が真に受けていらっしゃる。

シェリルさんが恐い様でルミさんの胸元に隠れている豚、そのくせして態度がでかいのがむかつく。

そしてイブキさんにまた笑われた気がする。

段々わかってきたけど、この人タケルヒコ様がいないと態度が違うぞ。

にこやかな笑顔なんてアジトを出てからお目に掛かっていない。

笑っても冷笑の類、恐いです。

とりあえず、フォローしなければ。


「落ち着いて下さい、冗談ですよ、冗談」

「じょう……だん? そ、そうでしゅよね! いきなり結婚なんて、ね? ルミさん」

「あ、当たり前じゃん。もう、そんなに焦らないでよサクヤ☆」

「えへへ、ごめんなさい~」

「シェリちゃんは結婚してもいいんだけどね?」

「「え?」」


ひえ。2人の目から光が消える。


「ちょ、シェリルさん!?」


ダッシュでシェリルさんを小脇に抱えて、2人に背を向けた。


(そういう冗談はやめて下さいよ! あの2人、特にルミさんは見た目に反してピュアピュアのピュアなんですから!)

(にゃはは~、そうみたいだね~。反応がおもしろいこと)

(気持ちはわかりますが、控えて下さい!)

(ん~、じゃあチューしてくれたらいいよ? よ?)

(ファ!? な、なにを言ってるんですかあなたは!?)

(ほっぺでもいいよ?)

(そういう問題じゃなくて!)

(だって~、シェリちゃんおじ様が気になるのは本当だし~、あんまり会えなかった分アピールしないと~、シェリちゃんのこと忘れちゃうでしょ? でしょ?)

(忘れません! 忘れられません! 十分濃いですから!)

(濃い、とかそういう印象で覚えて欲しい訳じゃないんだけど、ま、いっか~)


くそ、若い娘さんの考えることは本当に未知すぎて困る。

おっさんの思考回路とは全く別の路線を走っている。理解しがたい。


「おっさん? 何してるの?」

「え、あ、いやー! なんでもないですよ! ね、シェリルさん?」


ルミさん達の意識が彼方から戻ってきた様で、こそこそしているのがバレた。

向き直り、誤魔化す。

後はシェリルさんが穏便に済ませてくれれば収まるだろう。

「頼みますよ」と、目配せした。

それに、満面の笑みで応えるシェリルさん。


「そうそう! 別になんでもないよ! にゃはは~!」


思いは通じた。

ルミさん達にもホッとしたのが見て取れる。よかったよかった。


「ん? おじ様、ちょっとちょっと」

「はい?」


シェリルさんが、長い袖を揺らして手招きしてきた。

ので、私は耳を寄せるように体を傾けた。

その時の私は、笑顔の下に隠された小悪魔の笑みに気付いていなかった。


「どうしました?」

「あ・の・ね~?」


近いな。と思った。

そこで身を引くべきだったんだ。


「んちゅ~っ」

「!?」


頬に触れる柔らかな感触。


感触。感触。


時間が止まり、視界がモノクロになる。


世界が凍った様に静寂に包まれ。何も聞こえない。


いや、1つだけ聞こえる。


ドクン、ドクンと、確かに脈打っている。


それは段々と、大きく、大きく、大きくなり、やがて。



「ぐぐう!?」



私は、胸に手刀を突き刺し、握りつぶした。

「ひゃあ!?」っと、シェリルさんが離れたのがわかった。

それに合わせて、熱が冷めていく。

危機は脱した。手を引き抜きつつ、回復する。

傷は消え、後にはいくらか切り裂かれたスーツだけ残った。


あぶ、あぶぶ、あぶなーい!!


何かが、何かが爆発するところだった。

抑えきれない衝動なのか、魔力の暴走なのか、まったくわかったものではないが。

とにかくやばいことが起きると確信した。故に心臓を止めたのだ。

我ながらこじらせすぎだろと思うが、私には歴代勇者の力が眠っているのだ。

決して大袈裟な対処法ではなかったと思う。

自分を褒めてあげたいくらいだ。褒められたことではないが。


「お、おっさん!? 大丈夫!?」

「もう大丈夫です。危機は去りました」

「いや、思いっきり胸刺してたよね」

「ええ、危ないところでした」

「シャツ、じんわり赤くなってるけど」

「危ないところでした」

「じゃなくて!」

「で、ですがあのままでは皆さんに危険があるかと思いまして――」

「だから――あーもう知らない! いこサクヤ!」

「あ、ま、待ってください~!」

「ヨシオさ~ん、お達者で~」

「……プッ。……失礼致します」

「え、あの、ちょ、ちょっとー……」

























「あー……にゃはは~……ゴメンナサイ!」


「……はい」



胸を貫くより、貫かれる思い。ぐすん。

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