恐怖とおっさん
「『恐怖』が……ない?」
恐怖とは、恐いと思う気持ち。そんなことは知っている。
ないとはどういうことだ。
私にない訳がないだろう。
恐いものなんていくらでもあるぞおっさん。
むしろ人より恐がりなくらいの筈。
いくらタケルヒコ様でも的が外れている。
「タケルヒコ様、そんなことは――」
「――初めてお主に会った時、気味が悪かった。そしてその理由は、お主とアルマゼルの戦いでわかった」
アルマゼルさん。
王都を襲撃した魔王軍八雷神の1人。
私がボコにされた相手だ。あの時も恐かった。
それがなんだと言うのだ。
「ジョブについては知っておるな? その中にはユニークジョブと言って、生来から備わっているジョブがある。魔王だとか、強者はこれを持っているものが多い。アルマゼルのユニークジョブは《恐怖公》と言うもので、簡単に言えば恐怖を操ることができる」
恐怖を操る? なにそれ恐い。
あ、ほら、私恐がってる。
「恐ろしいのは、他者の恐怖を具現化して使役することじゃ。この能力がある故に、奴は歴代魔王の中でも1、2を争う実力者じゃった。本音を言えば、儂も勝てるか怪しいレベルじゃな」
え、そんなに?
確かに強かったけど。タケルヒコ様でも恐いのか。
だが理由はわかった。
「つまり私に恐怖がないから、アルマゼルさんに勝てた……と」
「まさしくな。でなければ、駆け出しの勇者が勝てる相手ではない」
んー実感がないな。
そもそも、恐怖がないと何がいけないんだ?
「はぁ。お主は全然わかっておらぬな」
タケルヒコ様が面倒くさそうにため息を吐く。
露骨っす。
「恐怖とは、言わば安全装置じゃ。恐怖があるから、危険を回避できる。人に限らずの。じゃが、時にはそれを乗り越え、先の領域に踏み込まねばならぬ。まあそれができるようになるには、相応の訓練が必要じゃが」
「? では私は得をしているのでは?」
「阿呆。危険をわかって踏み込むのと、危険を知らずに踏み込むのとでは訳が違うわ。先程の戦いがいい例じゃ。普通なら避ける様な攻撃でも構わず受けたりするから、胆を冷やしたぞ。お主は、死に対する恐怖すらない。それは、生きるという執念がないとも言える。そしてその執念がない者は、ここぞというところで負けるじゃろう」
「どうしてですか」
「……戦うには理由が必要だ。そしてお主にとってのそれは、わかっておるじゃろう」
もちろんわかっている。
私が戦うのは、あの子達を守りたいからだ。
「人は、守るものがあればどんなことでもする。儂も、恐らく2代目もそうじゃ。じゃが、お主には死に対する恐怖も、失うことに対する恐怖もない」
「お主は、例え何も守れなくても、ただそれだけじゃ」
「守る為に、何かの為に生きることができない」
「じゃから、お主は勝てない」
それは、それはつまり、私があの子達を見捨てると言うことか?
あの子達がどうなってもいいと、どうでもいいと、心の底では思っているってことか?
「そんなことは!」
「ないと言えるか? 事実、お主はアルマゼルとの戦いで諦めたじゃろ」
「っ!」
「儂は一部始終見ておった。あの戦いでお主は勝てぬと悟り、そのまま足掻こうとはせなんだ。その結果、あの妖精族を死なせた……違うか?」
「違い……ません」
「あれが分身だったからよかったものの、あれがサクヤならどうじゃ? ルミエールがいたらどうじゃ? 取り返しのつかない事態になったのではないか? じゃが恐怖を感じないお主には危機感がない。執着がない。別に死んでもいいと、そう思ったであろう」
何を。
何を言っているんだ。
そんな訳ない。そんな訳ないじゃないか。
死なせたい訳じゃない。私だって死にたい訳じゃない。
だから。
「……だから、私は避けられてきたのでしょうか」
「ん。そうじゃの。お主がどんな世界におったかは知らぬが、人間とは得てして自分達とずれたものを嫌う。それも恐怖を感じるからこそじゃ」
タケルヒコ様が私を恐がるとか、ウケる。
あんだけボコっておいて何を言っているんだこの人は。
しかし、恐怖がないから、恐怖ある者に嫌われる。か。
なんだかよくわからなくなってきたよ。
「そう気を落とすな。お主の行動は、良く言えば勇敢じゃ。特にこの争いの絶えぬ世界ではの。お主に覚えて貰いたいのは、勇敢と無謀は違うと言うことじゃ」
「恐怖を学べとは言わないんですか?」
「無理じゃろ。恐怖とは本能的なものじゃ。教えろと言われてもどうすればいいのかもわからぬ。持っていて当然のものを持たぬから、お主が恐いんじゃよ。それはエリンも同じじゃ」
「え? そうなんですか?」
「そりゃそうじゃろ。でなければあのアルマゼルを仕向けたりせんよ。まあお主に恐怖がないというところまではわからんかったようじゃが」
そうか。それを知っていれば、アルマゼルさんでも勝てない可能性を考慮するか。
「奴は結局魔王を差し向け、それでも殺せなかったんじゃ。内心穏やかではないじゃろうな」
「……そんなに嫌われてるんですかね」
「まあ本来召喚されるはずじゃった者が来なかった時点で警戒せん筈がない。それも気味の悪いおっさんなら、御さずに始末した方が楽じゃと考えたのじゃろう」
うわあ。ひどいけどよく分かるわあ。
誰もこんなおっさんと仲良くしたいと思わないよね。
まあその女神様ならこっちから願い下げだけど。ぐすん。
「話が長くなったの、帰るか。まだやらねばならぬこともあるしの」
タケルヒコ様が立ち上がる。素知らぬ顔だ。
私にとってはなかなかショッキングなお話だったのだが。
……まあ悩んでもしょうがないか。
ここらへん楽観的なのも、『恐怖』がないからなのかもしれないな。ウケる。
しかしまだ何かするのか。正直もうへとへとなんだが。
「あの、これから何を……」
「何を言っておる。お主、帝国から転移してきたのを忘れたのか」
あ。
そういえばそうだった。
ユウリシアさんに強制的に魔大陸に飛ばされて、今に至るのだ。
当然ロッテ様にもアシェリーさんにも何も断っていない。
おっさんハウスも残ったままだ。
私達が突然消えたとなれば、無用な混乱を招くだろう。
ちゃんと説明に行かなければ。
「とりあえずお主には帝国に戻ってもらう。そこで何をどこまで話すかは、今から相談じゃよ」
こうして、ルミさん達の待つアジトへ帰還した。
恐いもの知らず。ヤーサンにもボコにされたことのあるおっさん。南無。




