涙とおっさん
「大丈夫ですか」
部屋に着いた私は、暗い顔をしたエーリンさんに問いかける。
エーリンさんはじっと私を見る。と、
「大丈夫ですよ! 全然へっちゃらです!」
はきはきと、わかりやすくガッツポーズをしてみせる。
無理をしているのは明らかだった。
「エーリンさん、あんまり無理はしないで下さいね」
「ふふっ! ヨシオさんは心配性ですね! ……私は大丈夫ですよ。なんてったって神様ですから」
……そうだよね。神様だもんね。
見えないけど。
「エーリンさんは、これからどうするんですか?」
「……正直、タケルヒコさんのお話は信じられません。そんなことをする理由が、私には思いつきませんから、だから……まだわかりません」
単に愉快犯なのか、何か事情があるのか。
理由がわかれば対策しやすくなるかと思ったが、同族であるエーリンさんにもわからないか。
少しばかり溜息が漏れる。
「……ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」
お。エーリンさんが珍しくしおらしい。
調子が狂うからやめてほしいけど。
「別にエーリンさんのせいじゃありませんよ。それに、私としてはユウリシアさんを殺さなくて済みましたし」
「ヨシオさんは、これからどうするんですか?」
「タケルヒコ様に協力するつもりですけど、後は2人が何と言うかでしょうか」
ルミさんとサクヤさん、私にとって一番大事なのは2人の安全だ。
できればこの件にこれ以上関わって欲しくない。
その場合、パーティは解散となるだろう。
寂しいけど、仕方がない。
「ヨシオさん。私の事はいいですから、しっかり2人を守ってあげてくださいね」
潤った瞳と儚げな姿。まるで神様の様に見えた。いや神様なんだけど。
とにかくそれが、本心からの言葉だと感じ取れた。
そうだよ。敵が魔王でも女神でも、私のやることは変わらないんだ。
あの2人に出会ってしまったのだから。
部屋には窓がない。
なので、横になってどれくらい経ったのかはよくわからないが、恐らく2時間ぐらい経った頃だ。
そんな時、部屋に訪問者が来た。
私は、寝る前にタケルヒコさんに言われたことを考えて、気付いた。
なので来るとは思っていた。
だから、部屋の前の気配がしばらく動かないのを確認して、ノックされる前に扉を開けた。
「あ……」
そこには、予想通りの人物がいた。ルミさんだ。
「どうしましたか」
もちろん、その答えも予想はできている。
ルミさんが扉の前で迷っていたことを、私が口にするべきではないと思った。
「あ、その、ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、起きてましたから、大丈夫です」
「そ、そっか」
俯くルミさん。
歯切れが悪い。
ルミさんらしくないのだが、事が事だ。仕方がないと思う。
それは彼女が最も知りたかったことで、それはとても残酷なことかもしれない。
こんな時、何と言えばいいのだろう。
言葉が出ない。つくづく能が無い。
物語の主人公ならかっこよくこなすのだろうが。
私は40過ぎたおっさんだ。
異世界に来て、すごい力を借りても、それは変わらない。
ただのおっさん。
でも、そんなおっさんでも、彼女の力になりたい。
なりたいんだよ。
だから。
「ルミさん」
俯いていたルミさんが、私の声に震える。
「私は、その、うまく言えませんが、貴方の力になりたいと、そう、思っています」
うん。やっぱり決まらないな。
小学生の作文のような語彙力だ。
これが精一杯。
なんと答えてくれるだろうか。
笑われるだろうか。
「……ふふっ」
笑われた。
「やっぱり、おっさんてチョーウケるね☆」
俯いていた顔を上げるルミさん。
その笑顔が、なによりの答えだっん!?
私の手を握るルミさん。やわっこい。
それに比べて、私の体は硬くなる。不意打ちだから余計にだ。
「あたし、ずっと恐かった。でも、おっさんが一緒なら」
そんな私に構わず話を進める。
「一緒に来てくれる?」
「いひ、行きますとも」
「ぷふっ、ちょっとやめてよおっさ~ん☆」
緊張からの上ずった声。また笑われた。
かっこ悪いと思うが、ルミさんに笑われるのは嫌ではない。
「じゃあ、お願いね」
「はい」
手を引かれ、廊下を歩く。
一歩進む毎に、握られた手がきつくなるのを感じた。
「来たか」
言っていた通り、タケルヒコ様は私室にいた。
緊張して強張っていた体が少し和らいだのは、この部屋が和室だからだろうか。
正確に言えば茶室というのだろうか、畳の中央に炉がある。
畳の匂いがとても懐かしい。
「好きに座るがよい」
そう言われるが、ルミさんは若干混乱していた。
多分和室を見るのは初めてだろう。
私も詳しいマナーを知っている訳ではない。
が、今度は私が手を引いて、ルミさんを導いた。
タケルヒコ様と炉を挟み、少し距離を置いた所に正座する。
ルミさんも見よう見まねで私の隣に座った。かわいい。
「して、何用じゃ」
もちろんタケルヒコはわかっている。あえて聞いているのだ。
ルミさんが、何かを言いかけ、言葉に詰まる。
繋いだままの手が震える。
私は何も言わず、その手を握り返した。
目が合う。ルミさんは呼吸を整えると、静かに話し出した。
「あたしの」
「あたしの、ママとパパの事を教えてください」
「お願いします」
ルミさんが知りたかった事。
それはルミさんのご両親の事。そしてなぜ自分が何百年も先の時代に目覚めたのか、ということだ。
恐らく後者は、ご両親の事がわかればおのずと見えてくる。
その答えを、タケルヒコ様は知っているはずなのだ。
「あいわかった。儂の知っていることを話そう。……良いか?」
その問いは「覚悟は良いか」と言う意味だとわかった。
その時点で、その内容が良くない物だとわかる。
しかし、ルミさんは静かに、ゆっくりと頷いた。
「ではまず、先に言うておく、お主の母と父は既に生きてはおらん」
はっきり、くっきりと、そう言い切った。
それは希望を持たせない為かもしれない。
その言葉に、ルミさんは表情を変えなかった。ただ、真剣な眼差しを送っていた。
「4代目について、儂は多くのことは知らぬ。人格についてということであれば、娘のお主の方が知っておるであろう。儂がこれから話すことは、死に至った理由じゃ。お主は父が魔王だと言うことは知っておるな?」
頷くルミさん。
「先刻話した事じゃが、魔王は女神によって意図的に作られた存在じゃ。それはお主の父も例外ではない。にも拘らず、お主の父は、勇者である筈の母と結ばれた。これは、本来ありえない話じゃ。事の経緯まではわからぬが、知っておるか?」
「……パパの一目惚れだったって聞いてる」
「そうか。ではそれが真実なのであろう。そしてそれは、女神の思惑から外れていた」
「それって――」
「お主の母と父は、女神の手の者に殺された」
……そうか。
女神は勇者と魔王が戦うように仕向けていた。
しかし、魔王は勇者に恋をしてしまい、その目的を放棄してしまった。
美談のようだが、女神としてはおもしろくない話だ。
「いつの頃か、4代目が儂に接触してきた。4代目はこう言った。『私と魔王は女神に狙われている。どうか共に戦ってはくれないか』とな。4代目は、儂の事をある程度は知っておったようじゃった」
「じゃが、その頃の儂はヤマトの復興の事しか頭になかった。その状況下で、まして勇者と魔王という存在を受け入れることができる程、儂は強くなかった。信用できなかった。恐かったんじゃ。またあの悪夢が甦るのではないかと」
「4代目の申し出を断ると、こう言った。『せめて娘だけでも、助けてはくれないか』と」
「儂は、ふざけるなと罵声を浴びせて、逃げた」
「しばらくして、魔大陸で大きな魔力のぶつかり合いがあった。それは4代目勇者と魔王、そして女神の軍勢の物だった」
「その戦いは数日に亘った。だんだんと、勇者と魔王の魔力が薄れていくのを感じた。……やがて魔力が途絶え、戦いは終わった」
言い終わると、タケルヒコ様が両の拳を床に立て、頭を垂れた。
「すまぬ。あの時、お主の母を信じておれば、こうはならなかったかもしれぬ。戦いの最中、儂が助けに向かっておれば、お主の母と父は死ななかったかもしれぬ。全て儂の弱さが招いたことじゃ」
……そうか。
この事があったから、ルミさんの言葉は、タケルヒコ様には重かったのか。
しかし、タケルヒコ様の過去を考えれば仕方のない事にも思える。
仲間だと思っていた勇者に国を壊滅されたのだ。
その傷跡が残っている内に、 別人とはいえ勇者という存在に何を言われたところで信用できる筈もない。
女神と戦っていたことがわかっても、それが罠ではないと思えるのだろうか。
悪夢と言われる光景が浮かび、そうは思えなかったのでは。
つまりは結果論だ。
それをおいて頭を下げているのだ。
私には、タケルヒコ様を責める気にはなれない。
ルミさんはどうだろうか。
「顔を上げてください」
それがルミさんの言葉だった。
「あたしは、タケルヒコさんが悪いとは思いません。一緒になる事も、女神と戦う事も、ママとパパが選んだ事。それに、2人はその事を後悔はしてなかったと思う。だから、タケルヒコさんは悪くないよ」
淡々と、落ち着いている。
私と同じ気持ちでよかった思うが、心配だ。
理解できても、納得できないことはある。
それは大人でも子供でも、男でも女でも、彼女だってその筈だ。
落ち着きすぎている。それが故に不安感が募った。
「許してくれるのか?」
「あたしは、アナタを責めないよ」
「……すまぬ」
ゆっくりと顔を上げるタケルヒコ様。
しかしその顔は、まだわだかまりを抱えていた。
「それよりさ、あたしってずっと眠ってたみたいなんだけど、どういうことかわかります?」
「……恐らく、お主の母が結界に閉じ込めたのじゃろう。女神に見つかれば、殺されるか利用されるかしかない」
「この時代に目覚めたのは?」
「お主を見つけ、結界を破った者がいたのじゃろう。お主の王国での行いから察するに、2代目、じゃろうな」
王国で……ルミさんは操られ、私と戦った。
けしかけたのは2代目勇者、と言う訳か。
目覚めた直後から操られていたのなら、ルミさんが私を探していた行動にも納得が行く。
「そっか……そっか……」
ルミさんが、何度か頷く。
まるで自分を納得させている様に見えた。
胸が痛い。
「お話、ありがとうございました。あたしはこれで失礼します」
「あっ」
そう言うと、ルミさんは足早に部屋を出て行った。
咄嗟に反応ができず、見送ってしまった。
「……追いかけぬのか?」
「追いかけていいのでしょうか」
「儂にわかるものか。ただ、お主がどうしたいか、ではないか」
「……そうですね」
タケルヒコ様に一礼して、部屋を後にした。
部屋出て、少しあるけばロビーの様な空間に出る。
そこに彼女はいた。
ただ、そこに立っていた。
彼女の為に何をすればいいのかわからない、けれど何もせずにはいられない。
そんな焦りにも似た思いが、つい喉を突いた。
「ルミさん」
何も考えず、言葉が出た。
背を向けて立つ、ルミさんの肩が震える。
「おっさん、ありがとね、付き合ってもらって。あたしは大丈夫だから、心配しないでよ」
何を言っているんだこの子は。
大丈夫じゃないだろ。
そんなこと私でもわかる。
「! 何したの?」
私は、何も言わず魔術を使った。
「お、おっさん?」
「結界を張りました。ただ音が漏れなくなるだけのものですが」
「こういう時は、泣いてもいいんですよ」
後ろから、ルミさんを抱きしめる。
優しく、強く。
「な、なに言ってんの、ウケるんですけど、あたしは別に、別になんとも」
「なんともないんだからっ、だからっ、だからっ」
溢れた雫が、私の腕にも落ちた。
「うわあああああああああ!!」
そして、泣いた。
復讐。因縁。涙。




