女神エリンとおっさん
タケルヒコ様の言葉に、並々ならぬプレッシャーを感じる。
これは完全にバレてるな。
そして携帯電話の様に、ポケットで震えている女神様。どうしたものか。
エーリンさんには助けてもらったこともある。
それすら演技だったとしたらあれなのだが、個人的には売るような真似はしたくない。
だが、白黒つけない訳にも行かないだろう。
「お話ししましょう。何か知っていることがあるんじゃないですか?」
私は自分の胸に向かって話し掛ける。
と、ルミさんとサクヤさんがきょとんとした顔をした。
「え? ちょっと待って、おっさん誰に話してるの」
2人共、誰に話しているのかはわかっている様だった。だが、信じられないのだろう。
それもそうだ。アレが女神様だと思う人は少ない筈。
私は言葉にせず、少し困った顔した。それが肯定を意味することは伝わったらしい。
「そんな筈ないよ! エーリンがその女神だなんて、そんな筈ない!」
「そ、そうです! エーリンちゃんがそんな悪いことする筈ありません! おじい様、何かの間違いです!」
2人が立ち上がり、タケルヒコ様に向けて抗議した。
愛されてるなーエーリンさん。羨ましい。
2人とは私より仲が良かったしね。
「妖精族の子でしたわね。あの子が女神なんですの? あ、エリンだからエーリンなのですわね」
「安直でゴザルな~」
「違うってば!」
ルミさんが机を叩き、残っていたお茶が揺れる。
エーリンさんと親しくない2人にとって、彼女が女神であることはさほど不思議ではないようだ。
勇者である私の傍にいる。それだけでなにかあるかもしれないという認識だったのだろうか。
「ねえエーリン。違うよね。出てきて話しをしてよ」
ルミさんの不安そうな言葉に、少しして、おずおずと顔を出した。
少し羽ばたいて、テーブルへと着地する。
しかし、エーリンさんのばつが悪そうな顔が、ルミさん達の不安感を一層募らせた。
「エーリン……お願い」
その言葉には、間違いであって欲しいという思いが込められていた。
「……ごめんなさい。私、女神なんです」
その思いは、裏切られる形となってしまった。
そして、泣きそうになってしまう2人。エーリンさん、これはいかんぞ。
「そんな……」
「で、でも違うんです! 私は女神ですけど、その方とは違うんです!」
「! どういうことですか?」
いきなり何を言い出してるんだこの人は、おっさんには理解できないぞ。
「わ、私は、エリンですけど……2代目なんです」
2代目……2代目!?
「2代目ということは、2代目ってことですか」
あれ? 何を言っているんだ私は。
2代目ってことは、そう、2人目ってことだ。
つまりえーと。女神様は2人いたってことか?
「お主ら落ち着け。その者が彼奴とは別人であることくらい知っておる」
な、なんだってー!?
そういうことは早く言って欲しいよ。タケルヒコ様ったら意地が悪い。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「じゃが、女神は女神。彼奴と繋がっておらんとも限らぬ。儂が聞きたいのはそういうことじゃ」
確かに。女神が2人いるということは、知り合い。というかお仲間と考えるのが普通だろう。
本人でなかったとしても、何か知っているのは間違いない筈だ。
「どういうこと? 女神が2人いるってこと?」
「あうう……よくわかんなくなってきました」
タケルヒコ様の話に加え、今度は女神が2人いるときた。
これは順を追っていかないとだめだな。
「エーリンさん。説明をお願いできますか」
「うぅ、それは……」
歯切れが悪い。
やましいことがあるのだろうか。
「どうしたんですか?」
「あの、このことは、この世界の人には言っちゃいけない決まりがあって、その」
ああ。そりゃそうか。
仮にも神様の内情を赤裸々にしていい訳がない。
もし皆がエーリンさんのことを知れば、信者が半分は減るだろう。
「じゃが、ここで語らねばお主の疑いは晴れぬ。それで良いのか?」
「それは……困ります」
「お主が関係ない……と言わぬまでも、彼奴とは違うということを証明できれば良い。このことは口外せぬ。皆も良いな」
皆が軽く頷き、了解の意を示す。
「……わかりました。お話しします」
エーリンさんの雰囲気が変わる。なんというか、アホっぽくなくなった。
やる時はやるということか。
そして語り出すエーリンさん。いや、エリン様か。
「この話しをするには、まず『女神』という存在について説明しなければなりません。『女神』とは、『神』とはなんなのか。そこからお話しします」
「まず私、女神のいる世界、神界というものがあります。そこには複数の神がいて、役割があります。私に与えられた役割は、世界を管理する神。世界神『エリン』でした」
おおっと、早くも世界神とかよくわからない単語が出て来たぞ。
サクヤさんもよくわかっていない顔をする。
「……世界というのは、この世界や、ヨシオさんがいた世界のように1つじゃなくてたくさんあります。そしてその各世界を管理する為に担当の神がいます。このアインスフィールにおいては、『エリン』なんです。それが世界神です」
「……お主ら神にとって、世界神……エリンというものは役職と言うわけか」
「そうなります」
「なるほどのう。そういうことなら、お主がエリンの名を騙るのも得心が行く。つまり先代のエリンはその役職を退いた訳か」
タケルヒコ様はわかったらしい。
エリンは役職ね。なるほど。わからん。
「では、お主がエリンとなったのは百年ぐらい前ではないか?」
「……その通りです」
「やはりの。7代目じゃな」
い、いかん。このままでは完全に置いてかれる。
なんとかついていかなければ。
「タケルヒコ様が私を8代目と言っていたことに関係があるのですか?」
「ああ。その説明をしておらんかったの。世間には知られておらぬが、お主と6代目の間に、もう1人召喚された勇者がいたんじゃ。それが本当の7代目となる。じゃからお主を8代目と呼んだのじゃ」
幻の7代目。そんな人がいたのか。
しかしそれがなんで女神が代わることに繋がるんだ。
そんな疑問をよそに、タケルヒコ様はエーリンさんに話し掛ける。
「先にいいかの。儂はエリンが嫌いじゃて、お主のことはエーリンと呼んでも構わんかの」
「わかりました」
「ではエーリン。7代目勇者のことは知っておるか?」
「いえ、知りませんでした」
「ということは、7代目を召喚したのは先代の彼奴で間違いないの」
「そうだと思います」
「……彼奴が今どうしておるか、知っておるか?」
「……先代は、お隠れになりました」
あ、これはわかるぞ。
お隠れになる。つまり亡くなったということ。……の筈だ。
「それは死んだということか?」
「『死』という概念は、神には存在しません」
「ではどういうことかの」
「……私達は老いることがなく、永遠を生きています。ただその長い年月の中で、ふと、いなくなってしまう神がいます。なぜいなくなるのかは本人にしかわかりません。ただ、私達の間では『存在意義がわからなくなってしまったから』と言われています。死ぬことのない私達は、生への執着がありません。だから役割を見出せないと消えてしまいたくなる……のかもしれません」
「なるほどのう。……じゃが、それは彼奴には当てはまらんのう」
「それは、どういうことですか?」
「彼奴は生きておるよ」
言いきるタケルヒコ様。
確信があるんだろうけど、エーリンさんは納得いかないようだ。
「お隠れになったのですよ。ありえません」
「本当にそうかの? お主の言う通り消えていなくなった神もいるのじゃろうが、神界からいなくなったこと=死んだということにはならんじゃろ」
「それはどういう……まさか」
何かを察したエーリンさん。
……エーリンさんが真面目だと、釈然としないこの気持ちはなんだろう。
「彼奴は、この世界で生きておる」
あー。そうきたか。
個人的には既に死んでいてくれた方が楽だったのだが。
いるのなら、ね。
神ならざるものへと堕ちた神。




