過去とおっさん(後編)
暗い空気の中、タケルヒコ様の話は続く。
「……ヤマトには、毎年儂の誕生日を祝ってくれる盛大な祭りがあった。誕生日、と言っても儂がこの世界に来た日のこと指すのじゃが」
サクヤさんが『知らない』といった顔をする。
その理由はすぐにわかった。
「ある年の誕生祭のことじゃ。国中が笑顔だった宴もたけなわ。ヤマトは炎に包まれた」
「民も、家も、森も、山も、一瞬の内に」
「ある者は子を抱いたまま焼け焦げ。ある者は燃えた家の下敷きになり。ある者は骨すら残らなかった」
「水を求める者達が川に押し寄せたが、その川ですら干上がっていた」
「そしてそのまま死んでいった」
「儂は目を疑った。飛来する無数の火球に。逃げ惑う民達に。そして国を滅ぼさんとする者の姿に」
「儂の国を襲ったのは、勇者2人と、魔王じゃった」
その場にいる全員、驚きの表情を隠せなかった。
勇者2人。と言うのは2代目と3代目のことだ。魔王は、放置されていた3代目のことだろう。
勇者と魔王の襲撃。それは私の想像以上に重い。
言っていたもの。2代目は家族同然だったと。
そんな人が、自分の愛する人達を襲っていた時、どんな思いだったことか。
もしもルミさんやサクヤさんが……いや、やめよう。
「訳がわからなかった。じゃが、その光景を目にして何もせん訳には行かなかった。じゃから戦った。止めようとした。3対1じゃ。それこそ死にもの狂いでの。そこで本当の真実を聞かされた」
「2代目は、全て知っておったんじゃ」
「すべ……て?」
「全てじゃ。女神が魔王を作っていたことも。それを処理する為に召喚されたことも。チルが真実を述べていたことも。全てわかった上で、チルを殺し、女神の指示通りに動いていたんじゃ。そして最初からそうするつもりで、儂の下に来た」
「そんな……」
サクヤさんが顔を覆う。わかるよ。
ひどい話だ。
本当に、ひどい話だ。
「……なぜそんなことを」
「奴は女神の崇拝者……いや、狂信者だった。女神の意に沿う行動なのじゃろうが、詳しいことはわからぬ。ただ3代目と魔王は奴の差し金で動いていたようじゃ」
「……それでどうなったのですか」
「戦いは夜が明けるまで続いた……儂は死ななかった。いや、殺されなかったと言うべきか。ただ気が付いた頃には、奴らはヤマトからいなくなっていた。後に残ったのは死体と瓦礫の山じゃった」
殺されなかった。それはわざと見逃されたと言いたいようだった。
それもそうか。いくらタケルヒコ様と言えど、この世界でトップクラスの力を持つ3人を相手に、余裕があったとは思えない。殺そうと思えば殺せた筈だ。
2代目が女神サイドについているのならば、女神に報復しようとしていたタケルヒコ様を殺そうとするのは筋が通っている。
ではなぜ殺さなかった? タケルヒコ様を殺すことが目的ではなかったと言うことか?
「それから儂は、僅かに生き残った者達を集め、少しずつヤマトを復興した。残された家族を、民を生かすことだけに尽くした。そして今のヤマトがある」
そう言い、肩を緩めるタケルヒコ様。
なんだか、すさまじかった。
おっさんにはちょっと難しいよ。聞いてて辛いし。サクヤさんも可哀想だ。
「つまり要約すると、女神が魔王を生み出していた黒幕で、その手足となっていたのが2代目勇者。知ってか知らずか、歴代の勇者は女神の自作自演に嵌められた訳でゴザルな。そして今なお魔王が存在することから、女神との戦いは終わっていない。ということでゴザルか」
流暢に話し出す鎧に、ちょっとばかし驚いた。
存在を忘れかけていた、ということもあるが。
「うむ。大方そういうことじゃの」
「それはなかなか凄惨な人生でゴザッた。拙者感服したでゴザル」
「……他人事のように言っておるが、お主も無関係ではないぞ。儂はお主の首を刎ねた者も知っておる」
「ファ!?」
『嘘だろ』と驚くディアノックさん。
まさかいきなりそんな話が来るとは思っていなかったのだろう。
「お主は生前のことを覚えていないようじゃが……聞きたいか?」
「そ、それは!? ……い、いや結構! 拙者、過去は振り返らない主義でゴザル!」
「そうか。まあその方が良いかもしれぬ」
「ちょ、意味深なこと言わないで欲しいでゴザル」
聞かないと言った割には、鎧がカチカチと震えている。動揺を隠せないようだ。
しかし、おかげで少しだけど空気が和らいだ。
こういう人は貴重だと思う。
「皆様、お茶をお持ちしました」
イブキさんが暖かいお茶を淹れてくれる。これは緑茶か? お茶の良し悪しはわからないが、なんだかホッとする味だ。
心配なのはサクヤさんだ。お茶にも手を付けず俯いてしまっていた。
ショック……だろうな。
ああ、胸が痛い。今すぐ抱きしめたいけど、そんな資格はない。口惜しい。
さて、どうしたものか。
思いのほか話が大きくなってしまった。
敵……つまり女神サイドは、相当な戦力を有しているっぽい。
タケルヒコ様がいればなんとかなるのかもしれないが、どうなのか。
いや、それよりも、ポケットに入っている爆弾をどうするか。
タケルヒコ様に突き出せばいいのか。それとも……。
ホッしている場合じゃないぞ私。
場合によっては、『ここまで女神を導いたのは私』ということになる。
それが知れれば、タケルヒコ様がどんな行動に出るか。
しかしどーにも、タケルヒコ様の言う女神とこれが結びつかない。
これまでのあのアホさ加減が、演技だったとは思えないのだ。
ただ、気掛かりなこともある。
エーリンさんって、たまにふらっといなくなる時がある。
どこかで遊んでいるんだろうと思っていたが、実のところは知らないのだ。
そうした行動が、私に疑念を浮かべさせる。
いやしかし……ずずっ……あーお茶がおいしい。
「そろそろ、いいんじゃないかの」
お茶を飲み、一息ついたタケルヒコ様が言う。
いい? いいとはなんだ? とても嫌な予感がする。
そしてそれは、恐らく当たっている。
「出てきたらどうだと言っておるんじゃ――
――女神エリンよ」
胸が跳ねる。
それは私の心臓なのか、はたまたポケットの爆弾なのか。
多分、両方だった。
あかん。ばれてーる。




