超級魔術とおっさん
――虚無は剣 天を覆い地は平伏さん 我求めるは無限の墓標なり――
おや? さっきとセリフが違うな。
セリフの意味はよくわからないが、感じる魔力は先程と同等、いや、それ以上か。
まともに相手はしたくないが、正面から受けろと言う。ディアノックさん曰く。
まあ、私も罪悪感があっては闘いづらい。
ここは大人しくして、チャラにさせてもらおう。
――真に真なる夢幻なり 顕現せよ 断罪の愚王――
しかし、私の知る限り、というか勇者の経験にある魔術にセリフのある魔術は存在しない。
過去の勇者も知らないような代物と言うことなのだろうか。
そんなものを見れるというのは、少しだけ胸が躍る。
さて、どんなものか。
「【黄昏の開闢】!」
彼女の周りが歪む。その歪みをすり抜けて現れたのは。
剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣。
正確には剣だけではないが、その類の武器が無数に。
いや、それよりも気になるのは、歌だ。
歌っている。
それに合わせて、踊るように宙を舞う。
歌で操っているのだろうか。わからん。
そんな考えもまとまらない内に、無数は飛来した。
どう見ても避けるのは無理だ。
捌くか。……捌けるか?
無数の中で、我先にとやって来た剣を裏拳で弾く。
次にやって来た剣を手刀で落とす。
次を掴んで、次にぶつける。いなし、蹴り、あ。
これ無理。
1本。私に突き刺さった。
それを皮切りに、捌ききれない剣がどんどん突き刺さる。
ちぎれ、ちぎれちゃう。
このままじゃ色々とちぎれちゃう。
なんとか攻撃をやめさせないと。
横か。
いや、上だな。
飛び上がると、当然の様に無数も列をなす。
しつこいなー。
閃空術で何度も空中を蹴り上げ、空へ舞い上がる。
追いついてくるものを魔術で落とし、少しでも距離を空けた。
そんな内に、私たちのいた建物の全体、とその周りも見渡せる所まで浮上した。
辺りにはちらほらと謎のオブジェがあるだけで、ここは町ではないらしい。
建物外には魔族さんの気配は感じない。
走りながら思った。
あれ? これこのまま逃げられるんじゃ?
しかしその考えはすぐに却下される。
いや、逃げても仕方ない。
あの子に勝って、聞きたいことがあるんだ。
そうだ私が望んだんじゃないか。
私は勇者なのだから。
貫いていた物を引き抜いた私は、無数に向かって落下する。
「【世界を別つ青き閃光】」
閃光が、無数を飲み込む。
これがあの子に届いて終わり。ならいいんだけど。
「ひっ!」
そうは問屋がなんとやら。
次第に閃光が散り散りにされていく。
「お、驚かせやがってですわ!」
歌を再開するユウリシアさん。
生き生きと動きを増す剣達。
でもこれで随分接近できた。
ユウリシアさんは肉弾戦には向いていないようだし、一撃入れたら勝てるはずだ。
なので、ハリネズミになっても辿りつく。
深く息を吸い込み。無数の懐に入る。
喰狼の如く押し寄せる剣。まるで私はエサだな。
喰われる訳にはいかないけれど。
落下しながら、さらに加速しながら。
地に落ちた。
「ひぐっ!」
可愛らしい声が聞こえるが、砂埃で辺りが見えない。
ああ、体が痛い。
「や、やりましたの?」
歌が止まる。
剣の波も止んだ。
砂埃が晴れる。
「ひい!?」
私を見て……か。その悲鳴は、私を見てあげたんだろうな。
ひどい姿なんだろう。
ルミさん達には見せられない。ああ、体が痛い。
でも回復はだめだ。この後いつ連戦になるかわからない。
私はあくまで劣勢を演じ、相手の余裕につけこみたい。
いや、実際劣勢なんですけどね。
できるだけ魔力を温存し、備えなければ。
私は歩を進ませる。後6歩。
穴だらけの体が軋み、滴る。後5歩。
「ちょ、ちょっと待つのですわ!」
待たない。後4歩。
「もう勝負はついていますですわ!?」
ついてない。後3歩。
「ひっ!? こ、こないで欲しいですわ!」
あ、この子人質とかにできないかな。後2歩。
「う、ううっ」
ん、取り囲んでいた剣が消えた。私に刺さっていた剣もだ。後1歩。
「ひ」
よし、もら――
「ひでえがやあああああああああああ!! あんまりだぎゃああああああああああああああああ!!!」
――!?
その場に座り込んで、洪水の様に涙を流すユウリシアさん。
その声量と独特な方言に惑わされ、思考が停止してしまった。
無意識に、突き出そうとした拳を引っ込める。
これはいったい何が起きているんだ。
「わだ、わだぐしはただア゛ルち゛ゃんがいじめられたから! ちょっとこらじめてやろうと思っただけだぎゃー! だのに、だのにひでえがやー!」
まるで子供の癇癪だ。
しかしこちらとしてはいじめられたのは私というかルミさんというか。
一方的に泣かれるのは納得がいかない。
「いじめられたのはこっちですけど」
「ひぎっ!?」
体中が痛いのも相まって、口調が強くなってしまったが、そんなに恐がらなくても。
「そ、そんなことないがや! アルちゃんはただお願いをしに行っただけだがや!」
「お願い?」
「そうだぎゃー! わだぐしの歌を聞いてもらう為のお願いだぎゃー! だのにボッコボコにされて行方不明だぎゃー!? ぎゃーん!!」
???
どういうことだ。そんな話は聞いていないぞ。
アルマゼルさんのあれは明らかに襲撃だった。
……もしかして。
操られていたのはルミさんだけじゃなかった?
【グラビティプレス】
勇者の足が地面を砕き、めり込んだ。
重い。
膝を着いたら最後、そのまま押し潰されてしまう様な圧を感じ、奇怪な音を上げる体を強張らせ、なんとか踏みとどまっていた。
それを嘲笑うかのように無数の球体が現れる。
【魔弾】
それらはゆったりと、実にゆったりと勇者に近寄り。爆ぜた。
勇者の体が焦げ、プスプスと煙が上がる。
が、それでもまだ倒れずにいた。
そんな勇者と魔王の間に割って入る、竜の顔を持つ武人。
強靭な鱗に覆われた拳から繰り出される剛拳が、勇者に見舞われる。
鈍い音を上げ、勇者の細身は会場を囲う壁にまでめり込んだ。
竜人は両手で印を結ぶと、胸が破裂しそうな程の息を吸い込む。
【氷遁 絶竜氷弾】
大きく開かれた顎から、凍気の竜がうねる。
それは勇者の下へ辿り着くと、四散し、勇者を氷塊に閉じ込めた。
竜人の放った凍気も相まり、会場は異様な静けさに包まれる。
困惑と安堵の中、魔王と呼ばれる少女は枯れかけた喉を震わせた。
「み、みんな、助けてくれ――」
しかしその言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
震わせたか細い喉は、鮮血に塗れた刃によって切り裂かれていたから。
そんな魔王の後ろ、銀髪を輝かせた、盲目の少女が立っていた。
「な」
「なにしてくれとんじゃあああああ!!!」
会場に、首のない騎士の怒号が木霊した。
勇者。魔王。共に沈黙。




