魔王とおっさん
時を少し戻す。
深夜。私は日課となっている1人勉強会に勤しんでいた。
その最中のことだ。
「失礼しますわ」
ノックもなしに入ってきたのは、私室の扉が開く。
不敵な笑みを浮かべた人物が、私の前まで歩んできた。ユウリシアさんだ。
この時点で、多少嫌な予感はしていた。
そりゃ、私のようなおっさんの所なんかに夜這いにくる訳はない。
「ユウリシアさん。どうしましたか、こんな時間に」
「それはわかってらっしゃるのではなくて?」
「と言うと?」
「ご招待にあがりましたの、わたくしのステージへ」
(あ、何かくるなー)と思った時には時すでに遅し。
ユウリシアさんを中心に展開された陣に、私は飲み込まれた。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
と思ったら、私は見知らぬ場所に立っていたのだ。
「わたくしが第六天魔王! ユウリシア・ヘルモルト・ヴァン・フリューゲル・ダオ・アストレア! ですわ!」
そこで突きつけられたのは、ユウリシアさんが魔王だと言う事実だった。
ひどく頭が痛い。吐き気もこみ上げてくる。
どうやらこれはこの展開に、という訳ではなさそうだ。
「あら、顔色が優れませんわね? 転移魔術は劣等種には厳しかったかしら?」
転移魔術。
言葉通りであれば、やはり私はどこかに連れてこられたと言うことだろう。
どこに来たかのかはわからないが、体調が優れないのはその影響と言うことのようだ。
「実に脆弱! 実に脆弱ですわ! ですわ! ですわっはっはっは! はっ、うぇ、お、おぼろろろろろろろろろ!!」
……えー。嘘でしょ。
高笑いしだしたと思ったら勢いよく吐いた。
びちゃびちゃと重たそうな音がしばらく続いた。
「ろろっ、ごほっ! がはっ! はっ、はあ、ふう……は!」
私を含め、数人しかいないこの会場になんとも言えない微妙な空気が流れたのは私にも感じて取れた。
それはユウリシアさん自身にも伝わったようだ。
その空気に耐えられなくなったのか――
「こ、これはあれですわ! 晩ごはんを食べ過ぎただけでしてよ!? 決して転移酔いした訳じゃないですわ!」
――そうですか。何も言うまい。
「ほんとうですわ! 嘘じゃありませんですわ! ね、ねえヘルムート、そうですわよね?」
観客席にいる人達から賛同の声があがる。
「ま~ことにそ~でございますね~。魔王様のおっしゃると~り~。ね~み~なさん」
仮面のピエロがしゃべ――仮面が動いてる? おおまかにだか表情が変わっているぞ。
「ふぉっふぉっふぉ。魔王様は昔から嘘はつかんお方じゃて」
亀の甲羅を背負った老人。と言うか普通に亀だ。長く蓄えた白髭を揉んでいる。
「断じて! 断じてその通りである!」
……竜? 人型だけど、顔は完全に竜のそれ。青い竜だ。恐いけどちょっとかっこいい。
「……そう」
顔が何やら文字の書かれた包帯に覆われている銀髪の少女。
この子は絶対可愛い。おっさんの勘がそう言っている。
「拙者は魔王様を信じております」
首のない鎧の人。
あ、ディアノックさんじゃん。いたんだ。
ってことはこの人達、八雷神のお仲間さんかな。
魔王さんに加えて八雷神の人が5人か。
んー。これは結構まずいんじゃないか?
見知らぬ土地に連れ込まれ、恐い人達に囲まれてしまった。おっさんピンチ。
「み~なさんもこうおっしゃってお~りますよ~」
「そ、そうですわよね! わたくしはできる、わたくしはできる……そう、わたくしこそが第六天魔王ですわー!!」
雄叫びと共に魔力が溢れている。
これは……アルマゼルさんにも匹敵するんじゃなかろうか。
なるほど、魔王と言うのはどうやら本当かもしれない。
「さあ、そろそろ始めるですわ! オンステージですわ!」
ユウリシアさんの背に6枚の黒い羽根が生える。
と言ってもどうやら本物ではなく、魔力で作られた物の様だ。
手にはいつのまにかスピーカーマイクの様な物を握っていた。
「みんなには手を出させないから安心するですわ! さあ、最初からクライマックスで行きますわよ!! 混と――」
「ちょっと待ってください」
ピンと手を上げてアピールする。
「――ん、ちょっと、なんですの? 今いいところですわよ!」
「聞きたいことがあります。よろしいですか?」
「手短にして欲しいですわ!」
聞いてくれるんだ。ありがたいのだが、イマイチやりにくいな。
「なぜ私と戦うのですか?」
この状況だからと言う訳ではないが、できれば戦いたくない相手だ。
どうもこの子が本当に世界征服を狙っているとは思えない。
「そんなの決まっていますわ! あなたはわたくしの覇道の邪魔でしてよ! それに……アルちゃんをいじめてくれたお返しですわ!」
アルちゃん? ……ああ、アルマゼルさんのことか。
そんな呼び方をするってことは、仲が良かったのかな。
それなら殺してしまった私を恨んでも仕方がないか。殺す気はなかったけど。
その言葉を聞いた私は、一旦問答を諦めた。
復讐が理由なら、もう理屈じゃない。
例えアルマゼルさんから仕掛けてきたことだとしても、納得してはもらえないだろう。
これ以上、それは勝ってからの話だ。
勝って話を聞いてもらう機会を作るしかない、な。
「わかりました」
インベントリを操作する。
インベントリは、対象物を取り出すことと、そのまま装備できることは確認済みだ。
私は寝間着用のスーツから戦闘用の――見た目は大して変わらない――スーツに替えた。
さらに、そのスーツのポケットに忍ばせておいたグローブを取り出す。
見た目はただの黒革のグローブだが、なかなかの優れ物だ。
私はそのグローブを裾を引っ張り、しっかり奥まで装着し、構える。
「どうぞ」
「……ふん! 随分余裕ですわね! その余裕、すぐに失くして差し上げますわ!」
ユウリシアさんの魔力が高まる。
ん、ちょっと待て、高まり過ぎじゃないか?
「混沌より出でし冥海の軍勢――
やばい、何か始めった。
――不滅の戦場を渡り ただの一度も敗北はなく 生者は骸の後を追うのみ――
これはボサっとしてたらいかんな。
……よし、行きますか。
――開け 死の門 【終わる世――
姿勢を低く、ユウリシアさんの所まで、飛ぶ。
【天武流・金剛】
抉り込む様な一撃。所謂ボディブローを腹部に放り込んだ。
何かで防がれるかと思いきや、柔らかな感触を押しのけ、拍子抜けにもどっぷりと拳が突き刺さった。
――サ!?」
あまりにも簡単に飛び込めたので、逆に警戒してしまう。
私は拳を引き抜き、少し距離を空けた。
ユウリシアさんは――
「あえ? さ、ぐ、ぎい?」
見る見る顔色が悪くなっていく、チワワの様に小刻みに体を震わせ、壊れ物でも抱えるようにゆっくりと腹部に手を置いた。
「あ、うう? ううえ、ぎうううう?」
え、え? なにこれ、恐いんですけど。
魔王なんだから強めに殴ってもいいだろうと思ってやったのだが。
「あ、あの」
「ぎうう?」
「だい、大丈夫ですか」
「……あ゛」
ユウリシアさんのスカートから、なにやら滴が垂れてくる。
「」
まさかこんなことになるとは。
私はとんでもないことをしてしまったのだろうか。
「ひ、姫様あああああああああああああああああ!!!」
観客席から鎧の人。ディアノックさんが現れる。
「お、おま! 貴殿! 姫様になんてことをするでゴザルかあ!?」
私とユウリシアさんの間に割って入ってくるディアノックさん。
正直、私は少しほっとしていた。
変な語尾も気にならない程に。
「ディアノックさん、これはですね、悪気はなかったんです。ただあれくらいなら大丈夫だろうと思って」
「全然大丈夫じゃないでゴザル! やって良い事と悪い事があるでゴザル!」
「し、しかしやらなければ私が危なかったので」
「勇者なら大人しく待っているものでゴザル! 何を詠唱中に腹パンしてるでゴザルか!? 情緒もへったくれもないでゴザル! この鬼畜が!」
そ、そうなのか。私が悪いのか。
「姫様! お気を確かに!」
「あうえ? うう、あう?」
「痛みのあまり幼児退行しているでゴザル!? や、やってくれたな勇者。まったくけしからんでゴザル!!」
心なしか嬉しそうに見えるのは見間違いだろうか。
ふう。このままでは埒があかない。
「【ヴェノムヒール】」
ユウリシアさんに回復魔術を掛ける。
釈然としないが、仕方ない。
「あ、あ、ああ~~……はっ! ここはどこですわ」
なんだか気持ちよさそうな声を上げるユウリシアさん。
先程までずれていた目の焦点が合っている。どうやら正気に戻ったようだ。
「姫様! ああ本当によかった! (ちょっと早いでゴザルが)」
「……ディアノック、何か言いまして?」
「い、いえ、なんでもございませぬ。そ、そんなことより、お召し物をどうぞ」
ディアノックさんが首から鎧の中に手を突っ込む。
と、女物の可愛らしい下着が出て来た。
なんでそんな物持ってるんだ。ちょっと引くわ。
しかしユウリシアさんはそれを無造作に受け取ると、その場で下着を履き替え始めた。
そして脱いだ物を、まるで洗濯機にでも放り込むかのようにディアノックさんに入れた。
その時「おほ! う、ううんおほん」と何かを誤魔化すような咳払いをしていた。
首がないのに咳はするのか。
私の中でディアノックさんの危険度が静かに上がった。
「ディアノック、さがるのですわ」
「姫様、よろしいのですか」
「いいからさがるですわ。それと姫様ではなく、魔王様ですわ」
「し、失礼致しました魔王様」
ちょっと空気……いや、雰囲気が変わった。
「わたくし、こんな辱めを受けたのは生まれて初めてですわ。この代償、高くつきますわよ」
――私も女子に腹パンして失禁させたのは初めてです。
ここから本番。下着はディアノックがおいしくいただきました。




