肉ジャモとおっさん。
細切れ肉と調味料を『ヒヒイロカネのフライパン』に入れ、軽く炒める。
この肉は『バッファモー』と言われる、牛に似た魔獣の肉だそうだ。王国で調達した。
オスの気性は荒いがメスは穏やかなものが多く、家畜に向いている魔獣だそうだ。
王国で取り扱っている肉の中では最も牛肉に近い肉だった。
おっさん印のジャーモは、皮を剥き、一口サイズに切って水にさらしておいた。
同じ要領で人参っぽい野菜と玉ねぎっぽい野菜も切ってある。
あとはこれらを煮るだけだ。
そう、今日の献立は肉じゃがならぬ肉ジャモだ。
『ヒヒイロカネの鍋』に具材を入れ火を通す、火が通ったら調味料を加え、さらに煮立たせる。
ヒヒイロカネの調理器具シリーズすごいな。火の通りはいいのにこげつかないし、軽くて使いやすい。
そのうえ手入れも楽と来たものだ。主婦の味方だね。
しかしこれだけではなんだかさびしんぼ。
なのでもう一品作っちゃう。
じゃじゃーん!『ヒヒイロカネの卵焼き器』!
卵焼きが作り易い様に、長方形の形をしたフライパン。
ほんとこれ作った人尊敬します。
ささっと卵焼きを作り、あとはサラダを盛り盛り。
完成だ。
「いい匂ーい」
脱衣所の扉が開き、ほんのり紅潮したルミさんが、次いでサクヤさんがやってくる。
そしてエーリンさんは真っ先に匂いの元である鍋にまでやってきた。
「これはヨシオさんの世界の料理ですか!?」
「はい。肉じゃがと言って、私の好きな料理の1つです。丁度準備できましたから、いつでも食べられますよ」
「へー。それは期待しちゃうね☆」
「ヨシオ様の料理はおいしい物ばかりですから」
「ではさっそくいただきましょうそうしましょう!」
「ちょっと待った。髪だけ乾かしちゃわないと。傷んじゃうよ☆」
「そんなのどうでもいいですよ!早くしないとせっかくの料理が冷めてしまいます!」
「エーリンちゃん、せっかく綺麗な髪なのに可哀想ですよ」
「そうだよエーリン。あたしがやってあげるからおいで」
「料理は保温できますから、ゆっくりして下さい」
「ぐぬぬ、わ、わかりましたよ!ちゃっちゃと乾かしちゃいましょう!」
悔しそうな表情のエーリンさん。
料理は逃げないんだから、もう少し落ち着くべきだ。
「おっさんはお風呂はいいの?」
「私はあまり汚れていませんから、後でいただきますよ」
「そっか、ごめんね?あたし達の後で」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「むしろご褒美ですよね?」
「むしりますよ。羽根」
「や、やめてください!」
「まったく……。あ、お嫌でしたら、湯を入れ替えますが」
「全然嫌じゃないけど。ねえサクヤ?」
「はい、何か問題がありますか?」
「そうですか、ならいいのですが」
「あ!ちょ、ちょっと待ってね!」
浴室に駆け込んでいくルミさん。
しばらくして戻ってくるが、さっきよりも顔が赤い。
「どうかしましたか?」
「え?いや!なんでもないよ?あはは!ウケるー!さ、髪乾かさないとね!」
明らかに焦っている様子のルミさん。
私はサクヤさんを見るが、サクヤさんにもわからない様だ。
首を傾げている。可愛い。
しばらくして、皆の準備が整う。
それなり時間は経過していたが、まったくそれを感じさせなかった。
仲睦まじい姉妹の様にじゃれる2人を見れた、まさに至福の時間。
私の幸せメーターは果てを知らない程伸びていた。
私の人生について誰かのせいにしたい訳ではないが、もしもこんな娘がいたら、人生違っただろう。間違いなく。
「お待たせおっさん☆」
「お待たせしましたヨシオ様」
「それじゃあ、いただきまし――」
「もう限界です!ヒャハー!」
フォークを両手に肉ジャモ目掛けて突っ込むエーリン。
手頃なジャーモにフォークを突き立て、頬張る。
「ふぉ」
「ふぉっくほくれふー!あふぉっ、あふぉい!れもふまい!」
「あ、エーリンずるーい。あたしもいただいちゃおっかな☆」
「わ、私も失礼します!」
1口ジャーモを頬張る2人。
私は少し緊張していた。
今まで彼女達には何度か料理を振る舞ったが、それらは全て洋風というか、この世界でも馴染みのある料理の延長線上だった。
しかし今回の料理は、恐らく彼女達に馴染みのない味だろう。
彼女達の咀嚼が終わる。緊張の瞬間だ。
「おいしーい!なにこれ!?これがジャーモなの!?」
「ジャーモからこんな味がするなんて、驚きです~」
「だよねだよね!あたしが知ってるジャーモじゃないよ」
「それになんだか優しい味」
胸を撫で下ろす。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「なんでこんなに味がするの?」
「これは食材を煮る料理なのですが、煮た後に一旦冷ますと味が染みやすくなるんですよ」
「へー、スープなんかに入ってるのは食べたことあるけど、全然違うね」
「この味はどうやって作っているんですか?」
「魚醤をベースに組み立てた味付けなんですよ。でも魚醤は高かったですし、あまり流通していない様なので馴染みがないかもしれません」
「なるほど~」
「ふもっ!ふもっふ!ふもふも!」
「エーリンさん。もう少し落ち着いて下さい」
「でもほんとにおいしいよ☆」
「はい、私感激です~」
よかった。
自分が好きな物を気に入ってもらえると言うのは嬉しい。
それがこの2人なら尚更だ。
「たくさん食べて下さいね」
「もっちろん。おっさんの分まで食べちゃうよ?あは☆」
「この卵もおいしいです~」
「ふっ、ふもー!!」
深夜。就寝していた私は、目が覚める。
この世界に来てから、私の睡眠時間は極端に減った。
だからと言って寝不足と言う訳でもなく、気怠さも感じない。
多分、この体は効率がいいのだろう。
睡眠時間を割かなくてもしっかり機能する。便利な体だ。
だから私はこの時間に色々な事をする。
体の動かし方や、魔術の練習をしたり、家を作ったり。
あとは、この世界のことについて勉強したり。
今はかつての『勇者』について調べているところだ。
みんなこの世界を救っていることから、英雄譚にはことかかない。
私はその様な本を見つけてはとりあえず購入した。
インベントリに入れておけばいつでも読めるし。
今読んでるのは簡単な年表の様な物だ。
「勇者タケルヒコ……女神エリンに導かれし最初の勇者。始まりの魔王を屠り、魔王の因子で作られた終焉の魔獣『ヤマタノオロチ』を討伐する。世界に平和をもたらした……」
んー。
聞いたことのある様な名詞が出てくるが、いかんせん知識が足りない。
なんとなくすごいんだと言うことはわかるのだが。
「……その後、王国の西方にある島に『ヤマト』を建国する」
国……か。
すごいなー。よくそんなこと考えるものだ。
私には到底真似できない。私が王様の国なんて誰もついてきてくれないだろう。
畑でも耕している方が性に合っている。耕したことないけど。
「えーと次は……混沌から2代目魔王が誕生する。それに伴い、女神エリンは勇者を召喚した。勇者の名はテンム。初代勇者の娘など、選ばれし聖戦士と共に魔王討伐に向かう。そしてこれを達成した」
初代勇者の娘ってことは、タケルヒコ様の娘ってことか。
娘さんまで魔王討伐に行くとは、やはりそういう血が流れているということなのだろうか。
すごいなー。
……ん?まだ続きがある。
「えー……が、共に戦った聖戦士達は魔王の因子に飲み込まれる。勇者テンムは全ての聖戦士を天に返した後、消息を絶った」
はて魔王の因子とは。
まあそれは置いといて、天に返すって、これはそういうことだろうか。
とすると、タケルヒコ様の娘さんも……そういうことなのだろうか。
「ふう」
息を吐いて。月を見上げる。
この世界で生きてきた、生きている人達は、きっとみんな同じ様な苦しみを抱えているのだろう。
私には耐え難い苦痛。
まさに生きてきた世界が違うのだ。
「……私は、何をすればいいんだろう」
と、部屋の向こうに気配を感じる。
……ルミさんだな。
間も無くして、扉が静かに開く。
顔を覗かせたルミさんは、窓際に座る私を見て少し驚いた。
「あれ? あはは。ずっと起きてたの?」
「いえ、少し寝ましたよ。ルミさんは?」
「あたしは……ちょっと寝付けなくてさ。おっさんは寝てるかなーって」
「そうですか。よかったら、少しお話ししませんか」
「いいの?」
「もちろん」
「……うん。する」
少し遠慮がちに入ってくるルミさん。
髪を下ろしたルミさんの可愛さたるや。たまらん。
と、ルミさんが腰掛けた場所はまさかの。
「ル、ルミさん!?」
「えへへ、なんだか恥ずかしいね☆」
私に膝の上。
おうふ。
もこっとしら素材のパジャマから胸元が見えている。
なんなんだこの生き物は。私を殺す気か。
緊張から声が出ない。
たくさん話したいことがあった筈なのに。
この子を見ていると、頭が思うように働かないから困る。
いや元々大して働いてないんだけど。
「あ、あのさ」
結局、その静寂を破ったのはルミさんだった。
「な、なんでしょう」
「……前から聞いてみたかったんだけどさ。おっさんのいた世界ってどんなとこなのかなーって」
「私のいた世界ですか」
「うん。教えて?」
「そうですね……」
私のいた世界。
この世界の人々に比べれば、恵まれた環境であっただろう。
食べ物もあるし、仕事にもありつけた。
多少閉鎖的であったかもしれないが、それは私にも原因があったと思うから。
「優しい世界……だったと思います」
「……そっか。でもさ、世界が優しくても、おっさんが幸せだったかは別だよね」
「……そうですね」
確かにその通りだ。
少なくとも、私は今この瞬間に勝る幸せを知らない。
「おおおっさんてさ、もももしかして、けけ結婚とかしてたりする?」
「え」
後ろからなので顔は見えないが、耳が真っ赤になっている。
ルミさんて以外にうぶなんだよな。
「結婚はしてませんよ。というか童貞なの知ってますよね」
「き、聞いてみただけだよ!……でも好きな人ぐらいいたんじゃないの」
「そんな人がいたら、私の人生も違っていたかも知れませんね」
「ふ、ふーん。つまんないの」
「ルミさんは、好きな方がいるんですか?」
「はあ!?いいるわけないし!?いっとくけどあたし処女だから!」
なにかムキになっている、聞いてないことまで。ありがたや。
「「……」」
また沈黙、
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。可愛い人だ。
「おっさんは、傍にいてくれるよね」
私の手を握り、ふと呟かれた言葉。
その言葉には例えようのない、哀愁が漂っていた。
私は、ルミさんが好意を寄せてくれていることを知っている。
でもそれは、子供が親に甘えるような、そんな好意だ。
彼女はまだ子供だ。
手足は伸びていても、子供だ。
だから私は。
「何があっても、あなたの傍にいます」
君が安心して眠れる日まで。
それが私の。
傍にいること。簡単じゃない。




