仲直りとおっさん
「あれはアシェリーが10歳になった時のことでした」
皇帝陛下の話は続く。
「10歳になったアシェリーは、騎士団に入りたいと言い出したんです」
「騎士団ですか?」
「我が国は騎士学校を設けてあって、10歳から入学できます。そこで修練を治め、試験に合格した者が騎士になれる仕組みなんです。まあ騎士学校に行かなくても、試験に合格すれば騎士にはなれますが」
「なるほど、しかし特に不満に思うようなことではない気がしますが」
「大いにあるよ!騎士学校は入寮制なんだ、5年もだ!5年も離れ離れなんていくらなんでも長すぎる!そもそも僕は騎士になること自体反対だったんだ!」
「それはどうして?」
「騎士になれば、有事の際は当然働かなければならない。死ぬかもしれない戦場にアシェリーを向かわせるなんてできない。それに公爵家の令嬢が騎士になる必要なんてない。他の誰かにやらせればいいと説得した、けど……アシェリーは騎士学校に入った」
「アシェリーさんが騎士になることを望んだのは、なぜなのかわかりますか?」
「……国の為と言っていた。確かに、アシェリーは優秀だった。騎士団に入れば、国に大きく貢献できるほどに。事実アシェリーは軍部の頂点にまでなった。だけど、それでも僕は」
ふむ。そこで確執が生まれたのか。
しかし、アシェリーさんがあそこまで嫌悪することではない気がする。
命懸けで騎士になると言い出すなんて、生半可な覚悟ではない。
仮に当時から皇帝陛下を嫌っていたとして、嫌いな人の治める国に貢献しようとするだろうか。
いや、当時はまだ皇帝ではなかったのか?
ここのところはアシェリーさんに聞くのが良さそうだ。
あとはこれからどうするつもりなのか、だ。
「皇帝陛下は、アシェリーさんをどうなさるおつもりですか」
「僕は……アシェリーの傍にいたい、アシェリーに謝って、許してもらえるなら、これからもこの国にいてほしい、と思っている」
うん。やっぱり好きな人とは離れたくないよね。
「でも、アシェリーが望むなら、どうか連れて行ってあげて下さい」
「え」
どういうことだ。アシェリーさんをパーティに加えると言う話はしていないだが。
ちょっと焦ってしまう。
すると皇帝陛下は少し呆れたように言った。
「ここ数日のことは見ていたんだ。勇者殿といる時のアシェリーは……とても嬉しそうだった」
「僕は彼女を追いだすようなことはしない。でも彼女が望むなら、その時は」
「その時は……」
苦虫を噛み潰したような顔で固まる。
これだけ聞ければ十分かな。
「お気持ちはわかりました。じゃあ――」
コンコンコンッ。
っと、私の言葉を遮る様にノックの音が響いた。
「失礼します。アシェリー様がお見えです。いかがいたしますか?」
侍女さんの言葉を聞き、皇帝陛下と顔を見合わせる。
「ゆ、勇者殿が呼ばれたのですか?」
「わ、私は何も」
「ぼぼ僕はどうすれば」
「……お話しをされてはどうですか?」
「い、いまからかい!?」
「皇帝陛下のお気持ちを素直に話せばいいんですよ」
「しかし、僕は彼女の前にいると興奮してしまって」
「私もついていますから、ね?」
「……わ、わかりました。通してくれ」
「かしこまりました」
少しして、扉が開く。
やってきのはもちろんアシェリーさんだ。
「ア、アシェリー」
「陛下……」
固まったまま動かない2人。
脳裏にあの惨劇が過ぎる。
いかんいかん、今回はそうはさせない。
「アシェリーさん。ここへは何を?」
「え、あ、勇者様が陛下の下へ向かわれたと聞いて……やはり私がお話ししなくてはと思いました」
「そうですか。いま丁度その件についてお話ししていたところです」
すると椅子から立ち上がる皇帝陛下。
拳を握り、決意を固めた様だった。
「ア、アシェリー、僕は……君の気持ちを知った気になって、君にひどいことをしていた。ゆ、許してほしい!」
勢いよく頭を下げる皇帝陛下。
下げた時に異臭が目に染みたのは黙っておく。
「へ、陛下、顔をあげて下さい、私こそ、陛下にとんでもないご無礼を――」
「いやいいんだ!あれは僕が招いたことだ!それに僕にとってはご褒美みたいなものさ!」
おい、アシェリーさんの顔が引きつってるぞ。
早くも暴走気味だ。
「き、気にしないで欲しいと言うことですよ。それより、皇帝陛下から聞きましたよ。子供の頃、ここに住んでいらしたんですね」
「そ、そうですね」
「皇帝陛下はその頃からアシェリーさんに好意を抱いていらっしゃたそうなのですが、アシェリーさんはどうだったのですか?」
皇帝陛下から汗が滲む。
その頃から嫌いだったと言われれば、ショックは隠せないだろう。
「そう……ですね。この城に住むことになって、家族の下を離れるのは少し寂しかったです。でも、陛下と過ごした時間は……嫌ではありませんでした。」
やばい、皇帝陛下が泣きそうだ。
ちょっと嬉し泣きは早いんだけど。
こっから嫌われるんですよあなた。
「だから陛下とこの国を良い国にしたいと思い、騎士学校に入ったんです」
騎士学校に入ると言ったのも、皇帝陛下を気に入っていたからこそだと。
ふむふむ。
「では騎士学校に入るのを反対されたから、お嫌いになったのですか?」
「確かに反対はされましたが、私の身を案じてのことだとわかっていましたので。特に」
皇帝陛下が泣きそうになりながら口元を緩ませている。
この人豊かすぎだろ。
「ではなにがいけなかったのでしょうか」
「それは……私が騎士学校に入ってから、陛下はよく様子を見に来られました。そして、なぜか会うたびに、その、清潔感がなくなっていて」
「皇族の方が視察にいらっしゃることはありましたが、稀でした。なので私はあまり来ないで欲しいと言いました。もし来る時は身なりを整えて欲しいとも。次期皇帝陛下が不潔では示しがつきませんので」
「でも私の話は聞いて頂けず、それからも陛下は様子を見に来られました」
「そんなある日、騎士学校で模擬戦があったのです。そこで私はある生徒と戦い、負けて怪我をしました」
「すると観戦していらした陛下が、その生徒を処罰すると言い出したのです」
「怪我と言っても魔術で治療できましたし、訓練中の事ですから、処罰するのはおかしいとお話ししました。でも聞き入れてもらえず、結局その生徒は退学、国外追放となりました。その頃でしょうか。だんだんと不信感や嫌悪感が募り、陛下に会うのが苦になったのは」
「うわあ」
皇帝陛下を見やると。
も、燃え尽きている。真っ白な灰になったという感じだ。
「皇帝陛下っ」
耳元で囁いてみると、はっと目が覚めた。
顔色はかなり優れないが。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
大きく息を吐く皇帝陛下。気持ちを落ち着かせているようだ。
そして話し出す。
「僕は子供の頃のことをちゃんと思い出したよ。この国を良くしようと言っていたのに。君にばかり目を向けて、君に会えないことを理由に嫌な人間になっていた様だ」
「本当にすまないことをした」
綺麗な姿勢で頭を下げる皇帝陛下。
土下座より誠意が感じられる。
そこはさすが皇族と言ったところか。
「私の方こそ、もっとちゃんと陛下とお話しすればよかったと、今では思っています。申し訳ありませんでした」
うん。もう大丈夫そうだな。
「これでわだかまりは取れましたかね」
「これも勇者殿のおかげだ。本当にありがとう」
「ではアシェリーさんはこれからは?」
「……都合がいいようだが、アシェリーさえよければ、これからもこの国にいてほしい。でもこの国を出ると言うなら、僕は止めない」
アシェリーさんと目が合う。
好きにしていいんですよと、私は頷いた。
「私は……」
「で、結局残ることにしたんだ」
「やっぱりこの国が好きみたいですから。皇帝陛下ともうまくやっていけるでしょう」
「よかったですね~」
「これで帝国もなんとかなりそうですね!」
城に用意されたルミさん達の部屋。
訪れた時は頬を膨らましていたルミさん達だったが、なんとか話を聞いてくれて今に至る。
エーリンさんがなだめてくれていた様で、思ったより溜飲は下がっていた。
「でもさ、おっさん的には残念なんじゃないの」
「え?」
「あの美人さんがパーティに入るかもしれなかったわけでしょ」
肘を付いてよそを見るルミさん。
ちょっとツンとした態度が可愛らしい。
我慢できず、ポンポン頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと、撫でるなあっ」
「あ!ずるいですルミさん!私もして欲しいです!」
「ヨシオさん。やりすぎちゃだめですよー」
なんだか懐かしいやりとりをして、その日は3人と1匹で眠った。
※おっさんは眠れませんでした。




