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皇帝とおっさん

更新遅くなりました。申し訳ない。


「遅いぞアシェリー!帰ってきたのなら早く言いにこないか!」


甲高い怒号が響く。

それは皇帝―アウストウラ・フォルネウス・ディーン・エウメネス――のものだ。

アシェリーはその声に反応した。

遠のきかけていた意識を手繰り寄せ、なんとか言葉を返す。


「も、申し訳ありません。ただいま戻りました」

「それで!?魔王軍はどうなった!?追っ払ったのか!?」

「はい。偵察隊を派遣して動向は把握しています。現在魔王軍は港方面に向かって撤退中です」

「ならば追撃戦だ!追撃隊を派遣しろ!」

「こちらにそれだけの兵力は残っていません。まずは態勢を立て直し、防衛線の回復を図るべきです」

「ならさっさとそれをやらせろよ!」


城の通路に響く怒号。

跪く将校達に得もいえぬ雰囲気が漂う。

はっきり言ってこの皇帝、まったく人望がない。

この『ガズラン帝国』を実質的に運営しているのは三鎧天、中でもアシェリーのグラン公爵家とフェルマー公爵家の尽力によるところが大きい。

将校達は三鎧天が仕えているからこそ、皇帝に仕えている。というのが実情だ。

アシェリーとアウストウラの人望の差は月とすっぽん、スペリオルドラゴンとボアバーキだ。

そんなアシェリーが慈悲のない罵声を浴びせられれば、剣呑な空気になるのは必然であった。


余談だが、フェルマーのフルネームはライオネス・ハルベルト・フェルマーである。

しかしライオネスと名で呼ぶと不機嫌になる為、皆フェルマー卿と呼ぶ。


だが誰もそのことに異を唱えないのはある理由があった。


「そ、そうだ!今回お前が前線に出たと聞いたぞ!どういうことだ!?いつも言っているだろう!お前は後ろの方で指揮だけしていればいいって!もしものことがあったらどうするつもりだ!?怪我はしてないんだろうな!?」


そう、この男。


「お前はもっと自分を大切にするべきなんだよ!お前の代わりはいないんだぞ!ちゃんと自覚しろ!べ、べつにお前の為を思って言っているわけじゃないんだからな!?ただお前に死なれたら困るだけで……」


アシェリーにベタ惚れなのである。

つまりこの罵声も彼女への愛情の裏返し。

幼少の頃より共に育ってきた2人。今まで幾度となく行われてきた光景。

側近から庭師に至るまで、城に奉公している者には周知の事実であった。

しかしアシェリーは、まっっったくその思いに気付いていない。

気付いていないどころか、自分はアウストウラに嫌われ、虐げられていると感じていた。

そんなアウストウラをアシェリーが好きになる筈もなく、アウストウラへの好感度は毛ほどもなかった。

周りにとってある意味喜ばしいことではあるが、故に藪を突けない状況だった。

なぜならアウストウラはアシェリーへの思いがまだバレていないと思っている。

そしてアシェリーに自分は好かれているとも。

甚だしい勘違いではあるが、その勘違いのおかげでこの男、アシェリーへの告白は控えている。

最高のシチュエーションを用意して、告白はその場でと心に決めているのだ。

なので今までは、臣下達がそのシチュエーションを不可抗力と言わんばかりにぶち壊しておけば、告白を先延ばしにできていたのである。

しかし、もし誰かがアシェリーへの思いがバレバレなことを伝えれば――


「バレてしまったのであれば仕方ない!もうシチュエーションとか気にせず告白してくるぞ!」


となったり。

アシェリーに嫌われていることを伝えようなら――


「そんなこと信じられるか!今から告白して証明してきてやる!」


となる可能性が高かった。

その為臣下達は、アシェリーに告白される前に適当な女をあてがい、その思いを消そうと言う作戦なのだ。

しかしアウストウラ。意外にも一途。他の女には目もくれない。故に童貞。必然。

臣下の働きむなしく、いまだ綱渡りの状況だ。

一般人であれば告白させて玉砕しても何も問題はない。

が、この男は皇帝なのだ。

いくらグラン公爵家と言えど、皇帝からの求婚を断れば関係性の悪化は免れない。

場合によっては、アシェリーが国を出て行くまである。

それは国が傾くと言っても過言ではない。

そんな中、空気を読まない男が1人。


「ちょっと言いすぎじゃないですか?」


痩せた頬に無精ひげ、黒縁の眼鏡を掛けたスーツの男。

開いているかもよくわからない目は、確かに皇帝に向けられていた。


「ああ?なんだお前!?今アシェリーと話してるんだから邪魔するなよな!」

「貴方のしているそれはお話しではなく、ただの罵倒です」


事情を知らない男、仕方ないと言えば仕方ない。

それでも皇帝に口を出すとは思っていなかった将校達は震える。


「ゆ、勇者様――」

「なんだとおお!?」


アシェリーの声はアウストウラに容易く掻き消された。


「その格好!騎士団の者ではないな!?何者だお前!?」

「私はラクロア王国から来ました。ヨシオです。勇者をやっています」

「ゆうしゃだあ?」


値踏みするようにその風体を観察する。

見下すような視線を変わらない表情で受け止めるヨシオ。

少しして、アウストウラは鼻を鳴らした。


「はん!お前の様にみすぼらしい勇者がいるか!大体なんだその格好は!?従者のそれではないか!?」


ヨシオのスーツを指して言う。

これには将校達も思うところがあったようで、同意の視線を送った。


「これは私のいた世界の戦闘服なんですよ」

「適当なことを言うな!」

「陛下、この方は間違いなく勇者様です。この度の戦、勇者様の助力がなければ勝てぬ戦でした。お考えを」

「な!?どういうことだ!?」

「王国にこちらの報せが届きましたが、軍を送るには時間が足りなかったとのことで、一足先に勇者様が来てくださったのです」

「違ーう!なんだその勇者様と言うのは!?それにその親し気な声色はあ!?」

「そ、そのようなことは!?」

「顔を赤くするなあ!!」


肩で息をするアウストウラ。

汗が滝に様に噴き出す。


「ま、まさか、アシェリーをたぶらかしたのか!?」


また訳のわからないことを言い出した。

と将校達に溜め息が漏れる。


「はい?」

「とぼけるなあ!お前いったい何をしたあ!?」

「特になにも……あ」

「『あ』ってなんだあ!?」

「いえ、アシェリーさんを助けた時に、つい抱き止めてしまいました」

「!?!? お前なんばしよっと!?僕だってまだしとことないのにいいいい!!」


怒りを顕にするアウストウラ。

体から噴き出した汗が蒸発し、湯気が出る。


「? 私のことは陛下に関係ないのでは?」

「関係ない訳あるもんか!」


なぜ自分が勇者に助けられたことを怒っているのか理解できないアシェリー。

が、そこで気付く勇者、童貞でおっさんで少しボケてはいるが、鈍感系ではない。

だが空気は読めない。


「もしかして……アシェリーさんのことが好きなんですか?」


((こ、こいつ言いおったあああああああああああ!!))


将校達が目を見開き、口を大きく開けたまま固まってしまう。

長年気付いていても誰も触れなかったことを、この勇者、軽々と。

間を置いて。


「……え?」


アシェリーの血の気が急降下する。

それもその筈だ。

この醜く、臭く、生理的に受け付けない、こんなのと結婚するなら豚牙族オークと結婚した方がマシだと思う相手が、自分のことを好きなんやで。

と、完全に悪夢である。


「なあっ!なはっ!なあにおいいっているのだあ!?」


狼狽するアウストウラ、その胸中はこうだ。


(こ、こいつ、この僕が長年秘めてきた想いを、会ってまだ数分、いくつかの言葉を交わしただけで見抜いたと言うのかあ!?し、信じられん、これが勇者と言うものなのか!恐ろしい……)


「違うんですか?」


アウストウラは戦慄を隠せなかった。

その震えを止める為にとった行動は。


「ふ、ふはは、はーっはっはっは!なるほど、勇者と言うだけのことはある。その慧眼、感服したぞ!」


開き直ることであった。


(バレてしまっては仕方ない。だがこれはいい機会だ。いつもアタックを仕掛けようとするとなぜか邪魔が入っていたからな。ムードには欠けるが、ここは思い切って言ってしまおう!)


「この際だ、はっきり言わせてもらう。皆も心して聞くんだ!」


「(しまった!)陛下!――」


あまりのできごとに反応が遅れるフェルマー。

遮ろうとしたが、一歩及ばなかった。


「僕は、ガズラン帝国皇帝アウストウラ・フォルネウス・ディーン・エウメネスは!アシェリー・ベルガモット・グランを愛している!!」


城。

いや、帝都の隅々まで行き渡るような高らかな響きだった。

自信に満ちた。自ずと跪きたくなるような心地よい響きだ。

つい「はい」と答えてしまうような強制力がそこにはあった。

ではそんな告白を受けた彼女はどうなったのだろうか。


































「おっぶぶぶうぶぶぼっぶぼぼぶぼぼおぶええ!!」


彼女の口から飛び出たのは、綺麗な放物線を描く嫌悪感の表れだった。

柔らかな唇をこじ開け、抗いようのない力が噴出する。

アシェリーは胃の中から拳を突き上げられるような感覚を覚えていた。


「ア、アシェリイイイイイイイイイイ!!」


アウストウラがアシェリーの下へ。

その汚れた物が自身に降りかかるのも厭わず、彼女を抱き支える。

愛のなせる技であろうが、皮肉にもその行動は彼女をさらに苦しめた。


「あべっおぼおぐえぼぼぶえ!」

「アシェリイイイイイイイイイイイ!!」


先程の告白の様に、城内にアウストウラの声が響き渡った。

離れてくれと目で訴えるアシェリー。

そんなことはお構いなしに無慈悲に彼女を抱き寄せるアウストウラであった。


どうしようもない時って、ある。

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