三鎧天と無能な皇帝
雪です。
寒いです。やばいです。
この国は温暖な気候に恵まれ、資源も豊富、実に恵まれていると思う。
魔術と言う便利なものがありながら産業の発展は著しく、金属加工の分野においては他国を引き離していると言える。
このまま行けばいずれ王国や共和国の追随を許さぬ大国になったであろう。
そんな我が国が、今や滅亡の危機に瀕している。
「アシェリー!アシェリーはどこだ!」
聞こえてきたのは甲高い耳障りな声、だらしなく太った体、全身から迸る汗と悪臭、私の最も嫌いな男――アウストウラ・フォルネウス・ディーン・エウメネス――この国の皇帝だ。
「陛下。ここに」
「アシェリー!?何をやっている!?魔王軍がすぐそこまで来ているんだぞ!?」
「承知しております。ですのでこれから今後の対応について軍議を執り行います」
「軍議だと!?僕は呼ばれてないぞ!?大体昨日も軍議をするって言っていたじゃないか!?」
くさい。うるさい。
唾を飛ばすな。
「今の状況が打開できるまで、何度でも行います。陛下には軍議が終わり次第ご報告に参りますのでお部屋でお待ち下さい」
「軍議!軍議!軍議!いつまで経っても軍議!いつになったら魔王軍をやっつけるんだよ!?」
「陛下、時間がありませんので私は失礼致します。後を頼みます」
男の傍にいる侍女達に促す。
「「はい、アシェリー様」」
「あ!待てよアシェリー!僕の話はまだ終わってないぞ!?」
「「陛下、どうぞこちらへ」」
「おいやめろ!引っ張るな!服が伸びちゃうだろ!?僕は皇帝だぞ!?おいアシェリー!?おーい!!」
男の声が遠のき、耳鳴りと悪臭から解放された私は、つい安堵の溜息を漏らす。
私はアシェリー。
アシェリー・ベルガモット・グラン。
帝国を守る『三鎧天』の1人だ。
将校達の待つ部屋に入ると中にいる者達が席を立つ。
「申し訳ありません。待たせました」
「いえ、問題ありませんアシェリー様」
もみあげから顎まで髭を生やした、熟年の――私の片腕である男性が答える。
「ありがとうゲルト。さっそく状況を確認しましょう」
「今日の戦いで帝都防衛線が最終防衛線にまで後退し、後がない状況です。こちらの兵は既に1万を切っております。対する魔王軍は2万、さらに3万を超える本隊が控えており……」
「王国や共和国からの援軍は?」
「王国、共和国ともに隠密に長けた者を10名以上送りましたが……確認できません。以前『リンケージ』も使用不能です」
「そうですか……」
ここ数日、魔王軍の侵攻は苛烈を極めた。
村々を焼き、町を蹂躙し、ついに帝都までその歯牙にかけようとしていた。
そしてそれは、明日にも実現しようとしている。
まさに絶望的状況。
「フェルマー卿の容態は?」
「一命は取り留めましたが、未だ昏睡状態です」
フェルマー卿。
私と同じ三鎧天の1人。
騎士団を率いて戦に出て、重傷を負ってしまった。
そしてもう1人は――
「ガルド様……」
将校の1人が言葉を漏らす。
隣の者がそれを静止させた。
そう、三鎧天はその名の通り3人からなる。
その中でももっとも体力と膂力に優れていたのが『断鎧』のガルド。
知力は少し欠けていたが、部下や民からの信望は厚く、この国になくてはならない柱であった。
しかし彼は、既に戦死している。
敵将、魔王軍八雷神の1人の手によって。
彼の死は兵や民に多大な影響を与えることから、ごく一部の者にしか知らされていない。
彼が戦場に出なければ察する者もいる……が、それでも公式に発表しなければ希望を持てるのだ。
憔悴した者達には希望が必要だ。例えそれが偽りだったとしても。
「どうなさいますかアシェリー様」
「フェルマー卿がいない今、強者が現れれば前線が崩れてしまいます。明日は私が前線に出ますので、指揮はキューエルに任せます」
「わ、わたしですか!?」
豪傑の集まる中、場違いだと言わざるをえない小さな少女に視線が集まる。
彼女は私のもう1人の片腕であり、私が軍師として育て上げた可愛い妹の様な存在だった。
年齢はまだ12ではあるが、軍師としての才覚は本物だ。
「キューエル、あなたはもう立派な軍師です。ここにいる者も異論はないでしょう」
私の言葉に将校達は一様に頷いた――が当の本人は胸の前で組んだ手を頻りに震わせていた。
これが初陣と言う訳ではないのですが、国の命運が掛かった一戦。
恐れるのも無理はないでしょう。
これはもうひと押し必要な様だ。
「あなたにしかできないことなのです。やってくれますね?」
少し強めに言う。
彼女はやがて震えを治め、強い眼差しで答えてくれた。
「わ、わかりました。ご期待に沿える様に頑張ります!」
少しばかり罪悪感を覚えた。
私の為、国の為に決心をしてくれた彼女の眼差しは、とても眩しいものだった。
「ありがとうキューエル」
薄っぺらな精一杯の笑みで答える。
嬉しそうな彼女の顔が、さらに私を絞めつけた。
私は卑怯だ。
私は彼女から目を逸らす様に軍議を進めた。
そうして恐らく最後になるであろう帝国の夜は更けていった。
明朝。
朝靄に包まれたまま帝都の最終防衛線である『レギン砦』を抜け、砦の外に陣を張る。
本来であれば籠城したいところではあるが、この場においてそれは愚策だ。
こちらの戦力は歩兵約7千、騎兵1千、鳥竜騎兵5百、魔術士2百。
対する魔王軍の先方隊は小邪族や豚牙族を主体とした2万からなる軍勢。
中には巨牙族や鬼人族と言った大型の魔族や、ウルフの様な調教された魔獣もいる。
小邪族を除き、膂力に於いて他の魔族は人族を凌駕していた。
だが、最も警戒すべきはそれらの魔族ではない。
警戒すべきなのは強者の存在だ。
この場合、強者とはランクS以上の者を指す。
1人の強者の存在により、戦況はひっくり返ることがある。
そんな敵を相手に、受け身に回ればその後は想像に難くない。
戦は相手の強者を把握し、迅速に対応できた側が勝つと言える。
が、ここに至るまでの中で、帝国は敵の強者をほとんど把握できていない。
故に砦の外で対峙し、砦に近づけさせない様にしなくてはならないのだ。
強者の1人として、私は私にできることを。
靄が晴れると、辺りはまるで地獄が溢れた様におびただしい数の魔族が蠢いていた。
吐き気を催す者もいるぐらいに、くさい。
実に醜悪だ。
その点については陛下も負けていないけれど。
そんなことを考えていると、魔王軍の中から1つの雄叫びが上がる。
それは1つ、また1つと増えていき、大地を揺るがす程の轟音となった。
敗走に次ぐ敗走。
この状況を前に、兵の心は折れかかっていた。
しかしそんな兵達を励ます資格は、私にはなかった。
やがて少数の魔族が走り出す――と堰を切ったように魔族が雪崩れ込む。
「全軍前進!」
歩兵に指示を出し、前線を押し上げ予定していた場所まで前進させる。
「全軍停止!密集陣形!」
密集陣形。
前衛の歩兵に大盾を持たせ、後衛が槍で敵を攻撃する。
さらに後ろからは弓と魔術による攻撃を与える防衛陣形だ。
小邪族や豚牙族であればこれで充分凌げる。
問題は大型種や強者。
どこか一部分でも突破されれば陣形は崩れてしまい立て直すのは困難、その為早急に解決しなければならない。
それをするのが私の役目だ。
「ゲルト、後のことはよろしくお願いしますね。くれぐれも」
「アシェリー様……」
そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。
私はあなたの武人としての死に場所を奪ってしまったのだから。
「私のわがままを聞いてくれて感謝しています。こんな私に仕えてくれて、本当にありがとう」
「……不肖このゲルト、必ずやお役目を果たしてみせます」
「ふふっ、どうかお元気で」
ゲルトに笑顔を送る。
次の瞬間、前衛部隊を飛び越え、最前線を駆けた。
無数に蠢く群れに向かって。
「帝国三鎧天が1人、アシェリー・ベルガモット・グラン!参ります!」
ブロンド女騎士。定番。だがそれがいい。




