おっさん、勇者になる
夜明け、王都を南下した所にある平原。
私とアルマゼルさんが戦った場所。
魔力の跡を追ったら、そこに辿り着いた。
膝を抱えて蹲る彼女。
今にも潰れてしまいそうな程、弱々しいのが見て取れた。
しかし肌が白くなっていることに少しだけ安堵できた。
「ルミさん」
声を掛けると、過敏に体を震わせた彼女。
そしてゆっくりと上げたその顔は、一晩泣き腫らした様に目元が真っ赤になっていた。
いや、実際にそうだったのだろう。
彼女がどんな思いでここに居たかと思うと、痛い。
私には、ただ黙って彼女を見つめることしかできなかった。
「おっさん」
彼女の荒れた唇が開く。痛い。
「どうしよう、あたし」
彼女の見開かれた目が潤う。痛い。
「あたし、友達をっ、サクヤを切っちゃったよおっ」
彼女の大粒の涙がポロポロと溢れる。痛い。
「どうしようっ、どうしようっ!」
……私は、勇者と言うものがなんなのかよくわからなかった。
魔王を倒す存在というのがそもそも納得行かなかったし、結局は戦争の英雄なんだと思うと、まったくやる気が出ない。
なぜ選ばれたからと言って勇者が戦わなければならないのか、なぜこれまでの勇者達が戦うことができたのか。
結局、私は他の勇者とは違い本当に選ばれた勇者ではない。
だから違うのだと、勇者の気持ちなんてわからないし、この世界の人達の期待に応えられる存在ではないと。
勝手に納得していた。
でも――
「おっさんっ」
歩き出す。
一歩を踏みしめる度に、彼女の色が変化していく。
黒く、黒く。
魔力が溢れ、彼女を苦しめる。
それにつれ、彼女が彼女でなくなっていくのがわかる。
混乱していた彼女は、制御されたかの様に落ち着きを取り戻す。
首下まで黒く染まった頃、彼女はこう言った。
「助けて」
――勇者というものがなんなのか、少しだけわかった気がした。
低く構えられた居合い、彼女の間合いに入る。
すぐさま必殺の一撃が首下を薙ごうとするが、暖簾をくぐるようにかわせた。
くらえば容易く両断される一撃を浴びせられながら、私はひどく冷静だった。
しかしその胸中は溢れんばかりの感情で埋め尽くされていた。
彼女を助けたい。
彼女を守りたい。
彼女を許したい。
彼女に許されたい。
魔王を殺したい。
そうか。
これが。
彼女に手が触れる。
彼女のうなじ――あの場所を目掛けてこの感情をぶつける。
「あっ」
あの嫌な魔力が消えていくのがわかる。
そして彼女も。
「あっ……おっさん?」
彼女を抱きしめる。
いつのまにか左腕はなくなっていたので右腕だけで。
可能な限り、彼女を近くに感じるように。
「おっさん、痛いよお……」
「……違うよね、おっさんの方が痛いよね」
「ごめん、ごめんねっ、あたし、あたしのせいで」
違う。
違うんだ。
私がもっと早く気づいていれば。
彼女にこんな思いをさせずに済んだのに。
「どうしようっ、おっさんも、サクヤも傷つけちゃったよお」
「大丈夫、まだ間に合います」
「でも、でもっ」
「大丈夫です。だって、私もサクヤさんも、あなたの事が大好きですから」
「っ」
「だから大丈夫です。だから――」
私を許して欲しい。
「サクヤさんの所に行きましょう。あなたの力が必要なんです」
「ん」
うつろう目に、やがてはっきりと光が差した。
「ル……ミさん?」
「サクヤっ」
ルミさんの顔がみるみる不安の影を帯びる。
「サクヤ、あたし、あたしねっ」
「ルミさん!」
ルミさんにしがみつくサクヤさん。
「元に戻ったんですね!?よかったあ!ほんとによかったでず~!」
そのまま泣き出してしまった。
そうだよ。
なにも心配することはなかった。
「サクヤ……。うぅ……ごめん゛、あたし、ほんとにごめんね゛え゛~」
「ルミざん゛~」
「サグヤ゛~」
泣きながら抱き合う2人……いいな。
「おっざん!」
「はい?」
ルミさんに手招きされ、2人の下へ行く。
すると近付いた所で腕を引き込まれ、ルミさんが私とサクヤさんを抱く形になった。
「2人共、ほんどにありがどう~」
……お礼を言いたいのは私の方だ。
「って勇者様!腕どうしたんですか!?」
「あ、これは大丈夫です。魔力が回復したら治しますから」
切られた腕はインベントリにしまってある。
『ヴェノムヒール』が使えるようになったらくっつけよう。
「私が寝ている間に全部解決してくれたんですね。流石勇者様です!」
「……まだ解決していませんけどね」
「え?何か言いましたか?」
「いえ、それよりもう大丈夫ですか?」
「はい、全然大丈夫です!」
「それは……よかったです、本当に……」
「え?」
「勇者様?」
「……」
「寝ちゃったみたいですね」
「びっくりした。驚かせないでよ」
「ルミさんも寝たらどうですか?ひどい顔ですよ」
「マジ!?ってそりゃそっか」
「ふふっ、一緒に寝ちゃいましょうか、3人で、ね?」
「……うん」
そして私たちは、丸1日泥の様に眠った。
しばらくはゆっくり、イチャイチャさせます。




