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剣鬼とおっさん


異形。

凡そ普通の人間とは思えない姿の者たちは、一様に黒子の様な頭巾を被っていた。


大典太光世おおてんたみつよ』『九字兼定くじかねさだ』『朝嵐勝光あさあらしかつみつ 』『綾小路定利あやのこうじさだとし 』『二つ銘則宗ふたつめいのりむね』『大包平おおかねひら』『三日月宗近みかづきむねちか 』『童子切安綱どうじぎりやすつな


4代目勇者の子孫ルミエールが生み出した8体の剣鬼。


対するおっさん――7代目勇者は万全とは言い難いコンディション。

アルマゼルとの死闘。肉体の損傷は癒えていても魔力は回復しきってはいない。


(でも、戦わない訳にはいかない、か)


おっさんが見た彼女の眼は、明らかに今までの彼女のそれではなかった。


(今のルミさんはルミさんじゃない。それぐらい私でもわかる)


(彼女が何らかの刺客なら、これまでにいくらでもチャンスはあった筈だ)


(なぜ彼女がこうなったのか、確かめないままやられる訳にはいかない)


おっさんはインベントリから武器を取り出す。


「それじゃあ」


剣鬼が構える。


「逃げるとしましょう」


そう言って、おっさんは一目散に街の中に溶けた。


「行って」


彼女の一言で、剣鬼も同じ様に姿を消した王国の夜。













おっさんは走る。決して立ち止まらない。

止まれば、それは死を意味していたから。

彼女によって生み出された『八剣鬼はちけんき』。

そのどれもが《剣術士》をマスターしている達人であった。

無論おっさんも《剣術士》を含む《武神》をマスターしているが、かといって8人もの達人を同時に相手はできない。

その為、勇者の経験を頼りにおっさんの取った行動は街中を逃げ回りながらの各個撃破。

勇者にしてはしょっぱい戦い方だが、魔力も少ない現状で取れる最適手だった。

囲まれない様、魔力探知で動きを把握しながら、タイミングを伺っていると、探知から1体の剣鬼が消える。

突如、前方に現れる剣鬼。

全身毛に覆われた、狼の異形をした剣士。

姿が見えたのと同時に、いくつものかまいたちが飛んでくるが、受ければ他の剣鬼に捕まる。

逃げることは可能だが、この剣鬼、どんな能力で回り込まれたのかわからない以上、野放しにはできない。

おっさんは両膝を折り、なるべく自身の勢いを殺さず放たれた剣撃を掻い潜った。

そして両手に携えていた2本の双頭剣を振り翳す。


天武流てんむりゅう)萩風はぎかぜ


おっさんが剣鬼を通り過ぎた頃には、異形の四肢とその頭蓋は胴から離れた。

やがて残されたのは剣鬼の持っていた刀だけとなった。

完璧に近い立ち回りをしたおっさんであったが、一連の流れでどうしようもなく後方との差が縮まってしまう。

おっさんはおもむろに両手の剣を左右の壁に突き立て、そのままその場を走り去る。

いくらか離れた所で、転進する。

後方の追っ手は2体。

最も接近していたその2体と他の剣鬼には若干の距離ができていた。

いや、その距離ができるまで待っていたのだ。

転進したおっさんは迷わず2体の剣鬼に向かって行く。

【天武流・さざなみ

剣鬼の迎撃のいなしつつ致命の一撃を与える。

続く剣鬼の刃をいなしきれずこめかみが切れたが、ほんの軽い代償だった。

山羊の風体をした剣鬼の首に短剣が差し込まれ、刀だけが残った。

魔力探知――残りは5。

その内1体が上空から急降下した。

石畳が砕かれたが、そこにおっさんの姿はなかった。


おっさんが姿を現したのは幾ばくか後方。

路地の壁に残した双頭剣の片割れの位置にまで戻っていた。


飛鷹ひよう』『飛虎ひこ』 種別:剣 ランクSS 2本の双頭剣。それぞれを分かつことで4本の短剣になる。距離に制限はあるが、飛鷹は飛虎へ、飛虎は飛鷹の下へ小転移できる。


転移した先には1体の剣鬼。

剣鬼が反応するより早く、双頭となった飛鷹でその体を両断する。

――あと4つ。

転移に使った魔力の疲労感に襲われるが、ここで休む訳にはいかない。

おっさんの足元に這い寄る影。


(低い!)


路地の壁を蹴り上がり、当たればたやすく足を切断されるであろう斬撃を紙一重で回避する。

そのまま屋根まで上ろうとする。

が、それは空中、突進してきた者によって阻まれる。

先程上空から強襲した――鴉の様な剣鬼だ。

飛鷹、飛虎を交差させ強撃を受ける。

路地が突き当たるまで金属の擦れ合う音が響く。

突き当たりの壁には、そこが地上であるかの様にその足をぴったりと張り付かせた剣鬼がいた。


(まずい!)


飛虎の片割れはまだ回収していない――が、既にその能力は見破られていた。

路地に置いてきた飛虎には1体の剣鬼が張り付いている。

転移をすれば、それに合わせて不可避の速攻が飛んできてしまう。

飛鷹と飛虎。

これは本来使い手が2人いてその真価を発揮する。

1人転移の種が割れれば対策はされる。達人なら尚更だ。

であれば――


「ヴェノムライトニング!」


残り少ない魔力を使い、放ったのは特級雷魔術。

交わっていた剣を介して鴉風の剣鬼を襲う。

倒せてはいない、しかし強撃は緩んだ。

機を逃さず、剣を弾き首を狩る、剣鬼はそのまま地に落ちていった。

おっさんは空中で向き直り、待ち構える剣鬼と相対する。

【天武流・おぼろ

自身と刃を回転させ、剣鬼の放った居合い抜きを弾く。

勢いのまま、剣鬼の胴を両断した。

おっさんの地上への着地に合わせ、這い寄る影。

それを見失わず、着地と同時に標的に向かって倒れ込み、地上すれすれで前方に加速して放つ超低空切り【天武流・あずま】。

――あと1つ。


飛虎の片割れの前を陣取るまさしく鬼の風体の剣鬼。

剣鬼は飛虎を引き抜き、おっさんに投げつける。

飛鷹で弾く、とほぼ同時に迫ってきた剣鬼の猛撃を飛虎で捌く。

しかしおっさんの予想、いや、勇者の経験よりも早く斬り返しが届き、おっさん胸を浅く割った。


(早い!)


消耗し、精彩を欠きつつ、すんでのところで刹那の猛撃に耐える。

真っ当な剣技では既に覆せない状況まで追い詰められた。

最後の賭け。

転移したのは弾いた飛虎の下、剣鬼の上空。

しかし転移を読まれ、おっさんを見据える剣鬼。

接触の直前、もう一度転移。

先程の場所に置き去りにした飛鷹の片割れを回収し、切り掛かる。

それは完全に背後を取った、筈だった。

それすら読んだ剣鬼は体を半回転させており、おっさんの首下に剣を置きにきた。

しかしその猛撃は空を切る。

魔力枯渇ぎりぎりの転移。

剣鬼の真上に残した短剣を取り、鬼の首を――狩る。


「ガ、ゴァ」


ほんの少しだけ呻き、鬼は姿を消した。

それを確認し、おっさんはようやく息をついた。


「ぷは、はあ、はあ、死ぬかと思いました」


8体の剣鬼を倒し、生き延びた。

しかし、これでやっとスタートラインだ。


靴音が響く、それは彼女が履くブーツの音だ。

音が近づくにつれ、殺気が刺さる。

おっさんは剣鬼を倒すことにより、彼女が正気に戻るのではないかと少なからず期待していたが、そんなことはまったくもって全然なかった。
















「勇者は殺さないと……ねえ?」


おっさんは狂気に満ちた視線から眼を背けられないでいた。



おっさん。満身創痍。

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