ウザフカとおっさん
「ウザフカさんには家を用意します。家は村の外で、監視もつけさせて貰いますが、危害を加える気はありません」
「ソコデナニヲスレバイイ」
「そこは村の人達の判断に任せるつもりです。私の方から特になにかをして貰いたいとは思っていません。ただこの村で暮らしてみて欲しいのです」
「オレガムラノモノヲオソウトハカンガエナイノカ?」
「私はあまり心配していないですね、ウルフ達もいますし。それに――」
「ナンダ」
「あなたは人族を襲うことにさほど快楽を感じていないのではありませんか?」
ウザフカさんの体が少し震える。
「ナゼソウオモウ」
私は持ってきておいた袋を開ける。
「あなた達の持ち物を調べさせて貰いました。旅に必要な物が一式ありましたね。私が注目したのは食糧です。乾燥した穀物に干した芋、それと干し肉……これは動物の肉ではありませんか?」
「ソウダ、『ジャイアントディーア』ノニクダ」
「やはり、人族を食べなければ生きられないという訳ではないのですね」
「アタリマエダ」
「人族っていうのはおいしいのですか?」
「ドウダロウナ。マズクハナイガ、ニクノアジデイエバオレハ『ボアバーキ』ガスキダ。アブラガノッテイテウマイ」
ボアってことは猪かな?ディーアは鹿だから、どっちもそれに似た魔獣ということだろうか。
「それでは、食糧としてはあまり魅力を感じていないと」
「……ソウカモシレナイナ」
「では人族を殺すのが好きなのですか?」
「オレタチノタイハンハ、タブンソウダロウナ」
「あなたはどうなんでしょう」
「ナゼソンナコトヲキク」
「あなたは、他の豚牙族とは違うと感じました。なんと言いますか、人族くさいと言いますか」
「オレガ人族ニニテイルト?」
「少なくとも私はそう感じました」
ウザフカさんには人間味がある。なんというか、苦労しているサラリーマンの様な空気を感じたのだ。
「オレガ、ニンゲンクサイカ……」
思慮に耽るウザフカさん。
少しの沈黙の後、語り出した。
「オレハナ、コウミエテ『本』ヲヨムノガスキダ」
「『本』ですか」
「アア、ハナノ本、クイモンノ本、トオイクニノ本、ナンデモスキダ。本ヲヨンデイルト、オレノシラナイセカイガヒロガッテイル、ソレガコウフンスルノダ」
「そうですか、私も好きですよ、本」
「ソウカ」
「……やっぱり人族くさいですよ、ウザフカさんは」
お互いに笑い合う。
この豚牙族は、人族を殺すよりも本を読んでいたいと言う。
正直、もう私にはこの人を殺すことはできなくなってしまった。
ウザフカさんが村に住むことを了承してくれるように願う。
「オマエハフシギナヤツダ」
生前に何を考えているのかわからないとか、頭がおかしいとかは言われた気がするが、好意的に不思議な人と言われたのは初めてだ。
そう言ってくれたのは人間ではないけれど、素直に嬉しく思う。
しみじみ感じていると、ウザフカは真剣な顔?をして答えた。
「ワカッタ。コノムラニスモウ」
待っていた。待ちに待った言葉が聞けた。
「ありがとうございます」
「レイヲイウナ、オレハイワンゾ」
「はい、それでも、私は嬉しいのです。ありがとうございました」
「ホントニオカシナヤツダナ」
そこにきて、私はウザフカさんの縄を解いた。
「オイ、イイノカ。ヨルノウチニニゲダスカモシレナイゾ」
「その時は、その時です。あと、これはお返ししておきますね。武器は申し訳ありませんが」
ウルフは小屋の前で待機させておくしね。
持ってきた豚牙族の袋を渡す。中には食糧も入ったままだ。
お腹が空いているのは一番いけないことだと死んだ母も言っていた。
「今日のところはここで寝て下さい。私はそろそろ失礼します」
「マテ、ホカニキクコトハナイノカ」
え、何か忘れていただろうか。話すべきことは話したつもりだ。
首を傾げていると、ウザフカさんは呆れたように頭をかいた。
「魔王サマノコトトカ、軍ノコトトカイロイロアルダロウガ」
「はあ、でも言いたくないのでしょう?」
「ソレハソウダガ」
「なら無理に聞きませんよ。今日はあなたとお話できてよかった」
「ホントニイイノカ」
「はい」と返事をする。
ウザフカさんはしばし何か言いたげな表情を見せたが何も言わなかった。
私は夜のあいさつを済ませると、小屋を後にした。
そしてその足で村長宅に向かう。
玄関扉に付いていた呼び出し用と思われる金属の輪っかを使い、扉をノックする。
程なくしてマモンさんが現れた。
「これは勇者様。お待ちしておりました。どうぞ中へ」
お言葉に甘えて中に入る。
ちなみにこの国では靴を脱ぐ習慣はないようなのでそのまま上がらせてもらうと客間と思われる部屋に通される。
「それで、どうでしたか」
「はい、彼はこの村に住みたいと」
「そうですか。それはよかったですね勇者様」
彼がこの村に住むことはマモンさんにとって喜ばしいことではない筈だが、私の気持ちを汲んでくれたのか素直に賛辞を送ってくれる。
「私は夜が明けたら、彼の家を作ろうと思うのですが、どの辺りに作ってもいいでしょうか?」
「村の森側ならどこでも構いませんが、そんなにすぐ作れるのですか」
「ウルフ達の小屋は見て頂けましたか?あれは大体1時間程で作りました」
だいぶ家作りにも慣れたので、次はもっと効率よく作れるだろう。
「では予定通りに進めてよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
村長宅を後にして、エーリンさんの寝ている家に戻る。
ベッドでエーリンさんは涎を垂らしていた。
「んー……もう食べられません……そのスープはいりませんよー……」
神様でも寝言は言うんですね。
この家にお風呂というものはないので、仕方なく水魔術、アクアタングを自分に使い顔を洗った。
顔を洗うだけでも随分すっきりした。
朝も早いので私もベッドで寝る事にした。
ベッドは2つあるのでエーリンさんとは違うベッドだ。
この姿のエーリンさんには別段ドキドキすることもない。
嬉しいような、悲しいような。
朝、夜明けと共に行動を開始する。
結局ウザフカさんの家はウルちゃん達の家から少し離れた所に建てることにした。
あまり近すぎては気が滅入ってしまうかもしれないからね。
森の木を少々拝借して、成長促進によりどんどん育てていく。
ウザフカさんは体が大きいから、それに見合った家にしなくては。
なるたけ静かに、黙々と作業こなしていると、ちらほら村人達が行動し始めていた。
この村には電気もないし、日があるうちしか行動できないのであろう。
そうなると必然的に朝は早く起きて夜は早く寝る生活になる。
そうこうしていると、だんだん村人達が集まってきた。
「勇者様だ」「何をされているのだ」「家?」「誰の家?」「すごいな、何の魔術だ」「やっぱりおっさんだ」「勇者様の家かな?」
話し声が聞こえてくる。やっぱりおっさんってなんだよ。
それから作業中、村人達は集まり続けた。
みんな仕事しなくていいのかな?
家が完成する頃になると、村人達をかきわけマモンさんがやってきた。
「いやあ、見事な家ですな」
「おはようございます、マモンさん」
「おはようございます、勇者様。しかし本当にこんな短時間で家を作れるのですね」
そう言う割に、マモンさんはあまり驚いていない様子だ。
ウルフの家を見た時はかなり驚いていたが。
「ちょうどいい、皆に話がある」
マモンさんは村人達に向き直る。あ、ここで話すのね。
「皆、この家が誰の物か気になっていると思うが、これは昨日捕らえた豚牙族の家だ」
村人達に動揺が走る。
ただ嫌悪している言うより単純に疑問な様子だ。
「これは命の恩人である勇者ヨシオ様たっての願いだ。あの豚牙族をこの村に住まわせ、私達に行動を監視して欲しいと。それはこれから魔王軍と戦いに向かわれる勇者様の一助になるのだ。私達には勇者様の恩義に十分に報いることはできない。ならばせめて少しでもお力になれるように努力しようではないか。皆の理解を貰いたい」
村人の中から危険がないかと言う声があがったものの、ウルちゃん達を貸し出す話をしたら納得して貰えた。
ほどなくして、
「勇者様のお力になれるなら」「私達にできることならしましょう」「豚牙族の1人くらいなんとかなるさ」
と村人達の了承を得る事ができた。この事は他言しないようにとも。
村のみなさんにはそのまま待っていてもらい、私はウザフカさんを連れてくる。
ウザフカさんが前に立つと、若干不安な顔をする者もいた。
そりゃそうか、顔恐いもんね。緑だし。
「皆さん、私の願いを聞いていただいてありがとうございます。この人はウザフカさんといいます。これからこの家に住んでもらいますので、よろしくお願いします」
私が頭を下げると、村人達からは強い視線を感じた。
どうやら勇者が頭を下げたことに驚いているようだ。
「いやはや、勇者様はとてもお強いはずなのに、私共の様な村人にまで気を遣って頂けるなんて」
マモンさんが村人達の心情を代弁してくれた。
今までの勇者は違ったのかな?いや、この村の人達はかつての勇者のことは知らないはずだし。
単純に力を持った人は傲慢であるはずだと言っているのだろう。
まあ私の力は貰い物ですしね。自惚れる訳にはいかない。
「それでは勇者様、私は馬車を用意して参りますので、町に向かう準備をお願い致します」
そう言ってマモンさんは村の中に戻って行った。
マモンさんに続くように村人達もそれぞれの仕事に戻っていく。
マモンさんには馬車を出してもらい、次の町まで送ってもらう約束なのだ。
その前に別れの挨拶を済ませておく。
「ウルちゃん達、昨日はよくやってくれたね。私はしばらくいなくなるけど、しっかりとルメールさんの言うことを聞いて、この村を守っておくれよ」
村人達同様、集まっていたウルちゃん達に声を掛ける。
ウルちゃん達は予定通り、ルメールさんの指示に従うように命令した。
基本的に従魔を譲渡する際は、誰の言うことを聞くかはっきりさせなければならないのだとか。
村人の言うことを聞くようにと命令すると従魔は混乱してしまうみたいだ。
ウルちゃん達は名残惜しそうにすりよって来る。可愛いわ。癒される。
また戻ってくるから元気にしててね。
次に家の中を見てもらっているウザフカさんの所へ。
中に入ると、ウザフカさんは物珍しそうにしていた。
「コレハオマエガツクッタノカ」
「そうです。気に入ってもらえましたか」
「ガンジョウニデキテイルシ、キニイッタ。オレタチハアタマガワルイカラナ、イエヲツクルギジュツナンテナカナカアガラナイ」
見よう見まねで作ったログハウス。
作っているうちに何をどうすれば綺麗に、頑丈に作れるかわかった。
精霊術もたいぶ上達したと思う。
「それと、よかったらこれを」
1冊の本を差し出す。
『泣いたレッドオーク』
絵本だ。
内容は私もよく知っていたアレだった。誰が作ったのかインベントリにあった。
他にないか探してみたものの『闇魔術に対する防衛術』とか『古代の呪いについて』とか「勇者ケイジの夜這い日記』とか、人にはあげにくい物ばかりだった。
唯一差し支えない物がこれだったのだ。
「ナンダコレハ」
「かつての勇者が残した本です。ウザフカさんに差し上げようかと、絵本なのですが」
「イイノカ」
「貰って頂けるなら嬉しいです」
「ソウカ」
絵本だから「こんな物読む歳じゃねえ!」とか怒られないか心配だったが杞憂のようだ。
これはあとでわかったことだが、この世界に絵本はほとんど存在しないらしい。
そもそも文字と絵を組み合わせる本自体かなり珍しい物だそうだ。
「これから大変だとは思いますが、どうかお達者で」
「アア、ウマクヤルサ」
ウザフカさんとも別れを済ませて一旦家に戻る。
手元の腕時計を見やるともうすぐ7時だ。
予定では7時過ぎにはこの村を出る約束だ。
まだルメールさんに挨拶をしていないが、ルメールさんの所にはこの人を連れて行かなければ。
まだベッドで熟睡している妖精族を。
「起きてくださいエーリンさん。もうじき出発しますよ」
「ここは私に任せて先に行ってくださいー……zzz」
「寝ぼけてないで起きて」
ふいに『女神をあまり信用するな』という言葉が浮かぶ。
大丈夫なのかこの人。
次回。旅立ち。飯、うま。




