プロローグ
体に少しだけ日差しの暖かみを感じて目蓋を開く。そこには45年間、見慣れた天井があった。
私はゆっくり体を起こすと、洗面所に向かう。
洗面所で顔を洗って、洗面台に置いてある眼鏡に手を伸ばす。
使い慣れた眼鏡が耳に馴染むのを感じながら、正面の鏡を見つめる。
眼鏡、開いているのかわからない目、少し痩せた頬、無精ひげ、鈴木良夫、それが私。
「おはようございます」
返事はない。私は台所に向かう。
冷蔵庫を覗くと、調味料、牛乳、魚、肉、タッパーに入れられた作り置きの惣菜等が整然と並んでいる。
そこから魚――鮭の切り身と納豆、生卵、タッパーに入ったみそ汁、白飯――を取り出す。
鮭はガスコンロのグリルに入れて火を通す。
その間にみそ汁と白飯を温めておく。
温め終わったみそ汁、白飯、それに納豆をそれぞれお椀に移す。生卵も忘れない。
香ばしい匂いをさせる鮭を皿に盛ればゴキゲンな朝食の完成だ。
「いただきます」
こうして私の一日が始まる。
朝、色が落ちかかったスーツに身を包んだ私は、とある交差点で信号を待っていた。
信号待ちは苦手だ。どこを見ていればいいのかわからなくなる。
ただ、誰かと視線を合わせたくない私は基本的には下を向いている。
いつものことだ。
視線を下げて待っていれば、やがて信号の色は変わる。
青になれば進んで、赤になれば止まる。
ずっとそうやって、誰かの指示に従って生きてきた。
今日も、明日も、これからもずっとそうだと思っていた。
パッパアー!!!
音を聞いた私が視線を上げる――と、交差点の中には子供がいた。
見覚えがある。近くの幼稚園に通う子供だ。
子供の向かう先には帽子が転がっている。つまりそういうことだ。
その瞬間、私の後ろから何かが飛び出した。
少年だ。
この子も見覚えがある。近くの高等学校に通う子だ。
そして私はと言えば……なぜかその少年の後を追っていた。
少年が子供を抱える。
クラクションを鳴らしたトラックが迫る。
間に合わない。
子供を抱えた少年を突き飛ばした。
瞬間、吹き飛ぶ。
その後はよくわからない。
ただ、最期に見たのは私に何かを叫ぶ少年の顔でよかったと思う。
おっさん。死亡。確認。




