第7話 決闘(デュエル)の行方
ーー決闘までの時間が少しずつ、しかし確実に近づいてくる。
玲の心境は相変わらず重い。
転入生の話を聞いて学園長室にとびこんだら、転入生本人がいて、ついでに決闘を申し込まれたのだ。しかも拒否権はなしだ。
心が重くなるのも無理はなかった。
玲自身、聖に瀕死の重傷を負わせた犯人を捜したいことで頭の中はいっぱいのはずだった。
しかし、今回の彩恵の件がタンスに服を無理矢理つめこむように、脳内メモリに追加されるのだ。
更に言えば今は授業中で、相変わらず訳のわからない内容を延々と聞かされる始末だ。
玲の授業態度は完全に上の空だった。
それこそ風に乗って飛んできたゴミがぶち当たっても気づかないほどに、だ。
玲は誠に目を落とし、彩恵の事について言ってしまうか迷っていた。ーーだが、どこで仕入れたかはわからない情報を入手していた事を考えると、顔にこそ出なかったが本当は楽しみにしていたのでは?と思った。
だから彩恵のことは誠には言わない方が得策だと思い、誠には悪いが黙っている事を決めた。
ーーそんな時、本日最後の授業終了のチャイムが鳴る。
それは玲にとって、解放感と倦怠感の両方を与えたも同然だった。
授業から解放され、1日の終了を告げる鐘の声。
しかし同時に彩恵との決闘の時がすぐ足元にまで差し迫っている事を告げる鐘でもあった。
これから面倒くさい事が起こるのだから、と玲は屋上に赴き、綺麗な夕日を眺め、その紅の柔らかく暖かい光を浴びて、たそがれようとフェンスに両腕を乗せかけた時だったーー。
忘れもしない、今回の面倒ごとの元凶である彩恵が奥の方に立っていた。
横目でしか確認はできなかったが、水色の瞳と赤髪のツインテール。この二つだけで十分すぎる程にわかってしまった。
ーーそして少女は口を開く。
「さ、闘技場に行きましょ。場所は学園長から聞いているわ」
「ああ、わかった」
面倒くささまじりの口調は、玲の倦怠感を示す顔つきに比例していた。
それほど玲はこの決闘を面倒な事として捉えていた。
闘技場へ一歩、また一歩と近づくにつれて、玲の足は重くなっていった。
ーーまるで肉体が無意識に拒否するかのように。
いよいよ闘技場についてしまった。
ジェットコースターが生理的に無理な人がむりやり乗せられて、ガタンガタンと上昇し、これから落ちるという絶望感に似た味がした。
少なくとも玲にはそう感じられた。
ーー再び少女は口を開く。
「さあ、始めましょうか!決闘を!そしてあんたの実力がどれ程のものかしらね。漆黒無光!」
「少なくとも俺は棄権した方が身の為だと思うんだけど」
この言葉の真意は女の子を相手にしたくないという意味なのだが、お互い不器用ゆえにさらなる亀裂が生じた。
「きぃーっ!ワタシのことバカにしてるの!?ありえない!いいわ!あんたなんかボコボコにしてやるわよ!見てなさい!」
「フラグじゃない事を祈るよ」
一拍おいて2人は口を揃え、Eデバイスを展開する。
「「具現化!!!」」
黒い魔法陣から現れたのは、相変わらず全身黒ずくめの戦闘服とEデバイスを持った玲だった。
彩恵は、まばゆい赤い魔法陣から姿を現した。
神属性持ちの玲にとっては、属性の相性なんてものはどうでもよかった。
なぜなら神属性は光と闇の複合属性。聖魔剣みたいな相反するものが融合した奇跡とも言える属性。
あらゆる属性に強い、最強とも言える属性。
それが神属性なのだ。
この属性の名の所以は単に神がかっているからではなく、本来なら交わることの無い属性同士が交わった奇跡。それを祝福する意味であの日ーー適性試験でモニタに表示された神属性の文字は現れたのだ。
神属性はEデバイスを二つ持ってやっと発現するのだが、二つ持てばおまけの如く、唯一無二の副武装が装着される。この副武装のロングコートとその下の黒いズボンに纏った黒の膝下の脚用鎧。
漆黒無光に相応しい、光を感じさせる要素の無い容姿だ。
一方で彩恵の場合ーーというより一般的には副武装は発現しない。したがって具現化する時は戦闘服に着替えておくのだ。
そして彩恵は炎属性らしい、赤いデバイスを持ち、赤い戦闘服に身を包む。
彼女はどうやら翼型のリアライザーらしい。
だが、翼以外は何もなかった。
そもそも具現化する部位を2つにする事は相当難しい。顕現力の消費量も増えるし、何より同時に複数の操作をしなければならないというのが一番の問題だ。
それを初戦でやってのけた玲は天才的だ。
しかし玲はまだ、翼だけ、とか尻尾だけを具現化することはできないのだ。
そんなことはさておき、彩恵のEデバイスは装飾品型で、玲のデュアル・ゼロのように常に持っていなければならないという訳ではないのがこの装飾品型の利点である。
そして彼女は炎属性のリアライザー。
当然炎で攻撃してくるわけだ。
「いくわよ!焔の舞!」
彩恵がそう叫ぶと彼女の周りに9つの火球が生成された。そして腕を横に振って、火球に命令したーー。
すると、9つの火球は3発ずつ、独特な軌道を描きながら玲に迫ってくる。球速はなかなかのもので、対向車線の車とすれ違ったくらいの速さだ。
ーー向かってくる火球を前に、何やら考えている様子で、あたかも策があるような顔つき。しかし見縊る様子はまるでなく、むしろ敬意すら払っているようにも見てとれる。
ーーそんな玲の表情を見ていると、こっちが見下されているようで腑に落ちない。最初にクソムシと言って見下していたのに、敬意を払うような表情をされたのでは、かえって落ち着かなくなる。
付け加えておくと、焔の舞には何段階か強さのレベルがあり、初期段階では3つの火球。使い慣れてくると6つ、そして腕を磨いて極めると9つの火球になり、完成する。
それを自分と同い年で成し遂げているのだ。
玲が授業で理解できた数少ない知識。
初対面ではクソムシと言われた。いきなり決闘を申し込まれた。正直言って、めちゃくちゃな女の子だ。
だが、彼女ーー彩恵は技を極めている人物。
その努力は見ただけで玲にはわかったのだ。
それらを含めて、玲には何一つ極めた技など無かったが、体術には自信があった。どうしてかはわからない。両親を竜に裂かれた後の記憶がないーー思い出せない。
しかし、根拠のない自信に溢れていた。
なぜ自信があるかわからない体術で、彼女の全力ーーそれを自分の全力でかえすことが礼儀であると思った玲は迫る火球を前に一瞬、前傾姿勢をとる。
それを見た彩恵は驚愕して「あんた突っ込む気!?」
と叫ぶ。
それに応えるように、玲は突然後方へ跳び退き、直撃寸前だった火球の狙いを狂わせる。
「なっ!?」
呆気にとられた様子の彩恵。
当然だろう。なにせ、いきなり前傾姿勢から後方姿勢に移ったと思ったら凄まじい勢いで跳び退き、初撃を躱されたのだから。
だがすぐに気をとりなおして、今度は6つの火球を3つずつに分けて、はさみ打ちにしようと試みる。
その表情は凛としていて、口は引き結ばれている。
ーー左右から火球が迫る中、玲は落ち着いたようすで
左右のデュアル・ゼロを火球に構えた。
異端者戦の時は無我夢中で気づかなかったが、デュアル・ゼロの撃鉄は撃ちたいと念じれば上がるようだ。
上がった撃鉄を確認して、玲はトリガーを引いたーー。
撃鉄は振り下ろされ、それと時を同じくして、光と闇の螺旋光を纏った銃弾が左右に飛び、火球に命中した。その瞬間、銃弾は炸裂したかのように黒いドームを作り、そこに炎を吸収した。
「う…うそ…」
炎は消え去り、拍子抜けした表情の彩恵はさらに、腰を抜かしてへなへなとその場に座り込んだ。
彼女はーー柏木彩恵は戦意喪失したのだ。
それを見て、玲はデュアル・ゼロを収めてから彼女に歩み寄った。
そして彼女の前に立つと、
「ほら立てよ。いつまでもへたり込んでると夜がくるぞ〜。今回の決闘はなかなか良い体験だったよ」
そう言って優しく微笑み手を差し伸べた。
すると、彩恵の手が伸びてきて、玲の手に乗った。
乗ったのを確認すると手を握って、どこか照れくさそうに横を見ながら、
「お前の炎、綺麗だったよ………あとお前も…」
「なっななななな何言ってんのよ!綺麗なんて」
彩恵は顔を赤く染めながらも、綺麗というこそばゆい言葉をかけられて嬉しく思っていた。
「何はともあれこれからよろしくな、彩恵」
「そうね、こちらこそよろしくって言っといてあげるわ!感謝しなさい!榊 玲!」
「なんでそんなに偉そうなんだよ」
「うるさい!全部あんたのせいなんだから!」
「はあ?」
ーーパァン
豪快な平手打ちをくらった玲。堪らずその場に倒れこむ。そしてその頬には赤い手形が残っていた。
「ふんっ」
平手打ちを放ち、ずんずんと胸を張って歩き去って行った彩恵。
しかし、残念ながら張るほどの胸は無かったーー。
「んだよあの残念胸。無いくせに胸張りやがって…」
玲がそう言った刹那、猛烈な勢いで鬼の形相をした彩恵が走ってきた。
「何が残念胸よ!!胸くらいありますぅ!!胸なんか張ってないですよーだ!!」
「………。なんで聞こえてるわけ?少なくとも50メートルは離れてたし、俺小声で呟いてたし」
「うるさい!!いっぺん死ね!!さもないと殺すわよ!!」
「あのー、生きる選択肢がないんですがそれは…。
てかなんで聞こえてるの?相当距離あったし。貧乳レーダーでもついてるの?貧乳に関連する言葉を敏感にキャッチしたりとかするハイテクレーダーみたいなやつ」
「そんなもの…ついてるわけないでしょうがー!!」
そう叫ばれて彩恵はピッチャーの様に足をあげ、そこから踏み込むと同時に完全に本気のフルスイングビンタを玲にかました。
ーーバッチィィィン
玲の身体は宙を舞い、闘技場の壁まで吹き飛ばされ、壁に激突して壁がへこんだ。
「がはぁっ」
玲は思わず空気を求めて喘ぐ。
ーー恐るべき膂力だった。
柏木彩恵という人物は果たして人間なのか?
そう疑ってしまうレベルの力だった。
「くそぅ。腑に落ちねえ…。あいつから突っ掛かってきたってのに…どうしてこうなった?」
玲は瓦礫に半身を埋められながらも、あいつーー彩恵だけには頭を下げないと誓った。
そして今度こそ彩恵は帰って行ったーー。
玲はしばしの間、放心状態だったがあたりが暗くなって初めて、夜だと気がつき、急いで家に帰る準備をするのだった。
そして、闘技場をでるときだ。
ーー気のせいか誰かがいた気がした。