第6話 面倒ごと
毎度毎度まえがきするのは早く本編を読みたい方には邪魔になると思うので次回からこのまえがきは本編の補足という形で利用したいと思います。
毎回まえがきしてるとなに書くかのネタも尽きるので。
では第6話、どぞ!
ーー玲は学園長にこそ聞かなかった疑問がまだ1つだけ残っていた。
なぜ聖の事にそこまで詳しいのか。ということだ。
だがその疑問は彼女ーー、一ノ瀬 時雨に疑いをかける事に等しかった。
そもそもHESなんて今まで聞いた事のない組織名だ。
おそらくは秘匿組織なのだろう。
ただ、そんな秘匿組織を、あらゆることを知っているかのように振る舞う学園長ーー時雨は一体何者だろうか。
この疑問が玲の頭に靄をかけ、より解き難く、かつ最大の疑問となって謎が深まるだけだった。
玲はこういう核心的な内容には鋭いものの、一方で女性の好意に気付きにくいという、なんとも残念なものである。
ーー今日はもうこれ以上は学校に残る必要はないと判断して帰路についた。
聖の傷ももう塞がっているだろう。
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ーー翌日、玲は見るに堪えない姿で登校した。
普段は綺麗な銀髪もボサボサで、寝癖がついてあちこちに跳ねた髪の毛。赤眼はくすみ、その双眸の下瞼には大きなクマができていて、挙げ句の果てには制服すら着こなせずに前後逆さに着ていた。
そのまま教室に入って席に着きぼーっとしていたら誠が声をかけてきた。
「よお。生きてっか?ーーしっかし何したらそんな制服の着方ができんだよ。しかも背面でボタンとネクタイ留めるとかどんな奴だよ」
「るせぇ、色々あったんだよ。これはまさしく心労の行き着く果てーー桃源郷ってやつだ!」
桃源郷は俗世から離れた平和な世界という定義である。そう考えると心労で俗世から離れて今は平和な世界にいるのかもしれないーー心だけが。
「とうとう頭がおかしくなったか。おめぇさんも苦労してんのなぁ」
誠は長年生きてきた老人のような物言いをした。
「お前に頭がおかしくなったか。とか言われたくねえよ。パン6つも食ったくせに。むしろ苦労してんのはお前の胃袋なんじゃねえのか?誠」
くすんだ瞳で漠然と話す玲の顔は中々に恐怖を抱く。
「お前なあ、いい加減パンの話引きずるのやめろよ!
人が真剣に心配してやってんのによぉ」
「悪かったって。そんな怒んなよ」
「誰が怒らせたと思ってるんだ」
なかなか怒りの収まらない誠をなんとか宥める玲。
「ーーんで?わざわざ自発的に俺に話かけるってことは何か聞きたいことでもできたのか?誠」
咄嗟に話題を切り替えてこのピリピリした空気を脱した。
「んや?やけに勘がいいじゃんか。ま、その通りだ。
俺が聞きたいことは1つ!ズバリ、昨日保健室で聖ちゃんといちゃいちゃしたかってことだ!」
ゴスっと玲の拳が誠の頭皮を擦るようにゲンコツをくらわした。
玲は終始無言だった。
「痛ってえな、何すんだよ」
まるで罪悪感のないようすの誠に玲は教えた。
「お前こそなんて事聞くんだよ。真面目な顔して聞くから何かと思えば…。何がいちゃいちゃだよ。んなことするわけねーだろ。だいたい頭から血の気が引いてたんだ。その発想には至らなかったぞ」
「ぐぅ、正論だな。ぐうの音も出ねえ」
誠は弱った顔をして微笑む。
「ぐぅって言ったんだからぐうの音出てんじゃねぇか」
誠に追い討ちをかけるようにツッコミをいれる玲。
「意味が違うだろ!」
すかさず誠もツッコミで返す。
「ーーあ、そうだ榊ぃ。明日さ、俺らのクラスに転入生が来るんだけど知ってた?」
「ーーーー」
「ーーーー」
「ーーはあぁぁぁぁ!?」
暫しの間続いた静寂は彼の驚きの声によって切り裂かれた。
「なんだ、知らなかったのか。…てか急に大声出すなよ。耳がビリビリしたじゃねーか」
そう言った誠だが、玲は別のことを考えていたらしく、何かを思いついたように急に席を立ってこう言った。
「俺、学園長室行ってくる」
「待てよ。これからホームルームだぞ。ーーって行っちまいやがった」
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ーーバンッ
扉を力一杯に開いたせいで起きた轟音と共に稲妻のごとく玲が学園長室に飛び込んできた。
「学園長!これはどういうつもりだ!?ーー答えろ……ってあれ?この人は?」
「見ての通り…この子が噂の転入生だよ。どうだい?可愛いだろう」
玲の質問には遠回りに答える時雨。その顔に玲が飛び込んできたことに対する驚きなんかは微塵も無く、むしろ構えていたように見えた。
「この人が噂のーーじゃなくて!なんで聖がいない時を狙ったように転入生が?」
「どうして小鳥遊君がいないと言い切れるんだい?玲くん」
「どう考えても瀕死の重傷をたった1日で全快になりました、じゃあ周りから見て不自然だから病院に入院でもさせてるんだろ?」
「ホントこういう時だけ…鋭いんだね、玲くんは」
どこか残念そうな顔色を浮かべながら玲を視界に捉える時雨。
「ーーワタシを無視して話を進めてんじゃないわよ。それから、そこのクソムシ」
「へ?」
少女は玲が入室した瞬間はもう少し目が丸くて可愛いかったのだが、今は鋭い眼光で見据えてついでにクソムシ呼ばわりだ。
そんな呼ばれ方をすれば唖然とした返答になるのも致し方ない。
その返答をした直後から少女の表情は、あたかもゴキブリなどの汚らしいものを見る顔に変わった。
「あんた、ふざけてるの?なによ、へ?って。バッカじゃないの!?」
「めちゃくちゃ言うなよ。まだ頭の整理ついてないのに」
玲はこいつ、面倒くさいなと内心感じてそれと連動して表情も気怠くなった。
「今、面倒くさいって思った?思ったわよね?思ったわね!」
「いや、ちょっと待ってくれ。勝手に暴走しないでくれよ」
下手をしたら一触即発の状態にまで拗らせてしまい、事態の収拾がつかなくなりつつある。玲ももうお手上げといった顔つきで肩を落とした。そして助けを求める視線は自然と時雨に向かった。それを察したのか、
「一ノ瀬 時雨、玲くんの助けを聞いていざ参上!」
「そういうのいいんで。それよりどうにかなりませんかこの空気。一人だけものすごくピリピリしてる人いるし」
「べっ別にピリピリなんてしてないわよ!」
「とりあえず一度話を戻そう。そもそも転入生の話だったんだから。それにまあ玲くんが飛んでくるのは大方わかってたんだけどね」
時雨は苦笑いしつつもこの場を収めることに成功した。時雨はわざとらしく咳払いをして、
「改めて紹介するよ。彼女は柏木 彩恵知ってると思うけど君と同じクラスのB組に入ることになった」
「なにが入ることになった、だ。同じクラスになるように仕組んだくせに」
疑いの目で時雨を見つめた。すると時雨は参ったといわんばかりに弱った顔をして頬を人差し指でぽりぽりと搔いた。
「ばれちゃってたかー。残念残念」
「それは置いといて。ーー俺は榊 玲。よろしく頼むよ、柏木」
「今…なんて言ったの?」
急に顔が強張る彩恵。
「いやだから、よろしく頼むよって…」
「もっと前!」
「え…と、それは置いといて?」
「違う!そのあと!」
「俺は榊 玲…ってとこ?」
「そうよ、あんた今、榊 玲って言ったわよね?それで間違いないわよね?」
唐突に投げかけられた名前の確認。
その真意を理解する前に向こうから答えが飛んできた。
「じゃあ、あんたがクラス分けの時に異端者をたった一人で倒したっていうの?あんたがあのーー漆黒無光なの?」
「…ああ。それで間違いない。確かに俺はクラス分けの時に異端者を倒した。それにその後で漆黒無光の名を貰ったのも事実だからな」
二つ名を呼ばれることに慣れず、ただひたすら照れ隠しのために表情筋を凍らせる。にやけたら一巻の終わりだ。
一方で柏木はというとどこか嬉しそうな笑みを浮かべて目を輝かせながらこちらを見据える。
人差し指で玲を差した。
そしてこう言い放つ。
「榊 玲!ワタシとーー放課後に決闘でどちらが強いか勝負よ!ちなみに拒否権はないわ」
「はあ?理不尽すぎるだろそれ!な、学園長…」
玲は学園長のほうに向き直す。が、この時すでに玲には味方は存在しなかった。
学園長ーー時雨は意地悪な笑みを浮かべて、
「そうだよ玲くん。今の君に拒否権はない。ま、せいぜい頑張るんだね」
「そんなぁー」
面倒ごとに巻き込まれた玲は俯いたまま学園長室を出た。彩恵はまだ手続きがあるらしく、学園長室に残ったままだ。
玲は俯きながらとぼとぼ歩き、ある事に気がついた。
そのある事とは、
「制服、前後逆のままだったーーー!」
頭を抱え、上半身をえび反りして叫ぶ。
ーーがその叫びも廊下の静寂に吸い込まれていった。
玲が教室に戻って席についたのは授業開始から30分ほど経った時だった。
「はぁ〜。まーた面倒ごとが増えた」
「面倒なのはお前だ!バカ者!」
玲がため息混じりにそう呟くと教師の怒号がチョークと一緒に飛んできた。
ーーペチッ
「相変わらず凄い精度ですね、せんせ」
額に赤い跡と白い粉を残してチョークはぽろりと零れ落ちる。
それを手にとり、しばし睨み合った。だが急に玲は、興ざめしたようにチョークを手放して、ばれない程度に授業を聞き流した。
「放課後に決闘とか荷が重すぎるだろ。
学園長も学園長で悪ノリしやがるし。てかなんなんだ?あの青目ツインテールもだ。初対面の相手に決闘申し込むか?普通。しかも拒否権なしとか理不尽にもほどがある」
ぶつぶつと愚痴をこぼす玲。
青目とは言うが、どちらかといえば水色の瞳だ。そこに赤いツインテール。容姿端麗だが、性格に難がある少女ーー柏木 彩恵。
そんな彼女との決闘の時間は刻一刻と迫ってきていた。
それに比例して玲の心の重みはどんどん増していく。
雨とか降って中止にならないか期待したが、無情にも空は雲ひとつなく正に快晴だった。
ーー玲は逃げることを諦めて決闘に向けて覚悟を決めた。
あとがきも補足や次回、または今後の展開をちらっという目的で利用したいと思います。ホント勝手で申し訳ないですが、今後ともよろしくお願いします。