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第5話 聖の過去

表現描写についてネットサーフィンしていたら結構な日数が経っていたことに気付いた熾凛です。

さて、今回は聖ちゃんについて深く触れる回です。

それでは第5話、どぞ!

ーー本当に酷い有様だった。

目の前に立ちこめる絶望の霧。その霧は教室の床一面に広がっていた。そして局地的に赤い花が咲いている。


外は晴れていて教室内まで明るいが、玲の目には朧月に照らされた夜の様に映った。

無論、その霧も玲にしか見えないものだ。


「聖ィィィィィイ!!!!!」


口は垂れ落ちそうな形を作り、光を失った瞳。そして八の字になった眉と全身からどっと噴き出る冷や汗。


ーー嘘だ。

血の池をつくり、前のめりに倒れている聖を玲は慌てて、それでいて優しく上体を起こしてやった。

うつ伏せから仰向けにして玲はこの絶望的な状況下で

聖の安否の確認を急いだ。


白地の制服も血で赤黒く染まっていて、ところどころに血栓ができていた。

そんな中で聖の腹部に黒いダガーが刺さっているのを見つけた。


玲は急いでこのダガーを抜き足するようにスッと引き抜く。

引き抜いたはいいが、まだ止血する手立てがない。

ーーそう思っていた時だった。


バタバタと廊下に木霊する足音ーー。

そう、助けがきたのだ。

保健室の先生だ。


それはまるで暗く霧に閉ざされた空間に咲く赤い花のもとに差し込んだ希望の光だ。


救世主も到着したところで早速止血作業に入る。

聖には申し訳ないが命のためだ。と玲は暗示をかけ、

聖の制服を胸の辺りまでめくり上げて腹部を露出させた。


玲が先生を手伝う事ができたのはそれだけだった。

あとのことは任せなさい、と言われて玲は聖の上体を支えるだけとなった。


聖の腹部に消毒された包帯が巻かれていく。

手当てはこれで終わりなのだという。

と言うのも刺し傷は塞がるのに時間がかかるらしく、それまでは絶対安静にしておく必要があるらしい。


ーー玲はその事を頭に入れて聖をお姫様抱っこして、そっと保健室まで運び、ベッドに寝かせた。


ベッドの近くに背もたれのない丸イスを置いて玲はそこに座る。

彼女が目覚めるまで待っていようと心に決めた。

聖の表情はどことなく柔らかで優しかった。だが同時に悲しそうな表情でもあった。

ーーまるで聖母マリア像の微笑みのように。


それとは対照的に玲の表情は不安や心配の色が出て、眉間にしわが寄っていた。そして彼の脳内は、常に最悪の事態を考える常闇の空間と化していた。


ーー思い出すのは聖の事ばかりだ。

売店でパンを6つ買って食った奴のことなど、今の玲の脳の片隅にすら無かった。

聖一色で埋め尽くされた脳ミソ。


玲は前傾姿勢をとり、太ももの上に自分の肘をついてその上で手を組んだ。そしてその手の上に顎を乗せて

なんとも言えない、聖の表情を眺めていた。


次第に身体が言うことを聞かなくなり、ぼんやりとした熱に包まれて徐々に焦点が合わなくなっていった。

ーーそこで玲の意識は闇に沈んだ。


「俺、眠っていたのか…?」


ふと、目に飛び込んでくる暗闇ーー。

ここが現実世界でない事くらいはすぐにわかった。

目の前に居るはずの聖と彼女を寝かせているベッドはどこにも見当たらない。

それに座っていたはずなのに、今は立っている。


ーーそこに一筋の光が暗闇の部屋に扉をつくった。

玲の真正面に現れたその扉は光を放ち、玲が開けようとしても開かない。それにどこか暖かい。

それこそ誰かに似た暖かさを感じさせる。


「誰だっけ…?」


自分の精神以外の存在がない真っ暗な空間で思い出そうとする。が、中々思い出せないでいた。

そこで順を追って思い出す事にした。


すると、案外早く答えが見つかった。


「そうだ、聖だ!」


その名が思い浮かんだ瞬間、扉が開き、その先には溢れる光。その中に玲は吸い込まれた。

暗い所から急に明るい所へ行った時のような眩さと共に、玲は現実世界に意識を連れ戻した。


ーー自身の肉体が動かせるようになり、早速玲は聖の顔に目をやって、次に傷の場所へと目をずらす。


聖は相変わらず眠っているようだが、何か違和感を感じた。

聖は腹に重傷を負い、制服の下に包帯を巻かれているはずだ。そして玲が寝かせた時には僅かに包帯が制服の中から顔を覗かせていたのだ。


しかし今は肌しか見えなくなっている。

簡単に考えれば、ただ単に玲が寝過ぎただけかもしれないが、それはおかしいのだ。


誰かに気絶させられたならまだしも、単純に眠っただけだ。別に病気とかで昏睡していたわけでもない。

そうだとすると普通の睡眠ならば、最大でも12時間くらいしか眠れない故に、それ位しか経っていないはずなのだ。


それなのに包帯を取っていい程まで回復するなんてことは人間の治癒力を優に超えている、という事になる。

「聖、お前は一体…?」


「ーーおはようございます。玲」


「…ぇ?」


あり得ないものでも見たかのように、掠れた声を漏らす玲。

未だにこの状況を飲み込めてない玲を見るなり聖は大丈夫ですと言って状況を飲ませる。


「ーー大丈夫ってことは、傷が塞がったのか?」


「ぃ、いえ、まだ完全っていう訳ではないんです。

ところどころ痛みますし」


俯き、一瞬だけ目を逸らして、まるで何かを隠蔽する様な物言いをする聖。

これには何かあると本能的に感じ取った玲は、さらに質問攻めしようと試みるも、手を二回叩く音に水を差された。


「はいっ、そこまで〜」


「この軽い口調と声はーーまさか」


「ピンポーン!だーいせーいかーい!名乗らなくてもわかるなんて…。玲くんとわたしは以心伝心してるのかな〜?」


「はいはい、すごいですねー以心伝心ですかーわーすごーい」


玲も何度もこの手のジョークに付き合わされた身だ。

流石にスルースキルは習得していた。


しかし、そのスルースキルを以ってしても折れることは無かった学園長。


緑の髪をツインテールで結い、ライムグリーンの瞳を爛々とさせてこちらを見つめてくるのはロリーーではなく学園長だ。


「なんでいつもいつも聖と俺が保健室にいる時にピンポイントでやってくるんですか!?」


「安心してよ玲くん。別にリア充爆発しろとか、こういうタイミングがくるのを狙って監視カメラで見張ってるとか、そんなことちぃ〜っともーーいや、これっぽっちも考えてないからね〜」


学園長の満遍の笑み。満遍すぎて逆に怖いものを感じる。その笑顔の裏に渦巻く物凄くドス黒い何かがヒリヒリと玲の皮膚に直接伝わってくる。


「…。ま、まあその事は置いといてですよ、学園長。今回はまた、何のご用件で?」


「その事なんだけど、玲くんはさっき小鳥遊君に質問しようとしてたじゃん?それについては学園長室で教えるよ。公にするとダメな事だからね」


話の後半は座ったままの玲の耳に手をかざしてこそこそと小声で喋りかけていた。

よほど内密な事があるのだろう。

そう思って玲は聖に学園長室に行くとだけ言ってから、カーテンを閉めて保健室を出た。


廊下では特に話す事もなく、すぐに学園長室についた。

学園長室の扉を入ってすぐ右に応接間があり、今回はそこで話をするようだ。


「ーーさっそく本題に入ろうか。今回は小鳥遊 聖についての話だよ。彼女には、とある忌まわしい過去があってね」


「ーーーー」


真剣な顔つきで話し始める学園長を前に、思わず固唾を呑んだ玲。


「彼女がまだ幼かった頃、彼女の両親が金に目が眩んでとある組織の人間に売ったんだ。その組織は今も存在している。組織名は“HESヘス”。何かの頭文字を取っていたと思うけど、そこまでは覚えてないね。

そこで彼女は残酷な人体実験の実験台として利用された」


「もちろん、小鳥遊君だけじゃなくて他にも少なからず連れてこられていた子がいたそうだよ。

そして“HES”がどんな実験をしていたと思う?」


「…Eデバイスの限界を実験で確かめる、とかですか?」


首を傾げながら深妙な表情をして聞く玲。


「言ったはずだよ。“残酷な人体実験”って。そんな生易しいものじゃ無かったんだ。実験内容は…」


「ーーーー」


生唾を飲み込み、どんな内容でも驚かないように心がけたつもりだったが、学園長が言い放った聖の過去はあまりに酷く、思わず目を見開いてしまった。何故って、残酷なんて言葉ではとても足りない気がしたからだ。


「ーー人間の肉体を使って異端者を生み出そうとしたんだ。神の悪戯なのかな、その実験は残念ながら成功してしまったんだ。つまり、人工的に異端者を創り出してしまった。小鳥遊君と同じく連れられてきた子たちはみんな異端者となって実験施設を飛び出してしまったそうだよ」


ーーここで1つ、疑問点が生じた。

みんな異端者となってしまったのなら何故、聖は人間の姿なのか、という事だ。


「じゃ、じゃあどうして聖は人の姿なんですか、学園長」


「それはーー彼女が被験体として初の失敗例だからだよ。そのせいで施設から放り出されてしまった。その頃にはある程度身の回りのことは自分でできるようになってたんだ」


「だけどまた問題が1つ。小鳥遊君は実験に失敗した。それ故に両親には実験の成功報酬はゼロになったんだ。そしてその事に対して激怒した両親は行方を眩ました。まったく、歪んでるよ」


「最終的には学園への入学志願を親の方から寄越してきてね、それで今に至るんだ」


「ーーでもその話は今回の傷が塞がった事とどう関係あるんですか?」


玲は話の核心を突いた。


「要するにその人体実験の後遺症みたいなものでね、治癒力が異端者と遜色ないレベルに引き上がってるんだ。でもその代償みたいなものとして記憶が曖昧になったり、一時的に人格が変わることがあるんだ」


「最初からそう言って下さいよ。俺だってヒマじゃないんですから」


と玲はジト目で学園長を見据える。


「ーーー!」


玲は学園長の言った記憶が曖昧になったり人格が変わることがあるという部分には心当たりがあった。


「あの時、急用と言っていたのはそういう事だったのか。それに榊さんって言いかけてたのも…」


これで筋が通った。

聖に関しては、全ての原因はその人体実験とやらだ。

そして謎の組織ーー“HES”。

もしかしたら玲の両親を殺した竜の異端者はHESが創り出したものなのかもしれない。

そう思うと自然と憎悪の念が湧き出てきた。


「ーーお話、ありがとうございました。学園長」


そう言って学園長室の扉を開ける玲の憎悪の表情は、誰の目から見ても戦慄するものだったーー。

毎度読んで頂きありがとうございます。

なんだかこの話を書く時はやたらと冴えてるしすげーな、と自画自賛してました。はい。

そんなこんなで完成した第5話。

今までと比べてちょっと長くなった気がしますが、次回からこれ位の長さでいきますのでよろしくお願いします。

それではまた次回お会いしましょう!

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