「思い出の宝箱~家族写真」(「ギターはおしゃべり」より)
めずらしく父と母が上京し、一人で暮らしている私のアパートに初めてやってきた。
母は、部屋のまん中にぽつんと置いてある小さなテーブルの前に、一枚しかない薄い座布団を敷いて父を座らせ、自分はその隣に並んで座った。
父は、にこりともせず相変わらず難しい顔をしている。めったなことでは笑わない人で、今まで撮ったどの写真を見ても、笑顔のものはひとつもない。
二人は、物珍しげに部屋をぐるっと見渡し、私が淹れたお茶に、ほとんど同時に手を伸ばした。
「お湯呑みは、数を揃えた方がいいわね」
母が、コーヒーカップでお茶をすすりながら、ひとりごとのように口にする。
一休みした母は、部屋の掃除や食器の片付けをくるくるとこなし、父は、近くのスーパーに買出しに出かけたようだった。
その夜、三人で夕食を囲んだ後に、私は提案した。
「ねぇ、写真撮ろうよ」
「みっともないからよしなさい」
「いいじゃありませんか、記念写真ですよ、ちゃんと笑ってくださいね」
いやがる父を軽くあしらう母の声を聞きながら、私はカメラを取り出して、テーブルの上に本を積み上げて固定し、セルフタイマーをセットして、父と母の背後から顔を出すようにして座った。
「こういう時って、確かポーズとか言うのよね」
母が的外れなことを言ったのに、父が反応する。
「そうじゃない、チー(カシャッ)ズだ」
幾日か経って、母から電話があった。
「ねぇ、あの写真、お父さん部屋に飾っているのよ、気に入ったのかしらね」
電話の向こうで、(やめなさい)、という父の声が聞こえた。
私の部屋にも同じ写真が飾ってある。それは、理由はどうあれ、三人が笑っている奇跡の一枚なのだった。(了)