第6話
群馬にいったり長野に行ったり…出張出張で信じられないくらい休みが出来ずこんなに遅れてしまって申し訳ないです
ラストまでの話は出来てるので、ラスト2話同時更新になります。
もうしばらくお付き合いください。
嫌な夢を見た。
軋む音が聞こえる。それは馬車でもなく、体でもなく、目に見えないどこかが音を立てて崩れていく音。
自分の気づかないところで何かが終わっていく気配。
「動くなよ、大事なガキがどうなってもいいのか?」
首元に当てられた切っ先。身動きを封じた縄。こちらを恐れたように見る両親。何かを言おうとしている。だが何も言わず、その両親はこちらに背を向け、全力で走り去った。
「父さん!」
叫んでも声は届かない。否、届いていないはずはない。俺の家族を襲った盗賊は、子供が親を引き留める声をも使って身動きを封じていたのだから。
「父さん!!」
叫ぶんでも何も変わらない。目に映るのは馬に飛び移り、母親の手を引き一目散に逃げる父親の姿。
「…けっ、つまんねーな。あいつらテメェのガキを見捨てて逃げるなんてな。お前、あいつらに嫌われでもしたのか?」
嫌われた。わからない。そんなこと、今まで一度も感じたことはなかったのに。
母親はいつも俺に優しく、欲しいものはなんでもくれた。怒られた経験なんてほとんど数えるくらいだった。
父親はいつも厳しかった。しかしその厳しさのうちにはいつも、優しさを感じていた。
だから必死で、この家の跡取りとして必死に生きて、学んで来て、言うことを聞いて、良い子供でいようとしていたのに。
何が間違っていたのか。
「はーあ。つまんねぇ。おい、さっさとこいつをどっかに売りさばいて、とんずらといこうぜ」
刃物が首から離れた。後ろで盗賊が何か言っている。だが、言葉は頭に入ってこない。
「父、さん、母、さん」
すでに豆粒のような大きさになった影に向かって呟いた。
ああ、そうだこのとき。一度俺の心は死んだのだ。
首に痛みを感じ、手を伸ばした。何故か温かい。何だろうとおずおずと首を触った手を見ると、指先が真っ赤に染まっていた。
血だ。ここにいたら殺される。
そう思うのと、駆け出すのは同時だった。馬車から出て、平地を走り出した。俺が逃げると思ってなかったのか、抵抗する素振りすら見せなかった子供がいきなり飛び出して意表をつかれたのか、とにかく盗賊はすぐには追ってこなかった。
だが時間の問題だ。平地を走っていたら絶対捕まる。幸運なことにそこは小さな崖の上で、下には森が広がっていた。地面は見えないが、事前知識としてそこまで深い崖ではない事を知っていた。何度か遊びに来たこともある。父親が狩りをしにやってきた時に付き添った。大けがを負うほどの高さじゃない。
腹に力を入れて飛び降りた。目標はたまたま目の前にあった大きな木の枝。そこに一瞬でもつかまれれば、落ちてすぐ死ぬなんてことはない。
狙いは成功した。木の枝と鋭い歯が皮膚と服を傷つけた。どしんという強い衝撃。足に一瞬力がなくなり、だらしなく前に倒れた。
だが動く。後ろの声が大きくなった。このままここにいたらだめだ。走って逃げないと。
駆け出した。木々の間を抜け、枝と枝の間をすり抜け、葉に体を刻まれながらそれでも走った。
走った。走った。何から逃げているのか。
盗賊。そうだ。あいつらから逃げないと、死んでしまう。
走れ。走れ。走って、逃げて。
そうして、息が完全に切れたところで、両親の姿が再び頭の中に浮かんだ。
「生きて、どうしろって、いうんだ」
気づいてしまった。
そうだ。この場を逃げおおせても、俺が帰るところはもう、ない。
あの家に帰るなんて、出来ない。そんなことはとてもじゃないが、出来る気がしなかった。
「帰れ、ない」
なんでこうなってしまったのか。誰かに問いただしたかった。
何もわからない。何が間違っていたのか。誰のせいなのか。自分のせいなのだろうか? もう、何もわからなかった。
「ごめんなさい」
ふと、その言葉をつぶやいた。
きっと俺が悪かったんだ。何か両親の気に障ることをしたのだ。そうだ、俺が悪かったんだ。でも、何が悪かったのか分からない。
そして、その言葉を言ったところで何も変わらないことも、きっとわかっていた。わかっていたのに、それでも言わずにはいられなかった。
後ろの喧騒が少しずつ近づいてくる。きっと捕まったなら俺の命はないだろう。
ここで死んでしまうのか。こんな、いきなり絶望の淵に叩き落されたうえで、何も成し遂げることなく、死んでしまうのか。
「嫌だ――死にたく、ない」
「良いだろう。その願い、聞き入れよう。少年」
そうして。そこで彼女と出会ったんだ。
美しい銀髪に緑眼の女性。この森のただなかで、まるでそこだけ切り取られたかのような存在感を出すその女性は、魔法使いを意味する紋が縫われた濃紺のローブを身に纏い、こちらにすらりと長い手を差し出した。
「お前の願いを叶えよう。決めろ。お前はどうしたい?」
「―――――――」
言葉が出なかった。こんなにきれいな女性を見たのは初めてだった。周囲の景色などものともせず、そこに誰かが目を向ければ、誰も彼もが彼女だけしか見えなくなるような、そんな呪いのような美しさを感じたのは、その時が初めてだった。
「言葉が出ないか? ああ。なら少し助けてあげよう。実はね。君がどうしたいか、その答えを私はもう知っているんだ。だから答えるならイエスか、ノーかで答えたまえ。ただし、もちろんのことだが、その願いを叶えるならば、それ相応の代償を必要とする。その心の準備はあるかい?」
代償。代わりに何か差し出せということなのだろうと、幼いながらもその言葉を理解した。何をさせられるのか。何を差し出さなければならないのか。そんな恐怖が脳裏をかすめた。
けれど――。
「うん」
差し伸べられた手をしっかりとつかんだ。
それ以外にすがるものを持たなかった俺は、一も二もなくその救いの声に縋りついたんだ――
ギッ、かすかに聞こえた軋む音。音が聞こえるのと、目と腕が動くのはほとんど同時だった。見えたのはこちらに振り下ろされようとしている刃物。起きたばかりだというのに眠りが浅かったのか、腕はいつもの通り動いてくれた。
手首をつかみ、そのまま力任せに横に引っ張った。もともとの力の差がかけ離れているせいか、それだけで寝込みを襲ってきた誰かは簡単に体勢を崩した。
刃物は布団に深々と刺さった。この場になってようやく、刃物をまじまじと見る。もう見慣れたいつもの鉈。子供ながらにこんなものを常に持ち歩けるのだけでもたいしたものだ。
「お前も飽きないね」
眠い。頭が多少働いていないのがわかる。あくびをこらえ、こちらをにらみ殺そうとでもするかのような表情のガキを見て、続けた。
「どのみち、お前じゃ当分無理だよ。近い未来はわかんないけど、少なくとも、今のお前に何度襲われてもやられる気がしない。さっさとあきらめろよ」
ぎゅっと、手首をつかんだ腕に力を入れた。痛みからか、反射的にガキは刃物から手を放した。そのまま、さらにベッドの下にまでガキを放り投げる。
どさっ、という音が部屋に響く。鉈を抜いて、ああ。このベッドの修理代いくらなんだろうなぁ、などとどうしようもない事を考える。あ、なんか少し目が覚めてきた。
「また食事どっかで抜くしかないか……」
大事な戦いが近いというのに、栄養補充にすらままならないというこの現状は、自分に着けられた大層な名称とあまりにもかけ離れていて、むしろ笑えて来る。尊敬と敬意の念で称えられるはずの人間が、今はこんなひもじく、あろうことか殺意を持って向かってこられる。
「嫌な世の中だぜ全く」
深くため息をつきながらひとり呟いた。今日も危ない。このガキの精度は少しずつであるが上がってきている。正直、刃物が振り下ろようとしている瞬間まで気づかないタイミングの夜襲なんてそう何度も防げるものではない。
今日だって自分に疲れが残っていて、反応が少しでも遅かったら危なかった。致命傷になるかどうかはわからないが、少なくとも手傷を負う可能性は非常に高かった。
このままこいつを手元に置いてしまうのは、正直危うい。
「まいったな……」
あの魔法使いの言う通りだ。依頼はすべからく達成するべきだったのだ。こんなガキを連れて慈善事業にもならない面倒を見て、俺は一体何をしたかったんだ。
もちろん、後悔しているわけではない。だってこれは俺が望んで、俺が決めたことなのだから。だが、だからこそどうにもならない現状に悲鳴を上げたくなる。俺がそうするべきだと思ったことが、こんなにも裏目に出るなんて。
もちろん、だからこそすべてなかったことにするなんて考えは浮かばないのだけれど。
「責任、責任ねぇ」
夢で見た両親の背中が浮かび、一瞬気分が悪くなった。トラウマと言ってもいい。子供のときはあの時のことを良く夢に見た。夢を見るたびにひどく気分が悪くなった。ひどいときは胸が締め付けられるような錯覚を覚え、以来、出来る限り考えないようにはしているものの、おそらく根本的な解決は何もしていないのだろう。
解決。解決ねぇ。それが出来ればこの情けない軟弱な精神ともおさらば出来るのだろうか……だが、かれこれ十年近くこの悩みとは付き合っているものの、何の糸口も見つけられていない。
ふと、自分と同じ道をこのガキがたどろうとしているのではないか、と心配になる。
ガキに目を落とすと、頭を強く打ったらしく、両手で抑えて悶絶している。血が出ているわけでもないし元気にのたうち回っているので、命に別状はなさそうだ。
借金返済、そしてこれからの人生を生きていくうえで十分な金……あの魔法使いはそう言っていた。
思えば長い付き合いになる。あの時から魔法使いの騎士としてあいつの家に召し抱えられ、この目をもらい、勉強や訓練に明け暮れた。およそ五年ほどで形になり、そこからは騎士団に務めていた。
だが、騎士団の仕事の多くは公務……住民からの苦情の処理や、申請書などの事務作業が殆どで、俺が求めていたような犯罪者を取り締まる仕事はむしろ、片手間ではないが重要視されない分野の仕事だった。治安が安定しており、賞金稼ぎなどのシステムがうまく働いていたからだ。魔法使い――あの女の手腕のおかげで、ほとんどの地域は飢餓からは脱しつつある。手が届いてない地域にも補助をするためのシステムが組まれており、基本的に貧しすぎて食うことも飲むこともできない地域というのは年が経つにつれ減ってきている。
そうなると、犯罪を犯すよりもまずそういった地域に行こうという人間がほとんどで、賞金首になっても周囲の人間からものを奪おうなんて考える輩はごくごく少数だったのだ。その少数も、賞金稼ぎが我こそはと狩りに行くため、犯罪者の数は年々減少傾向にある。てっきりそういうことばかりやっていると思っていた俺にとって、騎士団の仕事はあまりに拍子抜けだった。
もちろんそれだけではない。騎士団はその職務の人気の高さから――困ったら騎士団に相談すればいい、民衆の味方――こぞって貴族の子供にその身分を利用される性質があった。具体的に言えば、騎士団の幹部になって、そのあと政界に栄転。民衆の支えの元、政界の発言力を高めるという方式だ。
そんな奴らの中でうまくやっていけるわけもなく、残念ながら騎士団での生活は一年ももたなかった。
自分みたいなやつを、この先出したくないからと。騎士団に入った身としては。
――そうだ。きっとこの道は、間違っていないと信じている。
そしてこれが最後の戦いなのだという。これで俺は魔法使いの騎士としてお役御免。この後は、優雅な人生が待っているのだ。そう考えると、今までの生活が少し感慨深い。いや、鼻たれな俺を良くここまで育ってくれたよ。本当に。あの魔法使いには感謝――いや、その恩まで含めて返しているわけだから、恩に思う必要はないのだけれど。それでもありがとうという言葉くらいは、かけてもいいのではないかと思う。
さて、と体を起こす。あとはやるべきことをやればいいのだ。以前あの女と会ったときにもらった賞金首リスト……もとい、『人類の敵』候補リストはすべて殺した。あとはタイミングを見て、『人類の敵』。ケリー=ブロウという報われない殺人鬼を殺すだけ。
それをいつにしようか、迷う。正直、可能であるなら今日にでも行くべきなのだ。だというのにその踏ん切りがつかない。気が進まない、といった方が正しいか。
だって、ケリー=ブロウ自身は全くの善人なのだ。
例え将来世界の敵になるのだとしても、少なくとも自殺を考える要因になっただろう人間を殺すまでは、個人的には、止まるべきではないと思ってしまう。だって、あの男は真面目に頑張ったのだ。頑張って頑張って頑張って。けれど世間が、環境がそれを否定した。人のためという願いは自分のためという悪意にかき消されてしまった。それがあまりにも報われないように思えて仕方ない。
頑張った人間はやはり、頑張ったなりに報われるべきだと思う。そりゃ、十の努力で十を得るとかそういう話ではないが、しかし十の努力は一の成果へ結びつくべきなのだと思う。そうでないと、とてもじゃないが、報われない。
例えあの男が報われる事をゴールにしていなかったとしても。
それでも見知らぬ他人の命をも助けようとしたのであれば、それに見合う幸があるべきなんじゃないかと。
もちろん、今まで殺してきた人間の中に、そういった人間がいるかもしれない、なんていうことはわかっている。だから、そんな人間かもしれない『人類の敵』候補を殺すときはいつだって気が滅入っていた。そして、今回はそのエピソードまで聞いてしまったものだから、余計な感情が浮かんできてしまっている。全く、余計なことをしてくれたものだ。
跳ね起きて、隣でのたうち回ってるガキを無視してベッドを降り、洗面台の蛇口をひねり、顔を洗った。
タオルで顔を拭いた時、不意に自分の顔が映った。左右違う目の色。視力がほとんどない緑の目。いつだったか、人類のために生き、人類のために死ぬことを誓った代償。いや、そんな格好いいものではなかった。生きるために、縋りつくために支払い、得た魔眼。
ふと、鏡に映る自分の顔が、猛烈に醜悪に見えた。偽善を凝り固めて人情という蝋でふたをしたら、きっとこんな顔になるのだろう。
偽善。そう、偽善なのはわかっている。いかに情けをかけたところで、結局のところ何の意味もない。やらなければ人類が滅ぶのだ。実感はないけれども。それでも昨日の話を聞くと、確かに、本当に起こり得そうな未来のように感じる。どのみち殺す。下手な情がわいてもそこに意味はない。
やるならば今日。そうだ、あの男の能力は成長するタイプのものだと聞いた。だとするなら、早ければ早い方がいい。
力の相性は、正直、悪くはない。戦いようはどちらにもあるが、イーブンの勝負ならまず負けないだろう。もちろん、相手が何の準備もしていないという前提だが。問題は、相手が待ち構えているところに行かなければならないというマイナス要素を、俺がどうやってクリアするかというところにかかっている。
相手の装備の重量を乗算する能力――だが、俺の能力は通常、重量をゼロにすることができる能力だ。ゼロに何を乗算しても、重量は増えない。
だが同時に、それはもう一つの能力を使えないという縛りが発生するということだ。『檻』と名付けた決戦場を作る能力。相手の逃亡の自由を奪う代わりに、俺の装備の重量もある程度の重量を取り戻す。その瞬間、能力の優位は完全に逆転する。
つまり、それを使う状況になれば、俺の負けという勝負だ。
ただそれだけの勝負。だから、こちらも気を付ければいいだけの話。もともと相手は勝負事が本職じゃない。身体的性能はこちらに分がある。油断しなければ。意表を突かれなければこちらの勝率の方が高い。
だからこれで最後。油断しているわけではない。それでも、この片目を与えられてから何度も何度も繰り返してきた殺し合いを、やっと止めることができる。
やめることができる。
なんだろう。その言葉にひどく違和感を覚える。同時に、胸の奥で、心の底から安堵している自分を感じる。自分から望んで、こんなことをしているはずなのに。
自分のような人間が、今もどこかで生まれるかもしれない。そう考えるだけで、胸が締め付けられそうになる。誰かに見捨てられ、絶望に打ちひしがれて、生きていくことなんて考えられないくらい、ほんの少し先のことすらも想像できないくらいの真っ暗闇の中、結局何の力もないために、生きていくことができずに死んでいく命。
そんなものがあるのが、我慢できないから、こんなことをしようと思ったのに。何故こんな安堵を感じているのだろう?
「疲れてるのか」
ため息を一つ。やはり子供を抱えながら生きていくのは性に合っていないのだろう。気づかないうちに心労を重ねているのかもしれない。
「終わったら、どうするかね。結局、何だかんだこんなことを続けているのかもしれないが」
結局のところ、そういうことだ。俺は自分で望んでこの道を選んだ。だから俺が魔法使いの騎士から解放されたとしても、やることは変わらない。
だからただの一区切り。あのヤクザな魔法使いから解放されるただの一区切り。
うん。そう、結局はいつも通りなのだ。やることは変わらない。だから、何か感傷に浸ることはない。
胸の内の安堵が、どこかに閉じ込められていくのを感じる。いつもの感じ。うん。いい感じだ。これならいつも通り、相対することができるだろう。大事なのはそういうものだ。気張って特別だなんて考えてしまえば、自分の気づかないところに穴がある可能性もある。いつも通り、いつものように、敵を狩る。そしていつものように帰ってくるのだ。 ただそれだけ。特別なのは、ここが一つの区切りというだけ。
「あんた、まだこんなことやるつもりなのか」
「……何だ。今はこれからに向けて気合いを入れてるところなんだ。邪魔するな」
打った頭の痛みはまだ少し残っているのか、頭を抑えながらガキは言った。
「気色悪い。あんた、意味わかんないよ」
気色悪い――なんだろう。その言葉は。ひどく、胸の内をつくような。
「何だ。頭を打って俺とコミュニケーションをとるつもりにでもなったか?」
「別に。あの女が言っていたから、気になっただけだ」
あの女、と言えば。俺の付近で女というのは一人しかいない。いや、女と分類していいのかは正直微妙なところではあるが。
「なんて言ってたんだ」
「あんたの弱点がどうの。って。良くわからないことだったし、今もよくわからないけど」
弱点。その言葉に、心臓が早打つのを感じた。
何か、ある。俺が今意識していない何かが。そしてそれは、俺の致命的なものなのかもしれない。
それを、なぜあの女は、このガキに伝えたのだ……?
「何て言ってたんだ? あの女は」
「教える必要はないだろ」
「うむむ……」
確かに、わざわざ弱点を俺に伝えるような親切心は、このガキは持っていない。だが、大事な一戦の前に何とかして聞き出したい。
「でも、意味が分からなかった。弱点と言われても、何のことを言っているのか。俺がそれをどうつけばいいのか、何も言われなかったし」
「……弱点なのに、どう使えばいいかわからない? どういうことだ?」
「……言っても、問題、ないのかな。まあ、いいか。わからないし」
神妙な、困ったような顔で、ガキははっきりとこちらを見て口を開いた。
「あんた、言っていることがおかしいよ」
「言っていること……?」
と、言うと何のことだろう。それが弱点…? 発言が、俺の弱点――?
「あんた、自分と同じような人間を出さないために、賞金稼ぎをやってるって言ってただろ?」
「ん……。お前に話した覚えはないが、そうだ。そのために、俺は」
「だったら、騎士団ってやつを、辞めるわけがないんだよ。少なくとも、あんたの目的を一番叶えるのは、そこが一番マッチしていたんだから」
「んー……そのあたりを語るのは、一言では語りきれないんだけどな」
いろいろあったんだ、としか言えないけれども。
「それは知らない。知らないけど、でも一つ決定的におかしいところがある」
「おかしい?」
「だって、あんたは救わないだろ?」
それは。
その言葉は、胸の奥、封じ込めたものを強引にこじ開けられた、音に聞こえた。
「あんたは、自分と同じような人間を作り出したくない、って言ってる。だったら、そういう人間を救うための行動をするはずなんだ――でも今は、ただひたすら犯罪者を殺すだけだろ? それはあんたの目的にあってるとは、到底思えない」
痛い。
どこかが、猛烈に痛い。
「出したくない、って言いながら、あんたがやってるのは殺すことだけだ。出したくないっていうなら、それこそやることなんて山のようにはある筈だろ。だっていうのに、あんたは人殺しばかりしかやらない。そんなの、おかしいだろ」
分かる。
子供ながら、こいつが言っていることはおそらく、正しい。
違和感があるとすればそれは何故自分自身が気づいていないのかということで。
いや、そもそも気づかないようにしていたのかということで――。
「綺麗なこと言ってるけど、結局あんたはああいうやつらが許せないだけなんだ。誰かを助けたいとかじゃない。あいつらを殺したいだけなんだろ」
そうして、そこで意識が途切れた。
「――本当に弱点だったんだな」
倒れこんだ男を見て、思わず呟いた。何だろう。言葉一つでこんなにも変わってしまうとは、確かにあの女が言ったように、弱点なのだろう。しかし、たかだか言葉で昏倒してしまうことなどあり得るのだろうか。
ずきり、と、頭が痛む。
一瞬、こちらに伸ばす掌が脳裏に見えた。自分はきっと、これと同じ症状に、心当たりが、ある。
いや、今考えるのはそこじゃない。こいつを殺せば、すべて終わる。自分の復讐が、終わるんだ。だから、そう、手に持った刃を振り下ろせば、いい。きっとそれですべてが終わる。この男は死んで、自分は恨みを果たして、そして――
そして――どうなる、んだ?
ギシッと頭が軋む音がした。何かが体を止めている。絶対にそれをするなと、それ以上進んじゃいけないと。
「なん、なんだよ」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い邪魔だこんな痛みなんで邪魔をする痛い痛いふざけるなこいつはこの手で絶対に殺すと誓ったんだ邪魔をするな――!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
目を閉じ、無我夢中で刃を振り下ろした。ザクリ、という音。声を出したせいで呼吸が乱れている。感触はあった。何かに突き刺さる感触。
だがそれは、昏倒した男の顔の横、床を刃が抉り取っただけだった。
涙が出た。何でかわからない。わからないけれど、自分には結局、この男を殺すことは出来ないのではないかと痛感した。
「なんで……なんでだ! どうして――」
親の仇なのに。自分を人質にするという卑怯な手を使い、二人の両親を自分の目の前で斬殺した親の仇なのに。どうして、殺すことができないのか。
情けない。何が原因かもわからないのが情けない。殺すことができないのが情けない。今、昏倒している仇の横で、涙を流しながら叫んでいるのが情けない。無様に地団駄を踏んでいるのが情けない。
こんな無様に、生きているのが、情けない。
――こっちへおいで――
そんな時、その声が、聞こえた。
どこからか声がする。知っている声。不思議なことに初めて聞く声のはずなのにどこか懐かしく、そしてとても、逆らいがたい声だった。記憶ではなく体が覚えている。体だけではなく心が記憶している。心ではなく、もっと何か別の、生まれた時から持っているような、そんな感情なのだと漠然と理解した。
ドアを開けて外に出る。自分が今どこにいるのかも定かではない。見知らぬ町の中、ただ声を頼りに歩みを進める。
――こっちだよ――
声がする。耳からではなく頭に響く声。どこからだろうなんて考える必要は無かった。その声がする方向ははっきりとしている。まるで導かれるように街を歩く。
―そうだ。こっちだ。今が約束を果たすときだよ――
約束を果たす時。何の話だろうか。心当たりが無いけれど、とにかく行かなければならないという焦りが、どんどんと前へ進ませた。この焦りがどこから来るものなのか、それは自分にも分からなかった。ただ、少しでもこの声に逆らってしまったのなら、きっと自分が大事にしているものが消えてしまうような予感があった
ふらふらと誘われるように路地裏に入る。突き当りの壁。日の光が所々遮られた、薄暗いその場所にそれはいた。
ピエロの仮面を斜めに被った自分よりも小さな背丈の子供。黒や濃赤の目立つ色のストライプが入ったやけに襟が大きな衣装で、顔の表情よりもまずその服が目に付き、背丈以上にどこか威圧感がある。
「こんばんは。久しぶりだね。元気にやってる?」
気さくに笑いかけてくる子供に対して、しかし不思議なことに、その仕草、その声、その雰囲気。それらすべてから抱く感情は不快以外の何物も感じない。
心のどこかはこれは敵だと叫んでいて、しかし、これには手を出してはいけないという本能的な危機感が手を出すのをためらわせていた。
「ああ、皆まで言う必要はない。君は僕の期待以上に、よくやってくれていたことを知っている。いや、自分の親の仇と一緒に過ごすというのは本当に大変なことだね。うんうん。君はよくやってくれたよ。でも、その役目も今日で終わりだ」
終わり、というのはどういうことだろう。終わり。何故だろう。何か嫌なものが背中を撫でるのを感じた。
「終わりだよ。読んで字の如くね。さぁ、君の最後の役目を果たすといい。約束の通りに、君の望みをかなえた代償に、僕に尽くしておくれ。まあ、君からは正直、貰い過ぎているきらいがあるからね。すべてが達せられなくても、君が代償に差し出したものを返す用意もある」
代償。望み。役目。なんだろう。とても嫌な響きに感じる。嫌な響き。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。もう言葉を聴きたくない。この人に近寄りたくない。きっと何か、とても大事なものを失うことになってしまう。そんな予感がする。しかもそれは、予感というほどに曖昧なものではなく、もっと、ずっと確信に近い。必ずそれが起こってしまうような――
子供が立ち上がってこっちに向かって歩き始めた。
顔が影に包まれ見えなくなる。目が怪しく赤く光り始めた。知っている。自分は、この顔の男を知っている。影の中から手が出てきた。その手に気づいたのと同時に、それは言った。
「君が望んだことだ。さあ、もう逃げられないよ。一緒にあいつを殺そう」
言葉に従うように手をとった。その瞬間、それの口がその見た目からは想像も付かない程に大きく、真っ赤に裂けたのを見届けて、意識がどこか深いところへと落ちていった。
「無様だな」
声が聞こえたのと、衝撃を感じるのは同時だった。腹部に強烈な痛み、呼吸が完全に止まるのを感じ、自分が完全な不意打ちをくらたのだと理解した。
死ぬ。その言葉が頭をよぎる。
「死なんよ。いいからさっさと起きろ。悪い知らせだ」
恐る恐る声の主の方に視線をやると、不機嫌そうな顔をした魔法使いが居た。不機嫌そうでも、これが絶世の美女なんだと言うのに何の躊躇いもないほどに整った顔立ち。なんていうか、困る。いきなりの最悪な起こし方に文句をつけようにも、出鼻をくじかれてしまった感じだ。
「起こすにも、やり方ってもんがあると思うんだが?」
「手っ取り早く起こすには力づくで起こすのが一番だったもんでね。さっさと起きろ。悪い知らせだ」
「悪い知らせ――?」
寝起きの頭も、その一言で覚醒した。魔法使いが言う『悪い』とは、それこそ村や国の危機だったり、人類存亡の危機だったりと、兎にも角にもスケールのでかい話なのだと相場は決まっている。こいつもご多聞に漏れず、こいつが『悪い』なんて言葉を使うのは、相当やばいケースなのだと俺は知っていた。
「これから戦いに行こうっていう奴に、そんな悪いニュースを聞かせられてもな」
「別に聞かなくても構わんぞ。ただその場合、お前は確実に死ぬがな」
「……それはまた、どうして」
「これはすぐに気づく事だ。お前が今までやってきた私への助力とは関係なしに教えても構わないだろう――なぁ。何であのガキの姿が見えないと思う?」
ドクン。心臓が跳ねる音が聞こえた。
ドアを開け放ち、隣の部屋へ向かう。鍵は閉まっていなかった。力任せにドアを開け放つ。中には誰も居ない。荷物が何もない。どこかに隠れているのかと思い隙間を探してみるものの、当然ながらその姿はない。
「……まさか」
悪い知らせ。確実に死ぬ。その二つのワードが、人類存亡の危機、その障害となり得るものが敵の手中に収まったのだという理解に達するのはそう遅くはなかった。
「探しても無駄だ。お前の想像通り、あの子供は相手側に居る」
その言葉を聴いた瞬間、頭に血が上ったのを感じた。何故、と。お前が居たら、お前だったらこんな戦いにあのガキを巻き込ませないことだって出来ただろうにと。
気づけば胸倉を掴み、女の体を壁に向けて突き飛ばしていた。
「何で――!」
「フェアじゃなかったからな。あのガキが、既に敵側の魔法使いの手にかかっていると教えるのは」
こちらとはうって変わって冷静な顔を見て、少しずつ頭の熱が冷めていく。そうだ、この女はこういう奴だった。
誰一人にも執着しない。誰に対しても贔屓はしない。ただ自動的に、なすべきことのみをなす人の体をした道具。それが魔法使いなのだと、何のことはない。彼女自身がそう言っていた。
「だがこれで、相手側の札は出尽くした。相手は完全に壊れてしまっている人間だ。私たちと違い、『徳』による魔法使いのサポートなど無いだろう。後はお前が積み重ねてきたその『徳』をどう使うか……それで全てが決まる」
「……なら、ここであのガキを連れ戻すって言うのは」
「やってやれないことも無い、かもしれないが。戦闘の結果どうなるかは、また別の話になるがな」
即ち、ここで代償を支払ったなら。今までの『徳』をすべて使ったのなら、戦闘の勝敗が決まるということ。
それは暗に、『今あの子供を助けるなら、お前は死ぬ』と言われているようなものではないかと感じた。そしてその感覚は、きっと正しいのだろう。
「どうする? 今ここで、あの子供を助け出して見せようか?」
まるで近所に食べ物でも買いに行くような気軽さで、魔法使いは語った。その気軽さが、今はただただ苛立たしい。
「……助けたところで、また狙われるなんてこともあるんだろう?」
「さあ?」
その一言が、すべてを語っていた。あの子供が支払った代償。『魔法使い同士の戦いが起こったら、自分の陣営の方に降ること』なのだとしたら、一回助けたところで対決の瞬間には必ず、向こうの陣営につくことになる。
「冷静だな」
「……冷静にならざるをえないからな」
そういつつも、頭の中はこの魔法使いを非難したい言葉で埋め尽くされていた。万能の力の源。自ら望み、代償を支払えばどんなことでも実現しうる魔法使い。そして代償を図り違えることは、決してない。
だからこそ、願いは慎重に慎重を重ねた上で選ばなければならない。妻の思い出を奪われ、もう戻れなくなった男のように、ならないために。
「賢明な判断だ。その程度の判断、あの憎らしい魔法使いの小僧がしないわけがない。おそらくはお前の考えるように、戦いとなるごとにあのガキは相手のほうに回ることになるだろう。ここで助けたとしても無駄だし、その後の戦いのことを考えれば損にしかならん」
「分かってるなら止めろよ」
「生憎、すべてを導いてやれるほど私には権限が与えられていないのでね。それが人類のためだと分かっていても、自発的に意識する、行動することを待つしか出来ないのさ。至極残念なことにね」
「それで、なら俺はどうすればいい?」
「考えるだけ無駄だ。お前がやれることは分かりきっているよ。どの道、あのガキはこのまま放置されれば死ぬだけだ。人質の価値もないことが分かったなら、あのイカれてしまった男にとって、ガキの存在は邪魔にしかならない」
「助けに行くしか、ないか」
「そもそも、お前の頭の中にそれ以外の選択肢があるのかという疑問はあるがね」
「……そうだな」
「なら、話は簡単だ。馬車を用意してある。早く行くと良い。山奥の洞窟だが……ここから飛ばせば二時間程度といったところだろう。それくらいの間なら、あのガキも生きてるだろうさ」
「なら、もう行くよ」
「そうか」
簡単な会話。だって、もうこいつと話すことなんて必要ない。今まで、長い付き合いだった。言う言葉は、きっともう出尽くしてる。
いや、そうでも、ないか。
「なあ」
「なんだ? まさかこの期に及んで、私を押し倒したくなったか? まあ、ベッドがあるんで丁度いい場所ではあるが、時と場合を選んだ方がいいぞ? 蜜時のために犠牲になったなんて知ったら、あのガキもまあ浮かばれないだろう? ああ、逆に生まれ変わるチャンスなのか? 知らないが」
「いや、はっきり言ってお前のその妄想には毎度毎度ついていけないっていうか素直にドン引きっていうか」
「まあ、私はかわいいからな。どんな時でも欲情してしまうのも分からなくはない。が、しかしやはり子供の命と天秤にかけてまで私の体を嘗め回したいとか言われるとそれはちょっと褒め言葉として受け取れないっていうかむしろ気持ち悪――」
「言ってねぇ!! っていうか聞けよ、人の話!?」
「聞かずとも分かるさ。お前は大丈夫だ。さっきみたいなことは、きっとこの先も起こらない。お前が自覚していなかった、お前の望みを考えた時に生じる歪み――代償を受け取るときに、必要だったからね」
「――つまり、お前は知っていたのか」
「ああ。お前の望みは、『自分と同じような境遇を生み出したくない』っていう正義感を果たすことではない、と。そんなことは、ずっと昔から知っていた。知っていて、利用した。もしそのことに、代償を払いきる前に思い当たろうとしたら思考パンクするよう細工までして。本来、自分で気づくものなんだがね。だが愚鈍極まるお前は、ついぞそのことに気づかなかったわけだ――まあ、純粋なのも美徳。疑うことなく、使命を全うすることは尊ばれるべきことなのだろうけど」
パンクする細工。つまり、俺が代償を払いきる前にさっきみたいになったら、手を加えていた、ということか。もう一度そのことを忘れさせるか――記憶を操作して。
「本当に、魔法使いってのは最悪だな」
「その通りだね。私たちは自分の望みを持たない。叶えたいといえば叶えるし、その分の代償は必ず頂く。自身の欲も感情も、あってないようなものだ。あるのは祈りだけ」
どこからか取り出したパイプに火をつけ、魔法使いは続ける。
「まさか、私も魔法使いになるまでは、魔法使いがこんなものだとは……いや、知識としては知っていたが、こんなに不自由なものだとは思っていなかった。全知全能の力を存分にふるって、かかる不幸をばっさばっさと跳ね飛ばし、世界を幸福に導くのだと、本気でそう思っていた。だが、残念ながらそんなのとは真逆。ただの自動的な願望器。それが魔法使いとなった私の姿だった――まあ、これはこれで、楽しくやれてはいるけどな」
「嘘つけよ」
「嘘じゃないさ」
「いいや、嘘だね」
「何が嘘なもんか」
「お前は楽しくやってるかもしれないが、満足しちゃいないだろ? そのくらいは、俺にもわかるさ」
「……はっ、生意気なことを言うね。私の騎士風情が」
「そうさ。だから俺はお前が気に入っているし、尊敬している。一人の人間として」
「そうか。だというのなら、光栄だ」
表情をうかがいながら、口を開く。どこか安らかな笑顔で、そしてどこかさみし気な笑顔。それはきっと。この先の戦いがどういうものになるのかを、暗示しているかのようだった。
公平な戦いなら、いい勝負。
だというのなら、人質を取られた今の状態ならば。
どうなるかなんて、分かりきっている。
「ミリア、お前のことだから、これから俺が言うことなんて言うのもきっとわかっているんだろうな」
「ああ。私は魔法使いだからな。どんな言葉も、私はいつだって、わかりきっている」
「ミリア、俺はお前の騎士でいれたことを、誇りに思わなくても、それでも、結構、なんていうか。悪くなかったと思ってる」
「そうか」
「感謝しているよ。ミリア。ありがとう」
そうして、照れくさくて背を向け、ドアへ向かって歩き出した。
顔が熱いのがわかる。照れている。やっぱり、親であり恋人のように接してくれていた長い付き合いのあの女に、今さらながらこんな言葉を掛けるのは本当に気恥ずかしい。
しかも、あの女は魔法使い。わざわざ言葉にしなくても、こちらの意図なんてバレバレなのに。
「テラ。お前は一つ勘違いをしている」
「勘違い?」
ドアノブにかけた手を止め、振り返らずに、聞く。勘違いとは、一体何のことだろう。
「私は確かに、魔法使いだ。言葉を発さなくても意味なんて伝わる。でもね、テラ。それは、言われなくていい、ってことではないんだよ」
それはつまり、どういうことだろう。
「テラ、私は、君の主人として君のことを誇りに思う。健闘を祈る」
とっさに、走り出したい感情に駆られた。すぐにでもここから立ち去りたい。恥ずかしくて、目まいがしてきそうだ。
ドアを開けると、そこには木箱が浮いていた。何度も見たことがある。この魔法使いを呼ぶための、水晶が入った、箱。
「大事に使え。どう使おうが、私はお前に文句を言ったりしない。使えるのは一回限り。場所と時を選んで、大事に使え」
「わかった」
「あぁ――本当に。耳から直接聞いたお前の言葉は、本当に心地が良かったよ。テラ」
扉を閉め、俺は木箱を両手でつかみ、背中のホルスターにぶら下げた。
自分の望みが何だったとか。そんなことはこの後、散々考えればいい。
大事なのは、そんなことじゃあない。
だって今まさに。俺が救いたいはずの存在が、危険な目にあっているんだから。
息を一つ吐いて、足を踏み出す。
不思議と、その足取りは軽かった。