第2話
新しい仕事に就いたり引っ越ししたりその次の月に出張に行かされたりとスーパーバタバタしてたので更新できませんでした。。。
これからはちょくちょく更新していきますので、よろしければご覧ください。
少しでも面白いと思ってもらえるようがんばってかきます。
2015/05/12 最後の部分を修正。なんか流れが変になってました。すいません。
朝起きてからすぐに着替え、ガキには朝飯、昼飯と十分なものが食べれる金額を預け、意気揚々と、町の中央に陣取った、周囲の建物に比べて一際大きな木製の建物――ギルドと書かれた建物へ向かった。
賞金稼ぎの憩いの場にして、金融の要。倒した賞金首の賞金を支払ってもらえる、賞金稼ぎとしては毎日でも通っていたいくらいの素敵空間。他にも賞金首の手配札やら、重要な情報が詰まっている。自然、情報屋も周囲に集まりがちで、賞金稼ぎにとっては無くてはならない施設だ。もちろん、普段は一般人のお金を預かり保管したりする仕事もあり、むしろ最近ではそっちの方が本業と言ってもいい。なくてはならない街の重要な機関だ。
受付で用件を言い、名前と住所、討伐した賞金首の名前を書き、紙を渡す。何でも、倒した倒してないというのが曖昧になるため、あの魔法使いがそれを判断できる装置を作ったらしい。精度は抜群で、これのおかげでわざわざ遺体を持ち帰らなくても良くなった。そのあたりはあいつに感謝しなければならないのだろう。
手に取ったのは五十万。紙幣であるが故に金額の大きさほど重量は感じないが、今回の賞金首を狩って得た、正当な対価。
ああ…………。
ああ――――――!
これで……! これで、あのクソガキを育てながらもあと3ヶ月はもつ……! 思えば最近の生活は酷い物だった! 酒も飲めず飯も少ししか食えないのに、そんな俺の様子をせせら笑うように(実際喜んでいたのかもしれないが)腹いっぱいまで食べる餓鬼に、俺の足元を見ようとニヤニヤしながら金額の交渉をする情報屋をぶち殺してひき肉にして豚の餌にでもしてやろうと思ったことが何度あったことか! 宿に泊まる度に軽くなっていく財布を見て何度ため息をついたことか! それだって言うのにあのクソ魔法使いは借金の返済を迫ってくるしで、誰にも弱みを見せれず誰にも愚痴れない生活がどれくらい続いたことか……!
だがこれでもう暫くはもつ! 二人分だから生活費は倍かかるが、それでも十二分に生活できる額だ! ああ、生きてるって素晴らしい! いや、生きれるって素晴らしい!
こうやって稼いだ金を直に手に持ったときの幸せといったら無いよな……!
「で、そうだな。今回の報酬は若干いつもより多いから、六割ほど貰おうか」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!」
何時から居たのか女魔法使い。
俺が持ってたはずの金を見事に全額巻き上げて金勘定している。
「何だ、まけんぞ?」
「いや、ちょっと待て。うん、確かに俺はお前に借金してるがな。こっちにも生活ってものがあってだな」
「借金を返し渋る奴は、大抵皆がそう言うんだよ」
「しかし最近、俺の生活費が倍になってだな」
「自業自得だし、自分で選んだ道だろう」
「六割って、そんなに取られたら十万しか残らないじゃん!」
「二十だ。とりあえず落ち着け」
「鬼! 悪魔! 鬼畜! 美人!」
「褒め言葉が入ってるぞ。気分は悪くないが、まけてはやらんよ。ほら。お前の分。大事に使えよ」
渡された二十万。先ほど受付から渡されたのより半分ほどの重量にしかなっていないはずだが、心なしか遥かに軽く感じた。
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
「うるさいな。今度は何だ?」
「これが、これが叫ばずに居られるか…! ああ、糞、この世には神も仏も居ないのか……! さっきの感動を返せ!」
「魔法使いならいるがな?」
「そんなもんいらねー! 死ね! ばーかばーか!」
「幼児退行してるぞ……可哀想に」
お前のせいだろうが!
突っ込むべきだと思ったが、さすがにそろそろ悲しくなってきたし、何より周囲がクスクス笑ってるのが聞こえたのでやめておく。
「くそっ、何で分かったんだよ。金入ったこと」
「そもそも、お前らが使ってる刈り取られた耳でそいつが死んだかどうかを判断する装置を作ったのは私だからな。私が情報を抜き取れるのは当たり前のことだろう」
そういえばそうか。もう何でもありだなこいつ。いや、魔法使いだしな。
「でもお前、これまで入金の度に来たりなんかしていないだろうに」
「お前がきちんと、相応の値段を入金してたからな。今回は子連れになって、多少自分に甘くなるかと思って出てきたのさ。その予想は、まあ、当たらずとも遠からずだろう?」
「ぐっ……」
確かに、今回は先の事もある。ガキには必要をあらばお前に使う金は無いと言ったが、しかし俺だってあんな子供を飢え死にさせる事など望んでない。出来る限りのことをしてやろうと決めたからにはそれを貫くつもりだし、だからこそ、今までのように行き当たりばったりだけではなく、きちんと非常用の金を残しておくつもりだった。
このクソ女には大体、十から十五、当面の生活費に二十五。残りの十は、もしその二十五が無くなっても仕事が入らなかった時と、あのクソガキが何かしでかした時のための金にするつもりだった。だが今まで払ってきた額の割合から言うと、確かに、このクソ女が主張する六割というのは、極端な取立てではなかった。
「自分に甘くするな。そうすると、人間というのは幾らでも楽をするし、楽をしようとするものだ。多少きついくらいが丁度良いんだよ」
「きつくしてる奴が言うことではないな!」
「そうかもな。まあ、知ったことではない」
即座にその金を、恐らく自分の口座だろう場所に入金するよう、クソ女は受付に渡した。何か特別な権利でもあるのだろう。一枚のカードを見せただけで受付もやけに丁寧で、若干怯えながらそそくさと作業を開始した。
「労働を尊べよ、青年。労働を効率よくやれる人間になる必要は無いが、健全な労働は健全な精神を育てるものだよ。ガキも連れてるんだ。そのガキに、健全な大人の姿を見せてやるのが、お前がやるべきことだろう?」
透き通るような肌。整った顔、絹のような髪。性格に似合わないほどに不釣り合いなほどに美しい口元を歪めて作る微笑は、まるで一種の芸術のよう。
一瞬見惚れるほどの美しさに、しかし、良い感情は抱かなかった。魔女め、と、心の中で文句を言って、俺は必要な分だけ財布にいれ、窓口に再び金を預けてギルドを出た。仕事を終えた後の唯一の楽しみである金勘定も終えたことだし、もう嵩張るほど金を持つ必要も無い。魔女も俺を追うつもりも無いのだろう。俺が出て行ったところで、何一つ反応しない。あいつはあれで忙しい奴だから、きっと何かやらなければいけないんだろう。付き合いも長いので、大して気にもしない。
「はー。折角の大もうけだったのになぁ。はー」
ついでに思わず独り言を言うくらいへこんでいる俺は、あいつの相手をする気になれない。
確かに、あの女が持っていった金は極端にこちらに意地悪したわけではないけれど、実際問題、あのクソガキのせいで家計が切羽詰ってるのは事実なのだ。
アレを引き取ってもう一ヶ月と半ばほど、といったところだが、寝てる俺の寝込みを襲う回数は、少なく見積もっても二十回は超える。最近だと泊まっている宿の私物を勝手に使い破損させるので、仕方が無いから明らかに子供には使いにくい、あのガキの形見の大振りのナイフを一本あげた。勿論、撃退はしているのだが、しかしながら全てを穏便に済ませることが出来るほど、俺は武道の達人というわけでもない。壺を避ければ壺は割れるし、家具を避ければ一部がひん曲がって使えなくなったりするし、ナイフを渡していれば、俺が避けた拍子に布団や毛布が破けたりして、これまた使えなくなる。ので、なんとか受け止めたり、いなしたりして被害を回避しているが、意表をつきたいのかわざわざナイフを使わないで襲ってきたりする。
お陰で食事以外でも出費の出方が酷い。
かと言って宿無しにするのも問題だし、困ったものだ。
仕方なしに俺は次の賞金首の情報を探すことにした。魔法使いは受付の人と、何か言葉を交わしている。もしかしたらあの魔法使いが良い話を持ってきているかもしれないが、わざわざ人と話しているところを邪魔して聞くほどのことでもない。先に近辺の情報だけ整理しようと考え、入り口近くにあるボードに、何枚も張られた賞金首の手配書を見ることにした。さて、この近辺で言うと賞金首は三人ほど。どれもそれほど危険は無い……同時に、賞金額も少ない。さて、どうしたものだろうか。見つければ狩るのは難しくないのは、特に目立った経歴の賞金首は居ないことから分かる。商店に勤める人間、他の町からの流れ者の無職。騎士団からの脱走者……なお、捕まった理由が公務執行妨害。うーん、何ともぱっとしないというか。
「何だつれないな。何か面白そうなものはいるか?」
ひょこりと、いつから居たのか魔法使い。いつの間にか俺の後ろで、手配書をのぞき込んできた。不意に見ると余りの綺麗さにドキッとするから、本当やめて欲しい。
「いや、とりあえず収入になりそうなのはなぁ……」
正直、かかる時間とそれに伴う生活費。情報を集める金額をあわせて残るのは6割といったところだろう。この金額の6割……というと、2人では1ヶ月持たない。
「ふむ……確かに、厳しそうだな……このままお前に生活苦で消耗してもらうのは、正直困るんだがな」
「困るって……お前の取立てがなければこんな苦労をしなくて良いんだけどな?」
「そういう契約だ。仕方ないだろう。お前は賞金稼ぎの真似事をして生計をたて、その収入の6割を私に渡す。私はその代償に、お前にその目を与えたんだ。契約不履行なら、その目を回収しなきゃならないが」
「それは困ります……」
一瞬笑顔で目をくり貫く女の姿が目に浮かんだ。やばい。割と切実に現実味を帯びている。
「まだ優しい条件だと思うがな。固定した金額ではなく、あくまでお前が収入を得た収入の6割なんだから。何も、金が無いときに取り立てて、借金になった時点で目を奪う、なんて悪魔みたいな契約にしているわけでもない」
「優しいかどうかは、受ける側の判断に寄るだろうよ……」
それこそ、今の俺には悪魔にしか見えない。
「ふむ。では、ここはひとつ優しさを見せておこう。ほら。これとかどうだ」
ぺらりと一枚、賞金首の手配書を見せてきた。名前は……クレオ盗賊団団長、ミゼラ
=マトゥーニ? 今見た手配書には無かったはずだけれど。
「もう一つの条件は覚えているだろうな?」
「もう一つの条件……ああ。忘れてないよ」
もう一つの条件……というか、魔法使いの騎士としての前提。魔法使いの従者として、世界の危機に真っ向から立ち向かわなければならない、ということだ。
そもそもが、この魔法使いは常にそういった『人類の危機』と戦う宿命を背負っている。その『危機』に対抗するための兵力が、俺のような騎士なのだ。それ以外のことは、極端な話ただのぜい肉。余分なことでしかない。
いや、余分なことでしかない、ですまないんだけどなぁ……生活苦しいし。
「その顔はまた馬鹿なことを馬鹿な頭で馬鹿らしく馬鹿みたいに馬鹿の一つ覚えのように自問自答している顔だが馬鹿がより目立って馬鹿馬鹿しいからやめた方がいいぞ、馬鹿」
「馬鹿って言うなよ! って突っ込もうとしてたのに何回言ってんだよ突っ込み損ねたじゃねえか!」
「なあ、真面目な話なんだ」
そういった瞬間、魔法使いの顔から表情が消えた。
「その時がどうやら近づいているようだ。人類にとっての一大事が迫っている――約束の時だよ。テラ。その戦いに、君は全てを賭けて勝利せねばならない」
息を呑んだ。約束の時。それは魔法使いの従者の最終点。賞金首との戦いなんて比べ物にならない。実力が伯仲している者同士の戦い。
「これはまだ賞金首にはなっていない男だが、近いうちに賞金首になる。それも、それなりに高額のね。それも、向こう側の従者となる資質を持っているから、あまり出てきて欲しくないんだ。つまり――」
「今のうちに、狩れ……ってことだろ」
「その通り。頼んだよ」
「……ああ。それは良い。でも、これ随分遠出にならないか? ここから二週間くらい移動にかかるんじゃないか」
馬車を乗り継いで行けばそれこそ3日程度の道のりだが、生憎そんな金銭的な余裕は無い。歩きのことと、あのガキを連れて行くことを考えると日数的にはそれくらいだろう。
「どの道、決戦の場がその辺りになりそうなんでね。先に行って英気を養って貰おうという配慮だよ。そこまで差し迫っていることではない。ゆっくり来ると良い」
「……いや、さすがにそんなとこに連れて行く行くわけには行かないんだけど」
ゴン!
甲高い音が頭上から響く。それが頭を殴られたことによる音なのだと判別するのに1秒、とんでもない痛みが伝わってくるのにまた1秒。どこから出したのか分からない、先が錨の様に開いた木製の杖で殴られたことが分かるのにまた1秒かかった。
「あのガキをどこに残せると思ってるんだ?」
「いや……うん。そうだな。確かに、残せるところは無いか」
戸籍上はまだ犯罪者の息子ということになっているだろうし、そういう身の上の場合、託児所やらで預かってもらうことも出来ないだろう。せいぜい思いつくとしたら騎士団に預けることくらいだが、それはほぼ半分犯罪者として扱われる。他に場所も無いので牢屋に入れられ、死なない程度の飯を提供される。大方、そんなところだろう。それは年頃の子供に相応しい行動でもない。勿論、俺はそんなことはして欲しいとは思えない。
「なあ、ならその戦いが終わるまでの間」
「預からないぞ」
ぎくっ。バレてら。
「そもそもが、私の依頼を無視してあのガキを連れ帰ったのだろう? ならその件で私に助力を求めるのは筋違いだ」
「そう言われるとぐうの音もでないけど」
「そうだろう。なら必然、お前はあの子を連れて行くしかない。それくらいの仁義を果たせないような人間に、私は育てた覚えは無い」
「へいへい。全くもって、その通りだよ」
なら仕方ない。手間ではあるが、あのガキの分の旅支度をしてやる必要がある。旅行用の衣服に、狩りが巧くいかなかったときの携帯非常食。ああ、こうしちゃ居られない。移動するなら早いうちがいい。向こうの拠点を早く作れれば、その分だけ仕事がしやすくなる。明日にでも出るとするならもうこれからでも買いに行かないといけない。
「旅支度があるのだろう? 早く行くと良い。私もそろそろ行かねばならない。生憎と、やることが山積みでね」
言うが早いか、いつも通りの穏やかな笑顔に戻り、パチン、と指を鳴らした魔法使いは、次の瞬間何の予兆もなくその場から消え去った。
さて。ならとりあえずあのガキをつれて来ないと。服も……賞金首の親に貰ったものだから変えてくれるかどうかは分からないが、最低限は身に着けていったほうが良い。あの装備で長旅は、正直かなり辛いものがあるだろうし。
やれやれと一息ため息を吐いて、宿へと足を向ける。義務だとは言え、金にならない殺しと言うのも、気が滅入るものだ。
魔法使いの騎士として、あの女から来る依頼は大きく分けて二つある。一つは騎士団では割に合わない……要するに、相手が強くて近隣の賞金稼ぎでは返り討ちに合うため、被害が広がってしまう賞金首の討伐。これは、相手が賞金首になってから依頼されることが殆どで、賞金首になってからのため、賞金は当然のようにもらえる。
もう一つが、今回のように、まだ賞金首になっていないもの――そして『人類の敵』に選ばれる要素がある人間なのだという。
自分の将来にどれほどの脅威を備えた敵が現れるか分からないし、そういう輩を殺していくことで、あの女魔法使いに『借り』を作る意味もある。今回のような依頼は報酬が無い分、こういった依頼を積み重ねることで、いざ困ったときに魔法使いの助力を得れるのだ。正直、いつ死ぬかわからないこんな職業を生業とする身としては、その助力は心強い。
だからたとえまるでお金にならないとしても、その仕事はやっておいた方がいいのだ。
そう。まるでお金にならなくても。
「はぁ……帰ろ……いやいや、帰ろじゃねえよ。さっさと買い物済ませないとな……」
とりあえず、当面の食事、あのクソガキの旅路用の服装、武具のメンテに情報収集など、やることはいくらでもある。全て終わらせれば夕方くらいには帰れるだろうか。
まあ、宿には飯もあるし、あのガキも一人じゃ何もやらない。大丈夫だろう。そう思い、足を市場へと向けた。
買い物を済ませ、買い物袋で両の手がふさがったまま、宿の入り口をくぐった。
結局、夕方を通り越して夜になってしまった。晩飯分の金は用意していなかったから、あのガキもおなかをすかせてしまっているだろう。ほんの少し罪悪感があった。
俺が居ない間、色々世話を焼いたかどうかはしらないが、宿主に挨拶をし、鍵を受け取り部屋に入る。
部屋の隅っこではガキが丸まっていた。俺が買い与えた外出用の皮の外套に、全身をくるませ、置物のように丸まっている。
「よう。悪いな。一日かかっちまった。元気にしてたか?」
挨拶をしながら周囲を見る。テーブルの上には無用心にも、こいつに預けた金の一部が無造作に置かれている。それ以外はまあ、使ったのだろう。随分な量使ったんだなぁと思ったが、使って問題あるほど預けたわけでもないので、別に良いだろう。
「……? おい、聞いてるのか?」
寝ている様子はない。だが、余りにも反応が無さすぎた。てっきり、帰宅と同時に襲われるのかもしれないと身構えていただけに、若干拍子抜けだ。
警戒しながら近づく。いつ飛び掛られても反応できるように、重心を崩さぬよう、慎重に足を運びながら、子供の所へ歩み寄る。
「おい」
肩を触る。
痛いという声が微かに聞こえたのを俺は見逃さなかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
反射的に距離を取った。手にはナイフが握られている。一般的なものよりも刃が何割か、太いタイプの、恐らくは特注品であろう独特のナイフ。このガキが履いている靴と同じ、今は亡き賞金首の形見。悪用はするなと言い含めて、所詮子供だから大した事も出来ないだろうし、形見のものくらい、近くにおいておきたいだろうという心情を察して、出掛けに返したもの。
鍛えられた成人男性と、そうでない子供の動きの俊敏さには明確な違いがある。優々と安全距離まで退く事が出来た。
全身を震わせる荒い呼吸。全身の酸素を吐き尽くさんとばかりに肩を上下させながらクソガキはナイフを右手で構え――
左手は、肩口からピクリとも動いていなかった。
ぶらりと力なく、ぶら下がったままだった。
思わず無造作に近寄った。だがガキからは反応が無かった。こちらを殺そうという意思は感じない。寧ろその様は、追い詰められた獣と同じだと思った。
射程内に足を踏み入れる。それに気づき、慌ててナイフを振るってきたが、遅い。遅すぎる。いつも俺にかかって来た時の素早さはどこへ行ったのか。
ナイフを持つ右手の、手首の辺りを平手で叩いた。それだけで簡単にナイフは飛んでいった。
左手の肩を再び触ると、それだけで顔を歪めた。
「……もう大丈夫だ。大丈夫」
出来うる限り優しく、頭を叩いてやる。危害は加えない。俺はお前に危害を加えることは出来るけれど、そのつもりは無いと、その動作に、精一杯の気持ちを込めたつもりだった。
ガキの体から力が少しずつ抜けていくのを感じた。抵抗する気も反抗する気も、ましてやこちらを殺そうという気も無くなっていったのを感じて、一安心した。
「ぐっ……うっ……ひっ……く……」
体を小刻みに揺らしながら、声を押し殺して、ガキが泣き始めた。
その姿を、よく観察する。
懐には金が見えた。テーブルにおいてある金額よりも明らかに多い金額。それは誰か盗みに来る奴が居たときに、その金だけ取って逃げていくよう仕向けたのだろうと察した。泥棒とて、金が入れば文句は無い。わざわざ子供を苛めて自分が見つかる要素を増やす必要もないから、目当てのものがそこにあれば、黙って去って行くものだろう。
近寄るまで反応が無かったのも、黙って去ってくれれば何の問題もないから、と。そういうことなのだろう。
肌が露出している部分は殆どと言って良いほどに紫の痕があり、誰かに暴力を受けただろうことは疑いようも無い。
どうして気づかなかったんだろう。賞金首の子供と言うのが、町の人間からどう見られるかなんて、そんなこと、考えるまでもなかったっていうのに。
一人に残しておくべきではなかった。
その引き金になっているのがこいつが起こした行動だからだとしても。
『人殺し!』
嫌になるほど聞いたあの言葉が脳裏をよぎる。賞金稼ぎと言う仕事柄、その言葉は否定出来ない事実だし、謝罪するつもりはないし、恐らくは謝罪しても誰も喜ばないことも知っているし、その言葉を言われても何も言い返すことは出来なかったけれど。
けれど、俺は、あいつの親が賞金首で、その子供なんだと、各地で言い回っていた。
勿論俺に非はない。稼ぐためには動かねばならず、寧ろ行く先々でそんなことをのた打ち回るこのガキの行動こそが咎められるべきことだとは思う。
それでも。
それでもこんな状態になるまで皆から追い込まれなければならないのは、幾らなんでも無いだろう。
まだ泣き止まない子供を見て、可哀想に。と、心の底から同情した。
きっとこの子供は、俺が帰ってきて、危害を加えない人間が傍にいることに、安心したから泣いているのではない。
どうしようもなく苦しくて、殺したいほど憎い親の敵相手に安心してしまっている自分が許せなくて、泣いているのだろう。
殺したいほど憎いのに、誰も手伝ってくれない。誰も味方してくれない。寧ろ皆が皆、自分の敵に回っていることが、どうしようもない理不尽に感じて仕方ないのだろう。
それは本当に、心の底から、可哀想に。と、思ってしまう。
こいつが何かしたわけでもないのに。こいつが考えることは、少なくとも、当たり前の感情であり、誰もが考えることだと言うのに、誰もが敵に回る皮肉。自分の近しい人間が殺されたら、そいつを殺したいほど憎むのは、果たして悪いことか。そんなことすら、こいつに関わった奴らは考えが思い至らないのか。それともそれを思っても尚、罪深い存在だと言うのだろうか。
自分が選んだ道は予想以上に険しく、厳しい道なのだと。
この光景を決して忘れないように、泣き止まない子供の姿を眼に焼き付けるように、見つめ続けた。
安心して気が緩んだのだろうか。散々に泣き、泣き止んだ後は、すぐにベッドで、ガキは深い眠りについた。
壁に立て掛けた大剣を握り、片手で持ち合げ、背負う。この化け物みたいにでかい大剣は、普段の俺には両手を使っても持ち上げられるかどうか怪しい代物だ。だが、あのクソ女から買った、この眼の力のおかげで、今、俺が身につけたり触る物体の重さは、殆ど0に近い物になっている。その間、俺が身に着けている物の強度や硬度は、例え金属であっても布と同レベルの効果しか発揮しない、というデメリットはあるが、長旅や、こうした重量な装備を持ち運ぶのに重宝する。狙った相手とタイマンを張れる力と、この力は、俺の賞金稼ぎとしての活動には必要不可欠のものだ。残念ながら同時にその力を使うことは出来ないし、この眼自体、随分と高くついて、今もまだその借金は払わなければいけないが。
階段を下りて、宿の受付へ。そこではこの店の主人が、楽しそうに金勘定をしていた。挨拶をすると、主人は慌ててその金を隠した。
そうだよな。この宿で起きてることで、あのガキはきちんと鍵をかけていてあんな状態になってたんだから、その主人が関与してない何てことはありえないよな。
俺は背中の鉄塊を受付の机の方、やや上に放り投げた。俺の手を離れた瞬間、ソレは本来あるべき重さ、強度を取り戻す。重力はソレに速度をつけ、物に激突する際の破壊力を増大させる。
結果、巨大な鉄は机を軽々と粉砕する。主人にぶち当てたい所だったが、それをしては話を聞き出せなくなる。
目の前の惨劇に怯え、しかしながら、そのことに対して何か心当たりがある眼――理不尽な暴力に遭った訳ではないことを自覚している――を見て、関係者であることを確信した上で、俺は出来るだけにこやかに、けれど怒りは隠さずにこう問いただした。
「なあ。詳しい話、聞かせてくんない?」
「この、ばかもんがあああああああああああああああああああ!!!」
痛え。
まさかいきなりゲンコツではなく木の棒で殴られるとは思わなかった。
ここは騎士団の牢屋の中。本来なら犯罪者を収容する施設。面会室が別にあるはずなのに、何故かそういうのをすっ飛ばして直接ここまで来れる人間は、かなりの訳ありの人間のみである。だが、どこぞの誰かさんにとってはそんなものは関係ないらしい。
「おい、知ってるか? 暴行罪器物破損罪恐喝罪殺人未遂もろもろで計十八件の罪状で訴えられそうなんだってよ!? 笑えるよな!? 一晩でまさかそこまでやってくれるとは私も思わなかったよ! おい、いっそ賞金かけて貰った後で売り渡すか!? その方が面倒なくて良いな?!」
「すいませんで」
「黙って謝れ!!」
無茶言うな。
「くそっ……ったく、大量の金を返して貰った後でこれか。つくづくお前は私の喜びを邪魔したり頓挫させたりするのが好きらしいな」
「いや、別にそれは嫌いではないけど」
「何だって?」
「何でもないです」
「何だって?」
「何でもないです」
「何だって?」
「だから何でもないって! 痛い! すいませんでした! 何か納得いかなかったんで口答えして本当すいませんでした! 痛い痛い! ヒールが刺さる! 痛い! あ、おいこら待て痛いって言うたびに嬉しそうに笑うんじゃねえ! ああ、良いなその表情! 爽やかだなぁ! ははは、あのほんと出血しそうなんでそろそろやめて欲しいかなぁああああ?!」
戯れる子供を見る母親のような母性溢れる顔で俺の脚にヒールを踏みつける魔法使い。
鬼か、こいつ。
「納得行かない、か。ふん、やれやれ。ならお前の言い分とやらを聞いてやろう。それ次第では、まあ、借金の上乗せで手を打ってやらんでもない」
借金の上乗せは確定だった!
やばいな。俺が死ぬまでに返せるかな。
「理由があるんだか無いんだか……ああ、そういうことか」
意地悪そうに笑いながら、こちらの全てを見透かして、うんうん、と頷く魔法使い。
こういう聡い所、嫌いではないんだけど、何かムカつくんだよな。
「お前、ギルドに行く時にあのクソガキ、連れて行かなかったのか。そりゃあ、周りの奴らには格好の餌食だよな。道徳的にも金銭的にもリスク的にも何ら申し分が無い。ただの獲物だよ。そのことについて考察しなかったお前が悪い」
「……いや、そりゃそうだけど。でもその原因作ったのはあいつだぜ?」
「ほう?」
「あいつ、俺が行く先々で、人殺しだの、親の敵だの。散々言い回ってんだよ。情報屋でも武器屋でも防具屋でも宿屋でも。誤解されると仕事にならない」
「ふん、お前、何も分かってないな」
「あ?」
「そもそもの原因は、お前が、あのクソガキを、自分を付け狙うだろうことが分かっていてもその命を奪わなかったことだよ。生殺与奪の権はギルドに所属する賞金稼ぎ全てに与えられた権利であり、義務だろう」
「そりゃ、そうだけど」
賞金稼ぎというのはその職業柄上、人を捕らえるよりも、寧ろ命を奪うケースが多い。故に、その仕事を終えた後に恨みを買い、復讐の対象になることも間々ある。
賞金稼ぎと言うシステムは、本来、世界の治安を維持することを目的に設立された『騎士団』が、日々の業務に追われ、逃げた犯罪者を捕まえる事に力を割けないケースが増えてきた為に設置された、『国が認めた騎士団の補助組織』であり、国が認めている以上、恨みを持った相手に対処する権利を賞金稼ぎに認めねばならなかった。というのも、賞金首に対しては基本的に生死問わず、危害を加える権利が保障されているが、それ以外の人間に対して基本的に危害を加えることを許してはいない。当たり前のようであるが、まだ罪を犯していない一般人に対しては、賞金稼ぎは手を出すことが出来ない。例えそれが自分の命を狙ったものだとしても、
故に、認められた権利が生殺与奪の権。賞金首を狩ったことにより、誰かがその復讐を果たそうとした場合、必要に応じて、当人の判断で、その関係者の命を奪うことも許可すると言う強力な権利であり、自分の命を守るという賞金稼ぎに課せられた義務だ。
だから今回のようなケースだった場合、多くの賞金稼ぎは、あのガキを殺すのだろう。
極端な法律かと思われるかもしれないが、『もしかすると犯罪を犯した自分だけではなく、自分の肉親や周囲の人間すらも巻き込んで殺されることになるかもしれない』という恐怖を与え、犯罪の抑止力に一役買っている。
「いや、だから」
「お前は誤解しているがな。この権利は、お前だけに充てられたものじゃないんだよ。賞金首だった自分の身近な人間を殺されて、その復讐を果たそうと言う奴は、何の関係も無い一般市民からしてみれば、賞金首の協力者も同然なんだよ。協力者と言うと、言い過ぎなのかは知らないが、少なくとも、そっちのサイドの人間だって言うことに変わりは無いんだよ。そいつを殺されて恨みを持っても、それを行動に表さないで、罰を罰として受け止めれる人間じゃないと、自分が賞金首の取り巻きだったことを周りに明かすことになる」
今回のようにな、と、魔法使いは続ける。
「当たり前のようだが、賞金首が自分の身近な人間だった奴、何ていうのは世間的には信用されない。それどころか、万民にとっては排除すべき側の人間なんだよ。こういった人間はね。作るべきではないんだ。そいつ以外の他の誰にとっても、そういう人間にとってもな。この制度はな、テラ。賞金をかけられるような人間の、そちらのサイドに付く人間を作らない、国が認めるシステムの中では出来ることはないと万民に保障する為のものなんだ。ああいう人間を作ったそもそもの原因がお前なんだから、あいつが原因で起こした全ての事柄は、極論してしまえば、お前が悪いんだよ」
「……」
言わんとしていることは、分かる。そもそもあのガキをあの時、あの場所で殺してやれば、今のようなことにならなかったんだと言うことは。あんな風に泣くガキを作らずに済んだろうし、そもそも、自分の客に手を出すのを手助けするようなクソみたいな奴も、両親を失って一人でいるガキから金を盗もう何ていう脳みその腐った輩に、『親が賞金首だったどうしようもない一家の子供で、だから自分が食い物にするのは道徳的に正しい』とかいう、一見倫理的で、その実ただ頭が悪いだけの大義名分を与えることも無かったのだ。
もしかしたら。あの時殺してやるほうが、あのガキに取ってみれば幸せだったのかもしれない。
勿論、そんなことは思いたくも無いけれど。
「つまり、人を一人救うって言うのは、お前が考えてる以上に難しいってことさ」
正に、つまりはそういうことなんだろう。
「ああ、そうだな。それについては、俺は何の反論も出来ないよ」
「潔し、だな。お前のそういう物分りの良いところは嫌いじゃない。諦めが悪いところもな。捻くれてる所もチャームポイントと言えなくも無い」
「何の話をしてるんだ?」
「いや、お前と言う人間が、誰かに愛されるに足る人間だということだ」
出て良いぞ、と。指パッチンだけで足につながれた鎖を外してくれた。どうもこれで釈放らしい。一体どういう理屈でこんな芸当出来てるのか気にはなったが、分かったところで別段、どうしようもない。これはこういうものなんだと受け入れるのが一番適した返し方だろう。
「お前、やっぱりとんでもない奴だよな……」
またこれで借金が増えると思うと気が重いが、しかしあんな状態のガキをあんな宿に残しておくのも気が引ける。
「当たり前だ。私に不可能は無い」
「へいへい」
だが全てを見通しているわけじゃなさそうだ。そんなことを思いながら、俺はこのクソ女の顔を見る。
ドがつくサドで詐欺師で守銭奴。発明家で政治家で王様みたいな権力者を兼ね合わせて、よく分からない力を使う魔法使いとかいうよく分からない職業の、世界の頂点に立つ三人の内の一人。
背丈は百七十ほどで、女性としてはやや高い。若干細身だが、きちんと出るところは出てて、要するに、誰がどう見てもナイスバディー。髪は絹のように滑らかで、動く度に、心を惹く様な美しさを感じる。瞳の色は両目が緑という特殊な色だが、光が反射して輝くその美しさはまるで宝石のよう。常に香水をつけていて、後に残る甘い、けれど甘ったるくはない香りも高ポイントだ。
こんな冗談みたいな超人でも、当てにならないことは言うんだな、と思った。
俺が誰かに愛されるに足る存在だって?
そんな訳がないのに。
「なら、力を貸してくれればいいのによ」
「私に物を頼むならば代償を必要とする。それは魔法使いとして絶対だ。ルールは覚えているだろう?」
「そりゃまあ、いつも口すっぱく言われてたからな」
一つ、魔法使いは、決して一人に固執しない。
二つ、魔法使いは、依頼と代償なしには願望を叶えない。
三つ、魔法使いは、決して代償を見誤らない。
それが子供の頃から教え込まれていたルール。そのおかげで、ちょっとした頼みごとも一切出来ず、例えば『そこのものをとって』ということすら頼むことは出来なかった。
「お前が蒔いた種だ。そしてその子供を預かって欲しいというのはお前の欲求の仲で、それなりに上位に位置する。それに見合った、『それなりの代償』を貰わないと動けないな。それは、よく分かっているだろう?」
「そんなにか?」
「そんなにだ。お前は自分が思っている以上に、あの子供のことを大事にしようとしている……大事にしている自覚はあるんだろうけれど、更にそれ以上に、ね」
「……お前がそう言うなら、そうなのかな」
魔法使いは、決して代償を見誤らない。
そしてその代償とは、相対的な価値ではなく、主観的な価値に由来する。
例えばだれそれを殺したい、という願望があった場合、その人間にとって誰かの『殺したい』という思いと、同じほど『大事』に思っているものを代償として支払うことになる。
勿論、だれかれ構わず願いを聞いてやっているわけではなく、ある一定の条件があるそうなのだが、基準が複雑すぎてそのあたり、ミリアも説明をいつも省いていた。俺もそこまで興味がある訳でもないので、放っておいている。
「だが、どうしても本当に、もう駄目だというなら、私に言え。お前のその心の有り様に免じて、力を貸してやる」
「……わかった」
そう答えると、魔法使いは無邪気に笑った。本当にうれしそうに、こちらを見て笑った。
自惚れでなければ、それはいつもの小ばかにするような笑顔ではなく――もっと違う感情で笑ってくれたように思えた。
腰を上げ、促されるまま牢を出る。
『約束の時だよ。テラ――』
その言葉を思い出し、ふと背筋を冷たいものが奔った気がした。
約束の時。
魔法使いの騎士として、その約束を果たすとき。
ふと、絵本の一説を思い出した。
『魔法使いは世界の為に奔走する』
誰もが知っている絵本の一説。この言葉は正しい。文字通り正しく、かけらも嘘をついていない。
そして、『世界』とは『人類』を指す言葉ではない。
世界には三人の魔法使いが居る。
一人は人類を守り、一人はそれ以外を守り、一人はその二人を調停する。
そうして『世界』は、三人の魔法使いに守られているということを、その絵本は語っていないというだけ。
戦いは近い、と彼女は言った。
不意に右手を開いた。少し震えている。無理も無い。その戦いは文字通り死闘になるだろうから。
そう。相手は、俺と同じ。
何かを犠牲にして魔法使いを主としたもの。
魔法使いの騎士として――魔法使いの騎士と、殺しあう時が来たのだ。