誘拐
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
また、俺に話しかけてくるか男の声……もうたくさんだ。こんな人気のない路地裏に来ても、監視の目があるってことか。
「悪いけど、放っておいてくれないか」
俺は話しかけてきた男を手で追い払おうとする。が、男は
「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの? パパやママはいないのかな?」
と、しつこく聞いてくる。
「うるさい!!」
俺はその男に大声を出す! だが男はしつこく付きまとってくる。
「おいおい、俺はハピレア様に頼まれた事をやっているんだぜ」
「やっぱりそうか……!」
俺は苛立ちを隠さずにそういう……この男も、ハピレアの洗脳を受けているだろう。だからこそ俺に近づいてきている。
「うるさいと言っているだろう!! 俺を大切にしたいなんて思っているなら俺を一人にしろ!!」
少女の甲高い声でそう叫んだところで迫力がないのはわかっている――が、こいつが魔女ハピレアの洗脳を受けている人間なら、引いてくれるかもしれない――
「そうはいかないなぁ、お嬢ちゃん!」
「な――――!? 1 」
バサリ……
その瞬間、俺にかぶせられたは汚く大きな麻袋だった――!! これは――!!
「こっちは、2人――男女のガキだ」
「勝った! こっちは男ばかりの3人だ!」
「こっちはメスガキ一人だけどな、着ているものは上等だし顔立ちも悪くねえ。高く売れそうだぜ」
何人かの男の声が周りから聞こえる……こいつら、人攫いか……
「おい、こら! この袋から出せ!!」
俺は袋の中で喚いているが、外からは……
「おいおい、黙っていろよ! ぶん殴るぞ!」
なんて声が聞こえる。くそっ! 今の自分が幼い女の子の体だと言うことを忘れて行動していた俺が馬鹿だったってことなのか!?
「なんだかこのメスガキだけが騒がしいな。おとなしくしてないと、ハピレア様に会えないぞ!!」
「魔女ハピレア――!?」
男達の言葉に、俺は息をのむ――こいつら、あの魔女と関係があるのか!?
「よっしゃ! いくぜ!! 目的地は隣国だ!!」
さらに数個の麻袋が馬車に投げ入れられた後、首領格らしい男の声がそう叫ぶのが聞こえた――
「「ひひ~~ん!!」」
複数の馬のいななきが聞こえる――そして、俺を閉じ込めた袋の周りが揺れだす。
「こいつらは、人攫いの盗賊共か……」
街中で一人で……もしくは子供だけでいるところをさらい、別の国へ連れて行って、奴隷として売り払う。
魔法騎士エルトとしてそういった盗賊共の征伐もやっていた――しかし、どれだけ征伐しても、そういった連中が減ることがなかった。
「……二頭立ての馬車か、子どもをさらい、隣国に売ろうなんて考えている盗賊共の持ち物にしたら分不相応だ……貴族か商人を襲い、手に入れたって所か……」
袋の中で俺は考える。5、6人の盗賊団なら、魔法を駆使して俺ひとりで撃退することが可能だろう。
あ、いや、まて!
それは、俺が元々の……魔法騎士エルトの体だったらの話しだ。
……今のニナの小さな体じゃ無理だろう、いくらなんでも……
今の俺の身体的な戦闘力ははっきり言ってないと言っていい……剣は重くて持ち上がらないし、激しく動こうものなら5分も持たずに息切れしてしまう。こんな体で、数人の盗賊団を相手にするなんてできない――
冷静に、考えるんだ。どうやったらこの状況を打破できる?
魔法は、以前と同じように使える――魔法騎士と呼ばれたエルトの魔法の力――それは、どうやら魂のほうにあったらしい。ニナと言う少女になってしまってからでもそれはちゃんと使えた。
この世界の人間が魔法を習うのは基本的に12歳から……まぁその年齢に達するまでに親兄弟から魔法を習うことも可能だが……そう言ったのはほぼ例外的なものだ――だから、幼い少女のか体の俺が卓越した魔法を使うだなんて、盗賊共は思っていないだろう――
それならば、十分に盗賊共を打倒可能――不意をついて、まず、首領格を戦闘不能にして、そこから魔法で一人一人潰していけば――
よし、行けそうだ――問題は、そのどこで行うか、だ。
街中で仕掛けるのが一番いいだろう。街を出たら、盗賊共の仲間が待機している可能性もある――
……いや、一番いいのは、この街を出ようとする瞬間じゃないか?
門のところには、もちろん門番の兵士がいる。
そこで、門番の兵士たちは街に入ってくる人間と街から出ていく人間をちゃんとチェックしてるはずだ。
馬車の荷台に何人も子供が入った麻袋を乗せた馬車を、門番が見逃すはずがない――必ず、騒動が起きるだろう。その時俺が、魔法でこの袋を破り、盗賊共を一掃すればいい。
俺は、ニナの可愛らしい顔に笑みを浮かべさせた。
馬車が、門番を振り切って逃走した場合は――もちろん兵士は追ってくるだろう――その時は、兵士に注意を向けている間に、俺が魔法で盗賊共を打ち倒す――
「完璧だ――」
なんか、楽しくなってきた。興奮で、小さな胸が大きく振動する――
「えへへ……」
盗賊共を華麗に打ち倒すところを想像していたら、口からそんな可愛らしい笑い声が漏れていた……
やがて、馬車のスピードが落ちる――門についたらしい。
よし、いよいよ作戦決行だ!!
「『剣よ……リュソード』!」
ヴン……!
俺は、魔法で小さな剣を生み出す――
「よし、あとは叫び声が聞こえてきたら、華麗に登場だ!」
だんだんと興奮し、体温が高くなっていく小さな体をそっと押さえつける――動かないように、冷静に……
「街を出て、どこへ行くつもりだ? 荷物はなんだ?」
兵士の声が聞こえる――
「ハピレア様にあいにくんです。この荷物は、ハピレア様が必要としているもなんですよ」
―――――へ―――――?
「よし、わかった! 通っていいぞ!」
盗賊団の首領格の答えに、門番の兵士はあっさりと通行許可を出した――
「そういえば、門番の兵士も魔女ハピレアに洗脳されているんだ……」
俺は、魔女ハピレアがこの街に来たとき、街の住人やニナ本人、レグリーム伯爵夫妻などにどんな暗示をかけ、洗脳したのかは知らない――その時は魂だけになっていたため、思考能力が全くなく、起きてる出来事がほとんど理解できなかった――
多分、自分に従うようにとか、そういった暗示をかけて洗脳していたんだろう――そして、洗脳を受けた人間達は、魔女本人でなくても『ハピレア』と言う名前だけでも従ってしまう――
「ヒャッハ~~!! うまくいきやしたね、兄貴!!」
「ああ、まったくだ! 魔女ハピレア様様だぜ!!」
「「「ぎゃ~~はっはっは!!」」」
下品な笑い声が、あたりにこだまする――
「まったく、このことを教えてくれたあの男には大感謝だな!!」
「ものを奪おうが、人をさらおうが、魔女ハピレアの名前を出せば何でも許してくれる――まさに、あそこはパラダイスだ!」
「く~~!! あの魔女は、どこまで人を苦しめるんだ!?」
俺は小さな体は、先ほどとは違った意味で熱くなっていく――
「くそ!! 街から離れたら厄介なことになるな!! こうなったらやぶれかぶれで――――」
俺はそう決意し、小さな体を勇気で震わせる―――!!
そんな時、盗賊の一人がすっとんきょうな声を出した――
「なんだあの女は?」