家出の計画
「これからいったいどうすれば、いいんだ……?」
レグリーム伯爵邸のニナの部屋で、俺は自分に問い掛ける――
状況ははっきり言って最悪――いや、俺、エルトの魂が閉じ込められた体が年老いた老人とか生まれたての赤ん坊とかの体に閉じ込められるにはマシだったかもしれない――が……そんな事ばかり考えていて仕方がない――
考えなければいけないのは、どうやって魔女を倒し、自分の体に戻り、魔女の暗示にかかっている人間たちの洗脳を解くか――だ。
魔女の洗脳は、この街全体の人間たちにかかっている――だから、この街の人間全員は魔女を崇拝しているし、魔女の命令でこの俺、今の俺の体ニナを大切にするように……命令されている――が、それは逆に言えばこの街は俺を完全監視していると言い換えてもいい。ならばどうやって、魔女に洗脳されてない地域に行くか、だ。
この街は伯爵領の中心街ということで周りに街を取り囲むように高い壁が設置されている……有事の際、モンスターの大量発生や、盗賊団の襲撃などの場合は周辺住民たちを街の中へ避難させてから門を閉め、伯爵に雇われている兵たちが応戦する――街の中には戦士派遣協会支部もあるから、万が一の場合は伯爵の名でそこから傭兵を派遣することもある――
問題は、その伯爵の兵たちも、戦士派遣協会の傭兵たちもほぼ全員が、魔女ハピレアの洗脳にかかってるってことだ。むろん、あの夜に領内の見回りに出ていた兵たちや、戦士派遣協会からの依頼で別の地域にいっていた人間は洗脳されてはいないだろうが、どうやってそれを見わければいいのか……
コンコン!
「ニナお嬢ちゃん、ご飯ができましたよ!」
そう言って入ってきたのは、すっかりメイド姿が板についたはずがない筋肉ムキムキメイドムヴエだ。
こいつのこの姿は、はっきりって見慣れない無理だ。いつ見ても吐き気がする。
「こいつを絶対に元に戻すために、魔女ハピレアは必ず倒さなければいけない――」
「まだそんなこと言ってるのか? 今のお前にやれる事はハピレア様の恋人の肉体を生かすために死なない事だ」
ムヴエに続いて入って来たのはトウカ――言葉遣いは男のものにされているが、女性である。メイド姿は様になっている。
「じゃあお嬢ちゃん、ご飯に行きましょね」
「……食べたくない」
俺はそう言ってもう一度思考を開始しようとした。その俺の体をムヴエがひょいと持ち上げる!
「おい、何をする――!?」
「ダメだよ、その体が衰弱死しちゃったら、ハピレア様の恋人の体まで死んじゃうんだから。ご飯をちゃんと食べて何年も長生きしなきゃね」
筋肉ムキムキの大男にとっては、小柄なニアの体を……今の俺の体を持ち上げるなんて簡単だ。
「離せ離せ!!」
俺はなすすべなく運ばれていった――
「逃げなければ……」
食事の後、俺はニナの部屋に戻った……
「……」
とりあえず、伯爵邸をでる。
そして、街を出る。
そしてどうするか……
理想をいえば、そのまま魔女倒しに行く――
だが今の俺では、それは難しい―――
……誰か、魔女の暗示が俺みたいに効かない人間がいてくれればいいんだが――
『名前が似てるって、面白いね。君――君なら、僕の知識を分けてあげてもいいよ』
――!!
そういえば、あの人はどうだろうか?
魔法学院で俺に魔法を教えてくれた師匠――そのきっかけは名前が似ていたという、ただそれだけのためだった。
気まぐれで、いい加減、だが強力な魔法の使い手。そして、貪欲な知識欲を持つ男。
――エルライア――
そういえば、セカンドネームやファミリーネームは聞いていなかったな……
戦士派遣協会に登録していないとかで、パーティーを組むときに仲間に誘うことはできなかったが、今回はそんな事は言っていられない――
確か彼は、王都の魔法学院で教師をやっていたはずだ――
ならば、まず王都にいかなければならない――
「ここから、王都に行こうと思えば――」
俺はこの国の地図を脳内に浮かべる――
レグリーム伯爵領は、王都の南西にある――つまり、ここから北東に行けば王都にいける――
まずは北門から出て――って、その前に―――
「とりあえず、この館から出なきゃいけないな――!!」
俺はとりあえず館を抜け出すことにした!!
「あれ、お嬢ちゃん、どうしたの?」
ニナの両親や、トウカとムヴエの目を盗んで館からでる――そこで、カシムに出会った――
「ダメだよ、勝手に外に出たりしちゃ――何かの事故にあってお嬢ちゃんが死んじゃったらどうするの?」
昔と違い、人懐っこい笑みを浮かべてくるカシム。
「食後の運動だよ! 食べて寝てばっかりじゃ体に悪いからな!!」
「そうなんだ、いってらっしゃい!」
カシムはあっさりと俺の外出を見送った――
「小さな子供、か……パーティーでも最年少であったが、慎重なスナイパーであったあいつが、変わってしまったものだ……」
は~~
俺は大きなため息をついた。
「あら、ニナお嬢ちゃん今日は」
「ニナお嬢ちゃん、今お散歩?」
「ニナお嬢ちゃん、体は大丈夫?」
「ニナお嬢ちゃん、何かあったらすぐにいってね」
「あ、ニナお嬢ちゃんだ! こんにちは! 生きてる?」
「死んじゃダメだよ、ニナお嬢ちゃん!」
会う人、会う人にそう声をかけられる。
この街の人間たちは魔女の暗示によって『ニナお嬢ちゃん』を大切にするように命令されている。
「俺は、ニナお嬢ちゃんじゃない」
そう声をかけらた時、俺は毎回そういってしまう。
そう言わなければ、本当に俺は自分がニナという少女だと自覚してしまいそうになるからだ。
「おい、あれ……」
「ああ、周りの人間の雰囲気から察するに、いいところの娘って、ところだな」
「身代金をとるも良、あれだけの上玉なら売っても高値がつきそうだ――」
俺は、街の人たちの声を避けるために人通りの少ない方へいこうとした。
その時、もう少し注意していれば、その三人組に気づくことができただろう――――