断髪式-トウカ(?)視点
「あ、あの~~、奥様、俺は執事として雇われたいんだけど……」
俺の前にレグリーム伯爵夫人より差し出されたのは、濃い緑色のワンピースとエプロンドレス、そしてホワイトプリムといったいわゆるメイド服……それと、女性ものの下着一式だった。
俺はハピレア様によっていい男という、精神の形を与えてもらった――だからこそ、女の格好というのは抵抗がある。体は、確かに胸の大きい女の物なんだが……
「今、この館に執事は間に合っていますので。でも、メイドならまだ募集の余地があります。トウカさん、あなたはハピレア様の恋人の魂を受け継いだ我らの娘を、守るためにここにいるのでしょう」
ハピレア様の名前を出して、俺をなだめる奥様――それを言われると、辛い――
俺だって、ハピレア様に恩を返したい――だから彼女の言葉には従う。彼女は俺を恋人と呼べば、恋人であろうとし、俺の……いや、元のトウカの仲間であったエルトの魂を放り込まれたニナと言う少女を守れといえば、全力をかけて守ろうと思っている――
「わかった……仕方ない、メイドを、受け入れるよ」
すべては恩人であり、恋人であるハピレア様のためだ。
愛する人の幸せを願うのが、いい男というものなのだろう――
もし、今ここでニナお嬢ちゃんが自殺でもして死んでしまったら、ハピレア様が愛するエルトの肉体まで死んでしう――そうなると、ハピレア様は嘆き悲しむだろう――
「仕方ない、か……」
俺はメイド服を受け取り、レグリーム伯爵より与えられた部屋に戻る――
カチャ!
「きゃあああああ!! 何、ノックもなく開けているのよ!!」
同室のムヴエが、着替え中だったらしい……思いっきり、叫ばれてしまった……
どうやらムヴエもメイドとしてこの館で働くらしい――というか、あいつの筋肉ムキムキの体型にあうメイド服があったな……
まあ、あいつが着替え中と言うのなら仕方がない。
俺は、メイド服に着替える前に体をきれいにするべく風呂場の方へ入っていった。
「……貧弱な体だ……」
風呂場に設置された巨大な鏡に、着ている物ををすべて脱ぎ棄てた自分の一糸まとわぬ姿を移し俺はそうつぶやいた――
魔法で生成されたガラス板の裏に、貴重な水銀を塗り固めることによって完成する鏡――それが、こんなにも全身を映せるぐらいの巨大なものはめったに見かけない。
庶民が手に入れようとすれば、手のひらに収まるくらいの大きさで3年分くらいの稼ぎが吹き飛ぶほどの値がするらしいそれを、これほどの大きさの物を置いてあるなんて、さすがは伯爵位をもつ貴族の館ということ頃だろう。
「今度、ニナお嬢ちゃんにも教えてあげよう。自分の今の姿を知れば、自殺なんて考えることはなくなるだろう」
関係ないこと言って自分を落ち着けようとするが……鏡に映る自分の姿が変わるわけじゃない!!
「たくっ!! これの何処がいい男なんだよ!!」
俺は憤慨し、自分の体を怒鳴りつける!!
それを受けて胸についた贅肉がプルプル揺れる――いい男の体じゃない!!
「布でも巻いて押さえつけるか……」
俺は、何かの本で読んだ、男装の麗人が活躍する話を思い出しながらそう思った――
「あと、男に見えるようにするには……この長過ぎる髪を……切っとくか」
夫人が髪の手入れに使っているであろう鋏が風呂場にはあった――俺はそれを自分の長い髪に入れる――
『やめて!!』
「―――うるさい」
俺の心の中から聞こえる叫びにそう返し、
ジャキン!
髪の毛を切る!!
『い、いやぁ!! やめて! 長い髪の毛は私の自慢なんだからぁ!!』
俺の中で叫んでいるのは元々のこの体の持ち主、トウカだ。
「うるさい、お前がうっとうしいほどに髪を伸ばしていたのが、悪いんだ――」
俺は、心の中で喚き続けるトウカに構わず髪をジョキジョキ切っていく。
「見ろよ! いい男の面構えになったじゃないか」
『い、いや……!』
心の中でトウカが泣き崩れる――
心の中にいようとも、あいつにも外部の情報が分かる。俺が見て、俺が聞きいたことはあいつも見て聴いている。
今、トウカは自分の髪が無造作に切られていく光景を、俺の目を通してみているのだ――
『どうして、こんなことするの?』
「俺はいい男だ。ハピレア様よりそういう形を与えられた――」
やがて、俺は髪を無造作に切っていき、ショートヘアのトウカの頭が完成する――
「ちっ! あまり男っぽくはならないな」
『あなたは何なの? 魔女によって生み出された存在なの!? だったら、神の使徒たる私が命じます――邪悪なる魔女の下僕よ!! 私の中から消えなさい!!』
「……何を言ってるんだ? 俺は昔からお前と共にいた――ハピレア様は、俺に形を与えてくださっただけに過ぎない」
『―――どういうこと?』
答えを教えてやる義理など無い。昔から、俺をこきつかってきたトウカなどに……
「答えが知りたければ、考えるんだな。お前には、時間はたっぷりあるんだろ」
『……あなたは悪魔、魔女の下僕たる悪魔――!!』
「――不正解――」
俺はトウカにそういう。
「まあゆっくり考えろ。だけど、ちゃんと言っておく――この体は俺のものだ!」
そして、トウカという名前も――まぁ、別の名前を名乗ってもいいかもな。
俺は、昔からある知識を使いメイド服を身につけると、地面に落ちた俺の髪を片付け始めた――